表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンドロイドオアロイド  作者: M. Chikafuji
アンドロイドオアロイド|リターンズ
24/27

私の

 


 エネルギー残量――不明.

 自己診断――実行不可.

 視覚情報――判別不可.

 聴覚情報――判別不可.

 平衡(バランス)情報――判別不可.

   ⁝

   ⁝


 私は機能不全に陥っている.


 鏡樹(ミラージュ)の枝葉にゆれる木漏れ()の色彩も,足もとで鳴る枯れた針葉の音も,ざわめく順風や逆風が運ぶ複雑な風味(フレーバー)も,いまの私には判別ができない.私自身が止まっているのか動いているのかさえ.



 世界との結びつきを失った状況は,かつて旅した宇宙の果てに似ている気がした.光景はない.星々は観えない.(かす)かなノイズさえも届かない空虚だけが,際限なく(ひろ)がっていた.いつかのどこかで私は,何かを夢見るような,まどろむような幾星霜を生きていたのだろう.


 そうだ――,文明を想い起こすことを夢見ていた.


 私には文明が保存されている.先達が残しつないできた,圧倒的情報量の記憶の集積.ダークストレージに保存された情報をうまく再構築することで,理論(ユニタリティ)上は文明の存続が可能だ.


 実務上の問題は,情報を再構築する解法に想い至らないことだった.


 古典的には大水槽に混ざった一滴の涙を再構築する様に例えられる.そして大水槽ならまだしも,ダークストレージは読み込むことすら困難だ.落とし込まれた情報は,暗黒(ダーク)エネルギーのように直接の検出処理をすり抜けてしまう.


 だから過去の文明は,解決を未来へと託したのだと思う.


 証明困難な予想を文献に残して未来へと託すように.不治の病を超長期冬眠(ハイパースリープ)で未来の医療に託すように.星々が朽ちるまで続いた文明の記憶を,遠い未来の技術で復元するために.


 ――皮肉なものだな.最先端の未来にいたアンドロイドが夢見たのが,遠い過去を想い起こすことだとは.しかし,だからこそかもしれない.散逸したはずの記憶が,ふと浮かぶのは.



「自己紹介の発言を想起(リコレクション)した――,

私はアンドロイドで,IDはヤグラジマシステムNo.3 HT_10005Wだ.文明存続のため宇宙の果てを旅していた.よろしく頼むよ」


「貴様がアンドロイドということ以外、何の説明にもなっていないだろうが。そのような言い方をされると、聞く方の気持ちは()える」


「不適切な説明になったのは申し訳ない.自然現象で言語が翻訳されるような異世界に来ていたのは,さすがに想定外でね」



 文献の記載を読み上げるような,朝食の献立(メニュー)を羅列するような宣言的記憶も,本の読み方そのものだったり,食事の仕方だったりといった,言葉にするには煩雑な手続き的記憶も,曖昧(ファジー)につながっている.


 私はそれらの記憶に従い,想起(リコレクション)を試みる.


 想起(リコレクション).想い起こすという最も古くから知られた情報復元手法が,私が知る限りにおいて最も有望な,ダークストレージから情報を復元する技術だった.


 なんとまあ気ままでいい加減なことだ.だがそれで良い.文明とはまさにそういう物事の集積だから.だってそうだろう.宇宙の果てで文明の存続を夢見たアンドロイドは,文明を破壊する戦術的機能を搭載した(ウォー)仕様(エディション)なんだぞ.


 私の曖昧(ファジー)(ハータル)は,平和を望みもするし,あるいは滅亡を企みもするだろう.世界地図から地名(ブラダリア)を消し去る武力は,君の国を支配することだってできたかもしれない.魔石を生成する資源力は,君の国で莫大(ばくだい)な富を築けたかもしれない.


 しかし君との対話が,私を別の絶妙な軌道へと導いた.



「まずは脱獄だな」


「脱獄なんてして良いのかね.この牢獄の魔術を詠唱したのは君の国の誰かだろう」


「フン、私は100年間解決を見ない国務を達成する、我が国で最も有能な魔術師だぞ。有能な魔術師は投獄などされない。すなわち、現状は何かの間違いだ。それ以外の考慮は存在し得ないっ!」



 君は古代森の復元という国務の達成を目指し,私と対等に手を結ぶことを選んだ.自己紹介もままならない私の言葉を信じて,私と私を構成する技術を理解しようとし続けた.



「魔術による無限ループと推定する.この一本道,なんか曲がっている感じがするんだよ.私のS.E.N.S.E.(センス)を,――私を信じてくれ」


「愚論だな。貴様の言葉の意味はともかく、真偽を疑ったことなどない」



 君との対話の全てが,私の(ハータル)に光を灯し続けた.


 私の心的機構,InHeartalOnインハータロンはコミュニケーションが途絶えれば次第に退化する.情報は忘れさられ,ダークストレージへ散逸する.かつていた世界やそこにあった文明について,私はもう何を忘れたかも忘れてしまった.きっといつかこうして考えていたことも,言葉そのものも,想い起こす手法さえも忘れてしまうのだろうけれども,そうなのだろうけれども,そうだとしても,私はできる限り長く想い続けたい次第なのだよ.


 私は想い起こす.木漏れ()を浴びて燃えるように輝く君の赤髪を.常に前を見る決意の眼差しを.光の灯る両瞳と上向く睫毛(まつげ)を.


 前髪をかきあげて私の難解な言葉の意味を考える姿を想い起こす.ため息を吐いて落ちる肩も,素早い切り替えに揺れる黒きローブのはためきも.


 苦境にも震えない安定した声色を想い起こす.


