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13  ドロフス侯爵の煩悶

王城の近くに居を構えるドロフス侯爵家のタウンハウスの執務室は、歴史ある家門に相応しく黒を基調とした、どっしりとした重厚感を感じさせる(しつら)えだ。


その執務室の主人であるドロフス侯爵は、かつては国軍の将軍を務め、第一線を退いたとはいえ、未だ軍の重要なポストに身を置くだけあり、執務室の主人として似つかわしい威圧感と威厳に満ちている。


そんな侯爵が怒気を纏わせて、執務室の机をドンと叩けば、部屋の雰囲気も相まって迫力満点で、その場にいる全員の肩がビクリと跳ねた。


「剣術大会が終わるまでの数日間は大人しくしているように申し伝えていたはずだろうが!!!何故フラフラと出歩いていた!!!!

お前達もケビンについていながら何故止めなかった!!!」


怪我で剣術大会を棄権したことが嘘だとバレて叱責されているのは、息子であるケビンと腰巾着である騎士科の数名の生徒達だ。


ドロフス侯爵の怒号に騎士科の生徒達は顔面蒼白で、息も絶え絶えに身を縮ませる。 


しかしケビンだけはムスッとした様子で不満気だった。


「はぁ、父上……そんなにお怒りにならなくても良いじゃないですか…。

こうなったのも、元はと言えば父上がやたらとあの辺境の野蛮人を恐れて、私達を剣術大会に参加させなかったからでもあるのですよ?」


「なんだと…?」


理解しがたいケビンの主張に、自分の失態を棚に上げて何を言い出すのかと、侯爵は目を吊り上げる。


ギロリと鋭い眼光で睨まれて、ゴクリと唾を呑み一瞬怯んだケビンだったが、彼なりに鬱憤が溜まっていたのだろう。


不満を口にするのをやめることなく更に続けた。


「…………だってそうではありませんか。

私達が大会に出れば負けると、父上が()()()()()()()()棄権させるように小細工したんじゃないですか。

最初から私達が出場していれば問題なかっのに………。」


「勝手な思い込みだと!?お前まさか……自分が出場していれば優勝出来たとでも思っていたのか?」


侯爵は息子の信じられない発言に驚いて目を見開いた。

一方ケビンは、信じられないものを見る目で見つめられて不快そうに顔を歪めた。


「……父上はいつもそうやって辺境の強さを信じて疑いませんが、去年は()()()()()()()をお忘れですか?

やってみれば今年も案外簡単に私が優勝していたかもしれないじゃないですか!

私の活躍を学院中の乙女たちだって期待していたというのに、父上が棄権しろと仰るから私は顔を立てて棄権したのですよ。

最初から変な小細工などせずに出場していれば、こんな風に下手な嘘をつくこともバレることだってなかったんですよ。」


「………それは本気で言っているのか?」


地の底を這うような低い声で言われたが、ケビンは怖さよりも

息子の優勝する可能性をまったく感じていない父親の態度に先にムッとした。


「もう!!!父上はどうしてそう…ぐはっ!!???」


そうして侯爵に食ってかかろうとしたケビンだったが、言葉は続かなかった。

気づけば侯爵に首を絞め上げられていてからだ。


ほんの一瞬。


ドロフス侯爵が座る執務室の机とケビン達が立つ位置との距離は2メートルくらいと近かったが、近かったとしても目にも捉えられないほどに瞬きの間の出来事だった。


パッとドロフス侯爵の手がケビンの首から離れ、ケビンがドシャリと座り込む。


「ゲボッ……ゴボッ………。」


咳き込むケビンをドロフス侯爵は冷めた目で見下ろした。


「……………今のが止められないようで辺境の小倅に勝てると?」


「ケホッ…それは…でも、こんな反則技…。」


「反則技だと!?」


ケビンの返しにドロフス侯爵が声を荒げた。


そして事の成り行きを縮こまって見ていた腰巾着の騎士科の生徒達へと視線を向ける。


「お前達も今のが反則技だと思うのか!?今私が使ったものが何か分からないのか!?」


問われた彼等はタジタジになって目を彷徨わせた。

答えに窮したように、お互いを肘で小突き合って『お前が答えろ』と合図を送り合っている。


「お前達は一体今まで何を学んで来たというのだ!?」


怒り心頭のドロフス侯爵に全員が身を竦ませた時だった。

コンコンと執務室のドアがノックされ一人の男が顔を出した。


「おっと………お取り込み中でしたか?」


男の名前はイワン・スクアーロ子爵


ドロフス侯爵の妻の年の離れた弟で、東西南北に設けられた王城の城門の内、北門を守る近衛師団の師団長を努めている。


「イワンか…………。」


「叔父上!!」


金髪碧眼のなかなかの美男子の彼は、叔父と甥という関係だけあり、面差しがよく似ている。

二人の歳は10歳ほどしか離れておらず、ケビンはイワンを兄の様に慕っていた。


「叔父上!助けて下さい!父上がまた魔力なんかの話で私を困らせるのです!」


天の助けとばかりにイワンに縋り付くケビンに、ドロフス侯爵のこめかみに青筋が立つが


『ははっ、大丈夫だよ、ケビン。義兄さんも落ち着いて下さい。

ケビンの怪我の件については『()()()()()()()()()』のと『()()()()()()()()()()()()()()()()()た』という事で話は纏まりましたから。」


ニッコリと伝えるイワンの言葉に、ケビンが喜色を浮かべる。


「おおっ、流石は叔父上です!それならば私が辺境の野蛮人を恐れて怪我したフリで大会を棄権したなんて噂を払拭出来ますね!

私の可愛い花の乙女たちも失望させなくて済みます!」


「ははは、そうだね。

ご令嬢方も納得してくれたと思うよ?

まあ…………()()()()()()()()()()()()()()()。」


微笑みと共に伝えられた後半部分に、ドロフス侯爵の眉間に皺が寄るが、ケビンはお構いなしだ。


()()()()()()()()で私の花の乙女達の機嫌がなおるなら安いものですよ!

これで後は狩猟大会で優勝するだけ!問題は解決しましたね!」


能天気にのたまうケビンに、もはや何か言う気力も失せたドロフス侯爵は、執務机の椅子に深く腰掛けて深いため息をついた。


「……………もういい。狩猟大会までお前達は謹慎していろ。

ただし、今度こそ私が良いと言うまで絶対に部屋から出るな。次はないからな。」


低く唸るような声で言い渡すと、お花畑にいるケビンとホッとした様子の腰巾着の学生達を執務室から追い出した。



ケビン達が去ると、執務室にはドロフス侯爵とイワンの二人だけになる。


眉間に深く刻まれた皺を揉みほぐしながら、ドロフス侯爵はイワンに尋ねる。


「それで………少しばかりとは幾らかかったのだ?」


尋ねられたイワンは懐から1枚の紙を取り出し、執務机の上に置いた。

その紙に目を通して侯爵は目を見開く。


「こんなにもか!?」


「ケビンのお気に入りの花達は、王都でも有数の名家のご令嬢達ですからね。黙って口裏を合わせて貰うには、それ相応の対価がかかりますよ。」


「たがこれでは…………。」


「まあ、()()()()()()()()()()()と言った所ですね。ですから…………。」


イワンの言葉に侯爵は沈痛な面持ちで吐き出した。


「……………また魔獣賭博を開けと言いたいのだろう……。」



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