27 攻防1
ノクス達が到着する少し前
『 今日は間違いなく人生最悪の日だ 』
もしも人生において最悪な日をランク付けするとしたならば、間違いなく今日がその日だと自信をもってカタリナは言えるだろう。
土属性の魔力を込めた土壁を作り、魔族が繰り出す攻撃を防御しながらカタリナは絶望しか感じない。
魔族の影のように黒い魔力がムチのように土壁を穿つ度に、穿たれた部分はヘドロのように腐リ溶け落ちる。
そしてその度に新たな土壁を作りあげるを幾度も繰り返していた。
(あと……どれだけ魔力が持つのか………。)
ハアハアと息を荒げながら何もかもが夢であったらと願わずにはいられない。
目の前に迫りくる恐ろしい魔族は楽しむように攻撃の手を緩めてはくれない。
絶望的な状況に涙が出そうだった。
(これもそれもどれも全てノクスの馬鹿のせいに違いない……。)
恐怖と苛立ちの全てを全力で魔力に変えて土壁作りへとぶつける。
だけど今一番腹ただしいのはハゲ散らかして白目で気絶しているケビンとヘラヘラと笑うストーンとかいう副師団長だ。
「おー魔力って凄いんスねぇ。いやぁ、俺も訓練してたら良かったなあ、…今からでも使えますかね?」
「五月蝿い!!!」
集中の邪魔だ話しかけるな!とカタリナは副師団長を睨みつける。
何でコイツらまで守ってやらねばならないのか反吐が出そうだった。
事の起こりはほんの十数分前の事だ。
北方近衛師団の副団長と呼ばれた騎士の影から魔族が現れた。
どうやら魔族は手負いのようだったが、魔族は手負いだからと侮れる存在ではない。
驚きと恐怖の中、何とか気力を振り絞りアルシオンを守る為に踏ん張る覚悟を固めた。
固めたのだが……そんなカタリナを魔族から庇うようにケビンが前に躍り出てきた。
ケビンはスッと魔族とカタリナの間に割って入ると不敵に笑い、魔族の怖さなど微塵も感じていない様子でご自慢のブロンドヘアーを掻き上げた。
そして……
『フッ……まさかこんな所で魔族に出くわすとは驚きですね。
しかしご安心下さいカタリナ嬢!このケビンがいるかぎり貴女の髪の毛1本たりとも魔族に傷つけさせは致しません!!
さあ魔族よ!!!我が名はケビン・ドロフス!!軍閥筆頭名門ドロフス侯爵家が嫡男にして、数多の騎士達の頂点に立つ男だ!いざ、尋常に勝負!!!』
スラリと剣を抜くと舞台の俳優さながらに格好つけたキメポーズを決めて、『私の勇姿見てます?』とでも言いたげにドヤ顔でカタリナに振り向いた。
は?と思った瞬間にはもう遅かった。
魔族の手がケビンの髪の毛を鷲掴みにしたかと思えば、次の瞬間には高々と持ち上げブンブンと高速で振り回していた。
突然の事に思考が追いつかないのか、驚愕に目を見開いたまま声も出せずにブン回されるケビンの代わりに、ケビンご自慢のブロンドヘアーがブチブチと引き千切られ抜ける音を立てた。
掴まれた髪の大多数が千切れるか抜けるかすると、勢いのまますっぽ抜けて、ケビンはポイっと空高く放り投げ出された。
突然の事に呆然としてしまったカタリナとアルシオンだったが、先に動いたのはアルシオンだった。
身体強化の魔力をかけるとケビンが地面に叩きつけられる直前に何とか受け止めた。
慌ててカタリナも土属性の魔力を使い、土を盛り上げてクッションを作って衝撃を和らげたが投げ出された衝撃は強くケビンとアルシオンは跳ねるように地面を転がった。
二人はゴロゴロと転がり止まったが、ケビンは放心状態で動けないままだった。
ご自慢の髪は見事にズル剥けてケビンの頭は見事にハゲチャビンになっていた。
情報が整理できないのだろう。
そのまま驚愕の表情で固まっていたハゲ…ケビンだったが………
『ヒィィィアアアァァァァァ!!!!』
一拍あけてやっと痛みと恐怖を思い出したのか絹を切り裂くような叫び声が森に響いた。
『痛い!痛い!痛いいい!!ヒィィィ!ハッ……私の髪…私の髪いいいい!!!』
打ち付けた痛みと禿げてしまった衝撃に大声で騒ぎ出したが、怪我を負ったのはアルシオンの方だ。
ケビンを庇うように抱えたまま地面に叩きつけられるようにして転がったのだ。
無事でいられる筈もない。
右肩からダラリと血を垂らして玉のような汗をかいて腕を押さえていた。
『アルシオン様!!』
カタリナが慌ててアルシオンの側に駆け寄った。
幸い脱臼はしていたが傷は浅く骨は折れていないようだった。
『脱臼しているので入れますわね!』
アルシオンがコクリと頷くのを確認して、グッと肩に力を込めた。
ポクッと音がして上手く肩が入ったようでホッとした。
しかし相当痛むのだろう、アルシオンは声もなく耐えていた。
その間ケビンは押し黙るアルシオンとは対照的に、魔族にぶん投げられた驚きと痛み、そして髪を失ったショックに悲鳴のような声をあげていた。
少しすると今度は怒りが込み上げてきたのか、何もせずに突っ立ったみままの副師団長に目をやり怒りを燃え上がらせた。
『くぅぅぅぅ、ストーン!!貴様…何をボサッと突っ立って見ていた!!早くこっちにきて魔族を倒さないか!!
