3章『地上のオーロラ』:5
『この出力、アストラルの最大値と遜色の無いレベル……。いくら何でも、これはおかしいわ……』
独り言のようなつぶやきは、遥の声だ。
彼女は飛鳥達の機体から送られる映像その他のデータを参照して、瞑目したままキッと眉を寄せた。
そうして遥は、やにわに立ちあがりこう言った。
『二人とも、一度インターンから距離を取って』
『……なぜです?』
一瞬たりともインターンから注意を逸らすことなく、強く緊張をにじませる声で隼斗が尋ねた。
『鞍馬に確かめなきゃいけないことがあるの。向こうの応対を待っていられない。ごめんなさい、少し席を外すわ!』
通信の向こうからガタッという音の後、慌ただしい足音が聞こえたが、それきり声は聞こえなくなる。ただマイクの電源は入れっぱなしになっているのか、雑音交じりの喧騒は聞こえていた。
「席外すっつったって……」
『やることが変わるわけでもない。というより、待ってはくれなさそうだ。気を逸らすなよアスカ!』
そう言うなり、バーニングは一気に後方へ加速を始めた。直後にインターン側も動き始める。
アストラルと横並びになる位置にバーニングがやってくるのと同じタイミングで、地上付近に滞空していたヤタガラスが、一斉にふわりと浮き上がった。
「来るぞッ!」
上空高くに浮かび上がったヤタガラスから、計20のホーミングビームが放たれた。
『撃ち落とす!』
バーニングが即座にガトリングを起動し、間髪入れずに撃ち始める。
各弾の精度は高くはないが、弾幕と呼ぶにふさわしい圧倒的な数の弾丸は、ホーミングビームの射線を覆い尽くすように殺到する。
『アスカ、攻めには回るな。会長の言っていることが気になる』
「なら迎撃を手伝う。距離を開ければ攻撃が止まるかは……、いや時間は稼ぎやすいか」
続いて、アストラルもフォトンライフルを前に向け、後退しつつホーミングビームへと発射していく。
『インターンからの攻撃には気を付けろ!』
「こっちのセリフだ。目を引く、今のうちに下がれ!」
絶え間ない射撃の連打で、残るホーミングビームは5つも無い。迎撃をバーニングに任せ、アストラルは瞬間的に前に躍り出た。
『無茶はするな!』
隼斗が慌てて声をかけるが、飛鳥は落ち着いてインターンを見据えていた。
障害物越しに狙い撃つつもりだったのか、片腕に装備された重光子砲をまっすぐ前に向けていたインターンが、アストラルを見据える。
「ふっ!」
素早く身を翻して、巨大な赤い閃光を回避する。照射ビームの速度は早いが、砲口から目を離さなければ発射の直後に射線から逃れることで回避は可能だ。
避けた方向に再度放たれた砲撃を紙一重で避け、アストラルは宙返りをするようなモーションで大きく後退した。
続いて放たれるのは、本体からのホーミングビームだ。
『アスカ、入れ替われ! 引き受ける!』
「頼んだ!」
アストラルは後方に加速しつつ、大雑把にフォトンライフルを打ち込む。狙いはホーミングビームではなく、ヤタガラスの一つだ。
あわよくばと思っての攻撃だが、予想通り当たらない。特に悔しがることもなく、バーニングを追い越した。
バーニングはヤタガラスからのホーミングビームを全て撃ち落として、流れるように動きで、さらに続くインターンからのホーミングビームへの迎撃にシフトする。
ホーミングビームの狙いはアストラルだが、アストラルはちょうどバーニングの後方上部に控えている。そちらを狙い突き進む閃光を、ガトリングの銃弾が片端から叩き潰した。
ひとまず木々に隠れてインターンが見えないところまで来ると、二機はそこで身を隠した。
意味もなく思わず息をひそめたところで、通信越しにノイズ掛かった声が聞こえた。
『……ったく、こんな時に、ほんとツイてないんだからっ…………』
遥の切り忘れたマイクが拾った音だろうが、どうやら独り言らしい。
何事かと思っているうちに、ガタゴトという耳障りな音が響いた。
『メンテナンスって、タイミング悪いったら……。あー、二人とも、聞こえる?』
「泉美か?」
飛鳥が尋ねると、マイクに視線を向けてから泉美は頷いた。
『そう。そっち、鞍馬のアークが暴走してるんだって?』
「ああ、インターンな。今止めようとしてるんだが、なかなかどうも上手くいかない」
