3章『地上のオーロラ』:8
『バースト・ドライブのタイミングは任せる! 行くぞ!』
手近なヤタガラスヘ向け、一気に強襲を仕掛けるバーニング。空中で停滞していたヤタガラスが弾かれたように動き出し、一斉に後退を始めた。
『反応が早い! アスカ、インターンに接近して注意を引いてくれ! 被弾するなよ!』
「ヤタガラス、一人で落とせるか?」
『難しいだろうが、まずは仕掛ける。援護のタイミングは指示をする!』
「任せた!」
アストラルは空中を泳ぐようにひらりと旋回し、インターンの背面へと移動。4基のヤタガラスとバーニングを視界に収めつつ、インターンへと接近する。
「愛! 愛、聞こえるか!」
通信が繋がらないことを考慮して、機体のスピーカーを経由して声を掛けつつ、両手を広げて滞空した。
言葉には反応がないが、それでもインターンは腕を掲げるだけで、攻撃をしてこない。武器を捨てて、攻撃の意思はないことを見た目に示したことで、インターンのシステムがアストラルに対する脅威度を低く見ているのだ。
だがまだだ。攻撃自体が放たれていないだけで、武器を構えて威嚇はしていた。
「愛、返事をしてくれ!」
飛鳥は意識を集中して、本能的な恐怖と攻撃の意思を頭の中から取り除いていく。精神状態が放出されるアーク波に影響する以上、そのアーク波から攻撃の意思を読み取られるわけにはいかないからだ。
じりじりと煮えつくような緊張が襲う中、動きは、インターンの後方で発生した。
光線が景色を引き裂き、地面が爆ぜて音が響く。
『本体が止まっているからあわよくばと思ったが、動きが独立しているようだ!』
「ちっ、援護に回る!」
『待てアスカ、インターンから目を離すな!』
「なっ――――」
大気を震わせ、掲げられたインターンの腕から太い光線が発射される。強引に身を捻って光線を回避するが、直後に光線が形態を変え、鞭のようにアストラルへと振り回された。
飛鳥の意識が逸れた結果か、脳裏をよぎった危機感が読み取られたのか、ぎりぎりで保たれていた均衡が一気に崩れたようだった。
しかし、それだけには感じられなかった。
「いや、違う。被弾がかさんだせいか……!」
振り回される光の鞭をくぐりつつ、飛鳥は素早く思考を巡らせる。
『アスカ、インターンは止められないか!?』
「近付けはするけど、反応がない。被弾が増えて、アストラルのジェネレーター出力が落ちてる。土台の出力が足りないせいで、こっちの意思が届かないんだよ、っく!」
上空で鋭く弧を描き、叩きつけるように振り下ろされた光の鞭を紙一重で回避する。
しかし振り下ろされたはずの光の鞭は空中で不可解な軌跡を描き、アストラルの周囲を輪のように囲んだ。
悪寒が背筋を走る。即座に機体を加速させたとき、足先を掠めるように光の輪が収束した。
アストラルを縛り上げ、一気に捕獲する動きだった。
持続の限界か、光の鞭が音を立てて砕け散るのを見送って、飛鳥はインターンを鋭く見据えた。
「こうなったら一つしかない! ヤタガラスとインターンの通信に割り込んで押し退けるだけの出力がいる。至近距離で、バースト・ドライブの出力をインターンにぶつけるんだ!」
『だったらまずは確実に踏み込むことだが……』
隼斗の声を、再びの轟音が遮る。4基のヤタガラスが時間差でホーミングビームを放ち、紙一重で回避したアストラル達2機の足元を派手に抉り取った。
隼斗は歯噛みをして、視線をインターンからヤタガラスに戻す。
『ならひとまず、ヤタガラスを落とすのに集中する!』
「インターンは!?」
『引き続き注意を引いてくれ。本体から攻撃がないだけずいぶんマシになる。だがヤタガラスも含め警戒は怠るな、いざとなったらバーニングを盾に使え!』
