18 狩猟大会開幕
狩猟大会は剣術大会の2週間後という異例の早さで行なわれることとなった。
準備期間がたった2週間という短い期間とは思えないほど盛大なものだ。
場所は北方近衛師団の砦の眼前に広がる森で、魔族の侵攻を防ぐために何百年と植林されてきた木々が鬱蒼と生い茂り、何よりも広大だ。
そんな森を切り開いて作られた一角には招待客用のパーティー会場が設置され、王族を初め王都中の貴族という貴族が招待されていた。
会場には色とりどりの天幕が張られ、随所には美しい花々が飾り付つられている。
テーブルには豪華な料理がこれでもかと並び、王都でも人気の楽団が優雅な調べを奏でている。
パーティー会場をぐるりと取り囲む様にドロフス侯爵家の旗がズラリと掲げられていなければ、王宮のガーデンパーティーにでも迷い込んだのかと錯覚してしまいそうな豪華さだ。
加えて今回の狩猟大会には通常の狩猟大会で用いられる鹿や猪といった獣だけではなく、北方近衛師団が捕獲した魔獣も放たれるとあって、集った人々は大いに盛り上がっていた。
学生の狩猟大会に魔獣まで持ち出すのは危険過ぎるという意見も一部あったが、魔獣は薬で弱らせてから放つ事とドロフス侯爵家の家門の騎士達と北方近衛師団が警備と守護に当たり責任を持つ事で強引に押し切った。
おかげでドロフス侯爵家の本気が見て取れるこの大会は、ドロフス侯爵家の思惑通り剣術大会など忘れさられたようにお祭り騒ぎだ。
ケビンの不名誉な噂はいつの間にか鳴りを潜めていて、今度こそ辺境伯子息との対決でケビンが勝つと持て囃されていた。
狩猟大会の裏で魔獣賭博が開かれるというのも一部の人々にとっては盛り上がる要因だろうが、何にせよこの狩猟大会が今この王都で最も話題の中心にあるのは間違いなかった。
おかげで北方近衛師団の砦の眼前に広がる森はいつもの静けさが嘘のように一般市民達までもが見学しようと群がり、熱気を帯びた人々の海で溢れかえっている。
そんな状況で始まった狩猟大会だが、カタリナはノクスとアルシオンと共に選手として参加していた。
いつもの清楚なドレス姿とは違い、パンツにブーツスタイルの格好で簡素な防具を身に纏い腰には細身のレイピアを携えている姿はなかなかに勇ましい。
なぜ淑女科である彼女が選手として参加しているのかといえば、狩猟大会の直前に参加ルールが三人以上でチームを組まなければならないと変更になったからだ。
ほんのひと月前に入学し、辺境伯の子息として名門ドロフス侯爵家に目の敵にされるノクスとチームを組みたい騎士科の生徒はいない。
何を狙ってのことかは明瞭だろう。
組む相手がいないノクスが棄権する事を狙っているのだ。
ただしこれは単純にノクスの不参加をねらったものではない。
何故なら3人以上であれば騎士科の学生でなくてもいいと条件に付け加えられていたからだ。
それはつまり学生ならばどんな学生でも参加出来るということ。
そしてアルシオンがノクスの友人であり、カタリナが婚約者であることは周知の事実だ。
これが何を意味しているのかと言えば、例え騎士科の学生とチームを組めなかったとしても、二人がいれば参加条件は揃い、参加条件が揃っているのに棄権すれば『負けるのが怖くて逃げたのだ』と名誉を貶めることが出来るという事だ。
では逆に参加を決めたとしたならばどうだろうか?
