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名家の令嬢に成り代わったら、強すぎる高身長美女たちに溺愛されました  作者: 鏡鞠るる
第3章 赤い髪のボディガード
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第29話「相性いいらしいですよ」

 倭の「線」と振の検証は、一度では終わらなかった。


 最初の実験から数日後、条件を変えてもう一度試すことになった。前回は三本だった線を一本、五本と増減させ、長さや配置も変える。わたしとの距離も1mずつ調整し、どこから反応が強くなるのか細かく記録していった。


 結果は、前回とほぼ同じだった。


 わたしが倭の近くで振を合わせると、線そのものの長さや強度が大きく変わるわけではない。ただ、線を通して倭へ戻る情報が減衰しにくくなる。


 普段なら曖昧になる距離でも、誰かが触れた位置や強さをかなり正確に拾えるようになるらしい。


 今日は実験を終えたあと、倭は先に駐車場へ戻っていた。


 わたしだけ研究室へ残り、結果について簡単な説明を受けている。


「今回も再現しましたので、偶然と考える必要はほぼないでしょう」


 研究員が二回分のデータを並べる。


 通常状態。


 振の干渉中。


 数字を見ても詳しいことまではわからないけれど、後者のほうが遠い距離まで識別できていることはわかった。


「前回より線を増やしても同じですか」


「はい。ただし、本数が増えるほど天喰さん自身の処理負荷は上がっています。振によって情報が明瞭になる分、拾えるものも増えますから」


「便利になるだけじゃないんですね」


「能力というのは大体そういうものです。取得できる情報が増えれば、それを扱う側にも負担がかかります」


 研究員は別のグラフを開いた。


「それでも、この組み合わせはかなり興味深いですよ。水守さんの振は、対象によって反応の強さに大きな差がありますが、天喰さんの線には非常に安定して作用している」


「夜也さんの晶と比べると?」


「方向が違うので単純比較はできません。慈さんの晶も反応性はかなり高いです。ただ、線の場合は水守さん側の調整がまだ粗い段階でも、比較的同じ結果を繰り返せています」


「じゃあ、使いやすい?」


「今のところはそうですね」


 研究員が少し笑う。


「研究上の表現なら、能力相性がかなりいい、と言っていいと思います」


 前にも聞いた言葉だった。


「かなり?」


「はい。もちろん、水守さんと天喰さん本人の相性という意味ではありませんよ」


「それはわかってます」


「天喰さんが妙に気にされていたので、念のため」


「倭さん?」


「前回、何度も『能力の話ですよね』と確認されました」


 少し意外だった。


 わたしの前では一回か二回しか聞いていなかった気がする。


「そんなに気になるんですかね」


「さあ。そこは研究対象外です」


「そうですか」


 研究員が楽しそうなので、何か別の意味があるのかもしれない。


 でも、能力の相性という言葉はそのままの意味だ。


 振と線。


 それ以上でもない。


 説明を聞き終えて研究室を出る。


 倭へメッセージを送ろうと思ったところで、すでに一通来ていた。


『終わった?』


『今終わりました』


『下いる』


 いつもの短さだった。


 エレベーターで一階へ降り、外へ出る。


 駐車場には見慣れた車が停まっている。


 助手席へ乗ると、倭はペットボトルの水を飲んでいるところだった。


「お疲れさまです」


「ん。説明長かった?」


「少しだけ」


「なんか問題あった?」


「ないです」


 シートベルトを締める。


 倭が水をもう一口飲む。


「結果、何だって」


「前と同じです」


「線の感知伸びるやつ?」


「はい。再現できたので、かなり相性いいらしいですよ」


 盛大にむせた。


「っ、ごほ、げほっ……!」


「大丈夫ですか」


 倭が急いでペットボトルを口から離す。


 少し水がこぼれた。


「ちょ、待っ……」


「背中叩きます?」


「いらねえ!」


 咳き込みながら手で制される。


 わたしはとりあえずティッシュを取って渡した。


「はい」


「……ありがと」


 倭は口元を拭きながら、まだ少し咳をしている。


「そんなに変なこと言いました?」


「タイミング!」


「飲んでましたね」


「見てただろ」


「見てました」


「じゃあ飲み終わってから言えよ!」


