3章『地上のオーロラ』:3
形状は正八面体の本体に、上部から一対の巨大な翼が広がっている。
翼はあくまでも、見た目での形状に過ぎない。その場でぴたりと浮遊する装置に、揚力など働きようもない。さらには推進器が付いているわけでもない以上、役割は全く別のものだろう。
装置の下部からはブースターのノズルが延び、そのほかには3つの棒状のアンテナが放射状に延びており、まるでそれが足のように見える。
濡羽色に染まり、2つの羽を広げ、3つの足を伸ばして宙に浮かぶ姿は、なるほど確かに神話にある八咫烏を彷彿とさせる。
だがそのような神秘的な雰囲気だけは、全くと言っていいほど感じられない。
それどころか、歪みのない直線で構成された正八面体の本体が醸す無機質さと、インターンのそれを媒介するかのような生々しい殺気が一つに重なり、酷く不気味な気配となっていた。
大きさとしては、3~4m程だ。そう書くとあまり大きくは見えないかもしれないが、アークそれ自体の全高が8m程度であることを考えれば、その半分。単一の飛行ユニットとしては、巨大と言って差し支えの無いものだ。
それらが、6基。
一か所に集まっているわけではないとはいえ、身を打つ威圧感は壮絶なものだった。
隣の隼斗と比べても殊更強くその感覚を覚えているのか、飛鳥ははっきりと身を強張らせる。それはアストラルの動きにも表れるほどだった。
隼斗は飛鳥ほど委縮した様子はないものの、ヤタガラスが放つ強烈なプレッシャーを感じるのか、強張った声で尋ねた。
『何か、わかったんですか?』
緊張を孕んだ隼斗の問いかけに、遥もやや語気を強めて答える。
『今回の実験の内容、完全ではないけれどさっきまでである程度聞き出せたの。判然としないから伝えるべきか迷ったのだけれど、正直、そんな悠長なことを言っていられる状況でもないみたいだから』
『判然としない、とは?』
隼斗の追及に、遥は不満を隠そうともせず、彼女にしては珍しく小さく舌打ちをした。
『まだ何か隠しているような雰囲気。探りは続けているのだけど。とにかく、どこまで本当かわからない情報になるけれど、判っている範囲で伝えて、そちらで判断してもらうしかないわ』
苦々しい声音ながら、無駄なく事情を伝えてくる遥。憤りは覚えているようだが、飛鳥と違って頭はクールな様子だ。
『さんざん出し渋っていた情報を、今何とか聞き出しているところ。ひとまず、あのヤタガラスは、さっき言ったとおりの新造の装置で、遠隔制御の飛行砲台。武装としては……各基、高出力のホーミングビームが4門ずつ。インターンの装備と同系統だけれど、それよりは少し出力が低いみたい』
『それが各4……って、計24門も!?』
極めてシンプルな脅威に、隼斗は声を荒げる。だが、驚愕を飲み込んでいる暇はなかった。
飛鳥が、もはや悲鳴に近い声を上げた。
「隼斗、来るぞッ!!」
言った直後、無人島の上に浮かぶヤタガラスのうち、翼を一層大きく広げた2機が、正面から見える本体各面中央のくぼみに、怪しい光を蓄えていた。
内からあふれ出す薄紅の輝きは、グラスになみなみと注がれた水を連想させる。
それが、一気にあふれ出した。
『くっ、待ってもらえる状況ではなかったな』
放たれた計8条の閃光。それらは4条ごとに分かれ、アストラルとバーニングに襲い掛かる。
砲口はかなり大きいものの、光線一つはインターンに装備された肩部のホーミングビームよりは僅かに小さい。威力も多少は低いだろう。
しかしそれでも計8条だ。各々に向かう分はその半分としても、飛鳥にも、隼斗にも、片手間に対処している余裕はなかった。
高度を下げていたアストラルは、一気に急上昇。
射出直後のビームの速度が遅い時間を利用して、一息に距離を離した。
加速しつつ、アストラルをめがけて直進してくるホーミングビームの先端に、構えた2丁のフォトンライフルを向ける。
