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名家の令嬢に成り代わったら、強すぎる高身長美女たちに溺愛されました  作者: 鏡鞠るる
第3章 赤い髪のボディガード
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第28話「線と振」

 肩の痛みは、翌日にはほとんど消えていた。


 倭は朝の送迎で三回くらい確認してきたけれど、腕を上げても回しても問題はなく、力環の医務室でも日常生活に支障なしと言われた。だから、その週の終わりには予定していた検査へ戻ることになった。


 ただし、今日の検査はわたし一人ではない。


「何であたしまで」


 力環の検査室で、倭が露骨に嫌そうな顔をしている。


「事前に説明されてたでしょう」


「聞いたけど」


「じゃあ何で来たんですか」


「護衛だからだよ」


 倭は壁際の椅子に座ったまま、渡された説明書をもう一度見る。


 今日の対象遺能。


 天喰倭の「線」。


 わたしの「振」が、倭の遺能へどのような作用を示すか調べるらしい。


 夜也の「晶」では、わたしが近づくことで結晶の振動が整い、制御効率がわずかに上がった。


 学校で暴走した「膜」は逆に崩れた。


 それ以外の遺能では、ほとんど反応しないものもあった。


 だから力環では、少しずつ対象を増やして、振が何に反応しやすいのかを調べている。


「天喰さんの『線』は、今回かなり適した比較対象なんです」


 担当の研究員が説明する。


「適した?」


「はい。形成した遺能構造が空間内に持続し、なおかつ天喰さん本人が線を通して外部情報を取得できる。水守さんの干渉が、構造そのものだけでなく情報伝達へどう影響するか確認できます」