『まぁ遠隔砲台が6基、今は5基か、もあったらそうなるわよね』
事前にある程度事情を聴いていたのか、泉美のリアクションは流れるようにスムーズだ。
「つか、なんでお前が? こっち来るのか?」
『商店街でアンタ見かけてね。用事済ませて来たらこれよ。……それと私も協力したいけど、ごめん、ホライゾンがメンテンスとかでバックパックと武装がバラバラ。行けそうにないわ』
「……ま、そううまくはいかねーか」
飛鳥が自嘲気味に口の端を釣り上げている間に、隼斗が話を引き継いだ。
『戦力はこちらにいる僕らで何とかするつもりだったから、構わない、残念ではあるが……。ところで会長は見かけなかったか?』
『見たよ、っていうか今そこで電話を……。あ、ちょうど終わったみたい』
なにやら2,3言交わす声に続いて、ヘッドセットを付け直した遥のため息が聞こえる。
『チッ…………、ああ、ごめんなさい。今は……、攻撃は止まっているみたいね』
「えっ……?」
思わず耳を疑ったが、響いたリップ音は確かに舌打ちだったろう。遥がこうまではっきりと苛立ちを表に出すことはまずない。モニタの端に映し出された隼斗も、目を丸くしていた。
遥はもう一度深くため息を吐くと、前髪をかき上げてからヘッドセットに手を当てて続けた。
『意図はともかく、どうやらアスカ君の判断は正解だったみたい』
「俺の判断……って?」
『…………っ、まさか!?』
飛鳥は首を傾げたが、口をつぐんだ隼斗は、直後に何かに気付いた様子で声を荒げた。
遥は皺の寄ったきり、もとに戻らない眉間を指で揉みながら、重苦しい口調で続ける。
『ジェネレーターの出力が大きすぎる。インターンはもとから高出力な機体だけれど、愛はまだ適合レベルで言えばB。なのにアストラルの平均値と匹敵する出力は異常だと思って、詰め寄ったら……、出てきたのよ』
遥はそこで一度言葉を切り、眼前に並んだモニタを睨みつけてこう言った。
『システム外ハックによる思考補助システムのリミット欺瞞、加えて全感覚神経接続レベル最大。……もちろん痛覚もね。これがあの異常な出力の要因よ』
『は、はぁっ!?』
『くっ、そういうことか……ッ!』
思わず素っ頓狂な声を上げた泉美と、苦虫を噛み潰したような表情になる隼斗。対して飛鳥は言葉のニュアンスからのっぴきならない状況を感じ取ってはいても、理解には至らない。
「ちょ、ど、どういうことだよ!」
『クッソ、……あぁ、そうか。アスカは痛覚レベルは4までしか経験がなかったんだったか。5が最大なんだが、あれはいろいろと無茶苦茶でな。本郷は、経験があるのか?』
『あたしはやったことあるけどね。……正直思いだしたくない』
思い切り顔をしかめる泉美に、飛鳥は怪訝な表情を浮かべてしまう。
そんな飛鳥をモニタ越しに見つめて、泉美は額を抑えながら言った。
『感覚接続レベルは上げておけば機体のレスポンスが上がるし、同期性が向上する関係でジェネレーターの出力も上がるから、その条件で一度模擬戦をやったんだけど……。言葉ではうまく言えないけど、それこそ手足を引きちぎるような……。単なる事実としてなら2発ぐらいの被弾で、吐いて失神したわ、あたしの場合』
「失神って……」
絶句する飛鳥。
痛覚のリンクであればレベル4までは経験のある飛鳥だが、それでも想像の及ばない話だ。しかも、現状はそれでとどまらない。
『加えて言うなら、最悪パイロットの失神で機体が止まれば、……というわけにもいかないだろう』
隼斗が下唇を噛んでつぶやくと、遥は重くうなずいた。
『思考補助システムは、パイロットが戦闘中に意識を喪失しないように保つ役目もある。通常なら、一瞬意識が朦朧とすることを防ぐとかね。だから本来はパイロットに危険が及ぶレベルの干渉は無いのだけれど、今はシステム外の制御でリミッターを無効化されている状態だから、どんなに過剰な負荷であっても、パイロットの意識を保つ方向に動くはず。下手をしたら、ダメージのフィードバックでパイロットがショック死しかねないのよ……!』
「なっ…………!?」
先ほどとは比較にならない衝撃を受け、飛鳥の頭は今度こそ真っ白になる。
遥は憤りを隠しきれない様子で、うつむき加減に再び深く息を吐いた。隼斗も同じように、顔を伏せ、額に手を当てた。