剣術大会で準優勝したとはいえ、逃げ回って運良く勝ち残っただけの経営科のアルシオンと淑女科のカタリナでは足手まとい二人をノクスに背負わせるようなものだ。
特にカタリナが本当はそこら辺の騎士よりも強いと知らない彼らにとっては、淑女科のカタリナを参加させることは、足手まといを背負わせるという目的の他に、か弱い淑女を無理に参加させたとノクスの横暴さを非難する狙いもあるのだろう。
その上でノクスをコテンパンに負かせば、剣術大会で優勝したノクスの実力を否定し、名誉を失墜させ、引いては辺境を貶める事が出来るという算段だ。
更に言うならば騎士科の生徒を差し置いて剣術大会で準優勝したアルシオンとケビンに恥をかかせたカタリナへの報復にもなるという事だろう。
参加不参加どちらに転んでも不利となる。
結局どちらを選んでも名誉が傷つく恐れがあるのならばと参加を選んだカタリナ達だったのたか…
「ふむ………一挙両得とでもいうのか?なかなか策士だの。」
「関心している場合です?ただ卑怯な手に長けているだけですわよ。」
能天気に関心したように頷くノクスにカタリナは怒りの目を向ける。
カタリナが睨むのも無理はない。
彼女達が今いる場所は狩猟場の森の片隅も片隅。
狩猟大会開始早々に狩猟場と定められた森の範囲ギリギリすみっコまで追いやられてしまっていたからだ。
しかしこれはカタリナとアルシオンが足手まといだったからじゃない。
狩猟大会には一般的に選手同士がお互いを間違って傷つけ合わないように、場所が被らないようにするルールがある。
先に何処かのチームが狩猟に良い場所を押さえたら、後から来たチームはその場所から一定の距離を離れなければならない。
このルール自体にはまったく問題がない。
しかしこのルールのせいでノクス達は狩猟大会開始早々、あれよあれよと言う間に良い場所を他チームに占領されてしまい片隅に追いやられた。
「だが采配は見事だとは思わぬか?誰が指揮をとっておるのか解らぬが、天晴である。」
追い詰められていると言うのに、嬉しそうに敵を褒めるノクスにカタリナは『この馬鹿が……。』と舌打ちしたくなる。
「何が " 天晴 " ですか。北方近衛師団の師団長はドロフス侯爵家の身内と聞きます。
どうせドロフス侯爵家側に予め狩りに優位な場所をリークしていたに決まってますわよ。
それに学生の中に北方近衛師団の騎士を紛れ込ませてるんですわ。」
「うむ、たがこの森は広い。狩りに適した場所、獲物が隠れそうな場所、逃げ込みそうな場所を全て把握するのは難儀だ。更に我らの動きを完全に封じるなど並大抵の事ではないと思わぬか?
この森をよほど知り尽くし研究し、獲物がどう動くかまで予測していなければ出来ぬことだ。
我々を遠ざける連携もまた見事であった。
おそらくは一朝一夕のものではあるまい。
普段から敵が攻めて来た時に備えて考え練られて、訓練しておったのだろう。
中央の騎士達はすっかり腑抜けたと思うておったが流石に北方近衛師団は骨がある。
そうは思わぬか?」
「それは……………。」
ノクスの言い分は確かにその通りでカタリナは口ごもる。
正直なところ大会が始まるまでカタリナは舐めていた。
戦闘能力だけ見れば参加チームの中でノクスのチームは一歩どころか千歩も抜きん出ている。
しかもカタリナが戦えることを知らないのだから誤算も誤算だろう。
だから何か罠が仕掛けられているとしても問題なくドロフス侯爵側を叩きのめせるだろうと高を括っていた。
だが蓋を空けてみれば " 場所取り " という正攻法のルールを使い、罠も何も無く追い詰められたのだ。
大会の開始の銅鑼が鳴らされたのと同時に各チームは四方八方へと、占領するポイントを被ることなくそれぞれの持ち場へ水が流れるがごとく散っていった。
そして追いやられたノクス達が予め何処へ行くのか分かっていたかのように見事な連携プレイで行く先行く先でノクス達を狩場から追いやって行った。
確かに北方近衛師団のサポートと指揮は目を見張るものがあると言える。
だからと言って褒めてる場合かとカタリナは頭が痛くなった。