バーニングはガトリングを構え、並んだヤタガラスを薙ぎ払うような動きで一気に掃射した。
「隼斗!? 無茶言いやがる……!」
『君よりまともだと思ってくれ、行くぞ!』
乱暴なことを言いながら、隼斗はヤタガラスの群れへ向け突貫した。
反応したヤタガラスが、一斉にバーニングへ振り向き、上方からさらに時間差でホーミングビームをばらまいた。
バーニングはヤタガラスの直下に陣取り、装甲に光線を掠めさせながらも、地面を滑るような動きで攻撃を回避していく。
機関銃の如く連続で、光線が鋭く地面に突き立つ。
本体が解放した能力の影響を受けているのか、地面に突き立った光線は消えずに、その場で柱のようにバーニングの周囲を取り囲んだ。
「隼斗!」
『むしろチャンスだ! 援護を頼む!』
囲まれたと見るや、バーニングは即座に拳を握り締めて振り上げた。
巨腕が唸りを上げ、行く手を遮る光柱を飴細工のようにあっさりと打ち砕いた。
「やりやがる!」
隼斗の判断力に舌を巻き、同時に頭を切り替える。
「頼む、愛、待っててくれ……ッ!」
歯噛みをしながらも、飛鳥はヤタガラスの破壊に向かう。
動きの無いインターンを一瞥して、アストラルは素早くヤタガラスの群れへと飛び込んだ。
アストラルの突撃に合わせて、バーニングがショートカノンとガトリング砲を一斉に発射する。
ヤタガラスはそれまで以上の凄まじい速度で、空中に稲妻の軌跡を描いて砲撃を尽く回避した。
『なんだと……』
「この動き……、押さえ込めるか……!?」
瞬間的にはアストラルに匹敵するほどの驚異的な機動に、二人は驚愕を隠せないでいた。しかしもう、足踏みをしている余裕などなかった。
過る不安に蓋をして、飛鳥は、他の3基から動きのずれた1基に狙いを定めた。
真っすぐな突進を強烈な加速で回避したヤタガラスに、ビームブースターで切り返したアストラルが再び迫る。
だが指先が掠めるその際で、標的のヤタガラスの4つの砲口が煌いた。
「ちっ――」
感覚強化による超反応で、放たれたビームの隙間をくぐり抜けるが、機体の速度が一気に落ちてしまう。
その間に僅かに距離を離され、まるで狙っていたかのように、残り3基のヤタガラスがアストラルへ向け一斉に砲撃を行った。
「――っくしょうが!」
機体の進行方向を狙って放たれたホーミングビームを、即座に減速することで回避する。だが当たらなかったホーミングビームは、インターンの能力によって結晶化し、まるで網のようにアストラルの行く手を遮った。
さらにはアストラルの後方から、最初に放たれたホーミングビームが大きく弧を描いて迫っていた。
『撃ち落とす!』
バーニングは素早くガトリングを掃射し、アストラルを負うホーミングビームを全て撃ち落とす。同時に逆の腕のショートカノンを、アストラルの行く手を遮るように張り巡らされた光の網へ向け、2発、3発と連続で発射した。
『行け、アスカ!』
「ああ!」
甲高い音を立てて砕け散った光の粒子を突き破り、アストラルは果敢に突撃する。その後方から、バーニングの放った8発のミサイルが続いた。
ミサイルは網に空いた穴を抜けた途端にその軌道を変え、アストラルが狙うのとは違う3基のヤタガラスへと同時に襲い掛かった。
それぞれ1発がヤタガラスを破壊しきるほどの破壊力を持つわけではない。だが直撃すればホーミングビームの砲を破壊してしまうだけの威力はあるし、ヤタガラス側もそのリスクを即座に認識した。
直前に攻撃をしたところだからか、ミサイルをビームで撃ち落とすことはせず、高速で後方へと逃れた。
その動きによって、アストラルの追い立てるヤタガラスが、他の3基から孤立した。
