第15話「Cランク、条件依存」
遺能「振」の正式登録から数日後、わたしはまた力環へ呼ばれた。
今回は検査ではなく、力位についての説明だった。
前回の帰り際に「数字だけ伝えると誤解しやすい」と言われていたので、多少変な評価になることは予想している。それでも、わざわざ別日に時間を取って説明するほどなのかはわからなかった。
放課後、そのまま力環へ向かう。
制服のまま受付を通るのにも、少しずつ慣れてきた。最初の頃は、自分だけが場違いな気がしていたけれど、研究棟では学生らしい服装の人を見かけることもある。遺能者本人だけではなく、学校や大学と連携している研究もあるらしい。
前回と同じ会議室へ入ると、担当の研究員がすでに資料を並べていた。
今日は夜也はいない。
少し静かだと思ってから、自分がそう感じたことに気づく。
別に来てほしかったわけではない。
ただ、あの人がいると部屋の音量が一段上がるので、いないとわかりやすいだけだ。
「今日は慈さんはいらっしゃいませんよ」
研究員に言われた。
「聞いてません」
「顔に出ていました」
「最近よく言われます」
そんなにわかりやすいのだろうか。
席につくと、研究員が一枚の書類をこちらへ向けた。
前回と同じ登録資料。
名前。
年齢。
遺能名。
そして今回は、新しい欄が埋まっていた。
力位――C。
「C」
「はい。暫定ではありますが、水守さんの『振』はC級として登録します」
思っていたより高いのか低いのか、すぐには判断できなかった。
力位はA、B、C、E、Fの五段階に分かれている。
Aは国家単位でも重要視されるような上位能力者。Bは実戦や専門分野で非常に高い能力を持つ層で、Cは一般的な実用域の中心にあたる。
その下にEとFがある。
Dがないのは、降命者に関する内部判定と記号が重なるためだった。
「Cって、普通なんですか」
「人数だけ見れば、かなり一般的な力位です」
「じゃあ、特殊遺能なのに評価は普通」
「そういう言い方もできます。ただし、水守さんの場合はその一文だけでは説明が足りません」
やっぱりそうらしい。
研究員が別の資料を出す。
「力位は単純な破壊力ランキングではありません。出力、制御精度、持続性、実用性、危険性、応用範囲などを総合して決まります。たとえば直接的な攻撃能力が弱くても、高い索敵能力や治療能力を持つ人は上位に評価される場合があります」
「はい」
「そのうえで、水守さんの評価が難しい最大の理由は、単独状態と干渉状態で数値が極端に違うことです」
画面に二つのグラフが表示された。
一つは低い。
かなり低い。
わたし一人で検査を受けたときの反応らしい。
「単独出力だけを評価するなら、F級相当か、場合によっては能力なしとして扱われても不思議ではありません」
「そんなに低いんですか」
「低いというより、自分だけでは現象を成立させる対象がないんです。振は何かを作る能力ではなく、すでに存在する異能へ作用する能力ですから」
それは前回も聞いた。
一人で火を出したり、物を動かしたりするわけではない。
相手がいなければ、ほとんど何も起きない。
「では、こちらを見てください」
もう一方のグラフが拡大される。
夜也の晶を使った検証結果だった。
「慈さんの晶へ干渉した際、水守さん自身が生み出した出力だけを取り出せば、依然として大きな数値ではありません。ただし、対象側に生じた変化まで含めて評価すると、話が変わります」
「晶が鳴ったことですか」
「それだけではありません。微振動の同期、制御効率の変化、結晶構造の安定化。どれも水守さん自身が同規模の力を出したわけではありませんが、Aランク能力者の現象へ明確な変化を生じさせています」
研究員は少し間を置いた。
「つまり、振は“自分の出力が小さいから結果も小さい”という能力ではありません」
その言葉で、何となく意味がわかった。
「相手が大きいと、結果も大きくなる?」
「可能性があります」
「わたし自身が強くなるわけではないのに」
「はい。対象が強力であればあるほど、水守さんが触れられる現象の規模も大きくなる可能性がある」
少し嫌な感じがした。
普通なら、自分の限界以上のことはできない。
でも振は違う。
自分では何も作れない代わりに、すでに大きな力がそこにあれば、その大きさへ干渉できてしまう。
「それって危なくないですか」
「危険です」
研究員は曖昧にしなかった。
