第67話 メアリーの話④
勝手に出てっちゃってごめんなさい。怖かったの。
あのね、えっとね、あの後……。
船から逃げ出した後、私、道に迷っちゃって。
それで、あの人に会ったの。
女の人。一目で海賊だってすぐわかったよ。
どんな人か? えっとね、キリッとしたかっこいい人だった。
目つきが鋭くて、気の強そうな人。茶色い髪が痛んでパサパサになってたから、長いこと海で日差しと潮風を浴びてた人なんだと思う。
その人は、困ってる私に「やっと見つけた!」って声をかけてきた。
「ねえ、こんなところでどうしたの?」
「迷子になっちゃった」
その人はにっこり笑った。
「おうちに帰りたくないの?」
私は頷いた。
「そっか。私と街で遊ぼうか。一緒に行こ?」
知らない人についてっちゃダメ、って思ったけどその人があんまり嬉しそうな顔をするから、つい「いいよ」って言っちゃった。
手を繋いで、私とその人は街の中を歩いたの。
私は引かれるままにその人について行った。
珍しいおやつを買ってくれた。広場で芸をしてる芸人さんを一緒に見た。
「行きたいところはある?」
そう聞かれて、私はお花屋さんを思い出したの。綺麗だったな。もう一回見に行きたいなって。
「お花屋さんに行きたい」
「嘘言わなくてもいいのよ。本当は船着き場に行きたいんでしょう?」
私は船着き場に連れて行かれた。
この船が止めてある場所からは、結構離れてた。えっとね、あっちの方。あっちに灯台が見えるでしょ? そのすぐ隣のあたり。
私が楽しそうじゃないのが、その人は不満らしかった。
「もっと楽しそうにしてくれてもよくない?」
「楽しくないもん」
不思議そうな顔で、私の方をじっと見ると、その人は私のほっぺを手のひらで包んで、ゆっくりとさすった。
「そんなはずはないんだけどなあ……」
親指の腹がね、私の唇をさすった時、なんか、わかんないけど嫌な感じがして……。
「お花屋さんに行きたい」
私はもう一度言ったの。
その人は、私の話には興味とかないみたい。お返事はしてくれなくて、関係ない質問が返って来た。
「どんな島に行きたい? どこでも連れてってあげるよ」
「違うの。私、お花屋さんに行きたいの」
「一緒に見るのが楽しみだなぁ。あのね、この前珍しい果物がある島を見つけたんだ。一緒に食べに行こうよ!」
なぜか、その人は私と一緒に船旅をする前提で話を続けるの。
私が「行かない」って答えると、その人は私の肩を掴んで、顔を覗き込んできた。
こっちを見る目がね、お祈りでもするみたいに、すごく必死だった。
「君、アンだよね?」
私の肩を掴む手が食い込んで来て、痛かった。
「こんなにそっくりなんだもん。そうだよね? ああ、その目! その目だよ! 姿が変わっててもすぐわかるよ。なにがあったの? 私にそうしてって言ったみたいに、生まれ変わったの? アンならきっとそうするよねぇ! たとえ死んだって、デビー・ジョーンズのところなんかよりも私のところに来てくれるよね! ごめんね、約束守れなくて。私、あの後死ななかったの。なんとか生きて逃げ延びて、ずっと君のこと探してたんだ。遅くなってごめんね。会いたかったよ。ねえ、なんで私の船に乗りたくないの? 前はあんなに喜んでくれたのに。ねえ、なんで? ひどいよ。ねえ、ねえ! やっと会えたのに! また一緒に旅しようよ! ねえったら!」
その人が私に優しかった理由が、やっとわかった。
この人、一人目のメアリーなんだ。
私のことをママの生まれ変わりだと思い込んでる。
怖かった。
「違うの……!」
「照れなくたっていいんだよ! 私たちずっと一緒だって約束したでしょ?」
「違う!」
「私の船はね、そんなに大きくないけど、君の部屋もちゃんとあるんだ。ハンモックもテーブルもチェストもひとしきり揃ってるよ。ああ、でも君の服がないなあ。そんなに小さくなってるなんて思わなかったし。そういう女の子みたいな服、好きじゃないでしょ?」
「違うんだってば!」
いくら私が否定しても、止まらなかった。仕方ないから私はピストルを持ち出して、その人のお腹に突きつけた。
「違うの! 私、アンじゃない! 私はメアリー! アンは私のママなの!」