「さっきと同じなら……ッ!」
間髪入れずに引き金を引いた。
高速の青い光弾はまっすぐにホーミングビームに向かい、そして正面からぶつかり合った。
一瞬のせめぎ合い。
直後にぶつかり合った光弾と光線が弾け、その場に混じり合った紫の光をまき散らした。
「よし、行ける!」
激しく身をひねり、残る2条の閃光の隙間をすり抜けながら、アストラルは下方で木々に紛れようとするバーニングを見据えた。
「隼斗、撃ち落とせ! 直接ぶつければ……くぅっ! 潰すか、逸らすかはできる!」
言葉の途中で、鋭く弧を描いて食らいついてきたビームをフォトンブレードで叩き落とす。
眼下のバーニングが、僅かに視線を上げ、上空のアストラルを捉えたように見えた。
『実弾で同じことができればいいが……』
隼斗は木々に光線が阻まれることを期待して身を隠していたが、ただの樹木程度では最悪貫通される可能性もある。飛鳥のアドバイスを信じて、迎撃に切り替えた。
クローラーを一気に回転させ後方に加速しつつ、ガトリングの砲身を回転させる。
一度上空に上がって強引に距離を離していた光線が、蛇のように身を振り回しながら、しかし的確にバーニングへと襲い掛かる。
激しい雨に打たれ泥となった地面は、悪路という言葉ではぬるいほどの劣悪なコンディションだ。
それをバーニングはものともせず、履板を噛ませて深く轍を刻みながら、前方へとまっすぐに腕を向けた。
回転するガトリングの砲口から、嵐のように弾丸が飛び出した。腕部のみで反動を殺しきり、襲い来る光線を正確に狙い撃つ。
射撃をしていたのは1秒にも満たない。その間に放たれた砲弾の一部が、ホーミングビームと正面からぶつかり合う。
ガトリングの砲弾がホーミングビームを全て相殺した。乾いた炸裂音が多重に重なり、それは衝撃波となって降り注ぐ雨粒を弾き飛ばす。
白く視界を覆う雨のカーテンに、一瞬空間ごと抉り取ったような穴が開いた。
『何とかなった、か。しかし今ので2基……、あと4基、ついでにインターン本体まである。これは厳しいぞアスカ』
「……わかってる」
緊迫感を滲ませる隼斗の言葉に、飛鳥は苦々しくも同意せざるを得ない。
追撃が来ないことを確認して、アストラルはバーニングのもとに降下した。
『わかっている範囲で話していくけれど、聞く余裕はある……かしら?』
座標データか映像データあたりで飛鳥達の状況を確認しているらしい遥が、迷った様子でそう尋ねる。
インターンからの攻撃は、ごく限定的なものですら、片手間には対処できないほどに苛烈だ。実際のところ、こまごました情報を聞かされても、果たして正しく理解できるかは怪しいところだった。
「いや…………」
しかし、飛鳥はここで違和に気付いた。
インターンが動きを止めているのだ。
『インターンの動きが止まってる』
同じくそのことに気付いた隼斗が、怪訝な表情を浮かべて周囲を探っていた。
飛鳥は両者を隔てる木々に紛れながら、情報視界からインターンの行動を探る。
インターン自身は先ほどの位置から一歩も動くことなく、それどころか身じろぎ一つせず動きを止めている。それも不自然なことではあるが、その周囲に浮かぶヤタガラスの動きは一層異質なものだった。
予備動作もなく加速したと思ったら、途端に急制動をかけ、かと思えば細かく旋回をするなどだ。6基全てがそのような極めてランダムな動きをしている。まるで自らの動きが理解できず、混乱しもがいているようにも見えた。
(暴走、か)
その姿に言い知れぬ痛々しさを感じた飛鳥は、下唇を噛んで口を閉ざした。
『理由はともかく、話すなら、今のうちね』
飛鳥の様子には気付いていない様子で、遥は早口で告げる。
『鞍馬の今回の研究はヤタガラスの動作実験がメイン。ヤタガラスは見ての通りの見た目で、翼に見えるパーツはアーク波のリフレクター。インターンから放射されるエネルギーを受けて、内部に取り込むためのエネルギー供給ユニットよ』
