4章『始祖の末裔』:3
パーティが始まってしばらく経った。とはいえ、パーティとは名ばかりの飲み会のようなものだったが。
特にこれといった催し物が用意されていたというわけでも無く、各々適当に用意した菓子類やら、一部気合の入ったメンツが横の食堂を使って作った食事などを飲み食いしつつ、好きなように過ごしているばかりだ。
篠原や水城の誘い文句もあってか、飾り付けもないのに雰囲気だけクリスマスチックだったのは妙な部分だった。並んだ料理やら、持ってきたプレゼントの話をしている女子達の姿が飛鳥にそう感じさせたのかもしれない。
既に年明け、というか明日にはもう始業式だという時期との相違に強烈な違和感を覚える。だがその空気感の中にいると明日からも休みが続くような気がするものだから、飛鳥はだらだらとそんな錯覚に浸っていた。
「なにぼーっとしてんだよ」
ぽんと飛鳥の肩を叩いたのは、片手に飲み物の入った紙コップを持った篠原だった。
飛鳥は「なんでもない」とだけ短く答えると、首だけを後ろに向ける。
篠原が口をつけている紙コップには名前が書かれていた。おおかた他の人の物と間違わないようにとの配慮なのだろうが、持っている人物故かやけに子供っぽく見える。
そういえば無意識的にスナック菓子をずっと摘んでいたなと思い至って、飛鳥はそこでやっと喉の渇きを自覚した。椅子から立ち上がって飲み物と紙コップの置かれている机の方に向かう。特に理由なく篠原もついて来た。
「テンション低いな、星野」
「そうでもないって。お前らのテンションに追い付かないだけで、それなりにはしゃいでるから」
「そんなフラットなトーンで言われても」
ほとんど棒読みの飛鳥のセリフに、篠原はジト眼気味に見返す。相変わらず飛鳥から篠原への対応はおざなりで、視線の一つ程度気にした様子もない。
肩をすくめた篠原は、すこし退屈そうに周囲に目を向けた。
誰とでも打ち解けられる割に決まって一緒に過ごす特定の友達がいないのも、篠原という少年の特徴だった。
こういう場でも全員が纏まってわいわいやっていることは少なく、何ヶ所かに別れて数人のグループでくっちゃべっているのがほとんどだ。あちこちに混ざってあれこれと話をしていた篠原だったが、概ね全体に回ってしまったあとで、何故かぼんやりしている飛鳥を見かけたので話しかけたのが先ほどの事。実は少し予定もあるのだが、まだ少しだけ時間があった。
彼の目が、一際大きな集団を見つけた。中心に居るのは伊達だ。
このパーティは伊達の祝勝会も兼ねている。半分主役のようなものなのだから、人が集まるのはある意味当然だろう。
周囲に居るのは陸上部ほか運動部の面々だ。ただ、している話は大会についての事ばかりではなく、大会後にちゃっかり付き合いだした美倉との事についてもあれこれ聞かれている様子だった。ちょっとした芸能人風である。
なんとなく、形容しがたい感情が沸き立って、篠原ははぁとため息をついた。
「ぼーっとしてんのお前もじゃん」
はっと声の方に顔を向けると、オレンジジュースを注いだ紙コップに口をつけている飛鳥と目が合った。
「なんでもない」
「お前は俺か」
自分と同じような態度で返されたので、飛鳥は呆れ気味にそう呟く。なんだかんだとノリは噛み合う二人なのだ。
「そのコップ、他の奴のとぐっちゃになるぞ」
「あー……、ペンある?」
篠原は隣のテーブルをひょいと指さす。
飛鳥は中途半端に残っていた飲み物を一気に飲み干すと、ペンを手にとって紙コップに『星野』と書き記しておいた。
とりあえず喉は潤した。しかし立ち上がってしまったあとで元の場所に一人戻る気にもなれず、飛鳥は手持無沙汰に視線を回す。