『そこまでか……。いよいよ難しくなってきた。しかし、なぜそんな無茶を?』
『ヤタガラス自体が本体からの指示に制御を完全に依存しているから、負担はすべてパイロットに向かう。それを補助するためなんでしょうけど、もとより通常で制御しきれない数を同時に動かそうというのが間違いなのよ。どこかに無理が出るに決まっているのに、考えが甘すぎる……!』
テーブルの上に乗せた拳を強く握って、遥は吐き捨てるようにそう言った。
不運だったのもあるだろう。
現実に暴走という事態が起こってみれば、杜撰な点はいくつも見つかるが、暴走が起こらなかったと仮定すれば、個々の条件には無理こそあれど異常な点自体はない。
ただ最悪の事態を想定していれば、明らかに避けるべき内容がいくつもある。浅慮と言われても仕方がないだろう。
「……………………」
沈黙したまま俯いた飛鳥の口元から、歯の軋む音が鳴る。
言いしれない激情が彼の胸中に渦巻いていた。それは無茶な実験を強行した鞍馬に対する怒りであり、同時に、やはり事前に食い止めることのできなかった自身を不甲斐なく思う感情でもあった。
伏せていた顔を上げ、アストラルはまっすぐにインターンを見据えた。
『アスカ』
「……止める」
『どうやってだ』
「要はインターン本体に攻撃をしなきゃいいんだろ。これまでと同じだ。さっさと終わらせる。……ダメージのフィードバックとかを差っ引いても、今の状態、愛に負担がないわけないんだ」
飛鳥の言に、隼斗は額を押さえて深くため息を吐いた。
飛鳥は語気こそ落ち着いていたが、内心の怒りは口調の荒さにはっきりと表れていた。そんな彼を諭すように、泉美は遥の眼前から一枚書類を拾い上げつつ、こう呟いた。
『同じ……。でも、そううまくいかないんじゃない、これ』
一度そこで言葉を切ってから、泉美は淡々と続ける。
『制御系の無理でどれだけ強化してるかにもよるけど、もともとの性能ならヤタガラスをまともに制御できるのはせいぜい2基が限界よ。6基から減って今は5基、だいぶ動きは良くなったみたいだけど、たぶんそれでも100%の性能じゃない』
『……破壊すればしただけ、残ったヤタガラスの制御性が向上する、か』
『一度の攻撃での弾数が減るとはいっても、攻撃サイクルが早くなったら同じことだし、今はロクに回避行動を取っていないでしょうけど、いつまでそれが続くかもわからない。そもそも、ヤタガラスを全部落としたからって、確実に暴走が止まるかどうかも……。ねぇアスカ、……簡単にはいかないよ』
泉美の口ぶりはどこか他人事のようだが、焦るのは危険だと言い聞かせるようでもあり、飛鳥達を案じている内心を、言外に告げていた。
それがわかるからこそ、飛鳥にも反論はできなかった。ただ無理だと決めつけられるなら反発もしただろうが、根っこにある善意ごと否定できるものではなかった。
ただその沈黙の中で、飛鳥の脳裏には一つの考えが浮かんでいた。
飛鳥は歯噛みして、絞り出すような声で呟いた。
「でもやるしかない」
結局のところ、それは揺るがない答えだった。
「簡単じゃないのはわかってる。じゃあ難しいからやめるとして、それでどうなる? ……どうにもならないだろ。だから、何とかするのは俺たちだ。俺達で愛を助ける。危険は承知だ、でも……」
『やるしかない、か……。なら方法を考えよう』
拳を握り、唇を噛み締めた飛鳥の言葉を、隼斗が引き継いだ。
落ち着いた声音は呆れの色を孕んでいたが、同時に楽しげな様子もあった。
飛鳥ならそう言うだろうと、予想通りで、期待通りの答えだったからだ。
男二人の割り切りは早かった。というより、どちらも初めから答えは決まっていたようなもので、泉美は二人の言葉の途中で肩をすくめ、隣で椅子に座る遥を見やった。
泉美と視線を交わした遥は困り顔を浮かべていたが、やがて意を決して、おもむろに口を開いた。
『暴走の原因から考えて、ヤタガラスを全基破壊すれば思念波のフィードバックを止められるから、暴走が治まる可能性は高い。でも、確実じゃないの。暴走は機械的、電子的なものではなく直接的にはパイロットの精神状態に起因しているから、発生原因を取り除いても、暴走自体が止まるとは限らない。だから確実なのは愛自身の精神状態に直接アプローチをかけて、正常に戻すことと、暴走につながるヤタガラスとの思念波交信を遮断することを同時に行う。これは破壊でもいい。問題は……』