「ナイス隼斗!」
ハンドストライクの煌きを手の中に、アストラルは一息にヤタガラスヘと接近する。
しかし、その速度は被弾によって出力の落ちているアストラルでは、瞬時に肉薄できるものではなかった。
追い立てるために発生したわずかな時間、そして両者の間に隔たる距離。
そこに差し込むように、赤い閃光が吹き荒れた。
「ぐぅわああああああ!?!?」
直前に攻撃を察知して飛鳥は身を翻したものの、インターンから放たれた極太の重光子ビームが脚部を掠めた。
強烈な痛みと衝撃が脚を襲い、アストラルは飛行姿勢を大きく崩して地上へと叩きつけられた。
「う、ぐっ……かはッ!!」
派手に地面を転がる機体の中で、飛鳥は断続的に襲い掛かる痛みと衝撃に呼吸を荒げさせる。
『アスカ、逃げろ! アスカッ!』
「ぐぅ……!」
朦朧とする頭で、それでも機体を動かして立ち上がろうと顔を上げたとき、そこには至近距離でアストラルを見下ろすヤタガラスの姿があった。
4つの砲口が瞬く。
(間に合わ―――――)
衝撃の予感に飛鳥は固く目を閉じ息を止める。
爆音は直後に轟いた。
しかし、飛鳥に痛みはない。あまりの衝撃に意識が飛んだのかと思ったが、違う。目を開けた飛鳥の前に両腕を広げたバーニングが立ち塞がっていた。
身を挺して、アストラルへの攻撃を防いだのだ。
『立て、アスカ!』
隼斗はそう言うや否や、地面の泥を派手にまき散らしながら、バーニングを反転する。
『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』
獣のような雄叫びと共に、バーニングがガトリングを向けた。
だが砲身が回転しかけた直後に、インターンがもう一方の腕で砲撃を放った。
バーニングは寸前で身をかわしたが、突き出していた腕の先、ガトリングのバレルを光線が飲み込んだ。
激しい衝撃が腕部を襲い、ひしゃげたガトリング砲がハードポイントから引きちぎられて吹き飛んだ。
バーニングは素早く残ったガトリング砲のパーツをパージし、衝撃と高熱で誘爆する弾薬の爆発から身を守った。
『くっ!』
腕を払い、眼前を覆う爆薬の煙を振り払う。
その瞬間、視界を6条の細い閃光が駆け抜けた。
インターンの放ったホーミングビームが、空を縦横無尽に駆け回り、ヤタガラスを追い立てる8発のミサイルの内、6発を正確に撃ち抜いていた。
残りの2発のミサイルを、1基のヤタガラスがホーミングビームで撃ち抜く。
そして攻撃をしなかった2基のヤタガラスは、こちらに狙いを定めていた。
ホーミングビームによる反撃を撃ち落とすため、腕を掲げたバーニング。
しかし、その腕にガトリング砲は無かった。
『しまった、ガトリングが――――!』
万事休すか。
もはや身を盾にアストラルを守るしかないと覚悟を決めたとき、立ち上がった飛鳥が呟いた。
「隼斗、下がれ」
とっさに後退するバーニングと入れ替わるように前へと飛び出したアストラル。
武器も持たず、盾もなく、それでも退かない強い意志で立ちふさがった。
間髪入れず、8発のホーミングビームが放たれる。
それをアストラルは避けるでもなく、真正面から迎え撃った。
『アスカ――――!!!!』
隼斗は息をのみ、研究所からの通信には悲鳴のような声が響く。
ホーミングビームは着弾の寸前に拡散し、アストラルの周囲を覆う。
着弾する。
誰もがその光景を思い浮かべた瞬間――――
「バースト・ドライブ!!!!」
――――アストラルを中心に、空間が吹き飛んだ。
バースト・ドライブが生み出す膨大なエネルギーが、機体から一気に放出され、爆発にも似た圧力となって周囲の一切を薙ぎ払う。
