28 攻防2
『き、ききき貴様何を言っている!こ、この私を寄生虫だと言ったのか!?
ふざけるのも大概にしろ!!!』
激昂するケビンに副師団長は肩をすくめた。
『ああ…寄生虫はやっば自分が寄生虫だって自覚ないんスねぇ。
俺ら北方近衛師団が必死に稼いだ金を馬鹿みたいに使う脳しかねぇんだから寄生虫で間違いないでしょ?
まったくオツムも悪けりゃ剣の腕も悪いんだから……。
唯一の取り柄だった容姿だって今やハゲチャビンのフビンな………あっ、ハゲビンとフビンでハゲフビンか?
なんか語呂良いッスねアハハハハ!』
ケラケラと馬鹿にされてケビンは愕然とした表情になった。
『ハ…ハゲフビン……』
乳母日傘で大事に大事に育てられ、蝶よ花よと持ち上げられて生きてきたケビンにとってこれほと悪しざまに言われたのは産まれて初めての事なのだろう。
『な……なっ………』
衝撃に言い返す言葉を見つけられず顔を真っ赤にしてワナワナと震えて絶句する。
しかし
『のう、まだお喋りは続くのかの?』
頭上高くから恐ろしい声が降ってくると、ケビンは魔族にやられた事を思い出し、怒りの震えを恐れの震えに変えて転げるようにまたアルシオンの影に隠れた。
そしてヒョッコリと顔だけ出すと、ガタガタと震える声で副師団長に叫んだ。
『ヒィィ、も、もももも、もういい!!と、とりあえず貴様の不敬は後回しにしといてやる!
い、いまは魔族を倒すのが先決だ!!お、おいストーン、もう一度だけチャンスをやるからさっさと魔族を倒せ!!』
『は?この流れで倒す訳ないでしょ?』
『え?』
まさか断られるとは思いもよらなかったのだろう。
ケビンはポカンとした後、カッと怒りに声を震わせる。
『な、なんだと!?いつまでふざけてるつもりだストーン!!貴様は状況が分かってるのか!?
こ、この私が襲われたんだぞ!!冗談を言ってないでさっさと倒さないか!!
もう一度私に怪我でもさせてみろ父上に言いつけてやる!!
平民出の貴様など軍法会議にかけるまでもなく首だぞ!!』
ケビンの脅しに副師団長は呆れた目を向けた。
『はぁ…『父上に言いつけてやる』ね…阿保らし……。首も何もこちとらアンタを殺す為にとっくに命賭けてるってるのに今更お咎めが怖いとでも思ってんスか?
アンタこそ、まだ状況が分かってないんスね?』
『こ、殺す!!!???』
殺すという恐ろしいパワーワードにケビンがギョッと目を剥く。
『な、何を言ってるんだ!!』
『ああもう、ホント残念なハゲフビンッスね。
………………アンタ俺の罠にハマったんですよ?
アンタが北方近衛師団に来た時から、俺はアンタを殺すつもりだったんスよ。
魔族に合わせたのもアンタを誘い出して魔族に始末させる為ッス。
浅はかで見栄っ張りなアンタなら絶対話に乗ってくると思ってたッスけど、こんな上手く行くとは正直驚いたッスよ。
……どうです?自分を殺す魔族を自分で死に場所まで連れ出して殺される気分は。』
『!!!!!!』
信じられないとケビンの目が極限まで見開かれた。
ようやく自分が置かれている立場を理解したのだろう。
しかしケビンには理由が分からない。
悪い顔色を更に悪くしてガタガタと尋ねる。
『…ど…どど……どうして…………』
『どうして?………どうしてか…………そうッスねえ…俺個人はあんたにそこまで恨みがあるわけじゃねぇんですよ。
でもね………… " 死んでくんねぇかな〜 " とはいつも思ってたんスよ。』
『は!?わ、わ、わわわ、私は貴様に恨まれる様な事をした 覚えはないぞ!
