3章『地上のオーロラ』:1
テレポーターを使い、鞍馬が研究を行っているという、元は神原――現在は政府が所有している無人島から最も近い出撃拠点へ移動。そこから、飛鳥達は順次出撃した。
浮かぶ雲を一閃に引き裂きながら、アストラルとバーニングは並んで空を駆けていた。
「ああくそ、嫌な予感ばかり……!」
十分な高度を確保して飛行を始めるなり、飛鳥はすぐにそう悪態をついた。
情報の確定を待たずに出撃の準備をしていたとはいえ、それは念のため。嫌な予感など、当たらないほうが嬉しいに決まっているが、そんな期待の方は当たってはくれない。
暴走という情報自体は入ったが、混乱した鞍馬の通信を傍受して得た情報で、飛び交うのは実験の詳細を知っている者同士の報告や連絡で、それだけではディティールしか掴めない。
その上、エンペラーの時と同じく周囲環境に攻撃を加えているようだが、通信設備にまで被害が及んでいるのか、当の鞍馬ですら状況を把握しきれていない様子が、その通信から聞き取れた。
枝葉から幹の形を探るにも限度があり、ほとんど詳細な情報を掴めないまま、飛鳥達は実験の現場へと向かっているのだ。
傍受している通信自体はアストラルとバーニングのもとへは送られておらず、遥が逐次情報をまとめて伝えてきているという状態だった。現場の混乱したやり取りを直接送っても、飛鳥達を混乱させるだけという判断だ。
しかし遥からは、数分ほど新しい情報はない。進展がないのか、それ以上に混乱しているのか、その判断は飛鳥達にはできないでいた。
いずれにせよ、すべてを把握して準備万端で現場に臨むことはできない。すなわち究極的には、自分たちの目で確かめなければならないということだ。
『待てアスカ! 速すぎる!』
切羽詰まった声を上げたのは隼斗だ。
「っ…………!」
アークは操縦者の意思で動かすものだ。逸る気持ちは機体を過度に加速させる。
飛行姿勢のまま後ろを振り返るアストラル。コックピット内の飛鳥は、苛立った表情を浮かべていた。
『バーニングはこれ以上速度を出せない。今回は二人で事に当たるんだ、こっちに合わせてくれ』
隼斗は落ち着いた口調へ切り替えて、飛鳥を諭した。
わかってる、と不満げながら速度を落として、機体をバーニングと並走させる飛鳥。
機体の速度で言えば、アストラルは通常状態でも最大でマッハ3から4程度は出せるが、バーニングは音速をわずかに超える程度が限界になっている。
端的に言って、アストラル単機なら現状の3分の1の時間で目的地に到達できるということであり、焦る飛鳥にはもどかしい。
『状況が分からない以上、単機で乗り込むのは危険だ。暴走とだけで、程度もわからないんだぞ』
「わかってるよ、でも……」
歯切れの悪い飛鳥の答えに、隼斗は訝しげな表情を浮かべる。
画面越しに見つめると、飛鳥はわかりやすく視線を逸らす。下唇を強く噛み締めているのだけがはっきりと見てとれた。
理解していない、納得していないのとも違う態度に、隼斗は無言のまま一層強く眉を寄せる。
視線に耐え切れなくなった様子で、飛鳥はおもむろに口を開いた。
「暴走つっても、アークなら機体の制御がパイロットから完全に離れることなんてまずないだろ。エンペラーの時もそうだった。暴走してたのは、機体っつーより中の人間の方だった。機体からの干渉を受けての精神異常。今回もそうなら、愛は何をされた?」
確信を突く言葉に、隼斗は思わず言い淀み、しかし飛鳥に気取られないよう、余裕のある口調を作り答える。
『暴走の事例自体が少ないんだ、今回の件も同じとするのは早計だよ。そうでない可能性も――』
下手な嘘を、飛鳥は手早く遮った。
「そうである可能性もあるんだろ。そこだけピンポイントで都合のいい展開になるって本気で思ってるのか? 俺はそこまで楽観的じゃない」
彼は被りを振って、甘い予想を打ち払う。想定すべきは最悪の状況なのだ。そしてそれに備えることが重要だった。
詳細を伝えてこないのは心情を慮っての判断だろうが、飛鳥も少しでも状況を知りたかった。そのために、飛鳥は自身の抱く疑念を余さず開示する。
「引っかかってるのは愛の態度だ。実験に消極的だったのが、もしこうなることを予見してたってことなら、今回の鞍馬の実験はその前段階から暴走のリスクが認識されてたってことだ。何で強行した? 政府と組んで、俺たちに秘密にしてまで。疑ってるんだろ、お前だって、遥さん達だって。ロクでもないものに、愛は巻き込まれてる。それもわからないほど馬鹿じゃない、焦るさ。……止めなきゃならないだろ」
飛鳥自身、余さず心中を語ったことで、少しばかり落ち着きを取り戻していた。それは強張っていた顔から僅かに力が抜けていることからも見て取れ、だから隼斗は小さくうなずいた。
彼がコックピットでどこかに目配せするような素振りをすると、今度は遥の声が聞こえた。
『今ちょうど別に調べているのだけど、鞍馬が今日実験をしていたのは、新造の装置の動作テスト。遠隔制御の何かみたいだけど、具体的にはまだね。ただ目玉機能として、精神波による直接制御とあるから、この辺が悪さをしたと考えるべきね』
「精神波、アーク波か。となるとやっぱり……」
『パイロット側に暴走の影響は出ているでしょうね』
自身の落ち着きを保つためか、殊更に淡々とした口調で答える遥。