ううっ立てない!!腰が抜けた!!さっさと魔族を倒して私を助けろおぉぉぉ!!』
腰が抜けている為、這いずるようにして怒り心頭に副師団長に近づいて行く。
それに気づいてカタリナは右腕に身体強化の魔力をかけると、地を這うケビンをむんずと掴み引きずり戻すと、ポーンと後ろに放り投げた。
『何を考えてる!死にたくなければそこでじっとしてろ!このハゲビンが!!』
『ヒィ!?』
突然学園の天使とも名高い淑女で華奢なカタリナに片手でぶん投げられ、ドスの効いた声で怒鳴られて、ケビンは痛みも怖さも忘れたように呆然とした顔でカタリナを見上げた。
「ハ、ハゲ…ビン!?…えっ…カタリナ嬢………?え?えっ?」
まったく呆けている場合かと腹が立つ。
あと一歩……アルシオンが飛び出すのが遅かったら、カタリナが土でクッションを作るのが間に合わなかったら、ケビンは髪の毛がズル剥ける程度では済まなかったろう。
それどころか…
『フム……やはりまだ腕の力は戻らないか……口惜しい……。』
ぶらぶらと1本しかない腕を振る魔族がいう通り、もしも手負いでなければ初手で首をもがれていても可怪しくなかった。
それなのにあの副師団長だとかいう男は、一歩足りとも動かずに静観していたのだ。
アルシオンとカタリナが反応出来たのに仮にも騎士が一歩も動けなかったなどあるだろうか。
今だって守る素振りなど微塵もみせずにじっとこちらを見ているだけだ。
味方とはどう考えても考えにくい。
ギロリと睨みつけるとケビンは『ヒィィィイイ』と縮こまってカサカサとアルシオンの後へ隠れた。
その姿はまるで台所にいる黒いアレの様で、嫌なものを連想してしまい、ますますカタリナの眉根が寄った。
『………………何で庇うんスか?』
ずっと静観していた副師団長がコテンと小首を傾げて尋ねた。
だが尋ねたいのはカタリナの方だ。
仮にも対魔族最後の砦とも言われる北方近衛師団の騎士のくせに何故魔族を自身の影に潜ませることになったのか。
副師団長が依然として黒い靄のような魔力に包まれているのを見るに、何らかの影響を受けているのだろう。
魔族の中には影の魔力と呼ばれる精神に影響を及ぼす魔力を持つ者もいると聞く。
たが影の魔力とはその名の通り、影に潜み、影のように触れるものを黒く腐食させ、影のようにひっそりと精神を蝕む魔力だ。
問答無用で強制的に支配する魔力ではなく、元々あった感情を揺さぶることで誘導する。
つまり本人にその気がなければ操れない代物の筈なのだ。
だからカタリナは質問に質問で返した。
『……………貴方こそ北方近衛師団の副師団長なのでしょう?何故助けようとしないの?
こんなでもドロフス侯爵家は貴方達にとっては仕える主君筋に当たるのではないの?』
尋ねると副師団長は勘弁してくれとでも言うように乾いた笑みを浮かべた。
『ハハッ、冗談は止めて下さいよ〜辺境伯子息の婚約者のお嬢さん。
コイツが主君とかマジで勘弁ッスねぇ……。
天地がひっくり返っても俺がコイツに仕えるなんてないッスよ。
コイツなんて害虫みたいなもん…、いや、寄生虫ッスよ?』
『が、害虫!?寄生虫!!??』
ケビンが信じられないというように目を丸くした。