『なら、そこを撃てば止まるということですか?』
『いいえ、可能性はあるけど。確実ではないわ。装置本体内にジェネレータを内蔵しているみたいで、ある程度は自己でリソースを賄っているみたいなの。飛行は内蔵の燃料を使ったプラズマブースターで行われているから、恐らく墜落もしない。攻撃の頻度を下げるのがせいぜいよ。あえてヤタガラスの機能停止を狙うなら、本体を破壊したほうがいいわ』
『そうなるとある程度の火力と、直撃させるだけの弾幕が必要になるか……』
今現在は暴走のせいか奇妙な動作をしているが、その動作も一つ一つの動きを切り取れば恐ろしい程に機敏だ。ただ撃てば当たる的などでは決してない。
『動きの無いインターンと、6基の飛行ユニットか……』
どちらを撃つべきかを考え始めた隼斗だったが、結論はつぶやきの途中で既に出ていた。そもそも、ヤタガラスを全て落としたところで、インターン本体からの攻撃が止まる保証もない。
だが隼斗は続きを言わなかった。
沈黙を続ける飛鳥が、他の可能性を探っていると感じていたからだ。
代わりに、遥により詳細な情報を求めた。
『それじゃあ、下部の足のようなパーツは何なんですか?』
『あれは足ではなくて、アンテナね。翼と同じアーク波を受けるパーツだけれど、役割が違う。こちらはインターンが放射するアーク波、つまり思念波から各基に対する動作命令を受け付けるものよ。思念波による直接制御のようだけど、一体どうやって作ったのやら……』
途中から独り言になりかけたところで、遥は被りを振って続けた。
『とにかく、こちらでヤタガラスの全制御を行なっているみたいだから、あのアンテナを壊せば、動作を止めるか、あるいは制御を失わせることができる可能性は高いわ』
『しかし、的が小さい。これなら火力が必要とはいえ、まだ本体を狙うほうが現実的か……』
そう呟いてはみても、ヤタガラスを落とすための具体的なプランまでは浮かばない。回避不能の飽和攻撃で叩き潰すこともできるだろうが、それができるのはバーニングだけだし、反撃への対応を並行して行える自信はなかった。
1機落とすのに致命的なダメージを受けているようでは暴走を止めるどころではない。
隼斗が考え込みかけたところで、インターンとヤタガラスに動きがあった。
「っ、これは……」
視線をそらさずインターンを凝視していた飛鳥が、一足先に反応した。
それまでランダムにふらふらと宙を泳いでいたヤタガラスの動きに、規則性が見え始める。加速と停止のタイミングが揃いだし、6基の停止のタイミングがぴたりと重なった瞬間、一斉にアストラル達の方向に向き直った。
「っ、来る――!」
『待ってくれているわけではないようだな。当たり前か!』
攻撃の予兆を感じ取り、二機は同時にその場から散会した。
直後、6基のヤタガラスの全砲門から、一斉に閃光が放たれた。
24の光線は各点から放射状に広がり、瞬く間に視界を格子状に切り裂いていく。一定の広がりを見せた後、またしても鋭く弧を描き、一気に軌道を変えた。
「な、どれがどっちにくる!?」
視界を切る大量のホーミングビームが、それぞれ全く別の軌道を描いている。光線であるがゆえに、どちらが前でどちらが後ろなのか、あるいはそもそもただの残像なのかさえ曖昧であり、回避軌道のイメージが浮かばない。
まっすぐ向かってくる光線は点に見え、向かってくる速度を即座には判断できない。
『ただ数が増えるだけでこうなるものか!?』
驚愕した様子ながら、隼斗は狼狽えることはしなかった。
『1,2発撃ち漏らしても、バーニングの耐久性ならば!』
一瞬向ける先を迷わせかけたガトリングを、まっすぐに構え、一見乱雑に弾をばらまく。だがそれらは光線それぞれの軌道をなぞるように放たれ、迫りくるホーミングビームに食らいついた。
