7 王都へ来た理由
「はは、そなたは何というか、本当に見かけによらない男であるな。」
ノクスは破顔して笑う。
もう既に述べた話だが、アルシオンのエイナー子爵家は畜産業を生業としている。
その為に辺境への支援として特産品である肉を北の果てにある辺境まで届けているのだが、その辺境までの商業ルートの一翼をエイナー子爵家が担っていることは世に余り知られていない。
というのも、辺境と王都との溝が深まり交流が減る一方の中、必然的に商業ルートが廃れてしまい、支援品である肉を届けたくても届けるのが困難になった為に、アルシオンはエイナー家の資産を切り崩して、一から辺境までの商業ルートを確立したのだ。
そして今となっては、王都から辺境までの物流に関しては、ほぼ彼の商業ルートのみが稼働していると言っても過言ではなかった。
その為辺境と王都を繋ぐ商業ルートを通る商団や商人の情報の多くがアルシオンの元に集まる。
「わしは、時々そなたと話しておると、魔族共と相対する時よりも空恐ろしい気持ちになる時があるぞ。」
「何言ってるのさ、僕は只の田舎の貧乏子爵の若造だよ?
それに辺境の商業ルートの一翼を担ってるなんて大袈裟だよ。僕がやってることなんてルートが安全に機能するように、道の整備や宿の確保とか、荷馬車の手配とかの運搬に必要な最低限の雑務を手配しているだけで、それだって辺境伯様や他の辺境の領主様方の支援、街や村々の人たちの協力があるから何とか出来てるに過ぎないんだ。凄いことなど何もないよ。」
ヘラリと笑うが、その領主達の支援と街や村々の人々の協力を得られるようになるまで、どれだけの時間と労力、そして私財を投じ信頼を得て来たのかをノクスは知っている。
貧乏子爵などと自分を揶揄するが、それだって利益のほとんどを物流網の維持と家業の拡大の為の施設投資へと使ってしまうからだ。
それも辺境の為に、ひいてはそれが辺境を含めた国全体を守ることに繋がると信じているからだ。
ノブレス・オブリージュ(高貴さは義務を伴う)
頼りなげな見た目のアルシオンと話す度、ノクスはアルシオンをこの言葉を具現化したような男だと思う。そして気骨の塊のような男だとも。
「いつか辺境は必ずやそなたに借りを返さねばなるまいな……。」
「はは、ノクスは本当に大袈裟だね………。僕は僕のやれる事をやってるだけだよ。それより本題に戻ろう?辺境の商業ルートを探る理由はなんだい?
何か探らなければならない事件でも起きたのかい?」
照れ笑いをするアルシオンに話の続きを促されると、ノクスは表情を硬いものに改めた。そしてゆっくりと重い口を開く。
「アルシオン………そなた魔獣同士を戦わせてどちらが勝つかを賭ける、魔獣賭博なるものを知っておるか?」
「魔獣賭博………?ああ、聞いたことあるよ。たしか一部の上流貴族達が刺激を求めて、生け捕りにした魔獣を王都に集めて戦わせて、賭け事を楽しんでいたやつだよね。
だけど確か一度逃げ出した魔獣が王都で暴れたせいで、魔獣賭博は禁止になったはずだよ。
………って、まさか辺境の商業ルートを探るのって、誰かが魔獣賭博をやろうとしている上に、その魔獣賭博に辺境の魔獣を使おうとしているからなのかい?」
「うむ、流石アルシオン正解だ……と言いたいところだが、残念ながらこれについては半分正解で、半分不正解だ。」
「半分?」
「そうだ。………実はここ最近、さる高貴な方が欲しがっているから、魔獣や魔物を生け捕りにする事は出来ないか、もしも魔族を生け捕りに出来るなら大金を払うから売って欲しいと言って回る怪しげな商人が出没していると報告が上がって来ていたのだ。」
「は?」
ノクスの話を聞かされたアルシオンは、思考が停止したのか、ポカンとして口を空けた。
「………え?……魔物を生け捕りはともかく、いや…魔物だって生け捕りは無理なんだけど……えっ?魔族…?魔族を生け捕りって言ったの?ホントに魔族を?」
聞き間違いでもしたのかな?とでも言うように問うアルシオンの様子に『然もありなん』とノクスは同意するように頷いた。
何せノクスも最初にこの話を耳にした時は、冗談にしても質の悪すぎる冗談だと、憤りつつも一笑に付して取り合いもしなかった。
辺境における一番の脅威は当然ながら魔族であるが、その他にも魔物や魔獣と呼ばれる異形の化け物達が多く生息している。
