19 勝たせたいのは
ノクスは昔から強かったり優秀な人間が好きで、敵味方関係なく無条件で賛辞を贈る。
気持ちは分からなくもないが、時と場所と状況を考えろと呑気に関心しているノクスを怒鳴りたくなる。
普段無口なクセにこんな時にばかり雄弁なのも尚更腹が立つ。
「敵を褒めるのも結構ですけれど、このままでは獲物の一匹も捕れないまま終わってしまいますわよ?
どうなさるおつもりですの?」
「ふ〜む、そうであるな。確かにこのままでは負けるかのぅ。」
おまけにこの他人事のような興味の無さは何なのか。
やる気はあるのかと問いただしたくなる。
「その様にやる気のない事でどうするのです!?
せっかく私やアルシオン様が大会の参加条件を満たす為にこんな森までついて来て差し上げたというのに、好意を無碍になさるおつもりで?」
苛立ちをぶつけるカタリナに、ノクスは肩を竦める。
「無碍にするつもりではないが………勝ち負けは時の運もあろう?
それに無理にわしに付き合わずとも、名前さえ貸して貰えれば二人とも招待客用のパーティ会場にいてくれても良かったのだぞ?」
「運などと本気で仰ってますの?馬鹿おっしゃらないで下さい!」
いくらノクスが強くとも狩りは連携が大事だ。
勝つ気があるなら二人に頼み込んででも協力を仰ぐべきところだろう。
それにパーティー会場など冗談ではない。
あの学院の中庭以来、カタリナは何処に行っても『辺境伯子息の婚約者だなんて可哀想に』と同情の目で見られるようになってしまったのだ。
パーティー会場なんかにいれば今度は『横暴な婚約者のせいで狩猟大会にまで参加させられて可哀想だ』と言われるに決まっている。
ならばカタリナが本当は強いという事がバレても狩猟大会に参加した方がいい。
ついでにケビン達をギャフンと叩きのめしてやりたい。
「もう!!少しはアルシオン様を見習ったら如何ですの?」
「アルシオンをか?」
そう言って2人が向けた視線の先には額の汗を拭いながら一生懸命に穴を掘る男がいた。
もうすでに自身の身長近くまで掘り進んだのか、見えるのは地面からフワフワと揺れる焦げ茶色の髪の毛だけだ。
「ん?今僕の事呼びました?」
泥まみれになった顔を穴からピョコンと飛び出す姿は、穴うさぎのようでカタリナは思わずキュンとして胸を押さえる。
「はうっ、可愛………じゃない、ほらご覧下さいノクス様!アルシオン様はこんなに頑張ってらっしゃいますのよ?こんな泥だらけの子供のように可愛……じゃない真剣になって。」
キュンキュンとハートの瞳でアルシオンを見つめるカタリナにノクスは口をへの字に曲げる。
「ただ穴を掘っておるだけではないか。」
呆れた口調のノクスにカタリナの眼が吊り上がる。
「まあ!何て言い草でしょう!!アルシオン様が誰の為に穴を掘ってると思ってますの?
誰かさんが不甲斐ないから、獲物を捕らえる為の落とし穴を掘って下さってるんじゃありませんか!」
「こんな獲物など来ない場所で罠を作った所で無意味だぞ?」
「無意味てすって!?呑気に敵方を褒めてるだけのノクス様にアルシオン様をとやかく言う資格などありませんわよ。
何かおっしゃりたければ獲物を捕まえるか、もっと良い場所の確保をしてからおっしゃいませ!
