26 ノクスの想い
" 知らぬということは恐ろしい"
そんな言葉がノクスの頭を過った。
騎士科の生徒達の話はノクスにとって少なからず衝撃だった。
魔族を捕まえて魔獣賭博に使うという発想も信じられなかったが、魔族を狩猟大会の獲物として野に放つなど、魔族を知る辺境の人間からすれば常軌を逸する発想だった。
『何故ケビンを止めなかった!』と激高する侯爵に生徒達が述べた言い訳も信じられなかった。
『すみません!!で、ですがケビンがノリノリでサプライズにしたいから内密にしろと命令されてて逆らえなくて!!』
『そ、それにあの…もともと死にかけの手負いですし…魔族といっても凄く弱そうな魔族でしたし…副師団長殿もついているから心配ないかと……』
『馬鹿な……………!!!』
ドロフス侯爵は手で顔を覆い顔面蒼白に呟いたが、ノクスも同じく馬鹿な!と信じられない思いだった。
魔族をサプライズに使う?弱そうな魔族?意味が分からなかった。
弱い魔族など存在しない
ましてやあの魔族は辺境の騎士5人を殺し生き延びた魔族だ。
それに魔族はたとえ瀕死だとしても侮ってはならない。
少なくとも辺境であれば常識だ。
ノクスの祖父である先々代の辺境伯は瀕死の魔族に殺されかけたことがある。
瀕死の魔族は千本の矢をその身に受けながら、他の騎士達には目もくれず敵の大将であるノクスの祖父めがけて真っ直ぐに突進し腹に喰らいついた。
幸いにして命に別条はなかったが、その傷のせいで祖父は戦場に立てなくなり父に辺境伯の地位を譲り渡した。
魔族という化け物が厄介なのは、力や魔力が強いからだけではない。
千本の矢を受けても死なないしぶとい生命力、そして何より敵の大将だけでも殺そうとする執念とプライドが脅威なのだ。
最強の生物である魔族は、他の生物を下に見ている。魔族にとって下等な人間に殺される事は屈辱だ。
どんな手を使ってでも自分を辱めた敵を殺そうと藻掻くのだ。
だからある意味手負いの魔族は恨みが強い分厄介であり死ぬまで気を抜くことは出来ない。
辺境の人間ならば骨身に染みるほど知っている。
だからこそノクス達は魔族の生死の確認の為に、遥々王都までやって来たのだから。
だがそれは辺境であればの常識だったのだと思い知らされた。
中央の騎士達が魔族を "知らない" ということを頭では分かっていたが、辺境と中央の認識の格差をノクスもまた本当の意味で"知らなかった"のだと突きつけられた気がした。
衝撃冷めやらぬノクスだったが、衝撃に浸っている時間はなかった。
ドロフス侯爵や北方近衛師団長であるイワンの只ならない様子から、やっとの事の重大さに気づいた生徒達は、その場にいるはずのないノクスに気づくと、恐る恐るノクスを見ながら言ったからだ。
『あの…ケビン達の居場所なんですけど……どうせ魔族を倒すなら…辺境伯子息の婚約者であるカタリナ嬢を助ける形にしたいって……カタリナ嬢のヒーローになって…ノクスの鼻を明かしたいってケビンが言いだして……おそらく今頃はカタリナ嬢のところに……。』
そこまで聞いてノクスはその場を飛び出した。
ブワリとノクスの殺気が膨れ上がった。
『!!辺境伯子息…待っ………』
鬼の形相で殺気をダダ漏れに駆けていくノクスを見たイワンが慌てた様子で声をかけたが、構っている余裕はなかった。
最大限の身体強化の魔力を込めて、最速で森を駆け抜けた。
カタリナとアルシオンが魔族に襲われていると思うと、今までに感じたことのない恐怖が押し寄せた。
特に事前に何も知らされていなかったカタリナの事を考えると心臓を抉るような痛みが込み上げて来た。
しかも
(……わしはカタリナにアルシオンの側にいるよう念を押した。)
それは決して魔族の襲撃に備えて頼んだ事ではなかった。
むしろアルシオンと共に砦から離れた森の片隅に置いておいた方が安全だと思っての事だった。
だが、本当に1ミリも何かあった時の事を考え無かったというと嘘になる。
それでもそれは本当に念の為、弱らせて放たれた魔獣を警戒しての事だった。
しかしどう言い訳しようとも結果的にはアルシオンを魔族から護る為にカタリナを付けた形になってしまった。
ノクスがカタリナを危険に晒してしまった事に変わりはない。
(くそ……………………!!!)
