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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第8部-地上のオーロラ-
243/259

3章『地上のオーロラ』:7

「……今!?」

 今度こそ、はっきりと聞こえた。

『これは……?』

 ホーミングビームを迎撃しきった隼斗が、はっと顔を上げる。

 インターンから放たれる重圧に乗って、音が伝わってくるかのようだった。

 距離のせいか感覚接続強度のせいか、あるいは他の要因か、隼斗は精細に聞き取れてはいないようだった。

 しかし飛鳥は違う。

「助けてって……!」

『アスカ君……?』

 呆然とした様子で膝立ちになり、顔を上げてインターを見つめるアストラルの姿。遥の脳裏にそこはかとない不安がよぎり、思わず声をかけた。

 だがその声は、飛鳥には届いていなかった。

「……聞こえたッ! 愛!!」

『アスカ君!!』

 弾かれたように飛び出した飛鳥を、遥は制止しようとするが、彼はまるで聞こえていないかのように一直線にインターンへと向かった。

『アスカ、無茶はするな!』

 隼斗も慌ててインターンめがけて加速するが、距離も速度も全く違う。インターンとヤタガラス、双方の注意が全てアストラルに集中した。

『隼斗! お願い!』

『話を聞け……、くっそぉ!!』

 バーニングはガトリングと両腕のショートカノンを片っ端から乱射して、前方の木々を薙ぎ払い射線を無理やりにこじ開けると、両足の装甲を展開。露出したミサイルラックから、8発のミサイルを一斉に発射した。

