3章『地上のオーロラ』:6
周辺への攻撃を開始したインターンの元へ、アストラルとバーニングが急行する。
嵐を突き破る爆音が秒ごとに迫る最中、研究所との通信を遮断し、飛鳥だけに向けて隼斗がこう告げた。
『アプローチとしては正しいと思うが、普通に考えればアーク波経由といえども、やり取りされる情報はフィルタリングされているはずだ。接近して強く思念波をぶつけたとして、届くかどうかはわからないぞ』
隼斗が指摘した内容は、実は飛鳥は織り込み済みだった。バーニングとの1対1の通信に一時的に切り替え、淡々とした態度で答える。
「強い力でぶつければ、そのフィルタリングってので全部取り除けるわけじゃない、かもしれないし……何より」
そこで一度口をつぐんだ飛鳥は、言葉を選ぶような素振りの後、首を横に振りつつ続けた。
「さっきからインターンと戦ってる間に、何度か声みたいなものが聞こえたんだ。気のせいかもしれないけど、たぶん違う」
『声……? どういうことだ?』
「愛の声、思念波ってやつだと思う。乱れを増幅してるって言ってたから、それで聞こえたのかも。でもアストラルに、今のインターンみたいに思念波をやり取りする機能は後付けされていない。だとすれば……」
『アークの標準機能……? 僕らの知らないものか』
アーク研究は、今に至ってなお若い。発展以前に、理解だって完全ではない。そういったことがあってもおかしくはないという判断だった。
飛鳥は首肯して、こう続ける。
「ヤタガラス側のじゃなくて、アークの機能の方なら、声が届く可能性はある。アーク波の出力勝負になるなら、バースト・ドライブだってある。一か八か、ここに掛ける!」
低空飛行から一転、アストラルが上空に躍り出る。
「こっちだ、愛!」
周辺に攻撃をばらまいていたインターンが、素早くアストラルへと目を向ける。
『注意を引くならこっちに任せてくれても……』
「全火力が向いたらさすがに無理だろ、あとで引き継いでくれ! 一旦は俺が!」
飛鳥の意図を汲んで、隼斗は機体の速度を落とした。極力目立たないようにしつつ、後退時に通ったルートをトレースし、木々の合間を縫ってインターンの元へと急ぐ。
対してアストラルは愛の注意をバーニングから逸らすべく、一度高く上昇してから、音速を超える速度でインターンへとまっすぐに突撃した。
インターン本体に先行して、5基のヤタガラスが一斉にアストラルの方を向く。
個々が僅かにずれたタイミングで、迫るアストラルに向けホーミングビームを発射した。
20の閃光が空を裂く。絶大な物量だが、それだけに注意を奪われてはならない。最大火力は、インターン本体からの攻撃だ。
大きく広がる形で放たれるホーミングビームは、全方位を覆うように襲い掛かるが、発射からすぐのタイミングに限っていえば、確実に正面と後ろに空間がある。
退けば前と上下左右が塞がれるため逃げの一手になってしまうが、進むと決めれば道は開けている。
それはまるで、見え透いた罠のよう。
しかしリスクを承知で挑むのならば、罠から餌を掠め取るまでだ。
視界の端を埋める薄紅の残光を振り払い、アストラルは一息に踏み込んだ。
視界が開けたかに見えた。
だがその直後、動きを止めていたインターンの肩口から、唐突に6条の閃光が放たれた。
ヤタガラスのそれとは違い、真正面からアストラルを射抜くべく、高速のホーミングビームが殺到する。
後方からは、やはりヤタガラスからの攻撃が追っていた。
停止、後退。そんな安直な選択肢は残っていなかった。
「くっ――――、っおおおおおおおおおおお!」
水切りの石が水面を跳ねるような軌道で、アストラルの飛行軌道を強引に捻じ曲げる。
迫るホーミングビームを眼前まで引き付けてから、機体が通常推進で出せる限界の機動で紙一重の回避を行った。
予備動作なく繰り出した超絶機動にも、ホーミングビームは対応してくる。だが下方から抉りこむような突進でも、それ以上に無茶苦茶なアストラルの動きをとらえきれず、腹部と足先を立て続けに掠めた後、上方へと飛び出した。
6条の閃光はその先端が空を仰いだ瞬間、獰猛な蛇のようにのたくると、絡み合いながらも一斉に後方からアストラルへと食らいついた。
だがその強引な動作は制御の限界を超えていたのだろう。対象を追尾しながらも、接触し合うことを避けていたはずのホーミングビーム同士が、互いに衝突した。
浅い角度ながらも、接触点からは強い斥力場が発生する。弾かれた2条の光線は自らの制御を失い、その後ろに続いていた、ヤタガラスからのホーミングビームに連鎖的にぶつかり合った。
耳を乾いた炸裂音が響き、後方から迫っていた計26の光線の内、瞬く間に6つが消え去った。
「へっ、運は味方か!」
未だ20の光線に追い立てられるアストラルだが、状況の切迫度は明確に切り替わっていた。