き、貴様と会ったのだってほんの2週間前だろ……な、何故そんな事を思われなきゃならないんだ!』
『そうッスね、だから直接的な恨みじゃないんスよ。
ただね…………恨みはなくとも、アンタ邪魔なんスよ。
アンタがいると………いつまで経っても俺のしだ…………
…大事な人が幸せになんねぇんだよ…………。』
『だ、大事な人?だ、誰の事を言ってるんだ!!?わ、私は貴様の大事な人など知らんぞ!』
『…別に知らなくていいッスよ。アンタがこれから魔族に殺されてくれりゃ、それだけで俺の大事な人の為になるんで……』
副師団長を取り巻く黒い影の魔力がユラリと揺れた。
見つめる瞳に殺意が滲み出る。
『ヒッ…………』
初めて感じる明確な殺意にケビンはビクリと身を縮こませる。
流石のケビンも自分を取り巻く環境が相当ヤバイことに気づいたのだろう。
魔族と副師団長に殺しにかかられたら一溜まりもない。
ダラダラと滝のような冷や汗をかきながらなんとか打開策を見つけようと考えを巡らせた。
『や、やめろ………考え直せ……ハッ!そ、そうだ、な、なら、その大事な人に望むだけ金をやるのはどうだ!!
な、なんなら我がドロフス侯爵家が所有する爵位の一つを譲ってやってもいい。
それならその大事な人とやらは幸せになるだろ?
良し、それで解決だ!!なっ?それでいいだろ?なっ?なっ?』
涙目で懇願するケビンに副師団長はプハッと吹き出した。
『ヤバッ!!なんスか? " 金をやるから助けてくれ "とか清々しいくらいの屑な台詞じゃないッスか。』
そして瞳を暗く細めた。
『まったく…その金が何処から出てると思ってんスかねえ………。
……まあ俺としては、いつもの高飛車な態度よりは全然好感持てるッスけど……………。』
『えっ?好感!?じゃ、じゃあ………………』
ケビンの顔が期待に輝く。
『ええ、………………その方が罪悪感なく殺せるんで……』
『へっ?』
副師団長の手が剣にかけられて身体が僅かに低く沈んだ。
その動きにハッと気づいてカタリナとアルシオンが動く。
『ゲビン様!!!』『ケビン殿危ない!!!』
カタリナとアルシオンが名前を叫び終える頃には副師団長の剣はケビンの首まであと数センチまで迫っていた。
それでも何とかアルシオンがケビンを引き倒し、カタリナのレイピアがギリギリのところで副師団長の剣を突き弾いた。
それでもカマイタチのような風圧がケビンの首に当たり、ピッと切り裂かれた皮膚から血の雫が空中に数滴飛んだ。
更に攻撃はそれだけでは終わらず、カタリナに弾かれた剣の反動をそのまま利用するように副師団長はくるりと回転すると、回転の威力も上乗せして一撃を振り下ろした。
『くっ…………………!』
カタリナは渾身の力を込めて副師団長の剣を受け止めたが、激突した剣の重さと衝撃でビリビリと身体中が震えた。
『へえ………その細腕で受け止めるとかマジすか………。
…………結構本気でいったんスけどけねぇ。
魔力だけでなく剣も使えるとか、やりますね辺境伯子息の婚約者のお嬢さん。
……………………………北方近衛師団に入りません?』
副師団長が感心したようにピューっと口笛を鳴らす。
間一髪だった状況にドッドッドッと心臓が五月蝿いほど音を立てた。
(まったく冗談じゃない……………………。)
身体強化の魔力も使ってないのに、何て速さと重さだ。
副師団長の強さに冷や汗が流れる。
何よりも殺意の籠もった一撃が、カタリナの心を重くした。
(………………本気で殺そうとしていた。)
先に述べた通り、影の魔力とは元々の感情がなければ操ることは出来ない代物だ。
だからどうにか出来ないものかと副師団長の心を推し量る為に、二人の会話を黙って聞いていたカタリナだったが、影の魔力に影響を受けていることを鑑みても副師団長の殺意が本気なのは明白だった。
これでは魔族の影響下から脱させることなど不可能だ。
魔族だけでも十分絶望的なのに、この騎士まで相手にしなければならない事が決定的となって目眩を覚えた。
本当に今日は最悪の日だと身構えたが、副師団長はカタリナに好意的にヘラリと笑いかける。
『勇ましいッスねぇ!俺お嬢さんみたいな強い女って好きッスよ。
………ということでお嬢さん、取り引きしません?』
『取り引き…………?』
カタリナが尋ねるとストーンは笑顔でケビンをスッと指差した。
『ええ、そのハゲフビン渡してくれません?
素直に渡してくれさえすれば、貴女とそこで腕を怪我してるご友人には手を出さないって約束するッスよ。
勝ち目がないの……お嬢さんなら解ってるでしょ?
若い身空でこんなハゲフビンの為に死にたくなんかないッスよねぇ?ご友人だって死なせなくないっしょ?』
たった一合切り結んだだけだが剣の実力はストーンの方が上だった。
ストーンもそれが分かっているのだろう。
交渉と言うよりは脅しのような言い方だった。