『如月さんに、声が届くかどうか……』
隼斗が唇を噛んで考え込むように顔を伏せたとき、雨音に交じって、低い地鳴りが聞こえた。
インターンの攻撃だろう。
「こっちに来てる、わけじゃないか」
『標的がいなくなれば周囲の破壊を始める……。二人が到着する前はずっと周辺を無差別に攻撃していたみたい。刺激しなければ止まるというわけではないから、静観していても解決しないというのは確かに正しいわ』
遥はそう言うが、あらかじめ判っていたその事実を、伝えずに黙っていたのも彼女だ。
飛鳥達の性格は判っているのだから、伝えればどういう反応をするのかも同様だった。究極的には暴走したインターンを残して離脱する選択を取らねばならない状況もあり得る。その選択を阻害する情報は取り除いておかなければならなかった。
遥にとって飛鳥達は間違いなく仲間ではあるが、愛がそうでないということではない。けれど彼女の立場であれば守るべきは飛鳥達であり、だからこの場で一番苦悩しているのは、あるいは遥なのかもしれなかった。
飛鳥は一考して、おもむろに口を開いた。
「行こう、隼斗」
『何か、方法が思いついたのか?』
隼斗の問いに、飛鳥は曖昧ながらも首肯して見せた。
「……ヤタガラスとのやり取りはアーク波なんだろ? 本体からの指示だけじゃなくて、ヤタガラスからの情報のフィードバックも同じなら、本体に対してもアーク波が飛んでるはずだ。受信する機能があるなら、そこに割り込めば、声を届けることができるかもしれない」
『確かに電波通信なら、既に妨害して止められていないとおかしい……。そう考えれば、なるほど、一理ある』
『ちょ、ちょっと待って! でもヤタガラスとの通信に割り込むってことは、それだけインターンに近づくってことでしょ? 危険じゃない!』
二人の会話を聞いていた泉美が、慌てた様子でマイクに声を投げかけた。
泉美の懸念するようなことは、言われるまでもなく飛鳥も自覚していた。
数瞬の沈黙の後、飛鳥はおもむろに口を開いた。
「……。泉美、確か機体の感覚接続の強度を上げたら、レスポンスが向上するんだったよな?」
『そうだけど……って、あんたまさか!?』
飛鳥の意図に気付いた泉美は途端に声を荒げた。視界のウィンドウに映る隼斗や遥も目を見開いていた。それでも、飛鳥は取り乱す様子もなく答える。
「いよいよってんなら、そうする。機体の動きが良くなれば対処もしやすいし、結果的に被弾を減らすことにもなるはずだ。機体が動かなくなる前に、なんとしてでもインターンの暴走を止めなきゃならないんだ。だから……」
『ダメよ! あれはあんたが考えてるほど甘くない! 疑似痛覚だってわかってても、耐えられるようなものじゃないのッ! あんたの身に危険があるのよ!?』
「甘く考えてなんてない。ただ、愛を撃つわけにはいかないんだ! だから、自分が身を切る覚悟をしてる!!」
飛鳥の声はもはや怒声だった。
この期に及んで自分可愛さに逃げを選ぶなど、無様にもほどがある。そんな選択をしてたまるかと、腹の底から吐き出した大声で、心の奥に巣食う恐怖を蹴散らした。
拳を握り、前を見据える。
一度深呼吸をした後に、もう震えは残っていなかった。
そして奮い立たせられたのは、飛鳥自身だけではなかった。
『会長、許可を』
『久坂、あんたまで!』
泉美は必死で止めようとするが、二人の決意は僅かも揺らぐことはない。
沈黙の中で、遥は両の拳を強く握る。歯を食いしばり苦し気に俯いていた彼女は、やがて重い口を開いた。
『無茶は、しちゃだめよ』
「……無茶は、たぶんします」
遥は言葉を詰まらせると、下唇を噛んで、唾を飛ばす勢いで口を開いた。
『だったら、だったら無事に戻ってきなさい! せめてそれだけは今ここで約束して! わかった!?』
否定する飛鳥の言葉に、遥もついに感情を爆発させた。
本当ならそんな選択を取らせるわけにはいかない。だが二人の決意を、遥は尊重したのだ。
アストラルとバーニングが、どちらともなく視線を交わす。
「了解!」『了解!』
重なる二人の言葉と共に、二機が一斉に動き出した。