アストラルは速度をそのまま、背面飛行に切り替えると、上体を起こしてフォトンライフルを構えた。
間髪入れずに、2つの重光子銃が怒涛の勢いで光弾を発射した。
重光子弾の大群が、直線的に迫るホーミングビームに真正面から殺到する。正確な狙いの攻撃ではないが、数が膨大だ。たとえ目の粗い網であっても、幾重にも放てば、獲物の全てがすり抜けることなどありえない。
桜色の光の束と、空色の光のシャワーが正面から交錯する。
乾いた炸裂音が、今度は立て続けに鳴り響いた。
重光子同士の炸裂光の残像が消えたとき、そこには残数12となったホーミングビームだけが残っていた。
その凄まじい迎撃を前に、インターンがアストラルを明確に脅威と認識した。
両腕がアストラルへと向けられ、紅色の閃光が噴出した。
低出力の単発撃ちだが、それでも直撃を受ければただでは済まない。
そんな危険な攻撃を、飛鳥はあえて見切ることを選択した。
直撃の寸前で身をひねり、紙一重で回避する。アストラルの装甲を掠めた紅色の重光子ビームが、雨粒のカーテンを空の果てまで引き裂いていく。
直後に次の攻撃が襲い掛かる。
アストラルの回避方向を狙った攻撃。逆側の腕部から放たれたのは、今度こそ高出力の照射ビームだった。
狙いの正確さはこれまでのやりとりで嫌というほど実感している。先んじて射線から逃れても、捉えられる。そこまで読んで、飛鳥は限界まで攻撃を見極めた。
発射の直前から着弾までの、制御の効かないごくわずかな時間。全ての集中力をそこに注ぎ、飛鳥は機体を一気に翻した。
もはやエビ反りという勢いで上半身を跳ね上げ、続けざまに足を跳ね上げる。激しい縦の動きで反転した直後に、ビームブースターを瞬間的に噴射し加速した。
アークにおける急所であるコアを、深紅のビームがかすめる。
外したと見るや、インターンは腕を振ってビームをアストラルに向け薙ぎ払った。
だが発射反動を抑え込みながらの照射では、振り回しの速度は遅い。
アストラルはその強引な機動で一度回避を行い、流れるような動きで後方へと加速している。インターンの想像の外の動きは、追い立てるビームの薙ぎ払いをも振り切って見せた。
『ほう……』
見事な機体制御に、地上の隼斗が思わず感嘆のため息をつくが、それで終わりではない。切り返した先には、ホーミングビームが束となって迫っている。
渦巻く閃光は花開くように拡散し、八方よりアストラルを取り囲んだ。
全方位に、強力な攻撃が迫っていた。逃げる余地はない。どれか一つでも当たれば、残りの全てがアストラルを打ち抜くだろう。
噴出する害意はもはや殺意に近く、アストラルを、あるいは飛鳥を圧殺せんとするほどに重く、分厚い。
だがそれも、そうこの絶体絶命の状況さえ、飛鳥は織り込み済みだった。
(ここだ――)
必要なのは打開の切り札。そしてそのカードを最適の状況で切る勇気。
覚悟を、彼はこの土壇場で貫いた。
「全感覚神経、接続レベル最大ッ!!」
宣言に、アークが応える。
直後、世界が瞬いた。
「――――――――ッ!?」
――ドクン、と心臓が高鳴った。脈動に押し流された血液が全身に巡り、煮えたぎる血流に全身の細胞が励起する。精神が覚醒し、神経が震え、電気信号が濁流となって、地を這う雷撃の如くつま先から頭の先までを貫いた。
――脳が爆発し、閉じ込められていた世界が拡散する。センサーとケーブルによって、神経を通し頭に描かれていた電子の空間が、ガラスを砕いたように炸裂した。
荒唐無稽な言葉があふれる。しかしそうとしか言えない何かが、飛鳥の身体を駆け巡った。
そして、目覚める。
激しい風が肌を撫でた。全身を打つ雨粒は痛いほどに冷たく、しかし身体を流れる熱が、凍てつく肌を内から焼いていた。
胸の中心に炎が灯っていた。そこからあふれ出し、身体中を巡り力となる、熱と光と、そして不可視の莫大なエネルギー。増幅され、全身を満たし、周囲にまで溢れだすそれは、生命の根源がもたらす律動だ。
飛鳥という人間が生み出し、そしてアストラルという機体が力とする、唯一無二の波動。
それはアーク波と、彼らがそう呼ぶ、未だ知れぬエネルギー。
直接知覚することのできないはずのその力を、飛鳥はこのとき、確かに感じ取っていた。
そして、全てが収束する。
飛鳥という、一つの中に。
彼の内に巻き起こったすべての現象は、心臓の一鼓動する刹那に起こったことだ。
「これは…………」
誇張なく、世界が数千倍の厚みを持ったように感じられた。
それは途方もなく広く、それでいて遠く果てまで手に取るように見える、あまりにも大きな――――
『アスカ君ッ!!』
「……っ!」
遥の声が闇に向かいかけた精神を呼び戻す。飛鳥の意識が、内側から、一気に周囲空間に展開された。
(見える――――!!)