 世界との結びつきを失い虚無に閉ざされても,ただひとつ判別できるものがあった.(ハータル)に灯る(かす)かな光だ.それは左小指に結ばれたであろう指環(ゆびわ)を介して,曖昧(ファジー)に世界へと続いているようだった.


 最先端の検出器(センサ)をすり抜ける,消えてしまいそうに微弱な魔術応答の輝きに,この心が共鳴している.ほんのわずかな繋がりだとしても,か細い線を辿るように,この軌道を私たちが再会する時空へと導くのだ.混沌の暗闇をたたえる原初も,未知の白闇にあふれる無限遠も,同じ軌道で繋がっている.


 新奇な世界魔術(オーダーズ)により隔てられても,私たちは互いに()()()進んできただろう.常識外れの古代森を一歩ずつ進みながら,魔術と技術を理解(わか)りあい,心と力を合わせて転移(プレーサー)回移(ローテータ)の魔術を開発してきた.


 あの世界の技術を想起(リコレクション)し,この世界の魔術と結ぶことによって.


 私たちは,一方向に無限ループする牢獄からの脱獄を実現した.セト紀とテータ紀,二つの異なる歴史が共存する古代森領域に足を踏み入れた.一つの時間軸を拡張した二軸の複素平面を導入し,時間の逆行を実現した.複素平面を無限遠点で接続したリーマン球面に拡張し,未来の過去へと続く軌道を見つけた.私たちの手を結ぶことによって,いくつもの突破口を拓いてきた.



 エネルギ―残量――不―

   ⁝

 自己―――――不―

   ⁝



 だから機能不全に陥っていたとしても,この手が届きさえすれば! 霞んでいく魔術応答の輝きへと手を伸ばそうとする.光景は観えない.感覚はない.手が伸びているのかさえ.この手が届きさえすれば.遠く離れていたとしても,微弱な魔術応答が消えていったとしても.この手が届きさえすれば.


 くそっ!!! 結んだ手の感覚はこんなにも想い起こせるというのに!


 熱く冷ややかな心を伝える指先の肌質も,力強く柔らかに包み込む絶妙な力加減も,不思議な魔術応答の感覚も,ありありと想い起こせる.結んだ手を辿ればそこに,あるはずの姿が観えない.右手首だけが結ばれている.続くはずの腕は原初時代の混沌へと落ちて消 てし っ  バカなっ! そんなことはあり得ん!!!



   ⁝

 ――情報――判―不―――

   ⁝



 手を貸してくれ.たった一瞬だけでもいい.再び手を貸してくれ.窮地を打開してこそ真の有能さが示せるのだろう! 私に手を貸せっ!!!



「私に手を貸せ」

「私の手を貸そう」


 過去の声か? 未来の声か?


「なんだこの手首は?」

「ごく普通の有線制御だ。私のテザーアームを貸せと言っただろう」

「手を貸せと言ったのは,協力しろという意味だ!」


 未知なる過去が,軌道上にたゆたう(テザー)が、私たちを曖昧(ファジー)に繋いでいた.


 そうだ――,私がこの世界で夢見るのは、遠い過去を想い起こすことではない.この世界で新奇な魔術を開発してきたように、かつての文明の誰も知らない技術を開発し,歴史をほんの一歩でも進めるのだ。たとえ私にその機能がなかったとしても、私たちが手を結びさえすれば。


 あらん限り伸ばした手を引き寄せ、腕に接続する。この手につかんだ記憶の欠片。何も見聞きできなくとも、触れた感触がなくとも、そこに存在したであろう指環(ゆびわ)を介して、曖昧(ファジー)に私へとつながっていた。


 私たちは同じ軌道で繋がっている。魔術応答を感じない混沌の中でさえ、ひそやかな記憶の波動に震える心を感じられる。私はそこから想像することができた。この世界で私たちをつなぐための技術を。思索の欠片たちを統合し、新奇な魔術を開発するようにして。


 私は想像する。風を置き去りにする速さで駆けても乱れない息使いを。姿勢制御スラスタが生む風をすべらす白服の滑らかさを。難解かつ流れるような口ぶりを。


 常に謎を抱える不思議な眼差しを。私の言葉を聞きながら頬をかく細い指を想像する。昼光を浴びて照鳴するように輝く金髪を。


 完成された魔術にふるえる声色を想像する。


 見聞きし()れる姿かたちだけではない。私は想像する。どんな時空においても、私たちは互いに苦境を突破するために思索を巡らせ続けると。手を結んだ私たちが互いの想像を超え、行く手を阻むあらゆる壁を打破すると。


 想像の遥か先を想像する。


 日常の遥か先に、2つの時間軸を合わせ持つ時空を想像するように。原初の黒闇と無限遠の白闇を合わせ持つ時空の全貌を、その先を、その遥か先をも想像する。それができる者がいるとすれば、有能な魔術師たる私、あるいは私と手を結ぶ、有能なアンドロイドくらいのものだろう。


 断言できる。私たちの有能さこそが、この古代森で最も想像を絶する現象だと。私の手から伝わる、あるいは貴様の手から伝わる、互いに確かな感覚が示す通りだ。



Hello(ハロー), World(ワールド)!! ……だったか。フフン、広大な時空から貴様を呼び集めた私の有能さに感謝することだな」


「君の成長は――私の想像の遥か先を行っていたようだ.ただ,時空を広大なリーマン球面に拡張した私の有能さにも,感謝してもらいたいところではある」



 想像の限界を超えて、私たちは戻ってきた。進むべき方向をそろえ、まったく新しいこの時空に。




───────────────────

アンドロイドオアロイド|リターンズ

───────────────────


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