貴方みたいな方を" 弱い犬ほどよく吠える "と言うのですわよ!」
「何だと!」
バチバチと火花を散らす二人。
「えっと……、何かありましたか?」
穴から這い出てきたアルシオンが体についた土を払いながら、険悪な二人の雰囲気に小首を傾げる。
「そなたが穴なんぞ掘っておるせいだ。」
「ノクス様!!アルシオン様に八つ当たりなさらないで!!」
へそを曲げたノクスにプンプンと怒るカタリナを見て、いつもの痴話喧嘩が始まったんだなとアルシオンは苦笑する。
自覚はないだろうがノクスが不機嫌なのは嫉妬してのことだし、カタリナが怒るのはノクスの事を心配しているからこそだろう。
二人ともお互い憎からず想い合っているのに仕方がない。
「う〜ん、何で喧嘩してるのか分からないけど、カタリナ嬢が怒るのは君を心配してくれてるからだと思うからヤキモチ焼かないで。」
「誰がヤキモチを焼いておる!!」
珍しくギョッとした顔をするノクスにアルシオンはプッと噴き出す。
「ふっ、そうじゃないなら機嫌を治して?狩猟大会はまだ始まったばかりだよ。」
「そなたわしをからかっておるな。」
「あははは」
のんびりとした空気が流れるが、こんなのんびりしている場合じゃないのにとカタリナは気が逸る。
なぜならカタリナは " 強い " という淑女としてバレてはマイナスになるリスクを負ってでもノクスを勝たせる為に参加したのだからだ。
それもこれもノクスに勝って欲しい気持ちがあるからだ。
ケビンにギャフンと言わせることも重要だが、あの中庭の件から他の者がノクスを馬鹿にすることに無償に腹が立つのだ。
これ以上ノクスの事も辺境の事も馬鹿にさせたくない。
「はぁ、もう良いですわよ!ノクス様をあてにしていたら日が暮れてしまいます。
アルシオン様、私はこれからこの辺りをぐるりと調べて参ります。
ここで少しお待ち頂けますか?」
ノクスにやる気がないのならば自分がやるとカタリナはレイピアを腰に携える。
「えっ!?カタリナ嬢お一人で行くつもりですか?
カタリナ嬢がお強いのはもう知っていますが危険ですよ!
今大会には弱らせたと言っても魔獣も獲物として放たれているんですよ?」
「普通の魔獣くらいでしたら一人でも大丈夫ですわ。
それに勝つためにはせめてもう少し良い場所を探さなくては、このままでは本当に負けてしまいますわ。」
どうしても勝ちたいカタリナは聞く耳を持たない。
「だからってお一人は………ほら、ノクスも止めて!」
一人で行こうとするカタリナをアルシオンが止める。
ノクスにもカタリナを引き止めるように促す。
「……カタリナ。」
ノクスがカタリナの名前を呼んだ。
名前を呼ばれてカタリナは、ノクスへと顔を向ける。
「そなた何故そんなに勝ちたいのだ?」
不思議そうな顔で聞かれてカタリナはムッとする。
「何故って当たり前ではございませんか。
ここで負けたら周りから何を言われるか分かったものではありませんわよ!?
勝ちに行くのは当然ですわ!」
「しかしそなたは自分が強いことを隠しておったろう?荒事には徹底的に関わらぬようにしていたのではないのか?
下手に動いて狩りをしているところを見られれば、強いのがバレてしまうかもしれぬが良いのか?
淑女の評判が落ちるかもしれぬぞ?」
問われてカタリナは苛立だしげに唇を尖らせる。
「私だって好きで荒事になんて関わりたくありませんわよ!!
ですが放っておいてノクス様が負ければ、せっかく剣術大会で優秀した評価も貶められてしまいますのよ?
ひいては辺境の評判だって落ちますでしょ?
婚約者としてそれを指を咥えて見ているほど私は薄情ではございませんのよ?
それともノクス様は私のことを婚約者の評判よりも自分の評判を優先する女だとでも思ってますの?」
憤慨した口調でいえば、ノクスは目をパチパチと瞬いた。
そして少し考えた後…
「それはつまり………そなたが勝ちたいのは婚約者であるわしの為ということか?」
そう問われてカタリナも目を瞬かせる。
「え…そ、それは……まあノクス様の為というか…辺境の為というか…婚約者なのですから……。」
何だろう………。
その通りと言えばその通りなのだが、何だかとっても引っかかる。
「カタリナは婚約者としてわしに勝って欲しいのだな?」
念を押すように聞いてくるノクスが何故だか楽しそうでカタリナは戸惑う。
「そ…うですわね。」
「ふむ、相わかった。」
ノクスが嬉しそうにニカッと笑った。
まだ仲の良かった子供の頃の笑顔がふっと頭を過った。
(ノクス様の笑った顔……久しぶりに見たわ。)
辺境にいた子供の頃、騎士の試合に参加するノクスをカタリナが応援すると、ノクスは今のように嬉しそうに笑っていた。
勝つといの一番にカタリナの所に駆けて来て、『見たか?見たか?』と喜んでいた姿を思い出して胸がトクリと高鳴った。
(何で急に子供の頃の事なんて……………?)
何故かトクトクと胸を打つ鼓動が不快でカタリナはムスッと眉を寄せた。