魔物と魔獣の違いを説明するならば、魔獣とは鋭い牙や爪、ものによっては毒をもつ超大型肉食獣といったところで、魔物とは魔獣を更に輪をかけて強くした代物な上、魔力を持ち、時に特殊な能力を持つ討伐困難な生き物だ。
更に厳しい北の大地で生息しているそれらは、他の温暖な地域に生息しているそれらとは一線を画すほどに、とてつもなく強く、魔力を習得している戦い慣れた辺境の騎士達でさえ、生け捕りなどと生易しい対応が出来る代物ではない。
まして魔族は、魔物や魔獣と比べるなど烏滸がましい、別次元の化け物達だ。
魔獣よりも遥かに強い身体と身体能力、魔物を軽く凌駕する魔力、更に高い知能を兼ね備えた、個としての強さだけならばら、この世界で最も恐ろしく強大な力を誇る、まさに化け物と呼ぶに相応しい最強の生物だ。
辺境の精鋭騎士達が数人がかりでやっと一体倒せるかどうかで、腕の一振りで数十人を吹き飛ばし、放たれた魔力で辺り一面を焼け野原に変えてしまう事すらある。
一度でも魔族を見たものならば、"生け捕り"などと言う発想すら出てこないはずだ。
「待って、………………………、あー…うん、状況は分かったよ。
でも、生け捕りなんて魔族はもちろんの事、魔物だって現実的には無理だよね?
村人達に依頼して回ったって、辺境の騎士達でさえ到底困難な事を、村人が遂行出来るはずもないし。
…………確認だから気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど…、その……辺境の騎士達の中からそんな馬鹿な事に手を貸した者が出たわけじゃないんだよね?」
「当然だ!辺境の騎士がそのような事に手を貸すものか!!天地がひっくり返っても無いと断言出来る。冗談でも親父殿の耳に入れてみろ、くびき殺されるぞ。」
「う、うん、僕だって分かってるって!あくまで確認だから!
……だけど、それなら心配する事なんてないじゃないか?
その怪しげな商人とかいう輩がどれたけ欲しがっても、手に入れる事は不可能だろうし…。」
「うむ…………わしらもそう考えて、『不届きなことを申すな』と注意を与えるだけで、相手になどしておらなかったのだがな……。
一ヶ月程前に事情が変わったのだ。」
ノクスの顔に沈痛な表情が浮かぶ。
「辺境の村の1つに魔族が出たと連絡があり、五人の騎士が派遣された。
その後騎士達とその魔族が相討ちになったとの報が入り、わしは騎士達の遺体の回収と魔族の生死の確認をする為に現地へ向かったのだが………………魔族の死骸は何処にも無かった。」
「まさか…………。」
アルシオンが息を呑む。
「その日、荷馬車に大きな荷物を積んだ商人らしき人物を見たという目撃情報があった。それからその怪しい商人の姿を誰も見かけてないという。
状況的に見て、魔族の死骸はその商人が持ち去ったのだろうとは思うのだが、問題は………………。」
「……………その魔族がもしも生きていた場合……ということだね。」
ノクスの言葉の続きをアルシオンが受け取り、ノクスの沈痛な表情が更に重いものへと変わる。
「はあ……そうだ。くそっ、悔やんでも仕方ないが、こんなことならば、注意で済ませず、件の商人とやらを捕まえて牢屋に入れておくのだった。
なまじ現実味のない雲を掴むような戯言であったが為に、取り合わなかったのが悔やまれる。」
「いや……それは仕方ないよ。いくら不謹慎で可怪しな依頼を言って回っていたとしても、『魔族を生け捕りにして欲しい』と言っただけで取り締まる法はないんだ。それで牢屋に入れてしまっては、その商人のバックに権力を持つ中央貴族がいた場合ややこしい事になるからね……。」
「五人の騎士が命懸けで倒したのだ……生きていたとしても瀕死の状態であったろうとは思うが、魔族の生命力は侮れぬ。
もし、その商人が魔獣賭博に参加させるつもりで治療したなら、息を吹き返した可能性も捨てきれん。」
「事情は分かったよ……。でもそれならもっと早く僕に教えてくれれば良かったのに。それに魔獣賭博が開かれるというのは確かなの?連れ去られた魔族が王都で魔獣賭博に使われるかもしれないという情報は何処からなんだい?」
当然の質問にノクスが疲れ果てたような顔をする。