 地上すれすれに放たれ、そこから高く舞い上がったミサイルは、鋭い軌跡を描いてヤタガラスへと降り注いだ。

 全てのヤタガラスに2つずつ。破壊とはいかずともダメージを与え、なんとか注意を引くことができればという魂胆だった。

 ミサイルの速度は降下を始めてすぐに音速を突破し、さらに重力の力を得て加速している。

 襲い来る脅威に対して、ヤタガラスはピクリとも反応しなかった。

『避けない……、いやッ!?』

 着弾の寸前、巨体に似合わない動作で、地上付近にいたヤタガラスが鋭く舞い上がった。

 斜め上方から迫るミサイルを、ちょうど飛び越える動きで回避する。地面に突き刺さったミサイルが炸裂し、土塊を巻き上げた。

 それが掠りもしない高さまで、瞬時に上昇したヤタガラス。その内2基が、ぐるんと音を立てて向きを変えた。

『……っ』

 鋭く無機質な視線に射抜かれ、隼斗は思わず息をのんだ。

 その直後、4基のヤタガラスが一斉にホーミングビームを発射した。

 空を割く16の光条。内8つはアストラル、残りはバーニングをめがけて殺到した。

『同時、動きが変わったか!?』

 これまでのヤタガラスは残存するすべてが、同じ対象にのみ攻撃を行っていた。

 しかし今、ヤタガラスは2人に向けて同時に攻撃を行ったのだ。回避の動作も一層機敏だった。

 泉美の懸念そのままに、ヤタガラスの制御性が明らかに向上していた。

 まるで個々に意思を持つように、それぞれが別々の動作をしている。これまでは一律だった動作タイミングも、それぞれに僅かなズレがある。

『くぅ――――』

 詳しく確かめたいところではあったが、観察をしている余裕はない。

 向かってくる攻撃に対処をしなければ、被弾は免れない。しかしゆっくり迎撃をしていては、ヤタガラスの攻撃とインターンの攻撃双方にさらされたアストラルが危険だった。

 歯を食いしばり、覚悟を決めた。

『――――かくなる上はぁ!』

 迎撃もほどほどに、隼斗は切り返して吶喊する。

 機体の耐久性に甘えて、取りこぼした分は食らいながらでも突き進んだ。都合2,3発は直撃を受けたが、幸いインターン自体の注意はアストラルに向いている。追撃はない。

 逆に、アストラルは袋小路だった。

 前方にはアストラルを見据えるインターン。後方からはヤタガラスのホーミングビームが迫っている。

 機体とヤタガラスの変化の全容が見えない以上、本来ならば逃げの一手だ。しかし、飛鳥は踏み込んだ。

 即座に反応したインターンが、両手のキャノンを掃射する。

「オーバークロック・ソードブレイブ!」

 額に指を添え、素早く発動を宣言。

 最高設定の感覚リンクに思考加速を重ね、認識力を限界まで強化する。

 パイロットに負担の無いように再設計されたオーバークロックシステムも、感覚リンクの最大化との組み合わせは想定されていない。

 莫大な情報量が生み出す強烈な負荷が飛鳥の脳を襲い、一瞬の眩暈の後、刺すような頭痛がこめかみを貫いた。

「ぐっ、おおおおおおおおおおおお!」

 歯を食いしばり痛みをこらえ、飛鳥は周囲に意識を広げた。

 放たれたインターンのキャノンを一度上に飛び越え、次の一発を下に潜る。

 そこから再加速し始めるが、姿勢は不安定だ。

 アストラルの飛行も速度が乗り切っていない。インターンに接近する前に、周囲のヤタガラスからの攻撃を振り切るのは無理だった。

 一瞬で判断し、アストラルは加速を維持したまま振り返った。

「邪魔だ! 失せろッ!!」

 普段の飛鳥からは考えられないほどに切羽詰まった怒声が、先行して光線を叩く。

 直後に光刃が青い残光を縦横に刻み、金属音と放電音に似た音が一斉に空気を震わせた。

 フォトンブレードを叩き付けてなお重い重圧が両腕にのしかかるが、それを的確に受け流し、竜巻のような動きで迫る攻撃の尽くを排除した。

「まだだ!」

 フォトンブレードが地面に当たる寸前で腕を引き、機体の回転を手足の動きで抑制する。

 地面すれすれから機体を翻し、地に足をつけ泥を蹴飛ばした。

「愛っ!」

 フォトンブレードのグリップを放し、アストラルはインターンへ手を伸ばす。

 分厚く隔たる音の壁をぶち抜いて、伸ばされた手はインターンの、愛の目にも映っていたはずだ。

 引き寄せられるように、インターンの片手が伸びる。


 ――――アス…………カ…………


 ノイズに似た声の反響の中で、確かに、自分を呼ぶ声が聞こえた。

(愛、俺を…………!)

 アストラルのジェネレーター出力も、平時と比べて明らかに高い。この至近距離ならばその可能性もある。

 そのわずかな希望が、視界を曇らせた。

 伸ばされた手に意識が集中した最中、その肩口から光があふれ出した。

「まだ……ッ!?」

 声が届いたような気がしていた。

 その事実に気を取られていたがために、危機察知も、その対応もすべてが遅れていた。

 直撃を避けられたのは、ひとえに感覚接続強度の高さとオーバークロックの併用の効果だった。

 ビームブースターを噴射して、3発全てが装甲をかすめる際の際で回避し、姿勢が崩れることすら土壇場の判断で防ぎきる。

 紙一重でアストラルを逃したホーミングビームは、巻き上がった泥を蹴散らしながら天へと舞い上がった。

(今のは、後で上から来る……)

