23 魔族捜索
「……どうやら上手いこと注意を引きつけられたようですな。」
「良し、今の内に魔族を探すぞ。」
賭博場から我先にと逃げ惑う中央貴族達と血相を変えて助けを求めに飛び出していく騎士達を物陰から見ながら、ノクスとジャイルが頷きあう。
魔獣を砦の中に侵入させたのは勿論この二人だ。
アルシオンの調査によって、魔族が連れ去られた先が北方近衛師団の砦だということは直ぐに判明していた。
魔族を連れ去った男が本名で宿を取っていた為だ。
何処にでも一人くらいは間抜けな奴がいるものだが、魔族を攫った男はその大間抜けだったらしい。
調べれば『辺境で大物を釣り上げたから今度の砦でやる魔獣賭博は儲かるぞ』と酒場でベラベラと喋っていたことも分かった。
何とも呆気なく魔族の居場所と魔獣賭博の本拠地が判明して、拍子抜けしたほどだった。
更には狩猟大会に合わせて魔獣賭博も開かれるという。
だから狩猟大会に乗じて魔獣をけしかけて混乱した隙に砦の中にいるであろう魔族を探すという計画を立てた。
『ふむ、中央の奴等はよほど魔獣賭博が好きと見える。
ならば辺境のとびきり活きのいいのをプレゼントしてやろう。』
そうしてジャイルに命じて辺境から魔獣を生け捕りにして連れてこさせたのだ。
『君たちが放ったってバレないかな……。』
とアルシオンは少し心配していたが
『なあに、証拠がなければどうにも出来まい。知らぬ存ぜぬで通せばよい。』
と大胆にノクスは言ってのけてアルシオンを苦笑させた。
ただ、当初の予定では魔獣は砦の眼前の森に放つはずだった。
森の中で暴れさせて狩猟大会を滅茶苦茶にする事で、人の注目をそちらに集めさせる計画だった。
ノクスが狩猟大会にやる気がなかったのは狩猟大会が最終的に無茶苦茶になる事を知っていたからだ。
しかし
カタリナが狩猟大会でのノクスの活躍を望むのであれば話は別だ。
婚約者としてカタリナが望むなら叶えたい。
だから計画を変更して狩猟大会自体は壊さずに魔族を探せる方向に舵を切ることに決めた。
その方法として魔獣を森ではなく魔獣賭博が行われている砦の中へ直接放り込むように変更した。
魔獣が暴れても砦の中でだけなら、狩猟大会自体には影響はないし、魔獣賭博という後ろ暗い事情を抱えている以上は北方近衛師団も必死になって隠すだろう。
誰にも見られないように砦まで魔獣を運ぶのは些か骨が折れたが、皮肉にも北方近衛師団の狩猟の采配が見事だったおかげで獲物のいない場所を進めば、誰かに見つかることなくスムーズに砦まで運ぶ事が出来た。
いまや砦の中はてんやわんやの大騒ぎだ。
砦の騎士達のほぼ全員が賭博場に集った為、捜索もかなりしやすくなった。
これならば思った以上に早く仕事を済ませて狩猟大会へ戻れそうだなとノクスはニンマリと笑う。
ソワソワと落ち着かない様子のノクスに、熊のような大男ジャイルもニヤリと笑う。
「何でしたら魔族めは私が一人で確認致します故、若はお嬢の所に先にお戻りになられても宜しゅうございますぞ?」
ややからかい口調のジャイルの言葉にノクスはムッと眉をひそめる。
「ならぬ。魔族の生死の確認が此度の任務の第一義だ。
万に一の可能性であったとしても魔族が生きていたら何とする。
如何に辺境一の騎士であるそなたでも一人では倒すのは至難の技であろう。
例え手負いであったとしても夢々気を抜くことあたわぬぞ。」
「ハッ、申し訳ございませぬ。愚言でございました。」
素直に頭を下げるジャイル。
どんな時でも己の義務と責任を貫き通す若き次期辺境伯の姿は眩く、いずれは己の主と仰ぎ見る日が楽しみである。
次期辺境伯がノクスである事に辺境の騎士の一人として嬉しく思う。
しかし年嵩の人生の先輩としては、もう少し肩の力を抜いて自分の気持ちを優先してもいいのにと思う。
瀕死だった魔族が辺境から連れ去られてひと月と2週間が経っている。
元々死んでいる可能性が高いが、生きていたならばとっくに騒ぎになるなり死人が出ていた筈だ。
まして先程の賭博場の様子を見る限り、辺境の魔獣一匹を放り込んだ程度で右往左往するような連中では、魔族が生きていたとしても魔族を制御して魔獣賭博に使うなんて芸当出来る訳がない。
十中八九死んでいるだろうというのがジャイルの見立てだ。
それならばせっかく雪解けを見せているらしいノクスとカタリナの関係を進展させてやりたかった。