一発一発を狙い撃つ感覚ではなく、弾の網を放り光線群を覆いつぶすやり方だ。
「軌道に被せる……そうか!」
大きく後退し距離を取っていたアストラル。コックピットの飛鳥はバーニングの動きから何かを閃いた様子で目を見開いた。
宙返りで機体の向きを変え、後方への速度を残したまま、視界のあちこちから迫りくるホーミングビームと相対した。
両手にはフォトンライフル。だがそちらは本命ではない。
後ろを向いていたビームブースターが半回転、上方を向いたかと思った直後、肩越しに前方へとむけられる。
「薙ぎ払う、ビームブースター!」
青の閃光があふれ出し、高速で前方へと放たれる。
飛鳥はその砲身を細かく制御し、重光子の放射軌道を迫るホーミングビームに被せていく。その間もフォトンライフルを絶えず連射し、迎撃に確立を最大限に高めていく。
「おおおおおおおおおお!」
雄たけびを上げてさらに迎撃を苛烈にし前方一体を光で薙ぎ払ったとき、迫る光線はすべて消え去っていた。
安堵の息を吐いた。だがその直後、遠方から鈍い炸裂音が聞こえた。
『ぐっ……!』
「隼斗!?」
『いや、撃ち漏らしが掠めただけだ。大したことはない』
僅かに苦し気な声音ながら、隼斗は気丈にもそう答えた。
突っ込んでも仕方がないと、飛鳥は隼斗のセリフをそのまま受け取った。
追撃がないのを確認してから、バーニングは一度大きく後退し、アストラルと連携が取れる位置までやってくる。
『重い攻撃の物量だが、なんとかさばけるレベルか。……しかし、これに加えてこちらから攻撃となると』
それが生半可ではないのは、今の攻撃だけで容易に理解できた。
ならば、別のアプローチは無いかと、隼斗は遥に尋ねる。
『会長。インターン側には、何か追加の装備はないんですか? 外部からハッキングなどで止められるような……。いや、それは都合がよすぎるか…………』
自分で言っていて馬鹿らしくなったのか、隼斗の言葉は尻すぼみに小さくなっていく。
通信越しの遥は、ゆっくりと首を横に振った。
『インターンに装備されているのは、アーク波の乱れを増幅して放出する装置。ヤタガラスへのエネルギー供給とヤタガラスの制御をまとめて行うもので、バックパックにある大型のユニットなのだけれど……。ジェネレータに直結しているから、機体ごと撃破するのと変わらないし、電子的なハッキングが通用するような代物でもないのよ』
『こう、面倒な……』
唇を噛んで、隼斗は言葉通り心底面倒くさそうにそう言う。対して、飛鳥の反応は違っていた。
「アーク波は、思念波で……、乱れを増幅…………?」
『アスカ?』
ぶつぶつと呟いていたのが聞こえていたのか、怪訝な表情を浮かべた隼斗が訪ねてくる。
飛鳥は瞑目すると、首を横に振った。
「いや、何でもない……」
そして閉じていた目を見開き、まっすぐに正面を見据えた。
「それより、隼斗。今程度の攻撃なら、なんとかできるはずだ。ごちゃごちゃ考える必要はねぇ、ヤタガラスを潰す」
強い意志を感じさせる飛鳥の言葉。
『……本気か?』
「そうじゃないと、インターンを止めてる余裕もない。火力自体は本体の方が上でも、ヤタガラスを全部落とせばできるアプローチもあるはずだ」
本気かと問う隼斗の意図に対し、飛鳥は「落とす」ではなく「止める」という言葉を使うことで、インターンに攻撃を加えない意思を言外に告げた。
通信越しに微かに聞こえた風のような音は、きっとため息だったのだろう。
バーニングが、アストラルを横目に見据える。
『算段があるのか?』
「一応な」
アストラルはゆっくりと掲げた腕を振り下ろし、フォトンブレードの刃を展開する。
スッ、と腰を落とす。
意図を組んだ隼斗が、バーニングの姿勢を低くさせる。
「合わせてくれ、行くぞ!」
『ああ、わかった』




