男爵家
コーネリアが目を腫らして教室に戻ってきたのは、間もなく次の学年にかわる、秋ごろのことだった。
リックスと喧嘩でもしたのかな。
最近、ポリアンナの周囲は色恋ごとが盛んで、ポリアンナの観察によると、コーネリアは男爵家嫡男のリックスと仲良しこよしだ。
身分も釣り合うし、コーネリアは跡取りじゃないから、嫁に出れるし。
ちょっぴりの打算も交えながらも、ここならば許されるというラインで交流してゆく貴族たち。
家の家督を継ぐ予定のない次男三男の男たちは婚姻を諦めて、まずは手に職を!とばかりに猛勉強を始めるのもこの時期だ。
一方で、その中から家督を継ぐために必要な配偶者を求める女系嫡子も居たりして、側で見ている分には、パズルゲーム的なおもしろさもある。
もっとも、当の本人たちは、涙するほどに必死なことに違いはないのだけれど。
いつもはコーネリアの側に居るリックスの姿は見えないから、やっぱり喧嘩かなぁと思っていたら…違うらしい。
「リックスは、一つ年下の ジルべル伯爵家のご令嬢と婚約されるのですって」
親が決めた婚約者の登場だったか。
嫡男の嫁には、後ろ盾になってくれる格上の家の子女を求めるのも貴族ならではと言える。魔力か、権力か。どちらにしても、力を求めるのだろう。
平民だったら、経済力と生活力だけどね。
「リックスに言われたの?」
コーネリアに寄り添うのは男爵家の令嬢で長子であるクラーラだ。一般に、魔法使い同士の婚姻において、第一子は魔力が強いと言われているので、クラーラは嫡男たちから婚姻の申込みが殺到している。男爵家とは言え、長子ならば、と伯爵家からの申し込みもあったというから、モッテモテだ。
「長子でないなら、男爵家じゃダメですって」
リックスだって、男爵家だ。
それにコーネリアに兄がいる第二子だと分かっていて仲良くしていたはずなのだ。
「ああ、例の、長子優勢説ね」
クラーラのスラリと高い鼻に皺がよる。
クラーラの心境はよく分かる。
ポリアンナと一緒だ。そんな、条件だけでモテたって嬉しくもない。
「でも、リックスは文官志望でしたよね?」
魔力があれば魔法学校に通うことになるが、魔法学校の生徒が全員魔術師になるわけではない。皆が憧れる王宮魔術師の門は決して広くはないのだ。
王宮魔術師になるには、現役の王宮魔術師に師事して推薦をもらう必要がある。
師事する王宮魔術師を紹介するのは魔法学校ではあるが、王宮魔術師たちがそれを受けるかどうかは、魔術師側の都合で決まるし、弟子入り出来たとしても、王宮魔術師への推薦を得られるかどうかもまた別の話となる。
リックス自身も、コーネリアとどっこいどっこいくらいの魔力量だから、初めから魔術師になるつもりはなかったようだ。
どっこいどっこいなら、ちょうど良いバランスじゃないか、とポリアンナなどは思うが、家族はそうではないらしい。
魔力が少しでも強い跡取りが欲しい。
男爵家なら尚のこと。
ディバレイド王国の貴族家継承のルールは独特で、嫡子が女児の場合、家督を継承できる代わりに、降爵となる。
故に、女侯爵、女伯爵、女子爵、女男爵は過去に存在しても、女公爵は存在しない。
王家に生まれた王女であれば可能性もありそうなものだが、王女は大概が公爵家や侯爵家の夫人におさまるか、政治的な理由で他国に嫁ぐことが多かった。
男爵家においては女子しか生まれなかった場合に平民落ちとなるため、男子が生まれるまで子を作る。男爵に嫁ぐと言うのは実は物凄く大変なので、男爵家の嫁の成り手はあまり多くないのだ。
しかもそうしてやっと生まれた男子が4人目ともなると、魔力はどうしても少なく、時には魔力なしの子が生まれる事も少なくない。
それで責められたりしたら、もうたまったもんじゃない。
文官になるなら、魔力なんていらないじゃん。騎士になるなら、魔力なくたっていいじゃん。
魔法使いの国、だなんて言ってたって、全員が魔力持ちなわけではないんだから、そこにこだわる必要はないんじゃない?と、ポリアンナは思うが、貴族の家人としてはそう言うわけにもいかないのだろう。
全く、気の毒な事だ。