大きいメアリーはすごくびっくりして、私の顔を舐め回すみたいにじっくり見た。
「君が……。メアリー? アンの娘?」
それから、すごく嬉しそうにギューッ、って私を抱きしめて頬ずりし始めた。
「そっかぁ。アンは私のと約束守ってくれたんだぁ。早く会いに行かなきゃ。ママのところに連れてって?」
私は逃げようとしたけど、すごい力で締め付けられてて、無理だった。
「ごめんなさい。ママは一緒じゃないの。どこにいるかもわからない」
大きいメアリーは渋い顔で私の頬を軽くつねった。
「ダメでしょ、ママを困らせちゃ。家出なんかやめてすぐに帰ろう。この港にいるんでしょ?」
「違うの。私が乗ってる船はママの船じゃない。ママはどこか遠くにいるの」
ちょっとだけ残念そうだったけど、大きいメアリーはすぐに「すっごくいいことを思いついた」って顔で私に微笑みかけて、提案したわ。
「じゃあ、一緒に探しに行こう。二人でアンのところへ帰るんだ。きっと喜ぶよ」
「喜ばないよ。私はメアリーじゃないもん」
私が親友の生まれ変わりじゃないってわかった途端に、ママは私を殺した。会いに行っても、また同じ目に遭うだけ。ママは私がママを騙してたと思ってる。
「大丈夫だよ。君はアンが私のために産んだ子でしょう? つまり私とアンの娘だ!」
「ダメだよ。私、あなたじゃないからいらない子だもん」
「アンがそんなことを言ったの? ひどいなあ。大丈夫、私が説得するから、三人で仲良く暮らそうねえ」
「やだ」
「どうして? きっと楽しいよ? 海を渡って、行く先々で大暴れして略奪の限りを尽くすんだ!」
私は思わず、ピストルの引き金を引いた。直接お腹に突きつけてたせいで、銃口の当たってたところはちょっと服が焦げちゃった。
大きいメアリーは一瞬ひるんだけど、嬉しそうに笑った。
お腹の銃口を突きつけてた場所から、じわじわ血が滲んで来てた。
なのに、すっごく嬉しそうに笑うの。
「ああ、本当にアンの子だ。そっくりだねえ。アンも些細なことですぐ銃を持ち出すんだ。顔だけじゃない、性格もそっくりだ」
突然銃声が響いたせいで、船着き場は大騒ぎだった。
海賊が出たぞ! ってみんなが大騒ぎしてた。
「騒がしくなっちゃった。私の船でゆっくりしよう? 私がいない間のアンの話、聞かせてくれる?」
移動しよう、と大きいメアリーが姿勢を変えた隙に、私はようやく腕の中から逃げ出すことができた。
「やだ! あなたとなんか一緒に行かない!」
「どうして?」
不思議そうに戸惑ってから、大きいメアリーは納得がいったって顔をして、サメみたいな鋭い目で私を見た。
「そういえば君、お花屋さんに行きたがってたねえ。どうして? 好きなの? アンの娘なのに? アンはねえ、お花とかケーキとかドレスとか、そういう女の子みたいなものは嫌いだったよ。籠の鳥の箱入り娘だったからさあ。自由を求めて私と一緒に海に出たんだ。だから、かわいいものは大嫌いだ。かわいいものは、アンを暗い部屋に閉じ込める。そんなの着てたらママが嫌がるよ。別のにしなさい。買ってあげるから。その服と鞄は捨てなさい」
「やだ!」
大きいメアリーは、やれやれってため息をついた。
「うーん、わからないか。まだ子供だもんね。仕方ない。ついておいで」
私の手首を強く掴んで、大きいメアリーは街の方へ歩いていった。
彼女はお花屋さんに着くとお店に入って、腰に差してたカトラスを抜いた。
「なにをするの!」
私が怒鳴ると、大きいメアリーはなんでもないように鼻歌交じりで剣を振って、お花を片っ端から切り落とした。
葉っぱも花びらも一緒くたに踏み潰されて、ぐちゃぐちゃになっちゃった。
「なにって、君に教えてあげるんだよ。これは君にはいらないもの。こんなのが好きだなんてダメだよ。どこがいいの? 君が立派な海賊になれるように、私、頑張るから! 君の好きなもの、海賊に必要ないもの、全部壊してあげる!」
そこからは、あんまり覚えてないや。
お店、それ以上壊されないように頑張ったけど。
おばあさんにごめんなさいって言わなきゃ。
私が好きって言ったから、あのお店は壊されたの。




