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25 遭遇

さえずっていた鳥達はとっくに飛び立ち、虫すら息を殺したように重く静まりかえっているのに、ケビンだけが意気揚々とペラペラと喋っている異様な空間に冷や汗が流れていた。


「ノクスは何処にいったのです!?さてはあの辺境の田舎者、負けを悟って逃げたのですね。

か弱き乙女を一人置き去りにして逃げるとは、野蛮なだけでなくなんて卑劣な男でしょう!」


「ああ、カタリナ嬢!可哀そうにこんなに震えてさぞや心細かったことでしょう!ですがもう心配される必要はありません!こちらは北方近衛師団の副師団長です。

可憐な淑女であるカタリナ嬢が無理に狩猟大会に参加させられている事情を話して、カタリナ嬢を安全な場所にお連れするために助けに参ったのですよ。」


「これから貴女の騎士となって安全なパーティー会場までエスコート致します!さあ、どうぞこの手をお取り下さい。

このケビンに、麗しの姫君をエスコートする栄誉をさずけて下さい。」


要約すると無理矢理狩猟大会に参加させられた()()()()カタリナを助けに来たらしい。

色々と物申したい事ばかりたが、そんな余裕などなく右から左へと抜けていく。

静寂に包まれた森の片隅で喋りまくるケビンの声だけが響くのを聞きながら、背中には冷たい汗が伝っていた。


指先まで冷え切った身体が動かせない。



(何故……こんなところに………)


頭に渦巻くこの言葉は二重の意味だ。


一つは

腰巾着の騎士科の生徒達に守られながら狩猟大会の最も有利な場所で狩りをしている筈のケビンが突然こんな森の片隅に現れたこと


そしてもう一つは


(……………魔族だ………………。)


ゴクリと喉が動く。


ケビンが連れて来た北方近衛師団の副師団長という男から魔族の魔力が流れていた。

一見何の変哲もない騎士に見えるが、男から黒く淀んだ魔力が周囲を探るように蠢いていた。


辺境で一度遠くからしか見たことはないが、禍々しい魔力は間違いなく魔族のものだと戦慄する。


ふと影が出来た。


「カタリナ嬢………僕の後ろに…。」


魔族など見たことはなくとも、周囲を渦巻く禍々しい魔力に脅威を感じ取ったのだろうか?

そう思ってアルシオンを見れば、恐怖を押し殺すように震え、拳を固く握っているのが見えた。


『………隙を見て……逃げて下さい…』


カタリナにだけ聞こえるように掠れた声が囁いた。


顔に大粒の汗を一筋垂らし、少ないながら手の平に魔力を練り上げているアルシオンの姿に息を呑む。


『…………アルシオン様』


固く握られた拳が、震える声が、アルシオンが"魔族がいる"という事を()()()()()()のを物語る。


それは魔族がいることをアルシオンが()()()()()()()のだとカタリナに伝えていた。


ああ


そういうこと……


ストンと全てのパズルのピースがハマった。


何故ノクスがわざわざ剣術大会なんてものに参加する為に王都までやって来たのか


優勝する他に目的があるのではと疑っていたが


魔族(コレ)のせいだったのね………………。)


と合点がいった。


そして同時に、ノクスがここを放れる時にかけていった台詞を思い出し、心が急速に冷えていく。


"アルシオンから離れるなよ"

あの大馬鹿野郎め…………


好きかもなんて一瞬でも思った自分が馬鹿らしく思えた。


何故離れるなと釘を差したのか…

理由が分かってムカムカと怒りが込み上げた。


だけど怒りのお陰で、恐怖に竦んでいた身体は動くようになった。



『……………アルシオン様こそ…私の後ろに。』


カタリナはアルシオンを押しやり前に出る。


『!!駄目です、僕が何とか注意を引きますから、カタリナ嬢は逃げて下さい!』


焦り顔でカタリナの腕を掴んで必死にカタリナを下げようとするアルシオンにカタリナは冷静な声で告げる。


『お気持ちは嬉しいですが、アルシオン様では足止めにもなりませんわ。』


『それは……!ですが…………』


『何の為にあの馬鹿が私をアルシオン様のお側に置いていったと思うのですか?』


『!!!!!!』


尋ねれば今度はアルシオンが息を呑む。


『違います!!ノクスはそんなつもりは…決して貴女を危険な目に合わせるつもりじゃ…』

『ええ、分かってますわ………』


アルシオンの弁明を途中でバッサリと切り捨てる。


これでも長い付き合いだ。


ノクスがカタリナを危険な目に合わせるつもりがなかったことは勿論分かってる。


何がどうなってこうなったのかは分からないが、きっとノクスにとってこれは想定外の事態なのだろう。


だけとノクスはカタリナが強いことを知っている。


知った上でカタリナをアルシオンの側に残していったのだ。


つまり


もしもの時を考えて、()()()()()()いったのだ。


アルシオンは辺境にとって絶対に必要な人間だ。


あの馬鹿のことだから、もしかしたら意識的ではないのかもしれないが、いつだってノクスの頭の中は辺境の安全と利益についてばかりだ。


万一に備えて、辺境にとって大事なアルシオンの身の安全の確保の為にカタリナを残したのだろう。


それはいい。


カタリナとしてもアルシオンを守ることに異論はない。


辺境伯子息の婚約者としての義務でもある。


たけど


何故ひと言も説明がなかったのかと腹が立つ


(保険をかけるなら説明くらいしときなさいよ!)


