エピローグ Ark-Memory_Nightmare_2
月が赤い。
ここは何だ。
この地獄のような光景は何だ。
俺は一体、何故こんなところにいる。
「アストラル……」
何故お前だけがここに居る。
月が赤い。
血のように。
いや、血はあんなにも赤かったか。
「ここはどこなんだ……?」
月が赤い。
振り返っても、何もない。
見渡しても、何もない。
「みんなは、どこへ行った……?」
月が赤い。
ああ、あの月に照らされて、大地まで血に染まって見える。
いやあるいは、本当にこの大地は、血に染まってしまったのか。
「俺は、あの場所にいたんじゃないのか」
想起するのは、砂漠の中の光の街。
静かで、だが美しい俺の故郷だ。
長い時を一人で旅し、しかし片時も忘れることはなかった、帰る場所。
旅から帰った頃にはもう会えなくなってしまった者もいるが、帰郷の後にそれ以上に親しくなった者もいる。
俺の全てがあった街。
その街が、どこにもない。
「何故、何がどうなっている……!」
月が赤い。
その月を背に、片膝をつくアストラルは、何も答えない。
不吉な予感が止まない。
「ああ、まさか、どうして……」
答える者はいない。
いないことが、全ての答えだった。
地平の果てまで何もない。
焼けた大地と、沈み込むように暗い空と、爛れた月だけがある。
他には何も残ってはいない。
沈黙する白い巨人と。
喚き続ける矮小な俺だけ。
それが、俺の戦いの結末だった。
「嘘だ。そんなはずはない、俺は勝った! アストラル、お前以外の敵を全部倒して来た。必要なものはすべて集めた。俺が勝ったはずだ、勝って戻ったはずだ。明日の話をした、ウラナと……巫女様とも! 祝杯を上げようと約束をしたんだ! みんなはどこへ行ったッ!」
アストラルの足にしがみついて、俺はその固い装甲を殴りつけた。
何度も、何度も。
それでもアストラルは何も答えない。
ただ項垂れて、この焼け付いた砂漠を見つめている。
「嘘だったのか……、間違いだったのか……! 皆いなくなってしまったのか! この俺の、守ろうとしたもの全てが! 巫女様、いやイリスッ!! 俺を騙したのか! ……ああ、なんてことだ。何のための戦いだったんだ! 何のための勝利だったんだ! ああ、あぁぁ…………」
頭を抱えて、俺は膝から崩れ落ちた。
もう立つ力もない。
叫べども、叫べども、声は虚空に呑まれるばかり。
大地も、空も、星も、この俺をあざ笑うかのように沈黙しているではないか。
ただ一人残された俺に、何の言葉も向けられないではないか。
「あぁ、お願いだ……。あぁ、アストラル……、返してくれ……! 皆を、あの街を、俺の故郷を、居場所を……! 頼む、返してくれ……!」
縋りつき、うずくまり、俺は血を吐くほどに喉を震わせて願った。
白い巨人は応えない。
だが、月が答えた。
「それは叶いません」
いや、月ではない。
アストラルの上、見上げた俺の目に映ったのは、赤い月を背にして立つ女の影だ。
「一つの世界が終わりました。ある戦いの終焉と共に。もはや全ては無きものなのです。過ちの歴史はその痕跡を残すことなく、やがて新たな世界の礎となるでしょう」
誰だ。
何者だ。
疑問は声にならず、俺の頭の中を埋め尽くしていく。
風が吹いた。
月が陰る。
女の影、その一糸まとわぬ姿が闇に浮かぶ。
銀色の髪。
ああ。
瑠璃色の瞳。
ああ。
雲よりもなお白い肌。
ああ。
「イリス……………………?」
「いいえ」
女は首を振り、風になびく鳥の羽のように、ゆっくりと焼けた大地へと舞い降りる。
人か、人ならぬ者か。
月に紛うほどに美しく、死骨に見紛うほどにおぞましい。
女は言う。
「私はイヴ――――ファースト・イヴ」
方舟は、そうしてまた悪夢を見せる。
あるいはこれは、ある世界の終りの記憶だった。




