6 不器用な友人
「おい、カタリナ!?」
訳が分からない様子のノクスとは違いアルシオンは『しまった。』と言う顔で手で顔を覆った。
「ああ………カタリナ嬢に失礼なことしちゃった。」
「失礼なこと?」
「カタリナ嬢の前で、"ジャムの君"に会いに行けなんて君に提案するべきじゃなかったよ。その瓶が気になりすぎてつい夢中になってしまった……。
夢中になると他のことが見えなくなるのは僕の悪いクセだね……本当に申し訳ない。」
やらかしたと肩を落とすアルシオン。
だがノクスは小首を傾げる。
「何故そなたが謝るのか、わしには皆目見当もつかぬのだか?
"ジャムの君"に会いに行くことを提案する事は、そんなにも悪い事であるか?」
「………婚約者に別の女性と会うのを薦めたんだ。特に君は"ジャムの君"に好意的なようだし、気を悪くされるのも当たり前だ。
僕の配慮が足りなかった……………。」
アルシオンは自分の失態にシュンと項垂れた。
「よく分からぬのだが、"ジャムの君"にわしが好意をもったからといって、どうしてカタリナは気を悪くするのだ?」
「そりゃあ、婚約者が他の女性に好意をもったら嫌だろ?
つまり……嫉妬してしまうって意味だよ。」
感情の機微に疎い友人に困ったようにアルシオンは笑う。
「嫉妬だと?」
ノクスが度肝を抜かれたように目を見開いた。
「嫉妬というのは好いた相手に対してするものであろう?カタリナはわしが誰に好意を持とうが、誰と会おうが気になどすまい。
だいたいカタリナの好きな相手はそなたであろう。」
巫山戯るなと言う目でノクスはアルシオンを見た。
「えっ、それはないと思うよ。」
それなのにキョトンとした目で否定され、ノクスの方が面食らう。
「………そなた、あれだけ露骨に好意を向けられていて、まさか気づいておらんとでも言うつもりか?」
どれだけ鈍いのだとノクスは口をへの字に曲げる。
しかしアルシオンは、少しばかり考えて、『う〜ん』と唸る。
「でも…アレは…多分そんな感じじゃないと思うんだよね……。」
「では何だと言うのだ?この際だ、そなたカタリナをどう思っておる?嫁に取りたい気はあるのか?」
じとりとした目で見つめられて、アルシオンはギョッとした。
「まさか!友達の婚約者にそんな邪な想いなんて抱くわけないでしょ!!!
それにカタリナ嬢の僕に対する感情は………何というか……上手く言えないけれど、こう、お気に入りの俳優とかを見る目というか…。」
「俳優だと!?……………お前がか?」
ノクスは友人の焦げ茶色のモサッとした髪に薄いブルーの瞳で不細工じゃないが美男子でもない普通の顔の容姿を見下ろした。
ノクスの視線を受けてアルシオンは羞恥に顔を赤く染め上げる。
「ちょっ……やめてよ…違うよ、恥ずかしいから僕の容姿は置いておいてよ!
…うん、例えが悪かったね。つまり……可愛い縫いぐるみとか…子犬とかを見る目というか……。」
「可愛い!?………お前がか?」
理解不能だと目を見開くノクスに、アルシオンの顔は益々赤くなった。
「………………うん、もういいよ忘れてくれて。
とにかく僕にもカタリナ嬢にも恋愛感情なんてものはないから心配しなくて良いって伝えたかったんだよ。」
「別に心配などはしておらぬが……そうか。」
ノクスの眉間から険しさが消えて、ふっと表情が和らぐ。
「……君はもう少しカタリナ嬢に自分の気持ちを伝えた方がいいと思うよ。」
「ふむ?気持ちとは何のことだ?」
「…………何でもないよ。」
アルシオンは自分の気持ちすら良く分かっていない不器用な友人に困ったように笑顔を返した。
「それで……辺境伯様のご命令は他に何があるんだい?」
急にアルシオンから思わぬ事を尋ねられて、ノクスは目を瞬かせた。
「……なんだ、藪から棒に。」
「さっき『まずは一つ親父殿からの命令は果たせた』って言っていただろう?
それはつまり他にも何か命令があったって事じゃないのかい?」
「耳聡いな…………。」
「それも剣術大会で優勝することなんかより、よっぽど重要な命令なんじゃないかと思うんだけど………。」
「ふむ、どうして重要な命令だと思うんだ?」
「だって、君は剣術大会に参加するにあたって、辺境からお供としてジャイル卿を連れてきたろ?
ジャイル卿は辺境騎士の中でも一、二を争う優秀な騎士だと聞いている。
そんな彼を魔族が蔓延る辺境からわざわざ安全な王都へのお供として連れて来るなんておかしいだろ?
だから剣術大会は目眩ましで、本当は他にもっと大事な理由があるんじゃないかと思ったんだけど……………ジャイル卿を連れてこなければいけないような……違うかな?」
「……………目敏いな。」
アルシオンの考察にニヤリと笑う。
一見どこにでもいそうなありふれた容姿に、何の脅威にもならなそうな、ふわふわと穏やかで優しい笑顔を浮かべるアルシオンだが
(……これだからこの友人は侮れぬ。)
ジャイル卿を連れてきた、たったそれだけの事で何かが起きていると察してしまう頭の回転の速さに感心した。
そして
「聞いてくるということは協力してくれると考えて良いのか?」
「僕に出来ることなら何なりと。」
朗らかに笑いながら即答してくれる頼もしいアルシオンに、ノクスは万の味方を得たような気持ちになった。
そして
「もともと、そなたには協力を仰ぐつもりだった。」
そうノクスが漏らすと、
「僕に、ということは王都から辺境までの商業ルート関連てことかな?合ってる?」
すぐに知りたい答えの予想が返ってきて舌を巻いた。




