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お手伝い


「咲耶さまー!」

 少女の声に、荷を改めていた咲耶が振り返った。

「ん?」

「咲耶さまー!」

「あ、ちび」

「ちびじゃないもん!」

 少女は頬を膨らませながら、咲耶のところまで走ってきた。

 宮のある山から少し離れた場所に、いくつもの小屋と天幕が並んでいる。

 咲耶と一緒に来た者たちが、出雲にいる間を過ごす場所だった。

 あちらでは荷を積み直し、こちらでは魚を干している。

 朝から人の出入りが多い。

「どうしたの?」

「あるじさまがね、帰る前には顔出せって」

「分かった。あとで行くよ」

「うん!」

 少女は大きく頷くと、くるりと背を向けた。

「じゃあね!」

「待った」

 襟の後ろを掴まれた。

「わっ」

 足だけが前へ出る。

「なにするの!」

「せっかく来たんだから手伝っていきなよ」

「えー」

「よし、ちび。今日は一日だけ、あたしのお手伝いだな」

「わたし、あるじさまのお手伝いだもん」

「一日くらい借りても怒らないでしょ」

「怒るよ」

「ほんと?」

「……たぶん」

「じゃ、あとで謝っとく」

「勝手に決めた!」

 咲耶は笑いながら、少女の背中を押した。

◇

「これ持ってて」

「うん」

「落とさないでね」

「うん!」

「あと、それ踏まないで」

「うん!」

「そっちは触っちゃだめ」

「うん!」

「……」

「……」

「ちび」

「なに?」

「なんかできる?」

「できるよ!」

「なにが?」

「お手伝い!」

「そっかあ」

「なんでそんな顔するの!」

 近くにいた男たちが笑った。

「咲耶、ちょっといいか」

「んー?」

「帰りの船なんだけどな。明後日は風が強くなるかもしれない」

「どれくらい?」

「まだ分からん」

「出せそう?」

「俺なら出さない」

「そっか」

 咲耶は少し考えてから頷いた。

「じゃあ待とう」

「分かった」

 男はそれだけ言うと、別の者へ伝えに行った。

 少女は、その背中と咲耶を交互に見る。

「咲耶さま」

「なに?」

「今の人、咲耶さまに決めてもらわなかったね」

「ん?」

「船。あの人が出さないって言ったから、出さないの?」

「ああ」

「咲耶さまが決めるんじゃないの?」

「船のことは、あいつの方が分かるからね」

「ふうん」

「あたしが何でも知ってるわけじゃないよ」

「あるじさまも知らないこといっぱいあるよ」

「あはは。そうだろうね」

「この前、お魚の焼き方知らなかった」

「それはちょっと知らなすぎじゃない?」

「でしょ?」

「今度教えてあげなよ」

「うん!」

「たぶん焦がすけど」

「ヒコさまもそう言ってた」

「やっぱり」

 二人で笑った。

◇

 昼を過ぎても、人は次々に咲耶のところへやって来た。

「咲耶、これどこ置く?」

「あっち」

「咲耶、この布は?」

「それは持って帰るやつ」

「咲耶」

「はいはい、今行く」

「咲耶さま」

「ちびはちょっと待って」

「わたしも!」

「じゃあ、これ持って」

「うん!」

 渡された小さな籠を、少女は両手で抱えた。

 しばらく歩いてから聞く。

「これ、どこ持ってくの?」

「あっち」

「あっちってどっち?」

「手振ってる人いるでしょ」

 少女が見る。

 何人もいた。

「みんな振ってる」

「……ほんとだ」

「どの人?」

「一番大きく振ってる人」

 少女が手を振った。

 向こうにいた三人が手を振り返した。

「増えたよ」

「なんであんたも振ったの」

「だって!」

 咲耶が吹き出した。

◇

「咲耶、ちょっといいか」

「今度はなに?」

「猿田様のところが、布より塩が欲しいって」

「ああ。じゃあ、そっちを多めにしよっか」

「こっちの布は?」

「別に回して。向こうで欲しがってたところあったでしょ」

「分かった」

 男が離れていく。

 少女が咲耶の袖を引いた。

「咲耶さま」

「ん?」

「猿田さま?」

「うん」

「誰?」

「知り合い」

「咲耶さまのお友達?」

「んー……」

 咲耶は少し考えた。

「友達って言うと、あいつ嫌がりそうだなあ」

「仲悪いの?」

「別に?」

「じゃあ仲良し?」

「なんで二つしかないの?」

「違うの?」

「まあ、そのうち会えば分かるよ」

「会うの?」

「たぶんね」

「いつ?」

 咲耶は空を見上げた。