 一度攻防を交わして、頭のスイッチは明確に切り替わっている。

 極端に崩れた姿勢から、続く逆側のホーミングビームを読みで対応し、回避をギリギリで間に合わせた。

 右肩からのホーミングビームを右方向へ転がるようにして回避したアストラルは、再び踏み込もうとする。

 だがその直前で、インターンの右腕が差し向けられる。

「攻撃のサイクルが早く……!?」

 腕部ビームキャノンは先ほど撃ったばかりだ。これまでなら、間違いなくエネルギーの枯渇で攻撃できないはずだった。

 ヤタガラスが減った分本体に回るエネルギーが増加しているのか、明らかに攻撃ペースが向上している。

 とっさにもう一度転がったアストラルのいた地面を、彼方まで真っすぐに閃光が切り裂いた。

 地面に手をついた状態のアストラルを追い立てるように、今度は横一線、左腕のビームキャノンが閃いた。

「ぐっ……」

 ブースターを噴射してどうこうしている余裕はなかった。

 畳みかけるような連続攻撃を、再び前へ転がるようにして回避した。

 十字に切り裂かれた交点付近で片膝立ちになったアストラル。顔を上げて見据えたインターンに動きはない。

 だが、

『アスカ、上だ!!』

「わかってる!」

 先ほど直上へ飛んで行ったホーミングビームが、天に鋭く弧を描いて、3条まとめて降り注いだ。

 事前に予測したとおりだ。慌てず、左方向にステップを刻んで回避する。

 刃をつきたてるような鈍い音が連続し、地面に光が穿たれる。

 しかし、今度はそこで終わらなかった。

『まだだ! 後ろ!!』

「こっちもか……!?」

 隼斗の言葉が聞こえた瞬間には、飛鳥自身も脅威を探知していた。

 先ほど回避したもう1セットのホーミングビームが切り返し、後方高くから連続で襲い掛かってきた。

 意識の外側、反応が遅れた。

 とっさにビームブースターを連続噴射して、1発1発にその場で対応していく。

 当たらなかったホーミングビームが、1発ずつ、地面に順に突き刺さっていく。

「……くっ、機体の反応に振り回される」

 機体の過敏な反応に振り回されているのを実感し、飛鳥はとっさに歯噛みをした。

 本来の飛鳥なら、3発の攻撃を一塊と見て、最も無駄なく回避できる選択をするところだ。

 しかし今は、なまじ1発1発の挙動まで正確に追えるせいで、反射に任せて必要以上にぎりぎりの回避をしてしまっている。

 そして、そんな些末事に一時でも意識をとらわれたせいで、最後の1発への反応が遅れた。

 装甲を掠める光線に心臓の縮む思いがするが、かろうじて回避に成功した。

 そう、成功したと思っていた。

 地面を滑りながら、上体を起こした直後、飛鳥の、アストラルの右肩に激しい衝撃が加わった。

「ぐわっ!?」

 突然で予兆の無い被弾に、飛鳥は思わず大声をあげてしまう。

 機体のダメージはさほどではないが、体に返ってくる衝撃があまりにも大きかった。

「なに、が……」

 焼けつくような痛みが、右肩を突き抜ける。一瞬の眩暈で、機体の動きが硬直した。

 その最中でも、飛鳥はとっさにダメージ源に視線を走らせる。

 右側の視覚からアストラルを襲ったのは、とっくに回避したはずの、インターンからのホーミングビームだった。

 それが地面に着弾したまま、まるで光のワイヤーのようにその場に残留し、アストラルの退路を断っていた。

「ビームが、残って……!?」

 まさかと思い左に視線を走らせれば、直前に回避したホーミングビームが、突き刺さったまま残っている。

 回避時の動きを想起すれば、見るまでもなく後方もふさがれているはずだ。

「退路が断たれ…………マズッ!?」

 正面に視線を向けたとき、インターンはその左手をこちらに向けていた。

 アストラルがとっさに右腕を上げ、フォトンブレードの装備を解除した直後、インターンの腕部砲門から深紅の光が迸った。

「ハンドストライク……!」

 上げた腕を突き出し、光を噴出させて迎え撃つ。

 真紅の激流が機体に接触するその刹那で、あふれ出した白い閃光と激突した。

 ほんのわずかな時間、二つの力は拮抗した。しかしそれも一瞬、突き出していたアストラルの腕が、じりじりと押し返され始めた。

 ハンドストライクが放射する力学エネルギー量より、インターンの重光子ビームのエネルギーが上回っているのだ。

「ぐぅ……」

 構えた掌が胸元まで押し込まれ、足裏が泥の上を滑り、退路を塞ぐ光線へと押し込まれる。光線は背中に触れれば炸裂し、姿勢を崩したアストラルに致命的な一撃が撃ち込まれるだろう。

