バター
「これをバターと合わせて、レーズンバターにします。量が多くなってしまうので、半分はそのまま渡します」
「へえ、いいな。パンに合いそうだ」
つまみ食いしたい気持ちを抑えながら、店まで戻る。すっかり夕方だ。ユージーンさんを中に招いて、カウンターに出していた臨時休業の札を下げる。
「バターは買ってないけど、いいのか?」
「はい、持ってますから。ガレット焼くのに使ってるんですよ」
陶器に入れたバターを適量取って、ボウルにあける。濃厚ないい匂いだ、あと五日くらいはもつだろう。バターは十八度前後で溶け始めるので、涼しければ常温で置いても問題はない。その場合は、一週間を目安に食べなくてはならないが。
「なんでわざわざレーズンバターに? 別にそのまま渡したって困りはしないだろ」
「鉄分の不足だけならレーズンだけでもいいんです。ただ、セシリアさんの疲れやすさは、貧血だけが原因とも言いきれないんです」
「そうなのか」
レーズンとバターを丁寧に混ぜながら答える。
「セシリアさん、いつもお肉や魚が入ったガレットは注文なさらないんです。もちろんお家で食べていらっしゃるのかもしれないですけど……エネルギーが足りていないんじゃないかと思って」
「エネルギー?」
「バターとかお肉から摂取できる、脂質のことです。とりすぎは体に悪いんですけど、足りないのも大問題なんですよ」
脂質は若い女性に敵視されることも多いが、肌の乾燥を防いでくれる大事な栄養素でもある。さらには脂溶性ビタミンの吸収効率も上がり、栄養素の代謝も上がる。いくら栄養満点の食事を心がけても、脂質をとっていなければ効率が悪い。どんな栄養も、バランスよくとらなくてはいけないということだ。
「ここで、削ったレモンの皮を入れます。レモンに含まれるビタミンCが目的です」
「また新しいのが出てきた……。それは何のために入れるんだ?」
「鉄分とビタミンCは食べ合わせがいいんですよ、鉄分の吸収効率が上がるんです。それに何より、とってもおいしいんです!」
二人で笑いあう。おいしいのは大切だ。どんなに体に良くても、おいしくなければ食べ続けられない。手の甲に乗せて少しだけ味見をしてみると、ちょうどいい味になっている。甘さと酸っぱさのバランスがいい感じだ。ライ麦パンによく合うだろう。
「よし、あとは瓶に詰めるだけですね。ユージーンさん、レーズンの件、本当にありがとうございました。私一人では見つけられなかったでしょうし」
「いや、俺の方こそ貴重な知識が得られたからいいさ。それより、いつ届けに行くんだ? 明日か?」
「そうですね、明日はもともと定休日ですし……。あの、来ていただけるんですか?」
ユージーンさんは「当然だろ」と目を丸くする。私としては、知識欲だけならここで終わりだと思っていたのだけど。
「そりゃ、俺だってその後が気になるし。じゃあ明日の朝、十時ごろにここに来るからな」
「わかりました、ではまた明日。あ、そうだ、もしよければなんですが」
明日の約束をして帰ろうとしていたユージーンさんを引きとめる。
「ガレット、お持ち帰りで無料サービス……なんてどうですか? 実は臨時休業にしたので生地が余っちゃって。捨てるのももったいないですし、お好きな具材で作りますから」
ユージーンさんはハムエッグのガレットを四つ持って行ってくれた。「お前も押し売り型かよ……」とぼやきながら。