「もうひと月もすれば、みんなここに集まるからね。その時には会えるよ」

「みんな?」

「うん。あるじのところにね」

「猿田さまも来る?」

「来るよ」

「どんな人?」

「猿田?」

「うん!」

「そうだなあ……」

 咲耶は少女の前にしゃがみ込んだ。

「猿田はねえ――」

 両手の指を眉間に当てる。

 ぐっと中央へ寄せて、皺を作った。

「こーんな顔してる」

「……」

「どう?」

「怖い」

「あはは!」

「ずっとその顔なの?」

「だいたい」

「笑わないの?」

「笑うよ」

「どんな顔?」

「こんな感じ」

 咲耶は眉間の皺を残したまま、口の端だけをぐっと持ち上げた。

 少女が一歩下がった。

「……もっと怖い」

「でしょ?」

「怖い人なの?」

「全然」

 咲耶はすぐにいつもの顔へ戻った。

「いいやつだよ」

「ほんと?」

「ほんとほんと」

「じゃあ怖くない?」

「顔は怖い」

「怖いんじゃん!」

「あはは!」

 少女も笑った。

「会ったら聞いてみよ」

「なにを?」

「なんでそんな怖い顔してるのって」

「やめときな」

「なんで?」

「たぶん傷つくから」

「……怖いのに?」

「怖い顔してても傷つくんだよ、人は」

「ふうん」

 少女は少し考えた。

「じゃあ聞かない」

「えらい」

「でも見てみる」

「それは好きにしな」

 咲耶は立ち上がった。

「ほら、お手伝い。まだ終わってないよ」

「はーい!」

◇

 日が傾き始めた頃。

 少女は木箱に腰掛け、足をぶらぶらさせていた。

「疲れた?」

「ぜんぜん」

「じゃあ、それ持って」

「疲れた」

「早いなあ」

 咲耶が笑う。

「咲耶さま」

「ん?」

「咲耶さまのところって、遠い?」

「遠いよ」

「どれくらい?」

「そうだなあ」

 咲耶は少し考えた。

「ちびが途中で百回くらい『まだ?』って聞くくらい」

「そんなに聞かないよ!」

「じゃあ五十回」

「聞くんじゃん!」

「海も渡るしね」

「海?」

「うん」

「お魚いる?」

「いるよ」

「大きいの?」

「大きいのもいる」

「甘いものは?」

「そこ大事?」

「大事!」

「あるよ」

 少女の目が輝いた。

「行ってみたい!」

「来る?」

「いいの?」

「いいよ」

「ほんと?」

「いつでもおいで」

「あるじさまも?」

「もちろん」

「ヒコさまも?」

「ヒコは……来るかなあ」

「連れてく!」

「じゃあ、みんなでおいで」

「うん!」

 少女は嬉しそうに笑った。

 咲耶も笑った。

「いつかね」

「うん。いつか!」

◇

 帰り支度を始めた頃、咲耶が小さな包みを二つ持ってきた。

「ちび」

「なに?」

「あるじ、これ食べると思う?」

「甘い?」

「甘い」

「じゃあ食べる」

「即答だね」

「あるじさま、甘いの好きだもん」

「へえ」

「でもいっぱい食べるとヒコさまに怒られる」

「子供か」

「あるじさま?」

「ヒコ」

「ヒコさまは大人だよ?」

「そういう意味じゃないんだけどなあ」

 咲耶は笑いながら、一つを少女に渡した。

「じゃあ、こっちはちびの分」

「ほんと!?」

「今日のお駄賃」

「やった!」

「あるじの分まで食べるなよ」

「食べないもん!」

「ほんとかなあ」

「食べない!」

 少女は包みを大事そうに胸へ抱いた。

 それから、ふと思い出したように聞いた。

「咲耶さま」

「ん?」

「お手伝い、終わり?」

「終わり」

「明日も来ていい?」

 咲耶は一瞬だけ目を丸くした。

 それから笑った。

「いいよ」

「ほんと?」

「うん。ただし明日は、もうちょっと役に立ってね」

「今日も役に立ったよ!」

「手振ってただけじゃん」

「籠も持った!」

「途中で置いた」

「持ったもん!」

「あはは。分かった分かった」

 二人は並んで歩き出した。

 遠くに、長い階段が見えていた。

「咲耶!」

 後ろから声が飛んできた。

「明日の船、朝もう一度見るぞ!」

「分かったー!」

 咲耶が振り返って手を振る。

 少女も一緒になって手を振った。

「なんでちびまで振るの?」

「お手伝い!」

「それ、気に入ったの?」

「うん!」

 咲耶が笑った。

 少女も笑った。

 二人はそのまま、夕暮れの道を歩いていった。

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