第48話 エルモの話④
私、子供の頃のことはあんまり覚えてないの。
気がついたら奴隷船にいて、そこから助け出されたのが最初の記憶。
私を助けてくれたのは、ちょっと……いや、すごくガラの悪い神父さん。名前をギベットっていうの。
今思っても聖職者とは思えないガラの悪さでね。酒は飲むわ、タバコは吸うわ、口は悪いわ。気にくわない奴は十字架で殴るのよ。
はいそこ。「あー、そいつの影響か」みたいな顔しないの。
ギベットは、奴隷商人を憎んでた。
行く先々で奴隷船を沈め、商人を火炙りにして、鎖に繋がれていた人たちを解放してた。私が助け出されたのはその一環ってわけ。
帰るあてのあった人たちは、ギベットにお礼を言って故郷へ帰って行った。
私は故郷がどこなのか覚えてなくて、帰るあてがなかった。
私はギベットにちょろちょろひっついて、「一緒に行く!」って言い張ったの。
当時は……十歳をちょっとすぎたくらいかな。多分。今のメアリーより多少大きかったはず。子供だった私を連れて行くのを、ギベットは渋った。ガキのお守りなんてやってられっか、ってさ。
でもまあ、結局行くあてのない私を放っておけずに、最終的には連れて行ってくれたよ。粘り勝ちって奴だね。
あっちこっち行ったのよ。って言っても、いつも海岸だったかな。
奴隷船は、夜の海岸にやって来るの。
それで、そんな時間に一人で岸辺を歩いてる不用心な人間を捕まえて縛り上げて、船に乗せて夜闇に紛れて消えるの。
やり口としては、これはまだ穏やかな方かな。
文明の違う地域まで行くと、奴隷商人は夜闇に紛れるなんてまどろっこしいことはしないで、問答無用で侵略して略奪するの。
国を滅ぼして財産を一切合切持ち去った挙句、そこに住んでる人をまるっと奴隷にする、みたいなことも珍しい話じゃなかった。
船乗りの多くは神を信じてる。信心深いし迷信深い。だから、違う文明で違う神を信じてる人のことを、隣人だと思うことができないの。
未知の世界へ船を出す冒険家にとって、異郷の地に住んでる人は旅先で出会った交流の相手じゃない。神の威光の届かない野蛮な地に住む、恐ろしいモンスターなの。
神を信じ神に愛されている者だけが人間で、それ以外はそうじゃないから人間扱いしなくていい。奴隷にしても心は痛まない。そういう理屈なんだと思う。
ギベットがボコボコにしたすっごく悪い奴隷商人が、故郷に帰れば家族を愛し隣人を愛する善良な人だった、なんてよくあることだったよ。
その当時の私にとっては、海って怖いところだったな。連れて行かれたら二度と戻ってこられない。怖い人たちの根城、って感じ。
ギベットは、ことあるごとに私を置いていこうとしたわ。旅先の街で私が誰かと仲良くなると、すぐに「ここに住んだらどうだ」って言うの。まあ、今思えば当然だね。あんな危ない旅に子連れで行きたくないってのは、至極真っ当な意見だと思う。
でもまあ、私にその気は全くなかった。意地でもくっついて行きたい私と、隙あらば里親を見つけようとするギベットの攻防が日常だった。
今にして思えば、初恋だったんだと思う。
だってかっこいいもん。苦しんでる人を助けるために頑張って、悪い奴らを成敗して、一仕事終えたらその街の酒場で一服して、タバコをふかしながら次の街へ行くの。
あの人にとって私は、大勢助けた中の一人に過ぎないけど、私にとっては唯一無二のヒーローだった。
大きくなったら彼の相棒になるんだ、一緒に困ってる人を助けるんだ、って当たり前のように信じてた。
まあ、ここにいる時点でお察しだよね。ある時、彼はついに私を切り捨てることに成功したの。
天気の悪い日だった。