飛来する8条のホーミングビーム全てが、見えない壁に阻まれるかのように急激に減速したかと思うと、一斉に砕け散る。能力による硬化さえできないまま、光の粒子となって弾け飛んだ。
吹き荒れる光の奔流の只中に、漆黒に染まるアストラルの姿があった。
【code-A_20seconds_BURST!!】
強く拳を握り、前傾姿勢を取るアストラル。
機体の出力はその間もさらに上がり続ける。そして一際強烈な爆発が起こった。
【ジェネレーター出力、制御限界を突破
機体保護のため、各種リミッターを解除
エマージェンシーモード 強制発動】
アストラルの全身の発光体が、血のような真紅に染まる。
『アスカ!?』
バースト・ドライブは、インターンの制御に干渉するための最終手段のはずだ。それを今使用したということに、隼斗は驚いた声を上げた。
しかし飛鳥に答えている時間などない。
「行くぞ」
間髪入れずに地面を踏みつけ、アストラルが加速する。
加速の余波はそれ自体が既に爆撃であり、煽りを受けた地面が捲れ上がり、根を張る木々が地面ごと宙を舞った。
アークのカメラに残像を残すほどのスピードで、アストラルは一瞬にしてヤタガラスに接近した。
「逃がすかよ!」
壮絶な加速にも反応して距離を取ろうと後退するヤタガラス。一瞬にしてその背後に回ったアストラルは、本体下部から延びる3本のアンテナを引っ掴んだ。
そのまま引きちぎろうと力を込めるが、予想以上の強度に破壊が手間取るのを直感し、飛鳥は選択を切り替えた。
「任せるぞ隼斗! ぶっ壊せ!」
ヤタガラスのアンテナ部を掴んだまま、アストラルは機体推力を乗せて全身を振り回し、猛烈な勢いでバーニングへ向けて投げ飛ばした。
砲弾もかくやという速度で飛来するヤタガラスに、隼斗は素早く反応した。
混乱はあっても、冷静さは失っていない。
『ッ、バスターパイル!』
右腕を引き絞り、突っ込んでくるヤタガラスに拳を合わせる。投擲の速度に拳速を重ね、さらにはパイルバンカーの破砕力を以て、漆黒の砲台を一撃で粉砕した。
爆散するヤタガラスの破片と炎を振り払い、隼斗は必死に視界を確保した。
『アスカ、まだ3基残ってる!』
遥の見立てでは、残り2基となるまで破壊したいところではあった。
だが今その時間は無い。
「このまま行く!」
投擲の勢いを殺し、アストラルはすぐさま空気を蹴りつけるように、瞬間的に加速した。
壮絶な衝撃波をも置き去りに、アストラルは一気にインターンの元へと向かう。
(あと10秒……!)
だがその絶大な加速にすら、ヤタガラスは反応した。
自身の羽を折りかねないほどの速さで向き直ると、間髪入れずにホーミングビームを発射した。それは放たれた瞬間に角度をわずかに変えると、そこから一直線に地面へと突き刺さった。
追尾性を捨て、弾速を引き上げたビームがアストラルの周囲に突き立つ。光条は即座に能力によって固着し、檻となって行く手を遮る。
「くっ、邪魔だッ!!」
両手のハンドストライクに光を灯し、立ちふさがる壁に叩きつけた。
二つの光が刹那にせめぎ合い、火花に似た光の粒子が嵐の如く吹き荒れる。
バーニングが殴り壊したときとは隔絶した強度は、そこが最終防衛線であることを物語るようだった。
「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
だからこそ全霊を込め、飛鳥は光の檻を引き裂いた。
地面を踏みしめ、檻の外に足を踏み出す。
(あと5秒!)
大地を抉り、奪われた速度を全力を以て取り戻す。一歩目で亜音速へ突入し、二歩目で音の壁を突き破った。
「愛…………!」
時間は無い。
(届いてくれ……!)