「わしとて情報が得られておれば直ぐにそなたに依頼したのだがな…。情報を持っている者がなかなか口を割らず、魔獣賭博の情報を掴むまで時間がかかったのだ。」
「辺境伯子息である君に対して口を割らないなんて、その情報提供者は随分と肝の据わった男だったんだね?」
「いいや、情報提供者は女だ。」
「えっ、女性なの?」
「ああ、 彼女はその怪しげな商人を客に取ったという娼館の妓女だ。
しかし客の個人情報をペラペラと喋る訳にはいかないと断られてな。
まさか罪もない女を拷問にかけて口を割らせる訳にもいかず、説得の為に何度も娼館に足を運ぶ羽目になった。
結局 "『魔物でも魔族でも何でもいいから、早い所王都に持ち帰らないと、賭博が開けなくて俺の首が飛ぶ』とそやつが酒を飲みながら管を巻いていた" という情報を得るまでに何日もかかってしまったのだ。
…………まったく、こちらは一刻でも早く持ち去られた魔族の足取りを掴みたいというのに、はぐらかすばかりか、やれ酒はどうだだの、好みの女のタイプはどんなだなどと関係の無い事ばかり質問してきて、挙句の果てには情報が欲しかったら自分の馴染みになれとしつこく迫られた。」
「えええっ!?……そ……それで…君、まさかとは思うけど……その妓女の女性と…?」
アルシオンの顔にほんのりと朱が浮かぶ。
「馬鹿な事を申すな!曲がりなりにもわしにはカタリナという婚約者がおるのだぞ!婚約者がおる身でそんな不謹慎な真似が出来る訳がなかろう!!わしを何だと思っておるのだ!!」
「そ、そうだよね?ゴメン!君に限ってそんな訳がなかったね。わ、悪かったよ。………だけどじゃあ情報はどうやって手に入れたんだい?」
「それはその妓女を正しく説得した。仕事熱心なのは良いが、既婚者や婚約者がいる者を相手にしてはならぬと、滾々と人としての道を諭した。
最後には『じゃあ婚約を解消してよ』と言われたが、婚約を解消など出来るはずもない。だから『わしが女を知るとすれば、後にも先にもそれはカタリナ一人だ。』と伝えたら何故か涙目で情報を教えてくれたのだ。」
「………………。」
アルシオンの顔から赤味が引いて残念な子を見るような目に変わった。
「何だ?」
「ううん…………そこまで言い切るのに自覚の無い君が凄いなって思って……。」
カタリナ嬢も大変だなと思いながら、相手がこの無自覚男では、手も足も出なかっただろうなと、アルシオンはその妓女にも少し同情した。
「自覚?何の事だ?」
「いや…………何でもないよ……それでこそ君だよね…………。
兎も角そうすると、僕の役目はその商人だという男が瀕死の魔族を何処へ運び、王都の誰に届けたのかを探れば良いわけだね。」
「頼めるか?このひと月、魔族の魔の字も噂は聞かぬから死んでおる可能性が高いとは思うが、傷を癒すために大人しくしておるだけの可能性もある。
万が一にでも魔族が生きていて王都で暴れるような事態になれば、魔族を辺境で食い止めるという役目を果たせなかったと辺境が責任を問われるやもしれぬ。
そして何よりも罪もない多くの命が失われてしまう。それだけは絶対に避けねばならぬのだ!」
ノクスがグッと拳を握りしめた。
「うん……そうだね。 早急にその怪しい商人について調べてみるよ。
魔族ほど大きな荷物ともなれば、人にまったく見られる事なく運ぶのは難しいだろうし、子爵家が営む運搬業者の荷馬車以外は辺境では珍しいから、目撃情報もきっとあると思う。
懇意にしている商人たちや、宿場で宿屋を経営している主人たちにもそれとなく協力を頼んでみるよ。上手く行けば1週間もあれば足取りくらいは掴めると思う。」
「やはりそなたは頼りになるな!そなたのような友を持ててわしは果報者だな。」
「はは、やめてよ気持ち悪い………。じゃあ、早速そのご期待に添うべく調べに行くよ。」
「うむ、頼んだ。」
「……それとノクス。」
席を立ち出て行こうとしていたアルシオンが、選手控室の出入り口の前でふと歩みを止めて振り返る。
「一応友人としてアドバイスさせてもらうけど……君はもう少し自分の心の声に耳を傾けた方がいいと思うよ。」
「?」
言われたノクスは、どことなくくたびれた笑い顔で去って行くアルシオンの背中を見ながら、案の定『何だ?』と分からぬ様子で小首を傾げた。




