第18話「高級車とコンビニ」
高そうな黒い車が、普通のコンビニの駐車場へ入っていく。
外から見ても場違いだった。
車内からだともっとよくわかる。
隣には、晶守家当主。
その横に、高校帰りのわたし。
目的は、飲み物とお菓子。
「なんか変じゃないですか」
シートベルトを外しながら言うと、夜也が首を傾げた。
「何が?」
「この車でコンビニ」
「コンビニに車で来る人、普通にいるでしょ」
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味?」
「目立ちます」
駐車場の端に停まった黒い車を見る。周りには軽自動車や自転車が並んでいる。比べるほど、この車だけ少し世界が違う。
夜也は気にした様子もなく扉を開けた。
「まあ、いいじゃん」
「夜也さんはいいでしょうけど」
「なぎは嫌?」
「そこまでではないです」
「じゃあ行こ」
結論が早い。
外へ出ると、夕方の少し冷たい空気が顔に当たった。学校を出たときより日が落ちていて、コンビニの白い照明がやけに明るく見える。
夜也が隣に並ぶ。
改めて思う。
大きい。
わたしが153cmで、夜也は186cm。
制服姿の高校生と黒いスーツの長身女性が並んで歩くと、たぶんかなり目立つ。
「なぎ」
「はい」
「今ぼく見た?」
「見ました」
「何で?」
「大きいなと思って」
「今さら?」
「外で並ぶと余計に」
「いいでしょ。見つけやすくて」
「待ち合わせには便利そうですね」
「でしょ?」
本人は褒められたつもりらしい。
自動扉が開く。
いつものコンビニ。
学校帰りに入るのと同じ匂いがする。
温かい揚げ物。
コーヒー。
少し冷たい空調。
「久しぶり」
夜也が小さく言った。
「そんなに来ないんですか」
「全然来ないわけじゃないよ。でも、自分でふらっと入るのは久しぶりかも」
「どうやって買い物してるんですか」
「必要なものはだいたい用意されるし。服とかは店行くけど」
「コンビニで買うものくらい自分で買わないんですか」
「そもそもコンビニで何か欲しくなることが少ない」
「そういう生活」
「そういう生活」
夜也は楽しそうだった。
別にコンビニが珍しいわけではないはずなのに、棚を見ながら妙にきょろきょろしている。
「何買うの?」
「飲み物」
「何の?」
「明日学校に持っていくので」
冷蔵棚へ向かう。
お茶。
水。
ジュース。
適当に見て、いつも買うペットボトルを一本取る。
「それ?」
「はい」
「もっと何かないの?」
「飲み物ですよ」
「せっかくだし」
「何がせっかくなんですか」
「ぼくとコンビニ来た」
「それで飲み物の選択肢増えます?」
「増やそうよ」
意味がわからない。
「夜也さんは何か買わないんですか」
「なぎが選んだら見る」
「わたし基準なんですか」
「今日なぎが寄りたいって言ったから」
そう言われると、少しだけ変な感じがする。
夜也は、わたしが何を買うのかを本気で知りたいらしい。
別に特別なものは選ばない。
お茶を一本。
それから、お菓子の棚へ向かう。
「ここ?」
「はい」
「何好き?」
「さっきも聞きましたね」
「まだ答えてもらってない」
「そのとき見て決めます」
棚を見る。
チョコレート。
グミ。
クッキー。
ポテトチップス。
飴。
大袋。
小袋。
いつもなら、値段と量を見て適当に決める。
今日は隣から視線を感じる。
「見ないでください」
「なんで?」
「選びづらい」
「気にしないで」
「気にします」
「じゃあちょっと離れる」
本当に一歩下がった。
「それでいい?」
「……近いよりは」
「今日は近いって言われる前に下がれた」
「学習してますね」
「褒めて」
「えらいですね」
「雑」
笑っている。
棚へ視線を戻す。
今日は甘いものがいい。
でも夕食前だから、そこまで大きいものはいらない。
手に取ったのは、小さなチョコレート菓子だった。
「それ好きなの?」
「普通に」
「普通に多いな、なぎ」
「何ですか」
「好き?」
「好きです」
「じゃあ好きでいいじゃん」
「毎回すごく好きなものだけ買うわけじゃないでしょう」
「ぼくはけっこうそうかも」
「金額気にしないからでは」
「それもある」
否定しない。
夜也が隣へ戻ってきて、同じ棚を見る。
「おすすめどれ?」
「わかりません」
「一緒に選ぼうよ」
「夜也さんの好み知らないです」
「甘いの好き」
「ざっくりしてますね」
「ベリー系はかなり好き」
「じゃあこれとか」
棚の端にある苺味のチョコレートを指す。
