14 魔獣賭博
魔獣賭博についての話し合いが終わり、イワンが執務室から立ち去ってから、どれくらい経ったのだろうか。
執務机の椅子に深く腰掛けて考え事をしていると、気づけば辺りは薄暗くなっていた。
普段から黒く暗い陰気な執務室が一層陰りを帯びて不気味で重々しい雰囲気で満たされている。
ノロノロと顔を上げたドロフス侯爵は机に置かれた燭台に手を翳し、ボッと蝋燭に火を灯した。
蝋燭の明かりに照らされて、ドロフス侯爵の渋面が浮かび上がった。
「……武門の名門ドロフス家も落ちたものだ。」
自嘲気味に呟かれた言葉が部屋の隅の闇に解けていく。
ドロフス侯爵家が最初に魔獣賭博に手をかけたのは6年程前のことだ。
6年前に西の蛮族が国境ぞいの村を侵略しに来たことがあった。
蛮族達の数は200人くらいと小規模ではあったが、その国境に配置されていた騎士達は数十人と少なかった。
それ故にやむを得ず、主要街道へと繋がる橋を落として侵攻を防いだ。
結果として国境の防衛には成功したのだが、橋を壊した事について叱責された。
『たった200人の蛮族の侵攻を食い止める為に、主要な街道にかけられた橋を壊すとは何事か』と
当時国軍の将軍を務め、辺境以外の国境を守護する総責任者であったドロフス侯爵は当然抗議した。
『たった数十人で蛮族達の侵攻を止めるには他に方法は無かった、むしろ英断であった』と橋を落とす事を決定した騎士団長を擁護した。
しかしドロフス侯爵の訴えは虚しく却下され、騎士団長は解雇、更には国境の要所に数十人しか配置していなかったドロフス侯爵の差配ミスを問われて橋の修復費用を出すよう要求されたのだ。
確かに差配ミスと言われればそうかも知れない。
だがそれはそうせねばならない事情があったからだ。
国が防衛費を50年もの間上げなかったのだ。
中央が魔族と戦わなくなって100年、他国との戦争が起きなくなって50年近くが経っていた。
戦いから遠ざかれば、人は戦いを忘れる。
軍縮が叫ばれるようになり防衛費に対する目は年々厳しくなっていた。
削られ無かっただけマシだと思うかもしれないが、50年も経てば物価は上がり、事実上の防衛費は削られたもの同然だった。
結果として駐屯させる兵は最小限に留めるしかなかったからこそ起きた事だった。
しかしそんな事はいくら説明しても、軍に関わりのない中央貴族達には理解しては貰えず、ドロフス侯爵は橋の修繕という巨額の負債を背負うことになった。
その際に提案されたのが "魔獣賭博"だった。
中央の上流階級の貴族達は娯楽に飢えている。
魔獣賭博というスリリングな刺激を与えてやれば、皆飛びついて多額の金を落としてくれるだろうと囁かれた。
『一度だけだ………。』
最初は負債を清算する為に仕方なく、『一度だけ』という条件で始めた。
だがその旨味を知ってしまえば、二度、三度と資金難に陥る度に『今度で最後だ』と言い聞かせながら、気づけば毎月の様に魔獣賭博は開かれるようになっていた。
一度魔獣が逃げ出したせいで、法的に" 禁止 "される事になっても辞めることは出来なかった。
むしろ禁止となった事で、武門の名門ドロフス侯爵家が主催する魔獣賭博は、そのネームバリューから捕まる心配の要らない安心安全で遊べる賭博場として秘密裏に盛況になっていった。
そして今や魔獣賭博の売上なしではドロフス侯爵家も軍も立ち行かない状態だ。
勿論それが良い事だとは考えていない。
何とか防衛費を上げてもらえるように国へと働きかけていた。
だがそれも正攻法では無理なため、"賄賂"という金がかかる方法だ。
まさに本末転倒だが、他に方法もなく魔獣賭博という沼にどっぷりとハマっていった。
それでも賄賂が効いたのか、やっと予算を下ろしてもいいと話が出た。
ただし条件は2つ
一つ目は予算案が通るまでは、軍閥家門のトップであるドロフス侯爵家の価値が下がるような問題は起こさないこと。
