卒業
「それでその、学長はどうしてこちらに?」
「イスラに渡さなければならないものがあるのです」
アルチュセール学長はそう言って、一枚の羊皮紙を差し出した。
「皆伝の証書です。あなた、これを持たずに学校を出るつもりだったのでしょう」
さしずめ卒業証書だ。留年ではなく、自らの意志で学校に残ったイスラには、受け取る権利がある。
しかし、イスラはうつむいて「受け取れません」と蚊の鳴くような声で呟いた。
「……受け取れません。わたしには、この学校を出たと言う権利がありません。実習の時も、患者さまとお話をすることすら、まともにできませんでした。……わたしは、治癒魔法士に向いていません」
「そんなことないです!」
思わず、大きな声を出してしまった。イスラが顔を上げる。その目には涙が溜まっていた。
「私はイスラが治癒魔法士に向いてないなんて、全然思いません。だってあなた、あんなに真剣に女の子を治してたじゃないですか。女の子が危険な状態になったとき、迷わず治癒魔法を使ったじゃないですか。あの子を助けるために動いたあなた以上に、誰が治癒魔法士に向いてるっていうんですか!」
自分は責任をとれないから、まだ学生だから。そんな理由をつけて、アレルギーで倒れたあの子に魔法を使わない選択だって取れたはずだ。制服を着ていたのだから、イスラが学生で、力が及ばないかもしれないという想像はついた。
それでも、イスラはあの場で名乗りを上げた。そんなイスラに、治癒魔法士をあきらめる必要はない。イスラは誰より、人の苦しみを取り除くために動ける人なのだ。
「私は、あの女の子を助けるために立ち上がったあなたの目を、しっかり覚えてます。あなただから、近くの治癒魔法士を呼ばずにあなたにお願いしたんです」
イスラが涙を流す。小さくしゃくりあげて、顔を両手で隠している。イスラの側に行って、背中をさする。
「イスラ、この証書は受け取りなさい。あなたが胸を張って治癒魔法士として名乗れるようになるまで、これを軒先に掲げる必要はありません。けれどわたくしどもは、あなたを魔法士として認めておりますよ」
学長の言葉に、イスラは何度もうなずく。はい、ありがとうございます、と途切れながらに答えている。
「わたしには、もったいない、お言葉です。いつか、いつかきっと、母や、学長や、友人に胸を張れる、立派な治癒魔法士に、なります」
学長はゆっくりと立ち上がり、イスラの涙を優しく拭う。
「ええ、待っておりますよ。けれど、そろそろ泣き止みなさい。あなたはもう淑女なのだから、人前で涙を見せるものではありませんよ」
「淑女ですけれど、そうですけれどぉ~!」
一層大きな声で泣き始めたイスラに、学長は「あらあら」と穏やかに笑う。
「イスラ、ご卒業おめでとうございます。あなたはこの学校の、わたくしどもの誇りです。どうか、悔いのない道をお行きなさい」
学長の言葉にイスラはようやく泣き止んで、「お世話になりました」と満面の笑みを浮かべた。
第六章、完結です。明日から第七章です。
引き続きお付き合いのほど、よろしくお願いします。