 もはや選択肢は無かった。

 ギリギリまで通常出力で堪え、破綻する間際、一か八か、飛鳥はその手に一層の力を込めた。

「スーパーノヴァ!!」

 かざした右の掌から、一際眩い光があふれ出し、真紅の閃光を一転して押し返し始めた。

 ボイスコマンドにより出力の制限を解除されたハンドストライクから、莫大な重圧が噴出し、重厚な盾となって重光子ビームとの間に隔たった。

 赤と白の閃光が弾け、せめぎ合う。

 余波は爆風となって断続的に吹き荒れ、雨粒と泥を一緒くたにして周囲へ無差別にまき散らした。

 出力はぎりぎりハンドストライクが勝っている。しかし、スーパーノヴァの持続時間は短い。

「もってくれ! うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 咆哮に応えるように、ハンドストライクの輝きが一層に増す。それは消える間際の灯にも似て、飛鳥の焦燥を掻き立てる。

 そしてアストラルとインターン、両者の間でせめぎ合う光が刹那に消えた。

 突然に腕にかかる重圧が消え、2,3歩と前につんのめる。

「よし、なんとか……、ぐっ!?」

 体勢を整えつつ視線を上げたアストラルの眼前、インターンはまっすぐに右腕を差し向けていた。

 とっさに左腕を突きだし、ハンドストライクの光を放射させる。

 だがインターンから放たれた放射ビームは、アストラルが突き出した左腕のさらに左方、一見見当違いの方向へと消えてしまう。

 思わず息をのむ飛鳥の眼前で、インターンはその右腕を勢いよく跳ね上げた。

 腕の動きに合わせて、真紅の重光子ビームは扇のような軌跡を天へと描く。

 攻撃をわざと外したかに見えたが、違う。それはただの予備動作だった。

 インターンは目いっぱい振り上げた右腕を、一瞬の静止の直後、横薙ぎに振り払った。

「クッ…………!」

 照射ビームをせき止めようとハンドストライクを構えなおしたアストラル。だがそれが間違いであったと、飛鳥は直後に気付いた。

(照射ビームじゃない……、滞留してる!?)

 まっすぐに放たれたはずの光線はインターンの腕部から鋭くしなり、あたかも鞭のようにアストラルの左方より迫る。

「機体の能力か!? しまっ――――!!」

 とっさに左腕を割り込ませようとするも、間に合わない。

 うなりを上げて叩きつけられた光の鞭に、アストラルは成す術もなく薙ぎ払われた。

「ぁがっ!?」

 腕に衝撃。同時にアストラルの機体が宙に浮く。

 五感が鈍る。明滅する視界。その端、再び光が煌いた。

 攻撃を受け姿勢を崩したアストラルのコアへ向け、インターンは片方の肩部からホーミングビームを発射した。

 3条の閃光は空中で絡み合うような複雑な軌跡を描きつつ、アストラルのコアへと立て続けに直撃した。

 一発受けるたびさらに激しく機体を揺さぶられるアストラルに、それでも正確に食らいついて突き刺さる。全弾を弱点であるコアに浴びたアストラルは、大きく跳ね上げられた後、重力に惹かれ地面に叩きつけられた。

「う、ぐ――――――!?!?!?」

 その瞬間、叩きつけられたのは背中だったにも関わらず、電流に似た衝撃が全身を駆け抜けた。

 アークが伝える疑似的なダメージ。しかしこれは地震における余震のようなものだ。

 頭を過った直感に、飛鳥は思考を維持できたわずかな時間で、下を噛まないように思い切り歯を食いしばった。

 直後、被弾箇所すべてに激痛が走り、全身に伝播した。

「ぐぅ、ぎ、ぎぃあああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」

 筆舌に尽くしがたい衝撃が、全身のありとあらゆる細胞に、神経に、鋭利な刃を一斉に突き立てた。

 もはや言葉にならなかった。

「ア、がっ、づッ、あがあああッ、ああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 裂けるほどに喉を震わせ、血が滲むほど身体に爪を突き立てる。