「特に、対象が高出力であるほど、水守さん自身への反動も大きくなる可能性があります。今のところ、腕の痺れや疲労程度しか確認されていませんが、もっと強い対象へ干渉した場合も同程度で済む保証はありません」
九十九のことを思い出す。
前回、原動への実験はしないと説明された。
それで正しいと思う。
「じゃあ、Aランクの人に触れたら、わたしもAランク相当になるんですか」
「いいえ」
はっきり否定された。
「そこは重要です。水守さん自身の力位がAになるわけではありません」
「でも、夜也さんの晶には影響できた」
「できます。ただし、“Aランク能力者へ作用できる”ことと、“Aランク能力者と同等の能力を持つ”ことはまったく別です」
研究員は資料の一部を指した。
「たとえば慈さんなら、自分一人で大規模な晶を形成し、攻撃、防御、索敵、拘束、足場形成などを同時に行えます。それは慈さん自身が持つ能力です。一方、水守さんは対象となる異能がなければ、そのどれもできません」
「だからC」
「そうです」
少し納得する。
「ただし」
やっぱり続きがある。
「Cランクという評価は、水守さんの能力が生み出し得る最大結果を完全には表していません」
資料の力位欄の横に、小さな文字が書かれていた。
条件依存。
「これが注記?」
「はい。正式には『Cランク・条件依存』として記録されます」
「条件って、相手の能力ですか」
「それだけではありません」
研究員は項目を一つずつ示した。
「対象となる異能の出力。水守さんとの距離。接触の有無。対象の安定状態。そして、相性です」
「相性」
「現時点で最も予測しづらい部分です」
夜也の晶には、かなり強く反応した。
一方で、前に試した防壁にはほとんど何も起こらなかった。
「同じくらい強い人なら、同じくらい反応するわけではない?」
「おそらく違います。能力の構造そのものとの相性があると考えています。今後の検証で、ある程度分類できるかもしれませんが、現段階では未知数です」
「じゃあ、戦うときに使おうとしても、相手によって全然違う」
「そうなります」
「不便ですね」
思ったままを言うと、研究員が少し笑った。
「戦闘能力としてだけ考えれば、非常に扱いづらいですね」
「ですよね」
「ただ、研究対象としては面白い」
「それ、夜也さんも言いそうです」
「慈さんはすでに何度も言っています」
やっぱり。
「もう一つ、覚えておいてほしいことがあります」
研究員の表情が少し真面目になる。
「水守さん自身が、力位という数字に引っ張られないことです」
「数字に?」
「Cと聞いて、“AやBより弱い”とだけ考えないでください。逆に、“Aランクにも干渉できたから実質Aだ”とも考えないでください。どちらも正確ではありません」
わたしの能力は、単独では弱い。
でも、条件が揃えば大きな力へ触れられる。
そのどちらかだけを見ても違うらしい。
「じゃあ、Cって何なんですか」
少し変な質問になった。
でも研究員は真面目に答えた。
「現時点で、水守さんが安全に再現でき、一定の実用性を持つ範囲を評価した結果です」
「最大値じゃなくて?」
「はい。偶然一度だけ出た最大値ではなく、本人が扱えるものとして評価する必要があります」
それなら、少しわかる。
教室の事故で膜を崩したのも、夜也の晶を整えたのも、わたしが完全に意図してやったことではない。
もう一度同じ状況になって、同じことをしろと言われてもできる保証はない。
「もし自分で調整できるようになったら、ランクも変わりますか」
「可能性はあります」
「上がる?」
「上がる場合もあれば、評価内容そのものが変わる場合もあります。ただ、今はそこを目標にしなくて構いません」
「ランクを上げるために訓練するわけじゃない」
「そうです」
その言葉は少し安心した。
強くならなければいけないと言われたら、たぶん困る。
戦いたいわけではない。
夜也のようになりたいわけでもない。
ただ、自分の中にあるものが何なのかは知りたい。
「研究を続けるなら、まずは安全に再現できる条件を探します。どういう対象へ反応しやすいのか。距離でどれくらい変わるのか。振を合わせた場合とずらした場合に何が起こるのか。それから、水守さん自身への負荷も調べます」
「わたしが意識して合わせたり、ずらしたりできるようになる可能性も?」
「あります。学校では無意識に乱し、晶では無意識に合わせた。それが意図的にできるようになれば、能力としての幅はかなり広がります」
増幅。
減衰。
撹乱。
安定化。
まだどれも可能性の話だ。
でも、少しずつ輪郭が見えてきた。
「条件依存って、弱点みたいですね」
