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12  憤り

(可哀想ですって……………?)


聞こえてきた不快な言葉に、グッと抑えていた何かが込み上げて来る。


カタリナが早足で立ち去ろうとした為、ケビン達との間にはそれなりに距離が出来ていたが、カタリナは地獄耳だ。

聞き間違いで済ますには、バッチリと聞こえていた。


たがケビンはまさかカタリナに聞こえているとは思わなかったのだろう。


ほんの少し声を落としただけで、カタリナが可哀想な理由を毒花達へと続けた。


「考えても見て下さい。

カタリナ嬢だって、好きであんな辺境の()()()()()()()()()()を婚約者にしている訳では無いでしょう。

辺境の野蛮人が開く戦勝会だって()()()行きたくなどないでしょうに、婚約者である為に行かざるを得ないのです。内心はきっとお辛いに決まってます。」


勝手にカタリナの気持ちを代弁し、ノクスとの婚約が辛いものだと決めつけ、辺境の野蛮人だと言い放つ。


「それに、私が怪我をして大会に出られていれば、あんな男が優勝することもなかった筈です。

そうなればカタリナ嬢は戦勝会などに参加しなくても済んだでしょう……。

そう思うと………私のせいな気がして…カタリナ嬢に申し訳ない気すらするのですよ。」


怪我でわざと棄権したくせに、一体どの口が言うのか。本来なら自分が優勝していたと断言し、自分に酔った態度で、自分のせいだと独りよがりな持論を展開し出す。


「まあ、ケビン様……なんて責任感の強い……。」


「どうかご自分をお責めにならないで下さい。」


「そうですわ!カタリナ様だって流石にケビン様に非がないことは分かってますわよ!」


落ち込むケビンを毒花達は慰めるように声をかける。


そして


「……でも……そうですわね。考えたら……カタリナ嬢は可哀想な方ですわ……。」


「ええ……もし自分の婚約者がアレだったらと思ったらゾッとしますもの…。」


「確か……カタリナ様のお父様が辺境伯に命を助けられたのが後縁で結ばれた婚約だと聞いてますけど………カタリナ様には不運ですわね。」


毒花達もタリナが可哀想だと同調し始めた。


それを受けてケビンは『我が意を得たり』とばかりに、持論に拍車をかけた。


「そうでしょう?いくら魔族から助けてもらった恩があると言っても、娘を婚約者として差し出すよう()()するなど、王都で咲くべき美しい花を、わざわざ極寒の雪に埋もれさせるような物です。

