22 乱入
北方近衛師団の砦の外で狩猟大会が盛り上がる影で、砦の中では魔獣賭博もまた最高潮に盛り上がっていた。
仮面に顔を隠した紳士淑女達が見つめる先には鉄柵に囲まれた闘技場があり、魔獣達の乱闘が繰り広げられている。
最終的に狩猟大会の獲物として殺してしまう予定の為、北方近衛師団が保有している全ての魔獣達が出し惜しむ事なく導入されていた。
わざと飢えさせた魔獣達の中に肉を投げ込み、奪い合わせる様は残酷極まりないが、スリルに飢えた一部の貴族達にとってはこの上ない娯楽らしい。
どの魔獣が生き残るのか大金を惜しみなく賭けて歓声をあげて楽しんでいる。
闘技場の傍らでは通常の賭博も開かれており、こちらでは主にレディー達がブラックジャックやポーカー等のカードゲームやルーレット等のテーブルゲームに興じている。
その様子を壁際に設けられた席に座り見ていたドロフス侯爵は、ひと通り常連客に挨拶を済ませたイワンが戻ってくると尋ねた。
「………売り上げの方は順調か?」
「ええ、今の時点で売り上げは前回の3倍はいってます。ドロフス侯爵家主催の賭博が最後とあって、皆大盤振る舞いしているようです。」
「…………そうか。」
イワンの言葉にドロフス侯爵は厳しい表情のまま抑揚に頷いた。
狩猟大会を開くにあたりかなりの額を使ってしまっていた。
また予算案を通すために追加の賄賂も必要になった為出費が更に嵩んでいたのだ。
金の目処は立ちそうだと聞いて、厳しい表情がほんの少し緩まる。
「狩猟大会の方はどうなっておる?」
「そちらも問題ありません。ケビンのチームが順当に獲物の捕獲数を伸ばしていると報告があがってます。」
「うむ………………。」
表情には出さない侯爵だが、内心ではホッと安堵の息を吐いていた。
何しろ今回の狩猟大会にはドロフス侯爵家だけでなく騎士団全ての命運がかかっている。
万が一にも間違いがあってはならない。
「……サポートには誰をつけたのだったか。」
「ケビンでしたらストーン副師団長をつけてあります。」
「ストーンか…確か平民ながら十数年前に剣術大会で優勝して騎士になった男だったか?」
「はい、平民ですが腕は確かですのでご安心下さい。」
「うむ……。」
北方近衛師団は寂れたとはいえ、対魔族の最後の砦だ。
問題のある騎士や流された者ばかりなどと言われているが基本は強い者達が集まる。
その中で平民ながらに副師団長になったのだから、実力は折り紙付きなのだろう。
「そなたの人選だ…間違いあるまい。」
ドロフス侯爵が今度こそ本気で安堵の表情を見せた。
そしてイワンもまた胸を撫で下ろしていた。
剣術大会から2週間という短い時間だった為に、準備に追われて禄に眠る暇もないほど忙しかったがこれでやっと一息つけそうだと肩の荷が下りたような気持ちになってくる。
これが最後の魔獣賭博となる以上、稼げるだけ稼いでおかなければならなかったが、かなりの収益が見込めそうだ。
狩猟大会の方も、入ってくる報告を聞くに恙無く進行しているようだ。
流石のケビンも今回ばかりは指示通りに従っているようで問題も起きていないし、懸念していた辺境伯子息も拍子抜けするほどあっさり森の隅に追いやることも出来た。
これなら優勝まで問題なく進むことだろう。
それに、この調子なら今頃はケビンのお守りで『貧乏くじだ〜』とぶつくさ文句を言っていた部下にも手当をはずんでやれそうだと、大喜びするだろう間抜け顔を思い出してふっと目元を緩める。
万事が順調。
しかし順調な時ほどトラブルは起こるものだ。
突然、魔族賭博の会場の扉がバタンと大きな音をたてて開いた。
大粒の汗をかいた一人の騎士が真っ青な顔で飛び込んでくる。
そして飛び込むなり大きな声で叫んだ。
「大変です!!魔獣が此方に…………」
その騎士が言い終わらないうちに扉が壁と共にドガンと爆風のような音と共に砕け散った。
飛び散った扉と壁が勢い良く地面に叩きつけられて粉塵が立ち昇る。
白く霞む視界から倒れ込んだ騎士を踏みつける大きな鍵爪を持つ獣の前脚が見えた。
グルグルと喉の奥底から出される獣の重低音が賭博場に響き渡る。
やがて粉塵がおさまってくると靄の中からのそりとその全貌を見せたのは、鋭い牙と爪を持つ豹と虎を掛け合わせたような超大型の魔獣だった。