「結果聞かれたので」


「それはそうだけど!」


 珍しく声が大きい。


 駐車場なので、少し響いた。


「すみません」


「……いや、別にそこはいい」


 倭は息を整えながら水の蓋を閉めた。


 もう飲まないらしい。


「で」


「はい」


「何が相性いいって?」


「振と線です」


「……能力な」


「そうです」


「研究員がそう言った?」


「『能力相性がかなりいい』って」


 倭の顔がまた少し固まる。


「その言い方そのまま伝えんなよ」


「何でですか」


「何でも」


「前も同じこと言いましたよね」


「言った」


「そのときも変でした」


「変じゃねえ」


「今日はむせましたけど」


「水飲んでるとき急に言うからだろ」


「じゃあ、飲んでなかったら平気だった?」


「……平気」


 一拍あった。


 たぶん平気ではない。


「倭さん、“相性”って言葉苦手なんですか」


「別に」


「じゃあ何で毎回『能力の』って確認するんです?」


 倭が黙った。


 エンジンをかける。


「帰るぞ」


「答えは?」


「帰る」


「誤魔化した」


「うるせえ」


 車が駐車場を出る。


 倭は前を向いている。


 耳が赤い。


 今日は咳き込んだからかもしれないと思ったけれど、しばらく経っても戻らなかった。


「研究員さんも言ってました」


「何を」


「倭さんが前回、何回も能力の話か確認してたって」


「……あの人余計なこと言いやがって」


「何でそんなに確認したんですか」


「念のため」


「何の」


「意味違ったら困るだろ」


「人間同士の相性って意味だったら?」


 聞いた瞬間、倭の指がハンドルの上で強く閉じた。


「そういう話、研究所でするわけねえだろ」


「ですよね」


「わかってんなら聞くなよ」


「倭さんが気にしてるから」


「気にしてねえ」


 いつもの返事だった。


 でも、明らかに気にしている。


 何がそんなに困るのかはわからない。


「人間同士でも、相性いい人っているでしょう」


「いるんじゃねえの」


「倭さんは?」


「知らねえ」


「今まで誰かに言われたことないんですか」


「何を」


「相性いいって」


「……あるかもしれねえけど、覚えてない」


 少し投げやりだった。


 その話を続けたくないらしい。


 なら、無理に聞く必要もない。


「わかりました」


「何が」


「もう聞きません」


「そうして」


 それから数分、車内は静かになった。


 倭は運転に集中している。


 わたしは今日渡された資料を見る。


 線。


 振。


 感知範囲。


 減衰率。


 まだわからない言葉も多い。


「なぎ」


「はい」


 倭のほうから呼ばれる。


「さっきの」


「相性?」


「その単語連呼すんな」


「はい」


 また耳が赤くなる。


「研究員、他に何か言ってた?」


「振がまだ上手く使えない段階でも、線には安定して作用するって」


「ふうん」


「相手によっては何回やっても反応が弱いので、線は振と噛み合いやすいのかもしれないそうです」


「じゃあ実用にはできそう?」


「安全な範囲がわかれば」


「なぎの負荷は」


「今回は前より少なかったです」


「痺れ」


「ほとんどないです」


「ほんと?」


「はい」


「ならいい」


 そこから先は、完全に護衛の話になった。


「実際に使えるなら、学校の周りにももう少し広く線張れるかもしれねえ」


「普段も張ってるんですか」


「場所による」


「学校にも?」


「最低限」


「知らなかったです」


「言ってねえし」


「誰か引っかかったりしない?」


「触れたら切れるようなやつ張ってねえよ。感知用」


「そういう調整もできるんですね」


「できなきゃ街中で使えねえだろ」


 倭が少しだけ得意そうだった。


 戦うこと自体は好きではないと言っていたけれど、自分の能力を使いこなしていることには自信があるらしい。


「振で範囲が広がったら、便利そうですね」


「ああ。なぎ連れてるときは特に」


「わたしが振を使わないと駄目では?」


「毎回使わせる気はねえよ」


「でも」


「緊急時に使えるってわかってりゃいい」


 即答だった。


「普段から使ったら感知しやすいのに」


「そのために毎日あんたに負荷かける意味ねえだろ」


「軽い負荷なら?」


「必要ないならやらねえ」


 倭にとっては、そこは迷うところではないらしい。