地面に足を付け、減速を掛けつつインターンの元へとまっすぐに向かう。
(届いてくれッ!!)
その手を、まっすぐにインターンへと、愛へと伸ばした。
「愛――――――――ッ!」
『………………………………………………アスカ』
愛の声。
声が届いた。
そう思った。
伸ばした手が、漆黒の指先が、インターンに――――
――――何かが、破裂する音がした。
(あ………!?)
視界を薄紫の光が覆う。
腕に押しつぶされるような激痛が走り、次に全身を激しい衝撃が襲った。
「がっ!?」
鋭い痛みが電流のように駆け巡り、思考をショートさせかける。
『バリアだと……ッ!?』
隼斗が驚愕の声を上げるのも、どこか遠い。
ほんの目前、指先が触れるほど近くにあったはずのインターンの姿が、どれだけ手を伸ばしても届かないほどに、遠くにある。
時間の流れがいやに遅く、しかし確実に、アストラルを、飛鳥を、助けを求める愛から遠ざけていく。
「ぐあっ!!」
鈍い衝撃が背中を撃ち抜き、呼吸が止まりかけ、それで飛鳥は自分が地面に叩きつけられたことにようやく気付いた。
「ぐ、うっ、がはっ! ぬ、ぐっ! がぁあああ!」
即座に地面に腕を叩きつけ、仰向けになりかける機体を反転させる。
両掌で機体を支え、何とか上体を起こそうとした矢先。
【バースト・ドライブ持続限界
システムを強制遮断し、セーフティモードへ移行】
全身が、急激に重さを増した。
「嘘……だろ……!?」
機体から放出される排熱が消え、装甲表面の白い塗装が戻る。それと同時に各部発光体の光色が、赤からスカイブルーへと変化する。しかし、その光はどこか薄暗かった。
身体の重さはまるで、巨大な重力に押しつぶされるようで、身じろぐだけで精一杯だった。
『あッ…………』
「……愛?」
それでも、と必死に頭を上げたとき、愛の切羽詰まった声が聞こえた。
『ああッ……! うあああああああッ…………!!』
頭を抱えて、それを激しく振り回すインターンの、愛の姿に、飛鳥は心臓が張り裂けるような不安を覚えた。
『たす……け、……うぐ……ぐ! ………………うう、ううああああああああ!?!?』
頭を抱えたまま、愛は叫び声をあげ、ついには機体が膝から崩れ落ちた。
「愛!? どうしたんだ! 愛!!」
ただならぬ気配に、飛鳥は必死に愛の元へと駆け寄ろうとする。
だというのに、走るどころか、立ち上がることすらままならない。
「くそッ、動け! 動けよッ!!」
脚部を泥にまみれさせ、それでもなお立ち上がろうと足を引きずる飛鳥。
『アスカ、機体が動かないのか!?』
「バースト・ドライブの反動が……、ぬぐ、ぐ! 畜生がッ!」
悪態をついても、それで何かが解決するわけではない。
だがまるで目の前で、繋がりかけた細い糸が裂けつつあるような、そんな感覚に飛鳥はいてもたってもいられなかった。
インターンは頭を抱え膝をついたまま、大きな動きを見せない。だが頭を振り乱すような動きは絶えず、そしてその周囲を、3基のヤタガラスが取り囲んでいた。
インターンもヤタガラスも、注意はアストラルに向けられていない。
身動きの取れない飛鳥を助けるには、今しかない。
『隼斗、アスカ君の元へ! アスカ君、一旦逃げて!』
「来るなッ!」
遥が声を荒げ、バーニングが素早くアストラルの元へ来ようとするのを、飛鳥はすぐさま片手で制した。
目の前の光景は、釣り合う天秤のよう。僅かな変化で、望まぬ方向に決定的に傾いてしまうような、そんな予感があった。
『くっ、しかし……』
隼斗が歯噛みをして見据える先で、アストラルは片手で機体を支え、もう一方の手を懸命にインターンへと伸ばしていた。
『る、さい…………、うるさ、…………いっ!』
「愛、愛! 聞こえるか!」