凶悪な様相で唸り声をあげながら牙を剥き出しにする巨大な魔獣の出現に賭博場は耳が痛いほどの静寂に静まり返った。
一歩遅れて
絹をつんざくような悲鳴が響き渡った。
「キャアアアアアアア!!!!!!!」
悲鳴と共に弾けるように四方八方へと招待客達が逃げ惑う。
「うわあぁぁぁぁ!!!!!」
「ヒィィィなんであんなデカい魔獣が鉄柵の外にいるんだ!!!」
「逃げろ!殺されるぞ!」
「この賭博場は安全なんじゃなかったのか!?」
「ふざけるな!!誰か!どうにかしろ死にたくない!」
至る所から悲鳴と怒号が上がる中、流石に歴戦の勇士と言うべきか、真っ先に我に返って動いたのはドロフス侯爵だった。
「イワン!客を逃がせ!砦にいる全ての騎士達をここへ集合させろ!!!」
ハッと意識を戻したイワンもこの事態に直ぐ様動いた。
「伝令係は森に入っているストーンを呼び戻しに行け!今この場にいる騎士達は全員防御の戦闘態勢をとれ!!誰も傷つけさせるな!!」
イワンの号令で騎士達も一斉に動き出す。
即座に剣と盾を手に取ると、逃げようと魔獣のいる出口とは別の出口に押し寄せる客達との間に数名の騎士達が盾で壁を作る。
さらに数名は魔獣を引き離す為に反対方向へと誘導するようにガンガンと剣と盾を打ち鳴らす。
ガンガンと耳障りな音をたてられて、魔獣は騎士達めがけて突進していく。
そしてその騎士達をおとりにして横から数名の騎士達が矢を放つ。
流れるような連携プレーだ。
しかし矢は魔獣に貫通することなく硬い皮膚に弾かれた。
振り注ぐ矢などものともせずに魔獣は騎士達へと飛びかかる。
「左右に散れ!」
イワンの指示にザッと二手に別れて魔獣を避けると、騎士達の間の床が魔獣の爪によって深く抉り取られた。
地面につけられた掻いたような深い爪痕に驚く暇もなく、魔獣は右に向きを変えると右手に逃れた騎士達へと再び襲いかかる。
今度は至近距離からの素早い攻撃に避ける間もなく手前にいた騎士の剣が弾き飛ばされて、魔獣の牙が騎士の頭を丸呑みするかのように迫った。
間一髪
ドロフス侯爵が投げた火球が魔獣の顔に当たりチリチリと魔獣の顔を焦がし魔獣の動きを止めた。
その隙を逃さず襲われた騎士の頭の横をすり抜けるように繰り出されたイワンの剣が魔獣の口を貫いた。
魔獣といえど口の中の肉は柔らかいのであろう。
イワンの剣を受けて堪らず魔獣が距離を取るように後ろに飛び下がる。
だが傷は浅く、口の中が切れただけで脳天を貫くことは出来なかったようだ。
傷いた魔獣の怒りの咆哮がビリビリと鼓膜を震わせる。
その場にいた全員が恐怖に身を竦ませた。
これほどの大型魔獣との戦闘を経験した者はドロフス侯爵以外には誰もいない。
「辺境の魔獣だな!おのれ一体どうやって忍び込んだ!!」
これが……………
ドロフス侯爵の怒声にこれが辺境の魔獣なのかと騎士達は冷や汗を流す。
眼前にいる魔獣に比べれば今まで戦ってきた魔獣など子供のようなものだ。
大きさ、素早さ、力、全てにおいて通常の魔獣の数段上を行っている。
その証拠に先程まで鉄柵に囲まれた闘技場の中で暴れ回っていた魔獣達は尻尾を丸めて怯えている。
「辺境の魔獣は通常の攻撃では傷つけられん!身体強化の魔力を使える者は何人いる!?」
ドロフス侯爵の厳しい問いかけにイワンがグッと拳を握り締める。
「この場には……閣下と私しかおりません。」
「チッ………………………。」
ドロフス侯爵は思わず舌打ちをする。
侯爵の配下にはまだ魔力を使えるものも数名いるが、全員が砦の外に設けられたパーティー会場の警備の方へと回してしまっていた。
北方近衛師団で最も強いストーンも今はケビンについて森の中だ。
呼び戻しに行かせたが、戻ってくるまで待っている時間は無さそうだ。
「わしとイワンとで倒すしかあるまい。誰かわしの部下を呼びにいけ!それ以外のものはわしとイワンの援護をせよ!」
ブワリと殺気を放ったドロフス侯爵をこの場にいる最大の敵とみなして魔獣が襲いかかる。
第一線を退いたとはいえ、まだまだ現役のドロフス侯爵は魔獣の牙を剣で受け流し応戦する。客を逃すために出口から遠のくように魔獣を誘導しながら応戦するが、受け流すのが精一杯のようだ。
考えている暇はない。
イワンも覚悟を決めると身体強化に魔力の全てを注いで魔獣へと駆けた。