「もったいなくないですか」


「何が」


「せっかく能力の相性いいのに」


 倭がまた咳き込んだ。


 今度は水を飲んでいなかったので、一度だけだった。


「……なぎ」


「はい」


「わざとか?」


「何がですか」


「いや、もういい」


 本当にわからない。


 倭は片手で額を押さえたあと、すぐハンドルへ戻した。


「能力の話するとき、毎回頭に『能力の』つけろ」


「長くないですか」


「つけろ」


「能力の相性がいい」


「そう」


「これなら平気?」


「まだマシ」


 何が違うのだろう。


「じゃあ、わたしと倭さんは能力の相性がかなりいいらしいですよ」


「……」


 倭が黙った。


「倭さん?」


「それでも言い方がなんか嫌」


「難しいですね」


「もうその話やめよ」


「はい」


 しばらくして、わたしは資料へ視線を戻した。


 倭も少しずつ落ち着いてきたらしい。


 信号待ちで飲みかけの水へ手を伸ばし、途中でやめる。


「飲まないんですか」


「あんたがまた変なこと言いそうだから」


「何も言いませんよ」


「信用ならねえ」


「ひどい」


「二回やられた」


「一回目はわざとじゃないです」


「二回目は?」


「普通に話しただけです」


「もっと悪いわ」


 倭は結局、水を飲まずに発進した。


 少し面白かった。


 最初に会った頃、倭はほとんど表情を変えなかった。


 何を言っても「ん」「そう」「別に」で終わることが多く、水守家にもわたしにも距離を置いていた。


 今でも愛想がいいとは言えない。


 でも、少しずつわかるものが増えている。


 甘すぎるものはあまり好きではない。


 お菓子を半分渡すと妙に機嫌がよくなる。


 急に触れたことは、自分のほうが気にする。


 嫌なことは言えと言う。


 そして、「相性がいい」という言葉には弱い。


 最後だけ、理由はわからない。


「なぎ」


「はい」


「今なんか考えてただろ」


「倭さんのこと」


 車が少しだけ揺れた。


「運転中にそういうこと急に言うな!」


「危ないですよ」


「誰のせいだよ!」


 また声が大きくなった。


「何を考えてたか聞いたの、倭さんでしょう」


「そうだけど、言い方あるだろ」


「倭さんについてわかってきたことを考えてました」


「……何」


「言っていいんですか」


「やっぱいい」


「じゃあ言いません」


 倭は少し迷ったあと、


「一個だけ」


 と言った。


「何がわかった」


「相性って言われるとむせる」


「忘れろ!」


 今度は少しだけ笑った。


 倭が横目でこちらを見る。


「笑うな」


「すみません」


「全然悪いと思ってねえだろ」


「少し」


「少しかよ」


 車の中に、いつもより会話が続く。


 最初の頃なら、たぶんなかった時間だった。


 水守家へ着く。


 玄関前で車が停まる。


 シートベルトを外す。


「今日もありがとうございました」


「ん」


 扉へ手をかける。


「なぎ」


「はい」


 倭が少しだけこちらを見る。


「今日の結果」


「能力の?」


「そう」


「かなりいいらしいです」


「……わかった」


 今度はむせなかった。


「慣れました?」


「慣れてねえ」


「でも平気でした」


「覚悟して聞いたから」


「そんなに?」


「帰れ」


 追い出された。


 車を降りる。


 扉を閉める前に、倭が小さく言った。


「まあ」


「何ですか」


「護衛としては、助かる」


「相性が?」


 倭が一瞬固まる。


「能力の!」


「はい」


「絶対わざとだろ、今」


「少しだけ」


「おまえな……」


 初めて、倭に「おまえ」と呼ばれた。


 怒っているような言い方だったけれど、本気ではなさそうだった。


「また明日」


「……おう」


 倭はまだ少し不満そうな顔で答えた。


「また明日」


 車の扉を閉める。


 玄関へ向かいながら、少しだけ思う。


 能力の相性がいい。


 研究上は、それだけの話だ。


 でも倭に言うと、なぜか普通の検査結果よりずっと反応が大きい。


 理由はまだわからない。


 今のところは、知らなくても困らない。


 ただ、倭のことをまた一つ知った。


 それだけで十分だった。

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