 倭が少し眉を寄せた。


「壊れる可能性は」


「低出力から始めます。異常があればすぐ停止します」


「なぎ側は」


「同様です。今回は接触前に十分データを取りますし、水守さんに違和感があればその時点で終了します」


「ならいい」


 自分の能力を試されることより、わたしのほうを先に確認している。


「倭さん」


「何」


「わたしも説明聞いてます」


「聞いてるのは知ってる」


「なら自分の心配もしてください」


「線切れたくらいじゃ怪我しねえよ」


「そういう話では」


「始めますよ」


 研究員に止められた。


 倭が立ち上がる。


 検査室は、夜也の晶を試したときより広い場所だった。床には一定間隔で目印がつけられ、壁際には複数のセンサーが設置されている。


「まず通常状態の計測からお願いします」


「どこまで」


「最初は10m。線は三本で」


「了解」


 倭が右手を上げる。


 指先がわずかに動いた。


 最初は何も見えなかった。


 でも、目を凝らすと空気の中に細い線が生まれている。


 一本。


 二本。


 三本。


 糸より細く、光の角度によって見えたり消えたりする。


 倭の周囲から伸びた線は、それぞれ床近く、胸の高さ、その中間を通って部屋の奥へ張られた。


「これが線」


「ちゃんと見るの初めて?」


「事故のときは一瞬だったので」


「触んなよ」


「わかってます」


「切れるとかじゃなくて、普通に痛いときあるから」


「先に言ってください」


「今言った」


 倭らしい。


 研究員が部屋の反対側へ移動し、小さな棒で一本の線へ触れた。


 倭がすぐそちらを見る。


「真ん中よりちょい奥」


「位置は?」


「7mくらい」


 計測値と照らし合わせる。


 ほぼ正確らしい。


 次に別の線。


 今度は軽く弾くだけ。


「二本目。4m」


 また当たる。


「こうやってわかるんですか」


 わたしが聞くと、倭が頷いた。


「線に何か触れたら、張ってる感覚が変わる。強さとか方向もある程度」


「見なくても?」


「見なくても」


「便利ですね」


「そのために使ってる」


 護衛中、倭が何もない場所へ視線を向けることがある。


 あれも、線を使って周囲を見ているのかもしれない。


「では距離を伸ばします」


 線の本数を変えず、今度はさらに遠くへ張る。


 10m。


 12m。


 15m。


 そのあたりから、倭の反応が少し曖昧になった。


「一本目?」


「正解です。位置は」


「……13か14」


「14.2です」


 次はもっと弱く触れる。


 倭が少し黙った。


「今、やった?」


「はい」


「三本目……だと思う」


「正解です」


「位置はわかんねえ」


 研究員が記録する。


「通常状態では、この程度の弱い刺激を明確に識別できる範囲はおおよそ12m前後ですね」


「状況次第」


「もちろんです。今日は条件を揃えた比較ですから」


 次に、わたしの番になる。


「水守さんは、まず5mの位置へ立ってください」


「はい」


 倭から離れる。


 線には触れない。


 夜也の晶のときと同じように、自分の中に何か感じるものがないか探す。


 最初は何もない。


「どうですか」


「まだわかりません」


 3m。


 少し近づく。


 何となく、空気の中に細いものがあるような感じがする。


「違和感はあります」


「振動?」


「晶のときとは違います」


 夜也の晶は、整った音のようだった。


 倭の線は、もっと細い。


 張った糸の向こうから、小さなものが何度も伝わってくるような感じがする。


「線が三本あるの、わかる?」


 倭が聞く。


「たぶん」


「どれ」


 指を差す。


 一番低いところ。


 その少し上。


 胸の高さ。


「合ってる」


 倭の表情が少し変わった。


「見えてるだけじゃねえの」


「目閉じます?」


「できるなら」


 目を閉じる。


 見えなくなる。


 それでも、何かは残っていた。


 細い。


 弱い。


 でも三つある。


「わかります」


「へえ」


「天喰さん、声をかけないでください」


「なんであたしだけ」


「集中の妨げになります」


 倭が黙る。


 少し不満そうだった。


「では2mまで」


 近づく。


 そこで、感覚が急に明確になった。


「あ」


「反応ありますか」


「はい。さっきよりかなり」


「どういう感じです?」


 言葉を探す。


「線そのものが揺れてるというより、線の中を何かが行ったり来たりしてる感じです」


「何かというのは?」


「わかりません。倭さん側から外へ行くものと、外から倭さんへ戻るものがあるような」


 倭がこちらを見る。


「それ、たぶんあたしが拾ってる情報」


「わかるんですか」


「感覚的にはそんな感じ」


 研究員が記録する。


「非常に興味深いですね。水守さんは、線の形成構造だけでなく、その内部を伝播している情報反応まで感知している可能性があります」


「情報も揺れるんですか」


「遺能による現象として成立している以上、振の対象になり得るのかもしれません」


 まだ仮説らしい。


「では、水守さん。接触はせず、その位置で線へ意識を向けてみてください。晶のときのように、合わせられそうなら合わせる。ただし無理に操作しようとしないでください」


「わかりました」


 線を見る。


 細い。


 倭のところから遠くまで伸びている。


 その中を、何かが伝わっている。


 一定ではない。


 外から刺激が入るたび、小さな揺れが倭のほうへ返っていく。


 それに、自分の中の感覚を近づける。


 無理に動かそうとはしない。


 ただ同じ速さを探す。


 しばらくすると、指先が少し痺れた。


「……今、何か変わりました」


 わたしが言うのとほぼ同時だった。


「待って」


 倭が顔を上げる。


 部屋の奥を見る。


「今、触った?」


 研究員が驚いたように計測担当を見る。


「いえ、まだです」


「じゃあその向こう」


「向こう?」


「奥の通路。誰か歩いた」


 検査室の外。


 壁の向こうだった。


 研究員が端末を確認する。


「……人が通っています」


「だろ」


 倭自身も少し驚いた顔をしている。


「線、そこまで届いてるんですか」


 わたしが聞く。


「届いてねえ」


「では、どうして」


「知らねえよ」


 研究員たちの動きが少し慌ただしくなる。


「一度、その状態を維持してください。天喰さん、線そのものの位置は変えないで」


「わかった」


 次に、通常状態では感知できなかった15m付近へごく弱い刺激が加えられた。


 倭が即座に答える。


「二本目。15」


「正解です」


 18m。


「一番上」


「位置は?」


「……17後半」


「17.8です」


 研究員が画面を見る。


「通常時より明確に伸びています」


 わたしは線へ意識を向けたまま聞く。


「線が長くなってるんですか」


「いえ」


 研究員が首を振る。


「形成範囲そのものは変化していません。現在大きく変わっているのは、天喰さんが線を通じて刺激を識別できる範囲と精度です」


 倭が何かを確かめるように目を細める。


「……遠いのに近い」


「どういう意味ですか」


「いつもなら弱くなるところが、今はほとんど薄くならねえ。線の端で触られても、近くで触られたみたいに返ってくる」


 それは夜也の晶のときと少し似ていた。


 力そのものが増えているわけではない。


 もともとあるものが、より通りやすくなっている。


「振が、線の情報伝達を整えている可能性があります」


 研究員が言う。


「晶では形成と制御の効率が上がった。線では、伝播する刺激情報の減衰が抑えられているのかもしれません」


「じゃあ、遠くまでわかる?」


「現時点の結果だけなら、そう見えます」


 倭がわたしを見る。


「なぎ、まだ平気?」


「少し指が痺れるくらい」


「止める?」


「まだ大丈夫です」


「大丈夫と続けたいは別」


 一瞬考える。


「もう一回くらいなら」


「研究員」


 倭がすぐ確認する。


「こちらも次を最後にしましょう」


 最後の試験では、さらに離れた位置で複数の弱い刺激が順番を変えて加えられた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 倭は全部当てた。


