【スキルで】第4話:暖衣飽食【詰んだ】
**簒奪の魔王討伐を決意した転生者は、
まず自分の名前を決める事にした**
目的が決まった俺の脳内では『落ち着いたら、きっと名付けるのじゃぞ』という太陽の女神セキの言葉が何度も響いていた。
これが神通力なら便利なタイマー機能だ、明日の目覚ましも頼むか?
しばらく心の中で笑っていた俺は、ふっと現実に戻る。
「生き延びちまった以上はしゃーない、か……」
雑に頭を掻いて諸々の覚悟を決めた俺は、簡易ステータス画面を開いた。
名前:[名前を入力してください]
レベル9999
HP:**198964**
MP:9999999999999
思った通り、名前欄の“????”を指で押したら入力画面に切り替わった。
直感通りに動くUIは助かるが、名前は何にするべきか?
名無しの権兵衛やジョン・ドゥにする訳にもいかないし……
「やっぱり後から名前の変更は出来ないと考えた方がいいよな……?」
最大の懸念事項を口に出した俺は、自分に念を押しながら考え込んだ。
▼
生前の本名はゴメンだから実質偽名になるが、全く無関係な言葉にすると誰かに名前を呼ばれても自分の事だと気付けないリスクがある。
それなら、生前の自分と紐付けられる言葉を名前に出来ないか考えよう。
氷に童、世代を年代に言い換えてから年をNとENに分割……
生前の俺に最期までまとわりついた呪いの言葉でも、色々と置き換えれば名前のように変えられる。
「決めた、俺の名前はヒドゥン・エンカだ」
満を持して名前を決めた俺は、そのまま画面に入力した。
名前:ヒドゥン・エンカ
レベル9999
HP:**198964**
MP:9999999999999
見えざる遭遇、魔王と刺し違える覚悟の証……
これだけは俺の胸にしまっておこう。
▼
(とはいえ、どうしたものか?)
魔王と刺し違える手段はあるが、今すぐ向こう鉢巻で飛び出す訳にもいかない。
そもそも、肝心かなめの魔王の居場所が分からない。
最初の荒野になら手掛かりのひとつもあるだろうが、今俺が立っている岩山から四方を見渡しても雲海が広がるばかり。
これでは山を下りないと何も分からない。
俺がどっちから飛ばされて来たのかは、倒れていた体勢から推測できる。
だが、下りた先がどうなっているのかなんて全く持って見当も付かん。
何が必要になるかを考えるため、俺はステータスを再確認する事にした。
名前:ヒドゥン・エンカ
種族:人間
性別:男
職業:なし
レベル9999
経験値――
次のレベルまで――
HP:**198964**
MP:9999999999999
腕力:1+99999
体力:1+99999
素早さ:1+99999
器用さ:1+9999999999999
知力:1+99999
魔力:1+99999
運:1+0
武器
・壊れた眼鏡:攻撃力0
防具
体:村人の服:防御力1
足:布のサンダル:防御力1
スキル
【暖衣飽食】:消費MP1
【Sドレイン】:消費MP1
女神たちの話だと、何らかの職業になるには対応する基本ステータスが10以上必要と言っていた……
逆に言えば基本ステータスの数値が全部1のままレベルMAXになってしまった俺は、どの職業にもなれなくなった……
剣士や戦士なら武器を扱う技術、魔法使いや神官なら魔法に関する知識と言った具合に職業にはそれぞれのスキルがあると三柱の女神から説明だけは聞いていた。
魔王と刺し違える旅になるから職業とかどうでもいいが、無職が原因で手に入る情報が限られるのは職業スキルが手に入らない以上の痛手かもしれない。
ここで考え込んでも解決しないし、一縷の望みに賭けて“????”から変化したスキル【暖衣飽食】を確認してみるか。
最初は消費MP500で使えなかったが、今は消費MPが1になっている。
消費MPが大幅に減った理由は分からんが、とりあえず説明文を見よう。
【暖衣飽食】
・スローライフ:消費MP1
あなたの異世界ライフを快適にします
まずは扉を開けてください
スローライフ?
【Sドレイン】の例を考えれば読み仮名だろうし、つまりは【暖衣飽食】か……
とはいえ、随分と雑な説明文だ……どんなスキルかまるで分らないぞ?
考えても分からなければ行動あるのみ。
「とりあえず発動してみるか」
軽い決意と共にスキルを発動した俺の前には、人がひとり通れる扉が現れた。
▼
突然宙に現れた扉は飾りの無いシンプルなもの、側面に回り込んでも何も無い。
開けた先は別の空間につながっている、異空間系スキルのパターンか?
