9 ドロフス侯爵令息
辺境に対して悪感情が抱かれる昨今だが、支援金をせびる乞食のようだと蔑まれる一方で、それでも辺境の騎士団が"最強"であると言う認識は揺るがない。
事実として辺境の騎士団が最強であることは間違いないのだが、それでもプライドの高い王国の騎士達にとって"最強"という称号が自分達のもので無いという事は屈辱であり、また彼等自身がそれを自覚している為に、強く劣等感を感じていた。
そしてそれは、まだ学生ではあるが、その多くが父兄に騎士を持ち、いずれ自身が騎士となる彼等としても抱く思いは同じ事なのだろう。
要は劣等感からの八つ当たりなのだが、彼等にとって、取り分け将来の王国軍の未来を背負うと期待されるケビン・ドロフスにとっては、辺境伯子息であるノクス・クロイは目障りな存在であり、屈辱や劣等感をぶつけるのに丁度いい標的となった。
ノクスが編入して来た当初から敵愾心を剥き出しにして、ノクスを貶める暴言を吐いたり、足を引っ張ろうとしたりと、執拗な嫌がらせを繰り返していた。
当のノクス本人がまったく歯牙にもかけず、平然と返り討ちにしてしまうため、問題になどなってはいないが、話を聞く度にカタリナは憤慨せずにはいられなかった。
(騎士なら騎士らしく実力で勝負すればいいでしょうに!)
しかも自分では手を下さすに、自分の腰巾着連中にやらせている所が、尚更小狡くて反吐が出た。
そう思っていたが、アルシオンから彼等が身体強化すら使えないと聞いた今となっては、既に辺境で騎士として魔族の討伐にあたるノクスには正々堂々と勝負しても絶対に勝てる見込みが無いことが分かっていたからこそ、幼稚な手段に出ていてのかと、怒りを通り越してもはや呆れる思いだ。
それでも相手は王国の中でも有数の名門中央貴族であり、学院でも幅を利かせる侯爵子息だ。周りに侍っているのも名のある家門の令息令嬢達ばかり。
正面からぶつかるほどカタリナは短慮ではない。
これ見よがしに腕に巻かれた包帯を見ながら、舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、カタリナはふわりと微笑んだ。
「まあ、ドロフス侯爵令息様。こちらこそお会いできて嬉しいですわ。
ご機嫌麗しゅう。」
学院で『理想の淑女』と評されるカタリナが、綺麗と称される美しい顔に柔らかな笑みを浮かべて、ふわりと優雅なカーテシーで挨拶を述べれば、令息達の頬が薄紅色に色づいた。
「ああカタリナ嬢………、ドロフス侯爵令息などと堅苦しい呼び方などせず、ぜひケビンと名前で呼んでください。私達の仲ではありませんか。」
ケビンがカタリナにうっとりと見惚れるような熱い視線を送る。
私達の仲とは?とカタリナは内心鼻白むも、そんな考えはおくびにも出さずに、恐縮したように『まあ』と片手を口に当てた。
「まあ、そんな………。私のような只の地方貴族でしかない伯爵家の娘が、中央貴族のそれも名門ドロフス侯爵家のご令息のお名前をお呼びするなんて出来ませんわ。」
恐れ多いとでも言いたげな表情で、隠した手の平の下では『べーっ』と器用に舌を繰り出す。
そんな事とは露とも思わないケビンは、カタリナの言葉を奥ゆかしいとばかりに満足気に笑う。
「ははは、相変わらずカタリナ嬢は慎み深いですね。」
「ふふっ、とんでもございませんわ。」
どこまでも控えめで美しいカタリナに、ケビンはすっかり心酔したような眼差しだ。
「我々は春の陽気に誘われて、この美しい庭園を散歩中だったのですが、ここで貴女に会ったのも、運命が私達を引き合わせたからでしょう。
宜しければカタリナ嬢も我々と共に庭園を一緒に回りませんか?
と言っても、貴女のように可憐な花の前では学院の庭園の花など霞んでしまうかもしれませんが、ハハハ!」
騎士より俳優の方が向いているのでは?と思うほどキザな台詞と動作だ。
絶対ヤダ!と思うカタリナは、上品に微笑みながらやんわりと断りを入れる。
「あらあら、ドロフス侯爵令息様ったらご冗談を……。
花などとお褒め頂き恐縮ですが、私など所詮は田舎の片隅に生える野草のような物、それよりもよっぽど綺麗で(ケバケバしい)花のような(頭が)ご令嬢方がお側にいらっしゃるのですもの、ご一緒してはご迷惑になるかと存じますから、遠慮させて頂きますわ。」
そしてケビンの後ろでカタリナを睨みつける色とりどりの毒花たちへと目を向けた。
赤や黄色、緑などのカラフルな衣装を身に纏う毒花達はカタリナが一緒に散歩する事に不満顔だ。
(ほらよくご覧なさい。あなたのカラフルな毒花達が憤ってますわよ。)
促すように視線を送っているというのに、ケビンはカタリナが遠慮しているだけだと信じて疑わないのだろう。
「ははは、野草などと貴女はまた謙遜して奥ゆかしい。
私の花園には確かに美しい花々が咲き誇っていますが、貴女が仲間に入ることを歓迎こそすれ、否やを唱える者などおりませんよ。
そうでしょう?我が美しき花の乙女たち。」
ゾワゾワするようなクサい台詞でケビンが後ろの毒花達に振り返る。
そう言われてしまっては嫌とは言えないのだろう。
「……………ええ……勿論ですわ。」
「ご一緒いたしましょう……カタリナ様……。」
引きつった笑顔で、渋々了承の返事を返す。
(はぁ…………これだから空気の読めない、このクソ野郎は嫌なのよ…………。)
腹が立ちつつも、何時ものカタリナなら適当に誤魔化すか、角が立たないように少しばかり付き合って適当な理由をつけて退散していただろう。
しかし今日はそんな気も起きないほどに苛立っていた。