 最後だけ少し迷ったが、それでも通常状態では判別できなかった距離だった。


「終了します」


 その言葉と同時に意識を緩める。


 張り詰めていた感覚が消える。


 線はまだそこにあるのに、急に遠くなった。


「戻った」


 倭が言う。


「わかるんですか」


「さっきより鈍い」


 研究員が計測値を確認する。


「こちらも通常値へ戻っています。再現性は別日に確認する必要がありますが、振による効果である可能性はかなり高いですね」


 倭が線を消す。


 空気の中から細い光がなくなる。


「なぎ」


「はい」


「手」


 言われて見る。


 指先が少し震えていた。


「痺れてる?」


「少し」


「見せて」


 倭が手を伸ばしかける。


 そこで止まる。


 事故のあとのことを思い出したのかもしれない。


「触っていいです」


「……まだ何も聞いてねえ」


「聞きそうだったので」


「先に言うなよ」


 倭は少し嫌そうな顔をしながら、わたしの手首へ指を添えた。


 力はほとんど入っていない。


「握れる?」


 言われて握る。


「普通です」


「痛みは」


「ないです」


「ならいい」


 すぐ離された。


 以前なら、そこで倭のほうが変に動揺していたと思う。


 今日は少し耳が赤くなっただけだった。


「慣れました?」


「何が」


「触っていいって言われるの」


「その話すんな」


「まだ駄目みたいですね」


「うるせえ」


 検査後は、いつものように記録をまとめる。


 倭も今日は協力者なので、別の端末で聞き取りを受けていた。


 自分のフォームへ入力する。


『対象遺能「線」へ約3mから弱い反応。2m以内で、線内部を往復する細かな感覚を明瞭に認識。対象の周期へ同調する感覚あり。干渉中、左手指先に軽度の痺れ。』


 少し迷って、その下へ続ける。


『線そのものを延長した感覚はない。線を通るものが遠くまで届きやすくなったように感じた。』


 保存する。


「水守さん」


 研究員に呼ばれる。


「はい」


「少し結果を共有しておきます」


 画面には、通常時と振の干渉時の比較が表示されている。


「天喰さんの線そのものの最大形成距離に、有意な変化は見られませんでした。一方で、線を介した刺激の識別精度は明確に向上しています」


「どのくらい?」


「今日の条件では、通常状態で安定して識別できていた距離をかなり越えています。ただし、一回の検証だけで具体的な倍率を能力特性として固定することはできません」


「また試す?」


「はい。出力、線の本数、刺激の種類を変えて再確認したいと思います」


 倭が横から画面を見る。


「実戦で使えると思う?」


「可能性はあります」


 研究員が答える。


「天喰さんの線は、侵入検知や位置把握にも使用できますね」


「ああ」


「振によって感知精度や有効範囲を補助できるなら、より広い空間を同程度の精度で監視できる可能性があります」


「なぎを中心に線張ったら?」


 倭がすぐ聞く。


「それも検証候補です。ただし、水守さんの負荷が問題になります。今回程度でも痺れが出ていますから、実用を考えるのは安全域を確認してからです」


「わかった」


 倭は素直に引いた。


 自分の能力が便利になる話なのに、無理に進めようとはしない。


「もう一つ」


 研究員が画面を切り替える。


「これはまだ仮説ですが、振と線は比較的相性の良い組み合わせかもしれません」


「相性?」


 倭の眉がわずかに動く。


「能力構造上の話です」


 研究員がすぐ補足する。


「線は一定の構造を保ちながら情報を伝播させる能力です。水守さんの振は、その周期へ干渉して減衰を抑えたり、伝達を整えたりしやすいのかもしれません」


「夜也さんの晶みたいに?」


「結果の方向性は似ています。ただし、晶では主に形成・制御側への作用でしたが、線では情報伝達側への作用が目立ちます」


 同じ振でも、相手によって働き方が違う。


 前に言われた「条件依存」という言葉を思い出す。


「じゃあ、わたしと倭さんの能力は相性がいい」


「現時点では、その可能性が高いという表現になります」


「まだ確定じゃない?」


