20 戸惑い
アルシオンの掘った穴の上に枝と葉っぱを敷いてから、土属性の魔力を使い土で穴に蓋をする。
これで落とし穴3つ目の完成だ。
黙々と作業をしながらカタリナはどうにも釈然としない感覚に思考を奪われていた。
(何なのよ……もう………。)
カタリナに『婚約者として勝ってほしいのか』と確認した後、ノクスは急にやる気を出して『行ってくる』と飛び出すように行ってしまった。
おまけにいつもならアルシオンに近寄るといい顔をしないクセに、
『カタリナはアルシオンの側についておれ。もし落とし穴に獲物が引っかかってもアルシオン一人では仕留められぬからな。離れるなよ。』
とカタリナとアルシオンが二人きりになるのを気にもとめてない様子で言い残していった。
ノクスがやっとやる気を出したのはいい事だし、癒しの押しである大好きなアルシオンと過ごせるのは嬉しい事だ。
だから不満がある訳じゃない。
ないはずなのだが…… 何故だかモヤモヤする。
それに……
(……………何だが誤解させた気がする。)
今更ながら『婚約者として勝って欲しいのか?』と尋ねられたときに引っかかった理由に気づいたからだ。
肯定したが、カタリナとしては婚約者の義務として仕方なくノクスの勝利を望んだのであって、婚約者として好きだから勝ってほしいという意味じゃない。
だけどカタリナの言い方では後者の方の意味に捕らえられてもおかしくない。
そしてあの笑顔を考慮するに、カタリナがノクスに婚約者として少なからず好意を抱いているから勝って欲しいと受け止められた気がして顔が熱く火照ってくる。
『勘違いしないで』と叫びたい一方で、ノクスの嬉しそうな顔を思い浮かべると、誤解されたかもしれない事に恥ずかしさは感じても、嫌悪感を感じないのが不思議だった。
それとは別にもう一つ
どうにも気がかりがあってカタリナは考え込んでいた。
「…………心ここにあらずみたいですね。」
声をかけられて顔を上げると、こちらを見つめているアルシオンと目が合った。
「そんなにノクスが心配ですか?」
にこやかに尋ねられて、カタリナは慌てて『まさか』と首を横に振る。
「そんな事ございませんわ!あの馬鹿の心配なんてする筈がありません。」
「本当に?」
コテンと首を傾げるアルシオンにカタリナは力強く頷く。
「ええ、勿論ですとも!」
嘘じゃない。
ノクスが勘違いしていないかは多少気になるが、心配なんてしていない。
馬鹿みたいに強いノクスなら魔獣が出た所で倒すことなど赤子の手を捻るより簡単な事だろう。弱らせた魔獣なんて尚更ノクスの敵ではない。
だから心配する必要なんてない。
ただ
少し………引っかかるだけだ。
王都の狩猟大会などノクスにとっては児戯みたいなものかもしれないが、それでも狩りなど体を動かすイベントは好きなはずだ。
それなのに今日のノクスはあまりにもやる気がないように思えた。
それにカタリナの知るノクスは好敵手がいれば燃えるタイプだ。
敵方の采配にあれだけ拍手を送っていて、どうでもよさそうにしていたのが腑に落ちない気がした。
考えられる理由があるとすれば、それは他にもっと気になることや、やらなければならない事がある時だ。
ノクスは決して器用な方じゃない。
一つの事に夢中になると他の事は疎かになる。
そしてノクスが夢中になることと言えば一つだ。
「あの……アルシオン様……。辺境の事で何か起こっていたりするのでしょうか?」
「え?」
「その……あの単純馬鹿があまりやる気がなかったので…もしかして…辺境で何かあったのかと少し気になって………。」
それも辺境伯子息であるノクスが直々に手を下さなければならないような案件でも起こっていはのではないかと考えてカタリナは不安になってきた。
尋ねられてアルシオンの目が僅かばかり驚きに見開かれたのをカタリナは見逃さない。
(やっぱり……何かあるのね…………………。)
と確信する。
そもそも辺境伯の命令で王都の剣術大会に出場しに来たと聞いた時から、何となく変だなと思ったのだ。
支援金確保の為にとはいえ、王都での名声など辺境伯が今更求めるものだろうかと。
それに剣術大会が終わったのに辺境に引き上げることなく、いつまでも王都に留まっていたのも変だと思った。
辺境は常に魔族との戦地だ。
ノクスほど強い騎士を学生の狩猟大会なんていう王都の遊びにいつまでも付き合わせている余裕はないはずだ。
世間で騒がれているケビンとの対決なんて尚更ノクスにとってはどうでもいいはずだろう。
それでも狩猟大会に出るというから、何か理由があっての事だろうと思った。
そして当然何かあるならノクスから説明があると思っていた。
だけどノクスはカタリナに何も言わなかった。
だからカタリナも何も聞かなかった。
でも聞かないからって関心がなかった訳じゃない。
(…………………何で私に説明しないのよ。)
考えている内にカタリナは腹が立ってくる。
こうして狩猟大会に参加の協力までしてあげてるというのに、婚約者であるのにカタリナには話さなくで大丈夫だと思っているのか。
アルシオンの反応を見るに、きっとアルシオンには話をしたんだろう。
これではまるで自分だけ蚊帳の外に追い出されたようで面白くない。
(日頃『お前は誰の婚約者だ』と責めてたくせに……。婚約者として扱ってないのはどっちよ…。)
カタリナの中で不安よりも不満がムクムクと育つ。
「いいえ、何でもありませんわ!どのみち私には関係ないのでしょうから。」
話して来ない以上カタリナには関係ない。
関係ないなら心配してやる義理はない。
カタリナが思い悩む必要なんてないのだ。
少しだけ痛む胸には気づかないフリをして、カナリナは気持ちを切り変えた。
せっかく癒しのアルシオンと二人きりなのだ。
ノクスの事で悩むよりアルシオンとの時間を楽しんだ方が良い。
「さっ、アルシオン様もう気になさらないで、次の落とし穴を掘りましょう。
それとも少し休憩にいたします?
