24 魔族の行方
ドオォォンと地響きのような音を立てて魔獣が倒れると、賭博場にいた砦の騎士達から歓声が上がった。
「ハァ…やっと…ハァ、倒れた……。」
疲労困憊のイワンの目の先には幾本も野太い矢に体を貫かれ傷だらけになった魔獣が転がっている。
ドロフス侯爵とイワンとで連携し少しずつ傷を負わせ、後から応援に駆けつけた魔力が使えるドロフス侯爵の配下の騎士達とも力を合わせ、それでも倒れなかった魔獣は、かつて城攻めに使われたカタパルト(弓矢用の投石機)まで持ち出して漸く仕留めることが出来た。
魔獣が暴れたことによって賭博場は見るも無残な瓦礫の山と化していた。
同じく疲労困憊のドロフス侯爵がもはや廃墟のようになってしまった惨状に苦々しく吐き捨てる。
「おのれ……辺境の魔獣めが……好き勝手暴れおって…。」
辺境……
大きく強いというだけで、辺境の魔獣だという確証があるわけではないが、ドロフス侯爵がそういうならばそうなのだろう。
イワンは魔獣の死骸の側でじっと見つめた。
通常の魔獣よりもふた周りは大きな体に鋭い牙と爪を持つ魔獣は、今までイワンが倒したことのある魔獣とは比べるまでもなく強かった。
これが辺境の魔獣というものなのかと、身を持って知った今でも信じられない思いだ。
だからこそ違和感が拭えない。
魔獣でコレだと言うのならば、更に上の魔力を持つ魔物はどうなのだろうか。
そしてその更に上を行くという魔族は……………?
「イワン……そなた以前瀕死の魔族を捕まえたなどと世迷い言をほざいていたが、まさかコレの事ではあるまいな?」
疲れ果てたようにドカリと椅子に腰を落としたドロフス侯爵に、今正に考え込もうとしていた魔族の事を尋ねられてイワンは即座に否定する。
「いえ、違います!魔獣と魔族を間違えてなどおりません。
捕らえたのは………………確かに魔族でした。」
捕らえたのは魔族で間違いない。
間違いないのだが、それならばそれでイワンの中で疑問が湧き上がってくる。
「ハァ…まだ魔族を捕まえたなどと申すか……。
魔族など例え瀕死であろうと生け捕りなど到底無理だと何度言ったら分かるのだ。
………魔獣でないなら…大方姿形が似たどこぞの魔物の類であろうが……しかと処分はしたのだろうな?」
ドロフス侯爵の問にイワンは大きく頷いた。
「勿論です。2週間前にご命令されてから直ぐに処分致しております………。」
2週間前、確かにイワンは魔族の処分をストーンに任せ、処分したと報告を受けていた。
ドロフス侯爵が何と言おうと捕らえたのは魔族で、瀕死の状態の魔族をストーンが処分したはずだ。
『大変だったんですから給金弾んでくださいよぉ』とストーンはヘラヘラ笑っていたのだから間違いない。
その筈なのに、何とも言えない不安が広がっていく。
(…………本当に処分したのだろうか?)
魔獣賭博を開催するまでの期間が2週間しかなく、イワンはずっとそちらにかかりきりだった。
魔族を処分したと報告は受けたが、実際に死骸を目にした訳では無かった。
だがストーンに限って嘘をつくはずがない。
だというのに対峙した辺境の魔獣の強さと、瀕死だった魔族の姿の対比がアンバランス過ぎて、これまでの認識の乖離に頭が追いついていかない。
(ストーンは……本当に魔族を処分出来たのか………?)