『うう、ぐううう!? い、いた……、あたま…………、たす、けて…………、ああ……っ!』
「俺が、居る! ここに居るぞ、愛ッ!」
両腕で地面を這いずり、わずかずつでもインターンへと近づいていく。けれど、その動きは馬鹿げているほどに緩慢だった。
「……アストラル、立て! 立てよ、立ってくれ! なんでもいい! そうだ、バースト・ドライブだ! もう一度だ! 無理でも動かせ! 今じゃなきゃだめなんだ!」
【システムエラー:出力限界
機体保護機能により、指示を拒否】
飛鳥の必死の願いも、アークのシステムは機械的に跳ねのけてしまう。
「頼む! アストラル……!」
そしてただ必死に、飛鳥は愛へと手を伸ばす。
『アス…………カ………………』
片手で頭を押さえたまま、もう一方の手がアストラルへとわずかに伸びる。
「あ――――――――」
名前を呼び掛けた、その刹那。
『あ、がッ!? アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!』
一際大きな悲鳴を上げ、インターンの全身が激しく震える。
「愛……!?」
目を見開いた飛鳥の眼前で、3基のヤタガラスが、音を立ててアストラルへと向き直った。
心臓を突き刺す、刃の如き殺意。
『っ、まずい……!』
ヤタガラスは間違いなく攻撃態勢に入った。
標的のアストラルは、逃げることはおろか、立ち上がることすらできないでいる。
(しかし、盾になったところで、今のバーニングでは……!?)
一度アストラルを守ったとして、それでバーニングが機能を停止してしまう。それではもう、飛鳥を守ることも、引いては愛を助けることもできなくなる。
『こうなったら、ヤタガラスだけでも破壊する! アーマーパー……!』
『ダメよ隼斗! 二人を巻き込む!!』
『しかし……ッ!』
何かを言いかけた隼斗を、遥が切羽詰まった声で留める。
奥歯が欠けるほど強く歯を食いしばり、隼斗はアストラルに目を向ける。
「ちくしょう……!」
そしてそれ以上に強く歯を食いしばって、飛鳥は呻いた。
(なんて、無力なんだ…………)
彼は両手を握り締める。
泥を巻き込んだ拳の中に、そこに確かに、握り込んだ覚悟があった。
(力をくれ…………!)
だというのに、力がない。
愛を助け出すための、それだけの力がそこにない。
身を切る覚悟だけが、ただ虚しく残るばかりだ。
「愛を助けるんだ……! アストラル…………!」
【system-Error : ---- Output Limit ----】
ヤタガラスが、アストラルに狙いを定めた。
『アスカッ!』
隼斗が叫ぶ。
「だから、超えろ……」
【Limit ----】
飛鳥は、なおも拳を握る。
『アスカ君ッ!』
遥が叫ぶ。
「そんな限界…………!」
【Limit ----】
『アスカァッ!』
泉美が叫んだ。
俯けた顔を上げ、インターンをまっすぐに見据えた。
ヤタガラスから、光が放たれる。
『アスカ…………!』
掠れた愛の声が聞こえた。
着弾する、その直前。
「超えてみせろォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
【Limit ----
---- OVER!!!!】
光が、アストラルの全身を包み込んだ。
放たれた光線は、機体を包む光とせめぎ合い、その場に押しとどめられる。
倒れ伏していたアストラルが浮き上がり、そして再び、その両足で大地を踏みしめた。
押しとどめられていた光線が一斉にはじけ飛ぶ。
インターンが、間髪入れずに両肩からホーミングビームを掃射した。
大地が爆ぜる。
光は彗星の如く尾を引いて、天高く飛翔する。
追い立てる6つの閃光を、遥か下方に置き去りにして。
雨を蹴散らし、雲を貫き、空の青ささえ引き裂いて。
星は、宙へと――――