時が止まったような感覚の中で、飛鳥は周囲の全てに瞬間的に集中を向ける。
一瞬前までは、周囲を覆う大量の攻撃、という認識だった。
それが今は一筋ごとの閃光から、大きさ、距離、速度、威力、その他目に見える全てと、肌で感じられる全ての情報をつぶさに感じ取ることができた。
弾幕ではなく、弾丸の集まり。
そう見えたとき、活路は既に開いていた。
「――――ふっ」
覚悟はとうに済んでいる。奮い立たせるための咆哮はいらない。
ただ瞬間的に、集中を高めるための呼吸。
迫る閃光の只中に、飛鳥は、アストラルは、真っすぐに突撃した。
「――――セァッ!!」
一気に収束し、アストラルを覆いつぶそうとす12のホーミングビーム。
重光子が構成する光線は、特有の斥力場を持つ。それは大気にわずかな揺らぎを生み出し、気流が膜のように光を覆っている。それらが気流のゆがみを生み、肌に触れる感覚から逆算して、全ての光線の位置と速度ベクトルをリアルタイムに弾き出していく。
その感触を頼りに、ただその場の感覚だけに任せ、飛鳥は怒涛の攻撃をまとめて捌いた。
傍目には、アストラルはただ一度身をひねっただけで、眼前を埋め尽くす攻撃を真正面から突っ切ったように見えただろう。
しかし実際は、僅か1秒にも満たない刹那に、アストラルは食らいつく12の閃光を、それぞれ一つずつ回避していた。
アストラルと全てのホーミングビームが一斉にすれ違った。
「抜けたっ!」
飛鳥が歓喜の声を上げると同時に、後方から迫っていたインターン本体の砲撃へと、直前にすれ違ったホーミングビームがまとめて突っ込んだ。
まさか正面突破など、想像だにしていなかったのだろう。
標的を見失ったホーミングビームは呆けたように直進し、前方から迫る赤い光の柱へと向かう。
そうと見えても、インターンは即座に攻撃を止めることはできない。
砲撃を止めようとする間もなく、ホーミングビームが飲み込まれた。深紅の光の中で、薄紅の光が断続的に爆ぜる。
直後に、照射されていた重光子ビームが霞むように消えた。
アストラルを襲う驚異が、その瞬間にすべて消滅したのだ。
「よしっ――――」
ホーミングビームと照射ビームをまとめて回避するところまでは計算通り、全て消してしまうのは、降って沸いた幸運だった。
やはり運は今、飛鳥達に味方している。
好機を逃すまいと、飛鳥は機体を翻し、手近なヤタガラスへ向け素早く加速した。
しかしインターンも黙っているわけではない。照射ビームを撃たなかった側の腕から、単発の砲撃を連続して発射した。
放たれるたび空気が震え、天から降り注ぐ嵐が空へ向けて弾き返される。
そのことごとくを、アストラルはひらりひらりと舞うように、容易く回避してのけた。
これまでは僅かにあった、後付けに最適化された、機械らしいぎこちなさのある動きが、より生物じみた、滑らかな動きに変化していた。
感覚の接続レベルを高めた結果だ。
まるで骨がフレームと、筋肉がアクチュエータと、肌が装甲と、血管がエネルギーラインと、神経がケーブルと混じり合ったかのような感覚。
細胞レベルまで機体と同化したかのように、感覚も、動作も、それまでとは別次元の領域へと到達していた。
感知性能、制御レスポンス、その他すべてが大幅に引き上げられ、多少の出力向上を伴ってアストラルの性能を底上げしていた。
『これほどとは……恐ろしいな……』
上空のアストラルを見上げて、隼斗は今一度感嘆の声を上げた。
『隼斗、止まらないで、今よ!』
足を止めかけたバーニングに気づいて、遥がすぐに呼びかけた。
『っと、呆けている場合ではなかったか!』
慌ててクローラーをフル回転させ、木々を薙ぎ払いつつ加速するバーニング。
『アスカ君、一旦速度を落として、バーニングに先行させて。隼斗はできるだけ派手に、インターンに近づいて。注意を引くのよ!』