「弱点でもあり、性質でもあります」
「性質」
「水守さんだけでは成立しない。それを欠点と見ることもできます。でも、別の見方をすれば、相手によって能力そのものの働き方が変わるということです」
少し考える。
「誰といるかで変わる?」
「かなり簡単に言えば、そうですね」
夜也なら、きっとまた「なぎっぽい」と言うだろう。
そんなことを考えていると、机の上に置いたスマートフォンが震えた。
説明中なので見ないつもりだったが、画面に表示された名前だけは目に入った。
夜也。
まただ。
研究員も見えたらしい。
「出ても構いませんよ」
「いいです」
「慈さん、今日の結果をかなり気にしていましたから」
「知ってます」
通知がもう一度増える。
仕方なく画面を見る。
『終わった?』
その下に。
『C?』
思わず研究員を見る。
「もう知ってるんですか」
「慈さんは晶の検証協力者なので、評価会議の一部には参加しています」
「先に言われたら説明の意味ないじゃないですか」
「正式結果は今お伝えしました」
正論だった。
夜也へ短く返す。
『Cでした。条件依存』
すぐに既読がつく。
『おそろいじゃないね』
意味がわからない。
『何がおそろいなんですか』
『ぼくAだから』
『知ってます』
『でもぼくの晶と相性いいからいいや』
『何がいいんですか』
『嬉しい』
説明が足りない。
そのまま画面を伏せる。
「慈さん、何と?」
「相性がよくて嬉しいそうです」
「そうですか」
研究員が少し笑った。
「能力相性という言葉は、今後かなり慎重に使ったほうがいいかもしれませんね」
「どうしてですか」
「人間関係の相性と混同する人が多いので」
一瞬、夜也のメッセージを見る。
「……あの人は絶対混同しますね」
「わたしもそう思います」
説明が終わり、正式登録用の書類を受け取った。
遺能「振」。
力位C。
条件依存。
三つ並ぶと、少しだけ能力らしく見える。
でも、まだわからないことのほうが多い。
帰りの車へ乗る前に、もう一度資料を開いた。
単独状態では低出力。
他者の異能へ接触または接近した際に干渉反応。
対象出力、距離、状態、能力構造との相性によって作用量が大きく変化する。
高出力対象への干渉では、通常のCランク評価範囲を大きく逸脱する可能性あり。
その一文で視線が止まる。
通常の評価範囲を、大きく逸脱する。
強いという言葉とは少し違う。
便利という言葉とも違う。
自分一人では何もできないのに、相手によっては自分の評価を越えたところへ手が届く。
それは少し怖くて、同時に妙だった。
スマートフォンがまた震える。
『なぎ』
『今どこ?』
『帰る?』
3通続けて夜也から来た。
『今から帰ります』
『迎え行こうか?』
『いりません』
『即答』
『車あります』
『そっか』
そこで終わるかと思ったら、もう一通来た。
『でもCだからって無茶しないでね』
少し意外だった。
『夜也さんに言われたくないです』
『ぼくはAだから』
『そういう話ではありません』
『あはは』
いつもの返事。
そのあとに、
『強い力に触れるほど返ってくるんでしょ』
と続いた。
どうやら説明はちゃんと聞いていたらしい。
『そうみたいです』
『じゃあ、ぼくで試すときも嫌なら止めて』
『わかってます』
『ほんとにね』
『はい』
それでようやく通知が止まった。
車の窓から外を見る。
Cランク。
条件依存。
数字だけなら、特別高いわけではない。
でも、自分の力がどこまで届くのかは、わたし一人を測ってもわからないらしい。
誰の力へ触れるのか。
どれくらい近づくのか。
相手がどんな状態なのか。
それによって、できることも危険さも変わる。
ずいぶん面倒な能力だと思う。
それでも、以前ほど嫌な感じはしなかった。
今のところわかっているのは、わたしが一人で大きな力を出す人間ではないということと、誰かの力へ触れたときにだけ、その相手にはなかった揺れを生み出せるということだった。
Cという一文字より、そちらのほうが自分には大事な気がした。
資料を鞄へしまう。
明日からまた学校がある。
授業を受けて、昼を食べて、放課後になったら帰る。
たぶん、しばらくすれば力環へ通う日も増える。
遺能が見つかったからといって、急に別の人間になるわけではない。
ただ、自分について知らなかった項目が一つ増えて、その横に少し面倒な注記がついただけだ。
遺能「振」。
Cランク、条件依存。
今のわたしには、そのくらいの説明がちょうどよかった。