夜也がすぐ取った。
「買う」
「早い」
「なぎが選んだし」
「ただ指しただけです」
「同じでしょ」
「違います」
夜也はパッケージを見ながら満足そうにしている。
それから別の棚へ移る。
「これ何?」
「グミです」
「それはわかる」
「じゃあ何ですか」
「最近種類多くない?」
「多いですね」
「なぎ食べる?」
「たまに」
「どれが好き?」
「硬いやつ」
「意外」
「何が」
「もっと柔らかいの好きそう」
「見た目で食感決めないでください」
「あはは」
夜也が硬めと書かれたグミを一袋取る。
「これも買う」
「そんなに買うんですか」
「食べるよ」
「夕食前ですよ」
「なぎ、さっきぼくに食べ物勧められて嫌そうだったのに」
「夜也さんが買いすぎそうだから言ってます」
「心配?」
「普通に」
「嬉しい」
「何でですか」
「なぎがぼくのこと気にしてるから」
「話が大きいです」
相変わらずだ。
でも、こういう会話にも少し慣れてきた。
夜也は、何でも自分に都合よく受け取る。
ただ、それでこちらの言葉を無視するわけではない。
わたしが「買いすぎ」と言えば、いったん手を止める。
「じゃああと一個だけ」
「まだ買うんですか」
「飲み物」
「それはいいです」
「許可出た」
「許可ではないです」
今度は飲料棚へ行く。
「何飲もうかな」
「好きなの買えばいいでしょう」
「なぎと同じにしようかな」
「何で」
「おそろい」
「意味あります?」
「ある」
「何の」
「おそろいになる」
説明になっていない。
「じゃあ勝手にしてください」
「やった」
わたしが持っているものと同じお茶を取る。
そこまで嬉しそうにされると、逆に少し困る。
買い物かごも持たず、二人でそれぞれ商品を抱えながら店内を歩く。
夜也は途中で雑誌棚や日用品にも目を向けていた。
「夜也さん」
「なに?」
「本当にコンビニ久しぶりなんですね」
「わかる?」
「楽しそうなので」
「楽しいよ」
夜也は素直に答えた。
「普通の買い物って、こういう感じなんだなって」
「普通?」
「欲しいもの見て、その場で決めて買う」
「いつも違うんですか」
「店行くときは大体目的決まってるし、先に候補出されることも多いから」
「服とか?」
「服も。仕事関係のものも。食べ物も、ぼくがこれ欲しいって言う前にだいたい出てくるし」
「便利そう」
「便利だよ」
夜也は迷わず言った。
「便利だけど、なぎとこうやって棚見てるのはそれとは別で楽しい」
少しだけ言葉が止まる。
「……そうですか」
「うん」
深い意味はない。
たぶん。
夜也は今、珍しい時間を楽しんでいるだけだ。
晶守家当主としてではなく、一人の客としてコンビニの棚を見ている。
わたしはその横で、明日の飲み物と数百円のお菓子を選んでいる。
確かに、少し奇妙だった。
「なぎ、アイスは?」
「今日はいいです」
「じゃあホットスナック」
「夕食前です」
「肉まん」
「もう暖かい時期ですよ」
「売ってない?」
「たぶん」
「残念」
「そんなに何か買いたいんですか」
「せっかく来たし」
「だから、その“せっかく”何なんですか」
夜也が笑う。
「なぎと初めてコンビニ来た記念?」
「記念にしないでください」
「いいじゃん」
「何年後かに覚えてます?」
「覚えてると思うよ」
軽い調子なのに、妙に即答だった。
わたしは返事をせず、レジのほうを見る。
「もう行きますよ」
「はーい」
二人でレジへ向かう。
夜也の手には、苺味のチョコレート、硬いグミ、お茶。
わたしは、お茶と小さなチョコレート菓子。
「少ない」
夜也が言う。
「十分です」
「もっと買っていいよ」
「何で夜也さんが許可するんですか」
「いや、遠慮してるのかなって」
「してません」
「ほんと?」
「自分で払うので、欲しい分だけ買ってます」
その言葉を聞いた瞬間、夜也の表情が少し変わった。
「自分で払うの?」
「はい」
「なんで?」
「なんでって」
「ぼくがいるのに?」
今度はわたしが止まる番だった。
「夜也さんがいるのと、わたしが払うのって関係あります?」
「あるでしょ」
「ありません」
「あるよ」
「ないです」
レジまであと数歩。
夜也がわたしの手元の商品を見る。
「それ全部でいくら?」
「たぶん400円くらい」
「じゃあなおさら」
「なおさら何ですか」
「ぼくが払う」
「嫌です」
「なんで?」
「自分で買うものなので」
「それくらい払わせてよ」
「それくらいだから自分で払います」
夜也が少し驚いた顔をした。