セルガル伯爵も恩を盾にとられて致し方なかったのでしょうが、辺境伯は酷いことをされるものだと思いませんか。」


カタリナとノクスの婚約の理由を曲解して、さらには辺境伯が極悪なように言い放つ。


「本当に辺境の人間というのは厚顔無恥で、己の分をわきまえない奴等ばかり。

特にあのノクスという男は傲慢粗野で恥を知らない。辺境伯の息子である事をかさにきて好き勝手なことばかり…。

そんな男が婚約者になってしまったカタリナ嬢が本当に可哀想です。

私が何かしてあげられれば良いのですが、出来ることと言えばほんの少し側にいて差し上げることくらいで………。」


同情を滲ませた声でケビンが呟く。


「あら…もしやケビン様がカタリナ様にいつもお声をかけているのは………。」


ケビンの呟きに赤い毒花がハッとしたように声を上げる。


「ええ、せめて学院にいる時だけでも心安らかに過ごして欲しいと願って…。」


「「「!!!!!!!!」」」


ケビンがカタリナに構うのは()()()()()()と聞いて、毒花達が色めき立った。


「まあ、まあ、まあ、そうでしたのね!ケビン様ったらなんてお優しいのでしょう。

それなら、私もこれからはカタリナ様に()()優しくして差し上げるわ。」


「ええ、私も()()()()()()()()と婚約させられた()()()()カタリナ様には優しくすると誓いますわ。」


「本当に!いずれ()()()辺境へ嫁がねばならないお気の毒な方ですものねぇ…。」


"同情"と言う名の優越感をたっぷりと含んだ笑顔で笑い合う。


「おお、さすが我が麗しの花達は心まで美しいのですね。

あっ、でもカタリナ嬢には()()()()()()()言わないで下さいね。

狩猟大会が開かれたら、あの辺境伯子息の"強い"という化けの皮も剥がれて、もっと可哀想そうなお立場になるでしょうから。」


ケビンが含みのある笑顔で人差し指を口元に持っていった。


「まっ、やだ、ケビン様ったら意地悪ですわ!」


毒花達が愉快そうな笑い声を上げた。



話に夢中で立ち去るカタリナが歩みを止めていた事になど、まったく気づいていないのだろう。

庭園に賑やかな笑い声を響かせながら、ケビン達はカタリナとは反対方向へと歩いて行く。


立ち去る彼等の気配を背中に感じながら、カタリナは穏やかな笑顔を浮かべていた。

『理想の淑女』に相応しい優美でたおやかな何の感情も読み取れない完璧な微笑だ。


いつもと変わらぬ様子だが、違っていたのは右手だけ。


軽く上げた右手の指先には、練り上げた魔力が溜まっていた。


そして数秒後、


ケビン達に見えないように、人差し指をクイッと上げた。


その瞬間、突然ケビンの足先の地面の土がボコリと小さく盛り上がり、突然の事に対応出来なかったケビンが(つまづ)いて盛大に前のめりに倒れ込んだ。


「おわっ!」


「きゃあ!?」


「ケビン様!?」


「ケ、ケビン様大丈…夫……。」


毒花達が驚いて、慌ててケビンに声をかけ、助け起こそうとしたが……


「???」


ピタリと動きを止めて黙り込んだ毒花達にケビンは怪訝そうな顔をする。


ケビンの腰巾着の騎士科の学生の一人が慌てた様子で


「ケ、ケビン…う…腕……。」  


ヒソリと囁かれ、ケビンは自分がガッツリと地面に()()()()()()はずの腕をついて体を支えている事に気づいて狼狽えた。


「!!!!ち、違うんです!あ、あのコレは……。」


慌てるも、痛む様子も見せず骨折したはずの腕で、四つん這いになってしまっている状態だ。

何が違うのか、どんな言い訳も通用しないだろう。


流石の毒花達も顔を引きつらせている。


カタリナはクルリと振りかえると、四つん這いになっているケビンに歩み寄った。


そして


「まあケビン様、大丈夫でございますか?

それにしても骨折をされているとお聞きしておりましたが、()()()()()()()()()安心いたしましたわ。」


ニッコリと軽やかに微笑んだ。




 

屈辱と羞恥に顔を歪めるケビンをよそに、カタリナは今度こそ完全に立ち去りながら思う。


(ざまぁみろ…………………。)


ケビンがアレでもカタリナの為に言っているのは分かっている。


辺境が悪く言われるのも、同情されるのもいつもの事で慣れっこだ。


でも『可哀想』という言葉だけは聞き捨て出来なかった。


だってカタリナの中には、ノクスとの婚約に『可哀想』などと自分を憐れむ気持ちは一ミリも存在していないから。


別にカタリナはノクスの事なんて好き…………ではないと思っている。


デリカシーはないし、大雑把、剣術馬鹿で、喋り方も何だかジジ臭い。

頭の中はいつも辺境の安全についてばかりで、婚約者に対する気遣いも、気の利いた言葉一つ口に出来ない唐変木だ。


だけどカタリナは知っている。


ノクスが幼い頃からどれだけ努力して一人前の騎士になったのか。


辺境は実力主義だ。辺境伯の息子だからと特別扱いなどしてくれないし、魔族相手にしていられない。


朝から晩まで木剣を振るノクスを見てきた。


何度も手の皮がズル剥けて、その度に硬くなり、擦れて指の指紋すら消えてしまっている事を知っている。


勉強は苦手なのに、将来の辺境伯となるべく剣の稽古の合間に寝る間を惜しんで勉強に打ち込んでいたことを、少なくとも王都有数のこの学院にすんなり編入出来てしまうくらいの努力をしてきたのも分かっている。


カタリナの見てきたノクスは、いつも真っ直ぐだ。


次期辺境伯という重責から、魔族と戦う恐怖から、決して逃げたりなどしない。


癪に障るから絶対にノクスには言わないが、カタリナはノクスを尊敬している。


ノクスの婚約者である事に誇りを持っている。


だから


(あの馬鹿の婚約者が可哀想だなんて、何人たりとも言わせないわ……。)


カタリナは凛然(りんぜん)と心の中で呟いた。




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