今にも雨が降り出しそうな分厚い雲が空を覆ってて、どんな船でも出港を嫌がるような天気でね。私とギベットは、雨が降り始める前に教会にたどり着けてホッとしてた。
その教会の神父様は、どうやらギベットと顔見知りみたいだった。
「頼みがある。こいつに刺青を入れてやってくれ」
ギベットは私を指差して言った。
私の腕には、奴隷だった頃につけられた焼きごての跡があったの。これはこの人の持ち物です、っていう所有印だよ。
だから、ギベットはそれを別の柄で上書きして、目立たないようにしてほしい、って神父様にお願いしたの。
「好きな絵を選べ」って言われて、私は「ギベットも一緒に選んで」って言った。彼は断固拒否した。
「一生もんなんだから自分で選べ」
「一生ものだから一緒に選んで欲しいの」
「そいつは、お前は自分自身のものだっていう証明だ。他者の意見なんか聞くな」
「ギベットならいいもん」
「馬鹿言うな。このマセガキめ」
まあ、そんなこんなで結局自分一人で選んだんだ。
見て見て。この青いお花。かわいいでしょ。
元々は、剣の模様の焼印が入ってたの。多分、持ち主だった人の家紋かな? 刀身のところを緑にして、そこが茎ってことにして、葉っぱと花びらを足したの。
青いお花がいい! って言ったら神父様にちょっと渋い顔されたけど、ギベットが「金なら出すから」ってお願いしてくれた。青の染料は貴重で高価だってことを知ったのは、それからしばらく経って、大きくなってからだった。
針で色を入れるのは痛いからって、私は薬で眠らされた。意識が薄くなって感覚が鈍くなる薬なんだって。
すぐに意識がなくなって、どれくらい寝てたかわからない。
うっすら意識が戻ると、神父様とギベットが怖い顔でなにか話し合ってるところだった。
「じゃあ、頼んだ」
あっ、やばいって思った。ギベットは私の身柄を神父様に預ける気だって、すぐにわかったから。
でも、まだ体に薬が残ってて、全然動かせないどころか声も出なかった。
ギベットは、私の方を振り返ると、私の目が開いていることに気がついた。
「おう、起きたか。お前は今日からここで暮らせ。こいつはいい奴だ。安心していい」
返事はできなかった。
ギベットは大きい手で、控えめに私の頭を撫でながら、「俺みたいな男には絶対引っかかるなよ」って呟いた。
それから、胸の前で十字を切って、祈るようにこうべを垂れて、絞り出すように吐き出した。
「お許しください」
聞き違いかもしれない。薬のせいで意識がぼーっとしてたのかも。
彼がそんな弱気なことを言うところは、見たことがなかった。
ギベットは教会を出て行った。開いたドアの向こうでは、小雨が降り始めたところだった。
そうやって私は置いていかれて、教会で暮らすことになった。身寄りのない子供が来ることなんてよくあるから、みんな普通に接してくれたよ。
神父様は色々知ってるっぽかったけど、何度聞いてもギベットの行方は答えてくれなかった。
私はそこで育てられて、ある程度の年齢になったら懺悔室の担当になって、それからはこの前話した通りだね。
で、ここからは行き先に関係がある話なんだけど。
新聞に出て来る、島を地獄に変えた神父って、そのギベットなんだよね。名前も一緒だし、特徴も一致する。
この島がなんで地獄呼ばわりされてるかって言うと、各地から連れてきた人を閉じ込めて、拷問まがいの責め苦を与えてるからなんだよね。
もう一回会いたいって言うのももちろんだけどさ。ほっとけない。
あんなにかっこよく苦しんでる人を助けてた憧れのお兄さんが、憎んでたはずの悪い人と同じようなことしてるなんて。
真意が知りたいし、酷いことしないでって止めに行かなきゃいけない。
これが、私の初恋の話。そして、地獄の島を目指す理由だよ。