たぶん本気で理解できていない。
この人にとって、数百円を誰が払うかなんて、考えるほどのことではないのだろう。
「なぎ」
「何ですか」
「ぼくが払いたい」
「わたしは自分で払いたいです」
「……」
「……」
レジ前で、二人とも止まる。
後ろに客が来たので、さすがに邪魔になる。
「先行きます」
「あ、待って」
「待ちません」
レジへ商品を置く。
夜也も横から自分の商品を置こうとする。
「別会計で」
わたしが先に言った。
「え」
夜也の顔を見る。
「別会計です」
「一緒でいいじゃん」
「別会計でお願いします」
店員が少し困った顔をしている。
夜也も困った顔をしている。
わたしだけは、別に困っていなかった。
財布を出す。
「なぎ、それ何?」
「財布です」
「見ればわかるよ」
「じゃあ聞かないでください」
「ほんとに払うの?」
「払います」
「ぼくいるよ?」
「知ってます」
夜也は納得していない。
でも、ここで勝手にカードを出すほどではないらしい。
わたしの会計が先に終わる。
商品を袋へ入れてもらい、受け取る。
夜也はそれをじっと見ていた。
「何ですか」
「……自分で払った」
「当たり前でしょう」
「なぎってそうなんだ」
「何が」
「こういうの、払ってもらわないんだ」
「相手によります」
「ぼくは?」
「今のところ払ってもらう理由ないです」
夜也が少しだけ目を細めた。
「今のところ?」
「言葉のあやです」
「覚えとこ」
「忘れてください」
夜也の会計に移る。
高級な黒いカードが出てくるのかと思ったら、普通にスマートフォンをかざして支払っていた。
「意外」
「何が?」
「現金じゃないんですね」
「そこ?」
「カード出すかと思いました」
「コンビニで?」
「夜也さんなら」
「なぎの中のぼくどうなってるの」
「高いもの買う人」
「間違ってない」
二人で店を出る。
自動扉の向こうに、さっきの黒い車が待っている。
片手にはコンビニの小さな袋。
目の前には明らかに高級な車。
やっぱり組み合わせがおかしい。
「変ですね」
「また?」
「高級車とコンビニ袋」
「いいじゃん」
「夜也さんは何でもいいって言いますね」
「なぎが嫌じゃないなら、だいたいね」
その返しだけは、少し夜也らしいと思った。
車へ戻る。
今度は夜也が先にドアを開けようとしたけれど、わたしが自分で開ける。
「取られた」
「自分でできます」
「知ってるって」
二人で後部座席へ乗る。
車が動き始めると、夜也はすぐ袋から苺味のチョコレートを取り出した。
「今食べるんですか」
「一個だけ」
「夕食前ですよ」
「なぎが選んだやつだし、味見したい」
箱を開け、一つ口へ入れる。
少しだけ目を見開いた。
「おいしい」
「よかったですね」
「なぎも食べる?」
「自分のあります」
「これ別の味だよ」
一つ差し出される。
少し考える。
「じゃあ一個だけ」
「はい」
手を出すと、普通にその上へ乗せられた。
苺の香り。
甘い。
「どう?」
「おいしいです」
「でしょ」
「夜也さんが作ったわけじゃないでしょう」
「ぼくが選んだ」
「わたしが指したやつです」
「あ、そうだった」
夜也が笑う。
わたしも自分の袋を膝の上へ置いた。
今日の帰り道。
研究協力員になった初日。
晶守家当主がわざわざ40分かけて迎えに来て。
その途中で、二人でコンビニへ寄った。
特別なことは何もしていない。
買ったのは、飲み物と数百円のお菓子だけ。
それなのに、夜也は妙に満足そうだった。
「なぎ」
「はい」
「次、何買う?」
「もう次の話してるんですか」
「今日これおいしかったから」
「なら同じの買えばいいでしょう」
「違うのも試したい」
「自分で選んでください」
「なぎと選ぶのがいい」
さらっと言われる。
たぶん、この人にとっては本当にそれだけなのだろう。
何を買ったかより。
誰と選んだか。
そちらのほうが大事らしい。
「予定が合えば」
答える。
夜也がすぐ笑った。
「それ、なぎの“いいよ”だよね」
「違います」
「ぼく知ってる」
「勝手に翻訳しないでください」
「あはは」
窓の外へ街の灯りが流れていく。
膝の上には、自分で買った小さな袋。
隣には、高級車に乗っているのに数百円のチョコレートを嬉しそうに食べている晶守家当主。
奇妙な帰り道だった。
でも、嫌ではなかった。
そして、その数分後。
わたしは今日の買い物がまだ終わっていなかったことに気づくことになる。
夜也が、さっきから妙にわたしのレシートを見ていたからだ。