 疑似的な痛みだとか、体に傷はないだとか、そんなことは一瞬で意識から消え去った。

 ただ、痛み。

 それ以外の何物でもない純粋な激痛が、飛鳥の脳と神経を埋め尽くした。

 悲鳴を上げて、コックピットでのたうち回る。身体を固定するシートを、その基部から引き剥がしかねないほど、ひたすらに暴れた。

 コックピットに、シートの軋む音が反響する。それほどでもなければ、フィードバックされる痛みに呑まれて、意識を失ってしまいかねなかったからだ。

 飛鳥にはできるのは、それが精一杯だった。

 機体は地に伏したまま、セーフティが機体とパイロットの運動伝達を切り離し、結果アストラルはピクリとも動かない。

 そしてそこに、さらなる攻撃が迫る。

 インターンがもう一方の肩部から、追撃のホーミングビームを発射したのだ。

『させるか、アスカッ!!』

 直撃の寸前、怒号を上げて、バーニングが横合いから飛び出して来た。

 迎撃など最初から放棄し、機体を割り込ませて盾になる。アストラルには重い攻撃でも、バーニングなら耐えられる。

『ぐっ……、だが、なんの!』

 隼斗は痛覚設定も抑えている。一瞬顔をしかめたが、それだけだ。

 バーニングは攻撃を腕部で受けた後、素早くアストラルに駆け寄った。

『アスカ、動けるか!?』

 声をかけるが、飛鳥からの応答はない。

『隼斗、アスカ君は!?』

『わかりません! 一度距離を、っく、その余裕もないか!』

 ヤタガラスが素早く振り返り、バーニングを捉えた。間髪入れず、16の閃光が吹き荒れた。

 アストラルを庇う以上、動いて回避することはできない。

 バーニングは躊躇いなくその場に足を固定し、ガトリングを構えた。

『全て撃ち落とす!』

 6つ並んだバレルが高速で回転し、激しい擦過音の中、それを搔き消すほどの衝撃で銃口が火を噴いた。

 怒涛の勢いで放たれる鉄鋼の嵐。

 しかし光線1条1条がこれまで以上に機敏な動きを見せて、半端な弾幕では対応できない。

 ありったけの集中力を注ぎ込んで、迫るホーミングビームを正確に撃ち落としていく。

 だが16条と数こそ減っても、鋭い機動で迫る攻撃故に、全てを撃ち落とすことはできなかった。

 迎撃を逃れた2つのホーミングビームを、バーニングは腕を掲げて防ぐ。

 回避できる可能性もあったが、飛鳥を守るために、隼斗は迷わず自分の身を盾にした。

 衝撃を堪えて踏みとどまると、バーニングは素早くアストラルを見やる。

『アスカ! アスカ、無事か!』 

 地面に横たわったまま微動だにしていなかったアストラルが、身じろぐように動いた。

「うっ、ぐ……」 

 尋常ではない痛みを感じながらも、飛鳥はなんとか意識を失わずに耐え抜いた。

 ぼやけた視界は明滅すらしているが、機体はなんとか動いてくれた。

 大きなダメージを負ってしまったアストラルは、それでも地面に手を突き、かろうじて立ち上がった。

「はぁ……、はぁっ! ぐ、なんとか……、くそ……っ」

 息を切らせながら、飛鳥は顔をしかめてそう答える。

 苦痛は尋常なものではなかったが、悲鳴を聞かせなかったこともあってか、隼斗は追求することはなかった。

「半端じゃねぇ、ダメージが、大きい…………。オーバークロックは、セイフティに巻き込まれて解除された。再発動も、無理か……」

 現在の完成されたオーバークロックであっても、パイロットへの負荷がないわけではない。

 さっき激痛に意識が飛びかけた瞬間、機体は自動でセーフティシステムを発動させ、パイロットに負荷のかかる基幹外システムを全遮断したのだ。その結果、どうやらオーバークロックも解除されていたらしい。

