第36話 岩礁での会話①
岩礁に残った三人は、試練の島へ向かって行く船を見送った。
船はどんどん小さくなって、最後には目を凝らしても見えなくなった。
クラフトは、不安を隠しきれない顔で、ずっとそちらの方を見ている。
「そんなに思い詰めちゃダメだよ。ちょっと落ち着こう」
エルモは、手に持ったヤシの実をクラフトに差し出した。
「……どこからこれを?」
不思議そうにヤシの実とエルモの顔を見比べる。
「セイレーンのお姉さんがくれたの。陸の者には必要だろう、ってさ。いやー、いい人たちだね」
「すまない。欲しくないからメアリーと二人で分けてくれ」
クラフトは、つっけんどんに言った。
「欲しくないって言ったって、飲まなきゃ死んじゃうよ」
「死んだ方がいいさ。僕なんか」
大きくため息をついて、クラフトは海を眺める。
「うーん、心折れてるねえ。そういう時こそおいしいものでも食べたほうがいい。セイレーンのおねーさん、ちょっといいかな?」
エルモが声をかけると、セイレーンが一人、波の下から顔を出した。
「何用か」
「こちらの彼に、この海で一番おいしいものをくれないかな。ちょっと元気なくしちゃってるから」
「承知した」
セイレーンは海へ潜って行った。
「図々しいぞ。ここは食事処じゃないんだ」
「いいじゃん。くれるって言うんだから。いっぱい食べたら元気になるよ」
「なるもんか」
「なんで?」
メアリーがクラフトを見上げている。
クラフトは返事に困って黙り込んだ。
しかし、肩に止まったラヴが代わりに答えてしまう。
「ボクガシネバヨカッタノニ」
「こら! やめろ!」
クラフトは慌ててラヴを捕まえようと手を伸ばすが、黄色い鳥は危なげなく羽を広げて逃げて行く。
「ダメだよ。自殺なんか考えないで」
適当な石を拾ってヤシの実を叩きながら、エルモが諭すように言った。
「それも神の教えか?」
「確かに自殺すると地獄に落ちる的な話はあるけど、違う。私がクラフトに死んで欲しくないだけ」
「それは嬉しいが、僕の罪はあまりにも重いよ」
ガシッ、とエルモが石をぶつけるたびに、ヤシの実には傷が入る。
「罪?」
「僕にジョナサンのような勇気があれば、兄上は僕に先んじて様子を見に行く必要なんてなかった。誰に反対されたって、一人で小船に乗って海に出ればよかったんだ。なのに僕は、周りを巻き込んだ」
ガツガツとヤシの実を叩く音が、波の音をかき消す。
ガッ、と最後に鋭い音がして、ヤシの実に穴が空いた。
「まあ、飲みなよ」
「僕より先に、メアリーに飲ませてやってくれ。小さい子は喉が乾くのが早いだろう」
ヤシの実を手渡されて、メアリーはコクコクと中身を飲んだ。
それから不思議そうにクラフトを見上げて、問いかける。
「海って怖いの? 私、生まれた時から海にいるから、わからない」
クラフトは一瞬黙って、少し考えてから、言葉を選んで答えた。
「怖いよ。僕は足がすくんで動けない。君の兄さんは本当に勇敢だ。僕なんか、僕のお兄さんでもダメだった、って聞いただけで諦めてしまったのに」
いまいちピンと来ていない顔で、メアリーは首をかしげた。
ジョナサンが第一の島から、中央の岩礁に戻って来るまでに、三日かかった。
エルモとメアリーは、別れた時と変わらない様子で待っていた。クラフトは、少しばかり憔悴している。
「よう、久しぶりだな」
ジョナサンが声をかけると、クラフトはホッと一息ついた。
「ああ。無事でなによりだ」
「ずっとここにいたのか? 飯はどうしてた? 悪い、なにか置いて行けばよかったな」
「問題ない。セイレーンたちが魚や貝や、水の入ったヤシの実を届けてくれた」
ジョナサンは、船倉から食料をいくらか持って船を降りた。
干し肉に干した野菜やフルーツ、前の港町で仕入れたライムとオレンジ、それから酒だ。
「ほら食え。生魚ばっかじゃ飽きただろ」
「やったー! お酒だー!」
エルモが大喜びで瓶を開けた。
ジョナサンの隣にメアリーがやって来た。じっとジョナサンの顔を見ている。
「どうだった?」
「楽しかったぜ! 次の島はメアリーも行くか?」
「楽しかっただと?」
クラフトが意外そうに聞き返した。
「兄上でも無理だったような試練が、楽しかった?」
「おう。話してやるから、よく聞いとけよ。あの島であったことを聞いたら、お前もやっぱり行けばよかったって言うかもなあ?」
「ジョナサン?」
船の上でデビーが呆れ笑いを浮かべている。
「話を盛っちゃダメよ?」
「わかってるよ! ちゃんとありのままを話すって!」
ちぎった干し肉をかじりながら、ジョナサンは一つ目の島での出来事を話し始めた。