責任感の強いカタリナの事だ、おおそらく事情は分からなくともアルシオンを守る為に戦うと決めるだろう。
それが分かるが故に、余計に何も知らせずに巻き込んでしまった己をくびき殺してやりたい気持ちになった。
(カタリナは…さぞやわしに怒っておるだろう………。)
何も知らされぬまま心の準備も整わぬままに突然魔族と戦うことになったのだ。
驚き恐怖しながらも、そうさせたノクスの事を怒り心頭で恨んでいる事だろう。
どれだけ罵詈雑言を吐かれたとしても文句は言えない。
むしろ甘んじて受ける。
せめてアルシオンの助言通り事前に事情を説明するべきだったと後悔ばかりが募るが、それも今は後の祭りだ。
言い訳をするつもりはない。
だが誰が予想出来ただろうか。
油断したつもりは無かったが、状況的に魔族は十中八九死んでいると思っていた。
生きてきたとしても、仮にも魔族から王都を守る北方近衛師団がみすみす魔族が魔力を使えるまで回復させるような愚かな真似はしないと思っていた。
ましてや魔族の嘘に騙されて、野に放つなど想像もしていなかった。
それもノクスへの嫌がらせの為にカタリナを襲わせるなど誰が思いつくのか。
北方近衛師団の副団長という男が何を考えてケビンを唆したのかもまったく分からない。
だが今起きてしまっている事実は変えられない。
(カタリナ……………………)
本当の事を言えば、ノクスは何度もカタリナに話そうと思っていた。
魔族の生死の確認の為に、誰かが中央へ行かなければならないと聞いた時、ノクスは自ら手を挙げだ。
自分ならば学院の剣術大会という隠れ蓑を装い自然に中央へ潜入出来るという利点の他に、次期辺境伯としての責任感と覚悟からだ。
しかしそれだけじゃない
疎遠になってしまった幼馴染であり婚約者のカタリナに、ずっと会いたかった。
理由も分からないまま突然冷たい態度になって辺境を去ってしまったカタリナの事が気がかりだった。
もし戻れるなら昔のような関係にまた戻りたいという願望がいつも心の片隅にあった。
だから当初はカタリナにも魔族探索の協力を仰いで一緒に任務に当たって貰おうと考えていた。
共に任務に当たることで、元通りといかなくとも関係を改善したかった。
だが久しぶりに会ったカタリナは、学院で楚々とした淑女として生活しており、徹底的にノクスの事には無関心を通した。
ノクスにも辺境にもまったく興味ないという態度のカタリナを見ると、どう話したら良いのか分からなかった。
側に来たと思えば友であるアルシオンの世話ばかりで、ノクスの事は視野にも入れない。
『ご不満でしたら婚約破棄を申し出て下さって結構ですわ。』
そう言われてしまえば、ますます言葉が出なかった。
ノクスとの婚約はカタリナが望んでなったものではない。
カタリナにすれば父の恩人というだけで、危険な魔族が蔓延る辺境に嫁がされるのは納得出来ない事だろう。
カタリナの実家は辺境に近い領地を持つとはいえ辺境の貴族ではない。
本来であれば、一地方貴族の令嬢として綺羅びやかな王都で洗練された貴公子と出会い恋に落ち、結婚し、魔族など無関係な安全な世界で一生を生きることが出来るはずの令嬢なのだ。
実際に王都に来て見れば、辺境に生まれ育ち常に戦いに身を置く己とは世界が違うのだということを、まざまざと見せつけられた気がした。
(カタリナの事を考えるなら、こちらから婚約解消を持ち出すべきなのだろう……)
そうは思っても言葉にする事は出来なくて、ノクスはいつも言葉を飲み込んだ。
カタリナからは婚約解消の申し出をするつもりがない様子なのと、何よりもカタリナが魔力の鍛錬を続けてくれていた事が待ったをかけた。
カタリナと共に育った楽しかった思い出が、淡い期待を抱かせ続けたのだ。
だが………
(そんな願いはもう持つまい……)
ノクスは固く心に誓う。
もしも……
もしも生きていてくれるのならば、
例え婚約解消になろうとも、もう二度とカタリナを辺境の事に巻き込んだりなど絶対にしない。
もしも無事でいてくれるのならば、
カタリナには辺境にも魔族にも関わらない人生を送らせてやりたい…
カタリナが望むならばどんな事でも、どんな願いでも叶えてみせると約束する。
だから…………
(……だから……どうか無事であってくれ……)
祈るような気持ちで駆け続けた。
そしてついにほんの少し前まで三人でいた森の片隅に駆け込むように到着した。
そこで息せき切って駆けつけたノクスが見たものは
明らかに戦闘が起こったのが見て取れる黒く腐食した大地となぎ倒された木々の跡。
それから……
地面に伏しているケビンと血溜まりの中しゃがみ込む北方近衛師団の副師団長ストーンの姿。
そして……
カタリナとアルシオン、そして魔族の姿がどこを見渡しても見つからないという光景だった。