(はらわた)が煮えくり返る。



もしも次に会うことがあるのなら


(絶対に思いつく限りのこの世の悪口雑言の全てを浴びせてやる!)


と固く決意する。



「どうやら………辺境伯子息はまだもどらないみたいッスね……」


ずっと黙ったままだった副師団長という騎士がポツリとこぼした。


一気に緊張が高まる中


不気味な魔力を纏う副師団長の影がすうっと伸びる。


そしてグングン大きく伸びる巨大な影から禍々しい黒い魔力の塊がユラリと立ち上り、ぐにゃりと異形の姿に変わっていく。


目の前に現れる脅威を見据えながらカタリナは再度誓う


もしも…


もしも次に会えるのなら


あの大馬鹿野郎に絶対文句を言ってやる


もしも


()()()()()()()()()()()だが……





すれ違う狩猟大会の参加者達の驚く顔など目にも入れず、ノクスとジャイルはカタリナとアルシオンがいる森の片隅へと矢のように駆けていた。



「北方近衛師団の師団長……ついて来ているようでございますな……」


後方には二人に遅ればせながら、なんとかついて来ているイワンの姿もある。

しかしノクスは構わずに全力で駆けながら、ジャイルの言葉に返事もせず口を真一文字に切り結んだ。


そうしなければ、こんな事態を引き起こした奴にも自分にも数限りない薄汚い罵倒の言葉が今にも口をついて飛び出して来てしまいそうだった。


事態を甘く見ていた己の認識の低さに、後悔ばかりが押し寄せる。



魔族を処分したというストーンとケビンが姿を消したと報告があった後、ケビンの腰巾着である騎士科の生徒達を絞り上げて吐かせた結果得た情報は驚愕のものだった。


『弱った魔族がいるんスよ』


狩猟大会で使う魔獣を見るためにケビンと騎士科の生徒達が北方近衛師団の砦を訪れた日、案内役として出迎えた北方近衛師団の副師団長だという騎士がケビンに囁いたという。


そして驚き恐れながら半信半疑で向かった地下の牢獄の最奥に魔族はいた。


薄暗い牢獄の中、遠目には人に近い形に見えなくもなかったその姿は、近づく程に巨大で禍々しい異形の姿が見て取れた。


聞いていた通り、傷つき弱っているのか横に伏したままピクリとも動かないが、それでも十分過ぎるほど恐ろしくてケビンはじめ生徒達全員が息を呑んだ。


魔族といえば、その巨体から推察出来る通り、魔獣よりも力が強く、魔物よりも強い魔力を持つ、狡猾で知能も高いと聞く化け物だ。


『お…おい……本当に大丈夫なのか?』


恐る恐るケビンが尋ねると、副師団長は牢獄の鉄格子を思い切り蹴り飛ばした。


ガァンと牢獄に音が響いてケビン達の肩が跳ね上がる。


『『『ヒイィィィィィィ!!!!!』』』


魔族が暴れるのではとビビるケビン達に副師団長はヘラリと笑うと親指で魔族を指し示す。


『大丈夫ですって、ほら見て下さいケビン様。』


見れば魔族は頭を抱え込むようにその巨体を縮こませて震えていた。

震えながら『アウゥ…アウゥ』と言葉にもならないうめき声をあげて、3つある目のうちで残った一つの目から涙を流し怯えていた。

弱々しいその様子はどう見ても狡猾で知能も高い最強の化け物には見えない。


伝え聞く魔族の姿とはかけ離れた姿にケビンから笑いが漏れた。


『ハ…ハハハ…辺境の奴ら…魔族魔族と日頃騒ぎ立てるが、魔族とはこんなものか?

これのどこが魔獣や魔物より上の化け物だ?図体がデカいだけの木偶の坊ではないか!!』


そこで提案されたのだ、


『どうですケビン様、他の奴らには内緒にしてこいつを使って"魔族" "魔族" と威張り腐ってる辺境伯の息子に一泡吹かせてやる気はありませんか?

本当は安全上の理由から殺せって命令されてるんですけど、始末するのは勿体ないと思いませんか?

もし貴方が狩猟大会で魔族を倒せば、名実共に国一番の騎士の名誉はケビン様の物、父君であるドロフス侯爵閣下もケビン様の実力をお認めになって、一目置くと思うんスよ。

なぁに、こいつは見ての通り弱りきっていて歯向かう力もなく言いなりです。

俺がサポートしますし危険はありませんよ。』


そう言われてケビンはまんまとその口車に乗ったらしい。

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