【検証】第10話:いざ行かん【開始】
**自らの代理を務める布の人形、ケンノスケを作り上げ、
ヒドゥン・エンカは山を下りる途中で見掛けた村へと向かった**
「やはり人はいないな……」
「どういう事です、先生?」
三度笠に手を当てたケンノスケが低く唸り、俺は慎重に聞き返す。
何で布で作った操り人形のケンノスケと茶番なんぞを演じているのかと言うと、今から向かおうとしている村から不穏な気配を感じたからだ。
転生直後に魔王の配下に襲われた俺は、ケンノスケを作成した時に周囲の地形や状況を把握する機能も付けた。
具体的な方法はケンノスケを動かすために張り巡らせた糸に魔力を込めて弾き、魔力を帯びた反響音を分析している。
糸を振動させる機能は口当て布の裏から声を出す仕掛けに使用しているが、反響定位、いわゆるエコーロケーションも使えるようにしている。
早いうちに魔王信者を発見出来れば、先手を打って対策の選択肢も増える。
数が絶対的に不利な俺にとって、索敵は必要不可欠な手札と言えるだろう。
さっそく反響定位を村に使った結果、人とは異なるナニカの群れを検知して今に至る。
魔王に通じるモンスターの可能性も考慮した俺は、ケンノスケを転生者のように見せる独り芝居を続けながら物陰に隠れて【暖衣飽食】の中に入った。
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『ゲヒャッゲヒャッ』
『ギャッギャッギャッ』
日が暮れて【暖衣飽食】から出た俺はケンノスケに取り付けておいた集音機能を使い、今もまだ明かりの灯らない家の窓から漏れ聞こえる声を村の外から捉える。
知力が10万もあれば何を言っているのか解析出来るが、いくつか聞いた辺りで解析は断念した。
不快だ、はっきり言って不快極まりない。
食う事とやる事しか考えていない会話、生前の知識で近いのはDQNだろうか?
魔王の情報は拾えなかったが、魔王信者の言葉が理解出来るのは大きな収穫だ。
今後のアテも出来たし、ケンノスケの実戦データ収集に移行しよう。
魔王と刺し違えるのが目的だし、まず配下で実力を確認するのは当然の流れだ。
頭の中で検証項目を組み立て終えた俺は懐に小さく開いた【暖衣飽食】から青い反物と赤い面を取り出し、ケンノスケの三度笠を外して準備に取り掛かった。
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村の入口にある大きな木の枝まで跳んだ俺は、“住人”が出て来るのを待った。
しばらくして数軒の扉が次々と開き、中から小さな人影がぞろぞろと出て来る。
緑色の肌をした背の低いヒト型生物、俺は直感でゴブリンと呼んでいた。
三柱の女神が作ったこの身体にデータベースでも入っているのか、モンスターの名前と習性が何となくわかるようになっているようだ。
ゴブリン……創作では味方の場合もあるが、ここでは魔王を信仰する俺の敵。
村人達の命を奪って肉を食らい、家々を乗っ取っては新たな“狩り” の拠点にする醜悪なヒトモドキ。
だから何の躊躇も無く駆除出来る……
意を決した俺は懐に小さく【暖衣飽食】の扉を開け、切断糸夜天光の先端に結び付けた剃刀付きの指輪”さざなみ”を取り出す。
周囲の注意を引くためにケンノスケを作った俺は、この奇抜な形状をした指輪を普段は身に付けないようにした。
【暖衣飽食】に収納したのは、万が一にも紛失しないためだ。
丸めてこんにゃく糊で補強した布製の筒を突っ張り棒として玄関の角に設置し、そこにさざなみを結び付けた夜天光を掛けて必要な時に取り出せるようにした。
他にもケンノスケを作っている間に布とこんにゃく糊で棚などを作って玄関脇に置いたから、必要なものをすぐに取り出せるようになっている。
軽く中の安全を確認してから【暖衣飽食】の扉を閉めた俺は、さざなみを右手の人差し指にはめてケンノスケを戦闘モードに移行する。
さざなみの表面に付いたナノ単位の細かな凹凸は千のマニピュレーターのように指先の糸を絶妙な加減で引っ張り、普段以上に複雑な操作が出来る。
大木の陰に待機させているケンノスケの戦闘準備を終えた俺は、青い反物を手に取ってゴブリンどもを待ち構えた。
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『グギゲゲ』
しばらくして村の入口に向かって来るゴブリンどもの声が聞こえて来た。
襲撃時はどこから入ったかは知らないが、乗っ取ったら律儀に入口を使う……
どこまでも吐き気のする奴等だが、今はありがたい。
いざ行かん!
軽く息を吸って心を落ち着けた俺は、手にした青い反物を木の上から垂らした。
『グギギ?』
物音に気付いた先頭のゴブリンが木に垂らした反物に近付いて来る。
『グギャッ!?……グギィ?』
垂らした反物まで近寄ったゴブリンは、金色の剣を地獄の亡者の口に突き立てる赤鬼の刺繍に驚いて小さく後ろに跳んでから訝しんで再度近付く。
ちなみに反物の刺繍は、生前に見た時代劇を思い出しながら俺が縫ったものだ。
金色の剣は当然金色ビキニから解し取った糸だが、鬼や亡者の刺繍はそれぞれに適した色の反物を作って糸を抜いた。
水着の素材や構造といった生前の疑問は、もう解消したからな……
家庭科の授業は中学が最後な上に刺繍はうろ覚えだったから最初は苦戦したが、器用さ10兆の手はすぐにコツを掴んであっという間に完成した。
ヒト型モンスターの注意を引くために作ってみたが、ゴブリンの反応を見る限り成果は上々のようだ。
(今だ!)