周囲には誰もいないし女神たちが作ったスキル、危険は無いと判断した俺は中に入ってみた。
「おじゃましま~す……」
扉の先に続いていたのは予想通りの異空間、白い無機質な壁に囲まれた広さ六畳ほどの部屋だった。
入ってすぐ段差のある玄関になっていたから、サンダルを脱いで上がってみる。
床は何の素材か分からないが継ぎ目など無く、極端に硬くも柔らかくもない特に印象に残らない感触。
部屋全体はほのかに明るいが、光源は不明。
どうやって調整するかは、あとで探すとしよう。
家具は何も無いが、入って正面と左の壁に機械らしきものが埋め込まれている。
正面にある3Dプリンタのようなものは、どうやら食事を作る装置らしい。
SFじみた宙に浮かぶディスプレイ型の立体映像がタッチパネルになっていて、入力をした料理を作ってくれる仕組みだ。
といっても、サンプル画像を見る限りでは粉を四角く押し固めたものだらけ。
横にある棚には木製の平皿とスープ皿、それと取っ手の無いカップとスプーンがひとつずつ入っていた。
装置からは水とお湯の両方が出て来るらしく、サバイバルの基本である飲み水と食料の確保はあっさり解決した。
▼
次に俺は、玄関から見て左側の壁に埋め込まれた装置を確認する。
取り出し口のフタを外してタンスの幅にした自動販売機、と言えばいいのか?
これもSFチックなタッチパネルで操作し、様々な衣服を作り出せるようだ。
リストを見ると異世界ならではのシャツやローブの他にナース服やセーラー服、果ては金色をはじめとする色とりどりのビキニまであった。
……ここまで女神たちの意図があからさまだと、ため息も出て来ない。
それでも使えるものがあるかもしれないという可能性に賭け、ダメ元でリストの確認をしてみた。
「やっぱり防具は無いか~」
何度リストを確認しても鎧や兜が見付からなかった俺は、タッチパネルを閉じて部屋の確認を再開した。
▼
玄関から見て右の壁には扉が2つ並び、玄関に近い方を開けるとトイレだった。
しかも生前に慣れ親しんだ洋式の水洗便器。
便器のすぐ横の壁には備え付けの棚があり、半紙くらいの大きさの柔らかな紙が何枚か重ねて置いてあった。
これがこの世界のトイレットペーパーと言う事でいいのか?
武器になりそうなものは無かったが、清潔なトイレがあるのは大きな収穫だ。
しかも森やダンジョンと言った場所を問わず、いつでも入れる。
これだけでも地球にも無かった、まさに究極のチートスキルと言えるだろう。
その時が来るまで忘れていたであろう問題が発生前に解決し、俺は上機嫌でもう片方の扉を開けた。
扉を開けて左側には壁と一体化した洗面台があり、壁から突き出た小さな棚には木製の柄に毛を植え付けた歯ブラシが木製のコップに立てかけられていた。
だが洗面台の正面の壁には鏡が無く、代わりに正面の風景を映す画面があった。
ステータス画面の左上にある顔を映す機能と同じものなのだろうか?
同じ技術を流用したのは納得出来るが、鏡が無いのは大きな誤算だった。
大きく息を吐いて気を取り直した俺は最後の可能性に賭けて洗面台から見て右、扉からまっすぐ行った先にあるもうひとつの扉を開けてみる。
そこは天井にシャワーが固定されたシャワールームになっていた。
どういう間取りなのか気になって来たが、そもそもこの部屋自体が異空間だからあまり深く考えないようにしよう……
シャワールームも予想通りと言おうか、壁と一体化したポンプからシャンプーや液体の石鹸が出て来る仕組みで持ち出せるものは何も無かった……
▼
「使える手札はこれだけか……」
備え付けの食器や歯ブラシを床に並べた俺は、腕組みをして考え込む。
イスのひとつもあれば脚をへし折って棍棒の代わりに出来たし、陶器やガラスを割ればナイフみたいな刃物に出来た。
だが、何ひとつない。
「これは、さすがに詰んだかな?」
岩山を下りるとしても、丸腰では人里に辿り着く前にモンスターの餌食だろう。
こうしてヒドゥン・エンカは、さびしい山奥でひとりぼっちになりましたとさ。
めでたしめでたし、どっとはらい、とっぴんぱらりのぷぅ……
これが本なら閉じてネット小説ならブラウザバック、アニメならエンディングが流れて終了、ゲームならタイトル画面に戻って最初からやり直すところだ。
ところがどっこいぎっちょんちょん!
まだ俺は、リセットも電源OFFも許されない現実を生きている……
まずは落ち着いて、追加ステータスでカンスト状態のこの身体がどれほどのものなのか確認してみよう。