イワンの知る魔族は、生きているのがやっという状態で運ばれてきた。
話に聞く通り巨大で禍々しい姿はゾッとさせ、元気な状態であったならば、どれほどの脅威かと身構えるところだが、腕は片方なく、目も3つあるうちの2つが潰れており、臓器も幾つかは潰されていて、これで良く生きているなと驚くほどに弱っていた。
瀕死のためか魔力もほとんど感じ取ることは出来なかった。
暴れる事もなく、むしろ怯えたように縮こまっていた魔族は脅威にならないと思えた。
だから生かさず殺さずの状態を保てば、魔獣賭博に使えると判断したのだ。
だが、あれは本当に見たままの状態だったのだろうか……。
辺境の魔獣の恐ろしいほどのしぶとさがイワンを不安にさせる。
一抹の不安が拭えなくなり、イワンは深く考え込んだ。
そのせいで、足元で息絶えていたはずの魔獣が目を開いた事に気づくのが遅れた。
「イワン!!!!!」
「えっ……?」
ドロフス侯爵の叫びにイワンが魔獣へと振り向いた時には遅かった。
イワンの目に飛び込んで来た光景は、自分を噛み殺そうと魔獣が己の首に牙を突き立てる瞬間だった。
(殺られる……………)
瞬間に死を覚悟したイワンだったが、牙が首に突き刺さる痛みは訪れることなく、感じたのはヒュッと顔に当たる冷気だけ。
見えたのは、氷漬けとなった魔獣の首がストンと床に垂直に落ち粉々に砕け散る様だった。
そして氷漬けとなって崩れる首無しの魔獣の後方に床から突き出したように突き刺さる幾本もの氷の刃が続く線上の先に辺境伯子息ノクス・クロイがいるのが見えた。
「生死の確認をきちんと取らず背を向けるなど、辺境であれば騎士失格だぞ師団長殿。」
ヒラリと剣を鞘に収めて苦言を呈するノクスの姿にイワンは驚愕の目を見開く。
「……………ノクス・クロイ……?」
狩猟場である森の片隅へ追いやった筈の辺境伯子息ノクス・クロイの登場に頭が追いつかない。
「貴様が辺境の小倅か!!さては魔獣は貴様の仕業だな!!」
「さて、何のことか分からぬな。わしは魔獣が砦に入るのを見かけたから追ってきただけに過ぎぬ。
命を助けてやったというのに随分な言いようではないか?」
肩をすくめてしれっと惚けるノクスにドロフス侯爵の顔が怒りに歪む。
「貴様……よくも抜け抜けと……。これ程の魔獣が辺境の物でないと言い張るつもりか!?惚けるのも大概にいたせよ。」
今にも切りかかって行きそうなドロフス侯爵にノクスは真っ直ぐに向き直る。
「惚けるか…ならばそちらも惚けずに答えるがいい。
魔族はどこへやった?」
「何だと!?」
「見た所そなたが大将であるドロフス侯爵だな?ならば魔族の行方を知っておろう?
出来れば穏便に事を済ませたかったが、魔族が生きているなら話は別だ。隠し立て致すなら例えそなたが国軍の大将だとしても容赦は致さぬぞ!」
「何を馬鹿な………。」
世迷い言をほざくなど思うも射抜くように真っ直ぐと向けられる視線は嘘偽りなく、ドロフス侯爵に動揺が走る。
イワンの背中にも冷たいものが走る。
魔族が生きている?
そんなはずはない……
魔族は……ストーンが処分したはずだ…
たが…
「辺境伯子息は………魔族が生きているという確証があるのですね?」
「イワン!!!??」
ドロフス侯爵が驚愕の表情を浮べてイワンを振り返る。
「……魔族は確かに砦にいましたが、2週間程前に部下に命じて処分させました。辺境伯子息は何故魔族が生きていると思うのです?」
信じられないと目を見開くドロフス侯爵に構うことなくイワンはノクスに尋ねた。
目には焦りが浮かんでいた。
「…どうやら侯爵は何も知らぬようだの。
ジャイル、剣の欠片を!!」
「ハッ!」
ノクスの指示で、ジャイルが牢獄で拾った剣の欠片をイワンに手渡した。
欠片から僅かに感じる魔力の残滓にイワンの体が硬直する。
訝しげにイワンに駆け寄ったドロフス侯爵も欠片に残された禍々しい魔力の痕跡を感じとって固まる。
「まさか……本当に魔族が…?」
まだ信じられないのだろう。トロフス侯爵が唖然とした顔で呟く。
「魔族の処分を命じたというその部下はどこにおる?」
ノクスに問われてイワンはハッと顔を上げる。
「……ストーン…ストーンを呼びに行った伝令は帰ってきたか!?」
イワンが声を張り上げる。
辺境の魔獣が乱入して来て直ぐにストーンを呼び戻させる為に走らせた伝令が帰って来ていない。
森の中とはいえケビンの安全の為、砦からなるべく近くに配置していた筈だ。
(遅すぎる…………)
嫌な予感が心の内を占めていく。
「師団長!!!」
その時、伝令係の騎士が汗だくで戻って来た。
「大変です!ストーン副師団長の姿が何処にも見当たりません!一緒にいる筈のケビン様の姿も同じく見当たりません!!」
伝令係の報告にイワンは愕然と息を呑んだ。