自分の気持ちに鈍感で不器用なノクスでは自分の気持ちを自覚することすらないのではと些か心配になるのだ。
恋の後押しなど柄ではないが、辺境の事ばかりでなくせめてもう少しだけでも婚約者であるカタリナを優先すればいいのにとお節介な気持ちが頭をもたげる。
そう思い敢えてノクスを焚き付ける。
「……では急ぎませんとな。如何に親友のアルシオン殿とはいえ、お嬢と男を二人きりにしておくのは気がかりでございます。」
わざとあおると、案の定ノクスはムッと口をへの字に曲げた。
「あの様に美しくご成長あそばされては、他に粉をかける蛾もよってくるかもしれませぬぞ?」
畳み掛けるように言えばノクスの眉間に皺が寄る。
やっぱり気になって仕方ないのだろう。
非常に分かりやすくて笑みが溢れる。
辺境伯の子息として研鑽を積み、既に一人前の騎士として認められているノクスだか、まだまだ年若い青年だ。
好きな娘なら気になって仕方ないのは当たり前だ。
「………急ぐぞ。」
すっかり渋面になってしまったノクスの様子にジャイルは笑いを噛み殺す。
「ハッ」
後を追おうとしたが……ノクスがピタリと止まる。
「そうだ………その方ひとつ間違えておるぞ」
言わねばならぬ事を思い出したとでも言うように渋面のままノクスがジャイルを振り返る。
ジャイルが何だ?と思っていると
「カタリナは最近ではなく昔から美しいぞ。」
ノクスは真顔で先のジャイルの言葉を訂正した。
「は?」
ジャイルはポカンと目を丸くする。
(あの様に美しくご成長あそばされては…)
一拍おいて
「……フハッ、クククッ…た、確かに左様でございましたな…。クッ…失礼いたしました。」
熊のように大きな巨体を揺らしながらジャイルは謝罪する。
「なぜ笑う?まあ良い、行くぞ!」
ムッとしながらも伝わったことに満足したのか、ノクスは魔族を探すためにジャイルに背を向けて走り出した。
その背中を追いながら、『余計なお節介であったな』とジャイルは熊のように大きな肩を揺らした。
魔族を探して辿り着いた先は、他国との戦時中に捕虜収容所として使われていた砦の地下にある牢獄だ。
「どうやら賭博場へ気を取られて見張りもおらぬようだな。」
見張りの騎士はいないようで人っ子一人見当たらない。
金に困っていた退役した元騎士から、城の構造と見取り図は得ていた。
そこから巨大な魔族を隠すならば地下の牢獄以外には考えられないと結論を出した。
「……ではご対面と参りますか。」
ジャイルが一人ではとても開けられそうにない鉄製の重厚な扉を、熊のような巨体を活かし体重をかけてギイイと押し開く。
薄暗い扉の向こうにはズラリと牢獄が続いている。
魔獣特有のすえた獣臭さと死んだと思われる魔獣の骨が転がっていることから、ここが魔獣賭博用の魔獣の収容所として使われていたことが見て取れた。
ただし今は一匹の魔獣もいないようで牢獄は静かに沈黙を保っていた。
薄暗い地下の中、魔族の死体か痕跡を求めて一つ一つの牢獄を確認して回る。
しかし牢獄は空ばかりだ。
最奥に位置する一番大きな牢獄の中にも魔族の姿は見当たらない。
手詰まりにノクスは眉をひそめる。
「おらぬの……。此処におらぬという事は、魔族は疾うの昔に死んでどこぞに埋めたか?
情報ではここひと月、北方近衛師団への大きな荷物の出入りはないとあったが………もし切り刻んで外に運び出したとなると確認するのは厄介であるな……。」
と渋面で考え込む。
ここで魔族の死体を見つけられれば一番面倒がなかったが、バラバラにされてしまっていたら探すのは困難だ。
ノクスが考え込んでいるとジャイルが牢獄の外に落ちていたある物に気づいて拾いあげた。
「…若…………これを」
緊張を孕んだ顔で差し出された物を見て、ノクスの視線が眇められる。
それはボロボロに黒く腐食した剣の欠片だ。
欠片からはまだ僅かに魔力の残滓が漂っている。
辺境の地で魔族と対峙して犠牲となった5人の騎士達の剣も同じ様に黒く腐食していた光景が蘇る。
その剣からも同じ魔力の残滓が残されていた。
そして魔力の残滓が残るのは魔力が使われてから、せいぜい2日だ。
それが意味することは……
「…………残念ですが…若の懸念が当たってしまったようですな…」
硬い声で呟かれたジャイルの言葉にノクスは険しい表情で無言で頷いた。