2つ目は辺境からやって来る辺境伯子息の活躍を防ぐこと。
特に2つ目が重要な条件だった。
これが意味するところは、次期辺境伯の実力に問題があるとして辺境へ送る支援金を削り、その分を軍の防衛費へ回すという意味だ。
毎年辺境に送られる支援金は莫大で、その費用を抑えるための口実が何でもいいから欲しいというのが国の考えなのだろう。
しかし辺境は魔族から国境を守る要の土地だ。
本来なら支援金を出し渋るなどあってはならない。
だが毎年送られる莫大な支援金の一部だけでも回してもらえれば……。
それ故に辺境伯子息が出る剣術大会に手を加えた。
残念ながら辺境伯子息の実力が群を抜いていた為、優勝自体は阻止することは無理だったが、少しでも話題にのぼらないように大会の参加者達を棄権させ、大会が通常の状態で開かれたのではないと印象づけた。
更に狩猟大会を開催して、こちらは絶対にケビンが勝つように細工をする事にした。
そうすれば、剣術大会での優勝は色褪せ、次期辺境伯にはあまり実力が備わっていないようだと貶せる。逆にドロフス侯爵家の威信は上がる。
という計画だったのだが………。
先程のケビンの様子を思い出し、ドロフス侯爵の顔に煩悶の表情が浮かぶ。
(分かってはいたが…ケビンがあれ程酷いとは認識していなかった……。)
軍閥貴族のトップであるドロフス侯爵家の跡継ぎのケビンが何かやらかせば、それは軍の評価を下げることに繋がる。
貴族が世襲制である以上、ケビンの評価はドロフス侯爵家の評価へと繋がり、ひいては軍の評価にも影響するのだ。
(せめて今度こそ大人しく言う事を聞いてくれればいいが……。)
そうは思うが、ケビンが現状を把握しているとは思えない。
それに
(まさか魔力を反則技などと言うとは………………。)
魔力の事さえ良く理解もせず、去年は優勝したと息巻いていたが、去年の優勝など侯爵家におもねる家門の子弟達が、わざと花を持たせてケビンを勝たせただけだ。
相手との力量差がどれ程開いているのか、それすら分かっていないことに不安が募る。
さらには花を持たせた他の武門の子弟達ですら似たような状態であることにため息が漏れる。
長年国軍の将軍として辺境以外の国境沿を転々としていたドロフス侯爵は気づけなかった。
気づいた頃には時すでに遅し、魔力など無用の長物だという考え主流となっていた。
それも致し方ないことだ。
ここ数十年、王国の騎士の仕事といえば、時折起こる国境との小競り合いを除けば、棄権の少ない要人の護衛やパレード、セレモニーを飾る演舞の披露など、戦いとはほど遠いものばかり。
求められるのは剣の腕前よりも、見栄えの良さや派手なパフォーマンスだけだった。
キツイだけで大した効力が見込めない魔力の鍛錬に、時間を費やして身につけたとしても、披露する機会すらなくては意味がない。
それでも中央を支える軍閥家門の筆頭として、魔力の鍛錬は積ませるようにと、ケビンはじめ侯爵家に連なる家門の子弟達には鍛錬を疎かにするなと伝えてあったのだが……。
蓋を開けて見れば、鍛錬どころか魔力が何たるかすらも分かっていなかった。
特にケビンはあの性格だ。
(どこをどう間違えたのか…………。)
見栄えや周囲からの評価ばかりに気にして、魔力どころか鍛錬すらまともにこなしていないのに、プライドだけは山のように高い男に育ってしまった。
(……………騎士として未熟であったとしても、せめてもう少し思慮深くあったなら……。)
つい愚痴が頭をかすめる。
しかしそれでも……ドロフス侯爵家の跡取りはケビンしかいない。
ドロフス侯爵家が軍閥貴族のトップである以上、なんとしてもケビンに能力があるように見せなければならなかった。
そうしなければ…………
先のことを思うと暗澹たる気持ちがこみ上げた。
「…………遅くに出来た子供だからと甘やかし過ぎた…。」
今さら悔やんでも仕方ないが、思わずそんな言葉がこぼれ落ちた。