それが他人事と考えているが故の態度ではないことを、飛鳥は言葉端に乗る張り詰めた緊張感から察していた。
『とにかく、二人は愛の暴走を止めることだけを考えて。裏に何があるかはこっちで探るし、対応はこの件が終わってからでもいいから。特に、アスカ君』
「…………」
あえて名指しで釘を刺されては、口を出す気にもならない。
黙り込んだ飛鳥に代わって、あえて隼斗が食い下がった。
『とは言っても、原因が判らない限りは止める方法もわからないのでは? 最低限、それだけの情報は必要になります』
隼斗の指摘は的確だった。暴走の原因が判らないのなら、その原因が取り除けないということ。
『原因は探る。でも直ちに見つけられない可能性もある。鞍馬が私たちにどれだけの情報を開示してくれるかもわからないし、何より鞍馬自身が現時点で暴走を止められていない以上、向こうも暴走の原因、あるいは止め方をわかっていない可能性もある。だから…………』
口をつぐんだ遥が考えていたのは、解決の方法ではない。その方法を、どう伝えるかということだ。
結局、それは誤魔化しの無いまっすぐな言葉として放たれた。
『神原の、エンペラーの時と同じ。もし停止させる方法がわからなかった場合は、攻撃によって機能停止に追い込むの』
飛鳥も、わかっていたつもりだった。だが想像していた以上に、耳に届く言葉としての衝撃が大きかった。
思わず顔をしかめた気配が伝わったのか、やや神妙な面持ちで遥は続ける。
『最終手段よ。気が引けるとは思うけど、それしかない状況も十分にあり得るから、そのつもりはしておいて』
『わかりました』
隼斗はあえて感情を殺した声音で淡々と答えるが、飛鳥は言葉が出てこず、のど奥からひねり出したような呻きを上げる。
飛行速度は上げられない。憤りに向ける先はなく、そのもどかしさは拳を握る両手に注がれた。爪が食い込んだ掌に鋭い痛みが走るが、握る力はちっとも弱まることはなかった。
どうするか、考えるべきではあっただろう。少なくとも、現場にたどり着く前には。
わかっていて、飛鳥はそのことに意識を向けることができなかった。しようと思えばできただろうが、そもそもそう思えなかったのだ。
全身が風を切る感覚は、機体のセンサーがとらえ、神経接続によって送られる疑似的なものだ。理解した上で、飛鳥はその感覚に身をゆだねた。
通信からは、息苦しさを感じる咳払いが時折聞こえるばかりの、薄ら寒い沈黙が数分と続いた。
断ち切ったのは、遥の声だった。
ただ、それも重い。
『……ええ、そう。……仕方ない、わかったわ』
ため息交じりの声が聞こえた。
どうやら別の相手と話していた終わり際に、こちらに音声を繋ぎなおしたようだ。
応対の言葉だけでは会話の詳細まではわからない。怪訝な表情をする飛鳥に代わって、隼斗が尋ねた。
『会長?』
椅子の軋む音に続いて、一つ息を吐いた遥が答える。
『ああ、ごめんなさい。鞍馬の研究者と少し話をね。そっち、もうあと2分ほどで現場でしょう?』
「そうですけど。……どういう話だったんです?」
すげなく答えて、飛鳥は問い返す。
言い淀んだ遥が言葉を詰まらせるが、飛鳥は沈黙で続きを促した。
不機嫌さも電波伝いに届くものなら、無言がこれほどプレッシャーになることもあるまい。
意地の悪いやり口に隼斗の鋭い視線が刺さるが、飛鳥は僅かも表情を崩さず受け流した。
たっぷり30秒ほど黙りこくってから、遥はようやく重い口を開いた。
『暴走の原因が判ったみたい。といっても、おおよその見当がついたってところだけれど。ただ、モノを見てもらったほうが早いから、その説明は後で』
遥は一旦言葉を区切ったが、口ぶりからして話はそれで終わりではない。
『暴走を止める方法だけど……、鞍馬でもわからないそうなの。機体が研究所からのアクセスを完全に遮断していて、外部からの抑制が機能していない状態みたい』
遥は事務的か、あるいは機械的な、抑揚のない声で告げる。それが意識してのものなのは、僅かににじむ焦りのトーンから感じられた。
通信のウィンドウの向こう、隼斗の視線が真剣味を増す。
『……そうですか。内部の、アークのシステム側のセイフティはどうなっているんです?』
『暴走が始まってすぐにデータの送信が止まったようだから、詳しいことはまだ判然としないみたいだけれど、今も暴走が止まっていないことからして、少なくとも正常に稼働していないことは確かよ。アーク側が暴走と認識していない可能性もあるけれど、いずれにしても、勝手に止まるのを期待するのは難しい状態だと思うわ』
『この状況に対して、鞍馬側はどういう対応を?』
隼斗の端的な問いに、遥は躊躇うように口をつぐんだ後、刹那にそれを振り払って、答える。
『外部からの攻撃で機能停止に追い込むしかない、と。暴走は万が一として、最初からこの対策を想定していたのかも、ね』
「無責任な……ッ!」
瞼をきつく閉じて、眉間にしわを寄せ、飛鳥は奥歯をギリリと鳴らす。
一旦は落ち着けた憤りが再び鎌首をもたげるが、彼の態度を咎める者はもういない。
隼斗も無感情を装いつつも奥歯を強く噛み締めていて、遥もまた、沈黙が殊更に重い。
行き場のない怒りを押さえつけ、飛鳥が再び目を開く。
行先に目を凝らし、少しでも状況を把握しようとした。
感知したのは、視覚ではなく聴覚だった。
鋭い爆音が、遠方より轟く。