先頭のゴブリンがこの村で略奪したのであろう包丁で反物を捲ろうとした瞬間を狙い、俺は反物を手早く引き上げた。
『ギャッ!?』
先頭のゴブリンが消えた反物の奥から現れた金色の剣を携えた赤い鬼に気付き、小さく悲鳴を上げて後ずさりする。
逃げようとするゴブリンに狙いを定めた赤鬼は、滑るように近付きながら剣から金色の糸を1本取り出してゴブリンの首に巻き付けた。
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言うまでもないが、赤鬼は三度笠を外して鬼の面を被ったケンノスケだ。
鬼の面自体は赤い布をこんにゃく糊で固めただけだが、刺繍と同じ顔をした鬼が現れるインパクトは不意討ちの効果を充分発揮したと言える。
『グ、グルジィ……』
金色の断罪剣から伸ばした糸に首を絞められたゴブリンが小さく悲鳴を上げる。
ケンノスケの操作に集中しているせいか、先ほどまで脳が拒んでいたゴブリンの言葉を勝手に翻訳してしまうようだ。
少々不快だが、俺は構わず次の検証に移るべくスキル画面を開いた。
【Sドレイン】
・ステータスドレイン:消費MP1
【空白】から変換したスキル
自分の基本ステータスが相手より低い場合、相手の追加ステータスを吸収する
吸収したステータスが上限を超えた場合はMPとして追加される
俺が使える2つのスキルの片割れ【Sドレイン】、こいつをケンノスケから発動出来るのか今から検証する。
(【Sドレイン】発動!)
心の中で唱えた俺の声に従ってケンノスケが手にした金色の糸が淡く光り、ゴブリンの追加ステータスを吸収し始めた。
予想通り、俺の指先から伸ばした糸を経由して発動してくれた。
これで【Sドレイン】を“転生者”のケンノスケが発動しているように見えるのは大きな収穫だ。
今は追加ステータスがカンストしているが、いつ消滅するか分からない。
いざという時に俺の正体を隠したままステータスの上昇やMPの補充が出来ると確証を得られただけでも、俺にとってはどこまでも心強い。
そんな風に心の中で安堵していた矢先、異変は突如として起こった。
ゴォッ!
突然ケンノスケの全身が炎に包まれた。
厳密に言えば吸収した追加ステータスから変換したMPがケンノスケの全身から溢れ、周囲の空気との摩擦熱で炎上している。
MPが俺の身体に入って来なかった理由はいくつも考えられるが、まず目の前の問題を解決するのが先決だ。
大木の枝から飛び降りた俺は人差し指につないだ糸を素早く弾き、ケンノスケの足裏に付けたホバー機能の出力を上げた。
ホバーといっても仕組みは単純で、ケンノスケの体に使っている布の袋に入れた空気を足裏から押し出して浮かせているだけだ。
袋から抜けた空気を補充する取り入れ口も作ってはいるが、周囲が炎に包まれた状態で開くのは危険極まりない。
そこで俺は急遽、金色の断罪剣で首を絞めているゴブリンから追加ステータスを吸収し続けながら後方のゴブリンの群れに突っ込むようケンノスケを操作した。
『ギャッ!?』『グェッ!?』
巨大な火球と化したケンノスケは障子を突き破るようにゴブリンどもに突進し、角度を計算して一箇所に固まるように弾き飛ばす。
最後にケンノスケのホバーに使う空気を残らず放出して高く飛び上がらせ、糸を緩めて首を絞めていたゴブリンを地表に叩き付けるように投げ飛ばした。
『『ッ……!?』』
魔力と摩擦熱で火球と化したゴブリンが落下と同時に爆発し、地面に倒れたゴブリンの群れともども短い断末魔の声と共に燃え尽きた。
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「片付いたようだな」
「さすがは先生です」
ゴブリンどもが消滅した爆心地を眺めていた俺は、警戒を怠らずにケンノスケと茶番を演じる。
茶番を終えて次の策を練ろうとした時、村の奥から大きな足音が近づいて来た。
『オマエダヂ、サボッデナイデ!……ナンダ、オマエハ!?』
「とあー! 大刀居合抜き!」
足音の主が大声を上げた隙を狙い、俺はケンノスケに金色の断罪剣を振らせる。
『ガハッ!?』『グェッ!?』
刀身が伸びた金色の断罪剣がケンノスケより頭2つ大きい声の主と隣にいたもう1体をまとめて斬り、2体は胴から上が吹き飛んで灰となった。
『マテ! コイツガドウナッテモ……グギャガァッ!?』
隙を突いたつもりなのか死角からもう1体の気配が近付いてきたが、俺は左腕に巻いた夜天光を1本振って声の主を縦半分に両断した。