 再発動しようとしても、機体システムが受け付けようとしなかった。唯一の救いは、感覚接続強度は維持されていることだが、つい先ほどそのリスクを体感した身としては、素直に喜べないものがあった。

 とにかく、被弾状況が悪い。

 コア部という、アークの中でも最大の弱点である部位に直撃を受けたこともあり、機体のダメージの蓄積が大きく、しきりにダメージアラートが響いている。

 それまでにも数発高威力の攻撃を喰らっていたことを考えても、これ以上は軽い被弾でも、数発で機能停止に至りかねない。

 そもそも今の被弾の痛みは、次も耐えられるようなものではない。今度こそ、機体の前に飛鳥がもたなくなるだろう。思い出すだけで、寒気が走る。

 身震いを堪え、フォトンライフルを構えて前を見据えた。

 呼応するように、インターンの片腕が素早く持ち上がった。

『来るか!』

 途端、飛鳥の背筋に悪寒が走った。

 腕部のキャノン。ぎらつく砲口。迸る殺意。煌く閃光の幻視。全身を走る危険信号。

 全身の細胞が震え、痛みの記憶を想起した。

「ひっ―――――」

 喉が引きつり、間髪入れずにその場から飛び退く。

 しかし、攻撃そのものは発生しなかった。腕を構え威嚇をしても、掲げた砲口は沈黙している。

 場違いな静寂の中で、飛鳥の心臓だけがけたたましく音を立てていた。

『威嚇、か……!? アスカ、大丈夫か』

 インターンからの攻撃を警戒を緩めぬまま、隼斗は後方の飛鳥に声をかける。

 アストラルは硬直して、コックピットの飛鳥は荒い息を吐いていた。

 痛みの記憶が恐怖を呼び起こし、恐怖が全身を縛り付ける。相対する驚異の大きさを、理性ではなく本能が理解していた。

 再び立ち上がってからも、荒い息を吐き、心臓を落ち着けようとしつつも、それさえままならない。

 ただ一度砲口を突き付けられただけでそれだ。

 実際に愛が何を考えているのかなど関係なく、飛鳥はインターンの動作から真っ先に敵意を読み取ってしまっていた。

 そう気づいて、飛鳥は愕然となる。

 守るために来たと言うのに、その相手を恐れてしまうというのか。

 だが同時に、一つの答えに至った。

 同じ感覚を、もし、いや恐らく、愛も覚えているのだとすれば。

「そう、か。同じことだな……」

 俯いた飛鳥は、口の中で小さく呟き、そしてキツく目を閉ざした。

 手に握ったフォトンライフルの、その小さな銃身が酷く重く感じる。そして、きっとそれが正しいのだと、彼は理解した。

「威嚇じゃない、踏みとどまってるんだ……。だったら!」

『アスカ……』

 はっとしてアストラルを見やる隼斗を尻目に、アストラルは両手のフォトンライフルをその場に放り落した。

『おい、アスカ、何をしてる!』

 正気の沙汰とは思えない飛鳥の行動に、隼斗は思わず振り返って目を見開いた。

「必要ない。これも、こいつも!」

 アストラルは上腕部に固定されたフォトンブレードと、腰部のアタッチメントに接続されたプラズマバズーカを、引きちぎるような動きでパージした。

 重い音を立てて、アストラルの武器となる装備がすべて、泥の上に横たわった。

 飛鳥は長い息を吐いて、クッと視線を上げる。

『アスカ君、なんのつもり!?』

『何馬鹿なことしてんのよ!!』

 隼斗と同じく、酷く動揺した様子で、遥と泉美が叫ぶ。

 声が耳に響く度、これから自分がしようとしていることの無謀さを痛感して、心臓が締め付けられるようだった。

 それでも、退くわけにはいかない。

 この選択が、彼に残された唯一の正解なのだ。

「根本的な話なんだ。……武器突き付けて、助けるもクソもねぇ。泣いてる奴を、殴って黙らせるようなもんだ。怖くないはずがないんだ。自分で一発喰らって、今やっと理解できた。これはきっと、愛も同じなんだ。だから……」