そうだ!私アルシオン様の為にお弁当もこしらえてきましたのよ。
是非お召し上がりになって頂きたいですわ。
あらでも、その前に少し土を落とした方が宜しいですわね。ふふ泥だけですわよ。」
せっせとカタリナはアルシオンの世話を始める。
「え……えっと……カタリナ嬢…。」
そんなカタリナにアルシオンは眉を困ったように下げる。
(だからカタリナ嬢にはちゃんと説明した方が良いって言ったのに…。)
カタリナ嬢には遅かれ早かれバレると思っていた。
狩猟大会が始まる前に、ノクスには今回の件についてきちんとカタリナに話をした方がいいと助言していた。
しかしノクスは同意しなかった。
『せっかく王都で学生生活を楽しんでおるのだ。余計な事は耳に入れたくない。』
そして結局最後まで話さなかった。
(まったく……………何を恐れてるんだか。)
ノクスの言うところの余計な事を耳に入れることで、カタリナがどう反応するのか心配なだけなくせにとアルシオンは人知れずため息を吐く。
きっとノクスは面倒事を話してカタリナにこれ以上嫌われるのが怖いのだろうとアルシオンは思っている。
次期辺境伯ともあろう者がちょっとばかり情けない。
そしてまた未来の辺境伯夫人にしても困ったなとアルシオンは思う。
二人とも無自覚なのだから。
「あの…お気遣いはありがたいですけど…あんまり僕にかまうとノクスが嫉妬しますよ?」
アルシオンの顔の泥を拭おうとハンカチを差し出すカタリナの手をやんわりと押し留めながらアルシオンは困り顔で言う。
「ノクス様が嫉妬なんてするわけございませんわ。
私とノクス様の婚約なんて所詮親同士が勝手に結んだだけで、お互い特別な感情なんてありませんのよ?」
「う、う〜ん……でもノクスはカタリナ嬢が僕にかまうといつも機嫌が悪くなるじゃないですか?それって少なくともノクスは特別な感情を持っているって思いませんか?」
「あれは単に婚約者という存在に蔑ろにされて自分の面子が潰れるのが嫌で騒いでいるだけですわ。
仮に婚約者が私でなく他の方だったとしても同じ反応をするはずです。」
「でも…僕はお二人には婚約者同士の絆があるよう思いますけど……。」
「まあ、嫌ですわ絆なんて冗談は止めてくださいませ!私達の間には婚約者という肩書き以上の感情なんて存在してませんわ。」
『だって何の説明もないし』とカタリナはふんと鼻を鳴らす。
すっかり拗ねてしまったらしいカタリナにアルシオンは苦笑する。
「だけどカタリナ嬢に『勝って欲しい』と言われたノクスは嬉しそうでしたよ?」
「そ、それは…………。」
確かにあの笑顔は……とカタリナは口籠る。
「カタリナ嬢は………ノクスの事が嫌いですか?」
夕凪のように穏やかな笑みを浮かべるアルシオンに見つめられて心がざわつく。
何か見透かされているような気がしてカタリナは落ち着かない。
「き……嫌い……ではありませんけど……好きでもありませんわ……。
わ、私のタイプは……ア、アルシオン様のような穏やかで優しい男性です。」
視線を彷徨わせながらカタリナはしどろもどろに答える。
「僕のような…ですか?」
カタリナの言葉にアルシオンは目を瞬かせると『う〜ん……』と小首を傾げて思案顔になった。
熟考しだしたアルシオンにカタリナが目を泳がせていると
「…………それじゃあ僕が婚約者になりましょうか?」
「えっ?」
唐突なアルシオンの申し出にカタリナは絶句した。