「はい。次回以降で再現できれば、かなり言いやすくなります」


「ふうん」


 わたしはそのまま頷いた。


 隣を見ると、倭はなぜか黙っている。


「倭さん?」


「何」


「聞いてました?」


「聞いてた」


「相性いいかもしれないって」


「能力のな」


「そうです」


「なら何でもねえ」


 何か引っかかったらしい。


「何だと思ったんですか」


「何も」


「顔変でしたけど」


「変じゃねえ」


 また耳が少し赤い。


 研究員が笑いをこらえているように見えたので、倭がさらに不機嫌そうになった。


「もう終わり?」


「今日はここまでです」


「じゃあ帰るぞ」


「まだわたしの記録確認が」


「待つ」


「15分くらい」


「待つって言ってる」


 倭は先に検査室を出ていった。


 扉が閉まる。


 研究員が小さく息を吐く。


「天喰さん、わかりやすいですね」


「何がですか」


「いえ。能力相性の話です」


「そうですか?」


「水守さんは気にしなくて大丈夫です」


「気になりますけど」


「本人に聞いてください」


 最近、みんなそれを言う。


 夜也も。


 研究員も。


 本人のことは本人に聞け。


 それは正しいと思う。


 記録を終えて外へ出ると、倭は駐車場で待っていた。


 助手席へ乗る。


「終わった?」


「はい」


「手は」


「もう痺れてないです」


「そ」


 車が動き出す。


 しばらくして、倭が口を開いた。


「なぎ」


「はい」


「さっきの相性ってやつ」


「はい」


「他のやつでも言われてんの」


「夜也さんの晶は反応が強いです。でも、研究員さんから相性がいいって言われたかは覚えてません」


「ふうん」


「気になるんですか」


「仕事上」


「倭さん、最近それ便利に使いますね」


「本当に仕事上だよ。振と線一緒に使えるなら、護衛のやり方変わるだろ」


 それは確かにそうだった。


「感知範囲が広がれば?」


「近づかれる前にわかる。逃げる方向も作りやすい」


「便利ですね」


「ああ」


 倭は前を見ながら答える。


「なぎが無理しなくて済むならな」


「わたしが使わないと広がらないでしょう」


「だから無理しなくて済む範囲で」


 最初から、そこが条件に入っている。


「わかりました」


「ん」


 また静かになる。


 窓の外を見る。


 今日初めて、倭の線がどういうものなのか少しわかった。


 ただ人を縛ったり、何かを切ったりするものではない。


 細い線を周囲へ張って、そこへ何かが触れたことを拾う。


 見えていない場所を知るためにも使える。


 倭が普段から周りをよく見ているのは、目だけではないらしい。


 その線へ、わたしの振が重なる。


 遠くで起きた小さな変化が、減らずに倭まで届く。


 線そのものを強くしたわけでもない。


 わたし自身が遠くを感知できるようになったわけでもない。


 倭が持っていたものが、少しだけ遠くまで届くようになった。


「変ですね」


 思わず言う。


「何が」


「わたしの遺能」


「今さら?」


「相手によって全然違うので」


「晶のときと?」


「はい。夜也さんの晶は鳴ったけど、倭さんの線は遠くまでわかるようになった」


「じゃあ次は別のこと起きんじゃね」


「そうかもしれません」


 自分一人ではほとんど何もできない。


 でも、誰かの力へ触れると、それまでなかった変化が出る。


 振という能力が少しずつわかってきたはずなのに、相手が増えるたびに別の顔が出てくる。


「倭さん」


「何」


「相性いいらしいですよ」


 さっき聞いた言葉を、そのまま言ってみる。


 倭の手が、ハンドルの上で一瞬だけ止まった。


「……だから、能力のだろ」


「はい」


「わかってんならいい」


「何だと思ったんですか」


「何でもねえ」


 また耳が赤くなっていた。


 どうやらこの言葉は、倭には少し扱いづらいらしい。


 それを知ったのも、今日の検査結果の一つに入れていいのかもしれないと思った。

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