『遥さん!?』
飛鳥が驚いた様子で声を上げるが、遥はそれには取り合わず、矢継ぎ早に指示を飛ばした。
『ヤタガラスの攻撃サイクルからしてここは間に合わない。バーニングが一度引き受けて、アスカ君はそのあとに仕掛けるの』
『それなら、これで行くか……!』
隼斗が言うなり、バーニングのバックパックの迫撃砲が駆動し、角度を変える。
砲身が静止するなり、間髪入れずに砲弾を発射した。
続けざまに、両腕のショートカノンを交互に連射し、前方を遮る木々を片端から薙ぎ払い、突き進む。
進撃するバーニングの前方で、曲射弾が弧を描き、重力に引かれて落下する。
着弾点にはヤタガラスの姿があった。
『当たる…………必要はない。だが無視はできないだろう!』
空中で静止し、上空のアストラルへとぴたりと向きを合わせていたヤタガラスが、弾かれたように旋回した。
直後、壮絶な爆音が響き、ヤタガラスの一つが泥の噴火に覆われる。
『さあ、来い!』
バーニングは前進から一転、ガトリングを装備した腕を前に突き出し、一気に後退を始めた。
前方に泥をまき散らしながら前進と同じ速度で後退するバーニングの眼前で、薄紅の光が一斉に瞬いた。
『今よ、アスカ君!』
遥の叱咤に、飛鳥は間髪入れずに答える。
「はいっ! 頼むぞ、隼斗ッ!」
『応とも!』
隼斗の返答を待つ間もなく、アストラルはブースターを煌めかせ、上空から突撃する。
ヤタガラスの注意は全てバーニングに向いている。
もはや遮るものはないかに思われたが、手近なヤタガラスへと肉薄する寸前、インターンの視線がアストラルを射抜いた。
「…………愛ッ!」
増幅された害意を跳ね除けるように、飛鳥も真っすぐに愛を見据え、名を呼ぶ。
応じる声は、肩口から噴き出す閃光だった。
攻撃であることは間違いない。だがそれは、まるで助けを乞うために精一杯伸ばされる手のように見えて――――。
「すぐに、助ける!」
ぎりぎりまで引き寄せたホーミングビームを紙一重で躱し、アストラルは一気に踏み込む。
フォトンライフルを構え、最短距離にあるヤタガラスに狙いをつけ、素早く発射する。
バーニングに注意を向けているはずのヤタガラスだったが、攻撃には敏感に反応し、僅かな動きで光弾を回避した。
「チッ、なら!」
『突っ込んで!』
アストラルは素早くフォトンブレードへと持ち替えると、使わず抱えたビームブースターをここぞとばかりに全力で噴射し、最大の加速でもってヤタガラスへ突進する。
「そのつもり!」
ヤタガラスは回避こそすれど、反撃はしてこない。インターンもホーミングビーム以上の攻撃をできるほどエネルギーの余剰はなく、降下するアストラルを前に静止していた。
ソニックブームを身に纏い、アストラルは空色の光刃を激しく振り回しながら、ヤタガラスと交錯した。
青い残光が稲妻の如く大地を撃ち、地鳴りの直後に、着弾点が爆発した。
爆風を背に浴びつつも、アストラルは両手足を駆使して前転の要領で着地。
衝撃を多段に地面に吸収させることで、飛鳥は機体に負荷の無い着地をしてみせた。
「よし、もう一つ!」
『まだ4つある、気を抜かないで!』
泉美が遥からマイクを奪い取るようにし、安堵する飛鳥を叱咤する。
数が減るほど性能が高まる、その可能性を示唆したのは泉美だ。そしてその懸念は当たっていた。
真っ二つになって爆散したヤタガラスの破片が、大地に降り注ぐ。同時に、さらなる重圧が吹き荒れた。
インターンを中心に、ヤタガラスへと伝播し、共鳴、共振する力の波動。
それは底冷えするような感情の嵐となって、すぐ近くにいた飛鳥の全身に襲い掛かった。
「っ……」
湧き上がる恐怖を押し留め、飛鳥は立ち上がり、インターンを、愛を正面から見据える。
直後だった。
それは、なんの前触れもなく。
――――助けて