 武器を向けられて、想像するのは攻撃や痛み。それに対する感情は恐怖であり、取るべき行動はその根源を排除すること。つまりは反撃。それが飛鳥の考えだった。

 自嘲気味に呟いて、飛鳥は空の掌を見つめる。

 武器はない。だからこそ、覚悟を握りこめた。

『言っている理屈はわかるが、本当に無茶だ。わかっているのか?』

「無茶は今もやってる。それぐらい、わかってないもんか」

 心配以上にたしなめるような調子の隼斗の言葉に、飛鳥は頑として答えた。

『待ちなさいよアスカ! 武器無しじゃヤタガラスの破壊も難しいでしょ! そもそも攻撃してこなくなるっていうのもあんたの希望的観測でしかない! それなのに――』

「攻撃してこないのは、今の状態を見ればわかるだろ! 愛は間違いなく俺のことを認識してた。機体に全部振り回されてるわけじゃない。それに……、オーバークロックがあってもさっきの攻撃は対応できなかった。今はそれさえない。武器があっても、次はもう対応できない。機体の動くうちに、インターンの制御を取り戻させる。今しか、これしかないんだよ!」

『っ…………』

 飛鳥の言葉には一理あったが、それ以上に、彼の必死な声音に打たれて、泉美は言葉を詰まらせた。

 胸を刺す寂寥感が、泉美の思考から言葉を奪い去った。

 唇を噛んで俯く泉美の手からマイクを取り上げ、遥が早口に尋ねる。

『隼斗、アスカ君を守りながら、ヤタガラスの破壊はできる?』

 隼斗は考え込む素振りを見せるも、すぐに首を横に振った。

『難しい、でしょう。ヤタガラスの注意は引けても、攻撃が回避されて破壊に時間が掛かります。尚且つインターン本体の注意を引くことがほぼ無理になる』

『アスカ君と協力して、ヤタガラスの破壊に集中した場合は?』

『ヤタガラスの破壊はできても、インターンの攻撃を捌き切れません。おそらく、アストラルか、最悪バーニングまで撃墜されてしまう』

『そうなるでしょうね……』

 一度目を閉じてから、すっと見開いた遥は、隼斗と飛鳥の二人に素早く強い意志のこもった視線を送った。

『ヤタガラスを破壊しきるのは無理ね。アストラルの被弾状況から考えて、バースト・ドライブはもって30秒。この間に全ヤタガラスを破壊するのも難しい。愛自身に制御を取り戻させるしかないでしょう。でも今の状態でアプローチをかけても厳しいと思う。せめて一つ、できれば二つヤタガラスを落としたい。インターンの反応から考えて、せめてそのぐらいは必要になると思う。……でも、そのままじゃ難しい。だからアスカ君は、愛への呼びかけを行って。あの子が少しでも自分を取り戻して、機体のシステムに抗えれば、せめてインターン本体からの攻撃は抑えられるはず。完全に止められなくても、少しでも抑えられれば、活路になる……! いいわね、二人とも!』

『はい!』

 作戦を素早くシミュレートし、隼斗ははっきりと頷く。

「遥さん……」

 最初から認められるとは思っていなかった飛鳥は、驚いた様子で目を見開いた。

『アスカ君。約束、覚えてるわね?』

「あ…………」

 無事に帰って来い。

 その言葉を、飛鳥は想起した。

 噛み締めて、強く頷く。

『なら、貴方にならできる。行きなさい!』

「……はい!」

 声と共に、全ての恐怖を吐き出した。

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