すると、女子達が大きな輪を作っているのを見つけた。
「あれ何やってんだ?」
「プレゼント交換会だろ。強制じゃなかったはずだけど、案外みんな持って来てんだな」
全体的に男子の比率が多いのもあるが、この場に居る女子の全員がその場にいて、ほとんどが何かしらの物を手に持っている。既に交換は終わっているのか、包装や袋から出して眺めている者もいた。お菓子の類だろう小さなものから、衣服のような値が張りそうなものまで様々なプレゼントがやり取りされている。
盛り上がってるなー、と特に感慨もなくその様子を眺めていた飛鳥は、輪の手前側にいた泉美の姿を捉えた。彼の視線がそちらに向くと同時、振り返った泉美と目が合う。
飛鳥を見止めた泉美は何事かを言うが、部屋を埋める喧騒に紛れて聞こえない。ただ左手のピースサインと泉美本人の悪戯っぽい笑み、そして右手のマフラーの存在から「やった」とかそういう意味の言葉を発していたことだけは想像がついた。
良かったな、と頷きながらハンドサインのようなものを返して、飛鳥はひとまずそちらからは目を離す。
ちょうどそのタイミングで、近付いてきていた隼斗が二人に声をかけた。
「やぁ、二人で何してるんだい?」
「別に何も」
本日2度目の適当返事である。
隼斗は苦笑だけして特に突っ込まず、こう切り出してきた。
「暇してるようだね。向こうでゲームをしようって話になってるんだけど、二人も来ないかい?」
「ゲーム?」
ゲームと言っても、テレビゲームなどを出来るような環境を揃えている者は見る限りいない。せいぜいトランプなどのカードゲームか、あるいはボードゲームといったところだろう。
飛鳥は頷く。
「いいぜ。何やるんだ?」
「さあ? とりあえず男子は全員参加だって」
「暇してなくても強制じゃねーか」
冴えわたる揚げ足取りは、隼斗のとぼけ顔によって哀れにも無かったことにされてしまった。
しょうがないなというような態度で先を行く隼斗に付いていけば、そこでは5つほどのテーブルを合わせて作った島を囲んでいる男子達の姿があった。
「おぉ、アスカ来たのか」
「いや強制なんだろ……」
「ちなみに負けたら罰ゲームもあるぞ、よかったな」
「だから強制かクソッ」
唾を飛ばして毒づく飛鳥に、伊達はニヤニヤといやらしい笑みを向けるばかりだ。
まだゲーム内容も知らされていないのに負けた状況を考えている辺り、この時点で既にフラグは立っている。
そんな状況に気付かないまま、飛鳥は手近な椅子を引いて腰掛けた。
目の前のテーブルはだだっ広い空間を確保してはいるが、そこに何かが置いてあるわけではない。遥か北国の雪原の如く、距離感の狂いそうな白い平野が広がっていた。
首を傾げて、飛鳥は誰に対してでも無く尋ねる。
「で、何するんだ?」
「神経衰弱」
その言葉がきっかけというわけではなさそうだったが、このゲームの主催だろうクラスメイトの野村が椅子から立ち上がりつつ答えた。羽織っていたジャケットのポケットからこれ見よがしにトランプの箱を取り出す。
「この人数で?」
訝しげに尋ねる飛鳥。
既に部屋に居る男子は全員がこのテーブルを囲う形になっているようだが、ざっと見て20人程度いる。トランプはジョーカーを除いて52枚しかない。これではほぼ確実に複数人が0組の獲得になってしまってゲームが成立しないだろう。
他の男子も数人、不思議そうに首を傾げていた。
その質問は予想していたとばかりに、野村は妙に自信満々の表情で、ポケットからさらに2箱のトランプを引っ張り出した。
「そう言うと思って、3つ用意しておいたぜ」
彼は手に持った3つのトランプ箱をテーブルに放り投げて、ぱんぱんと手を叩く。
あらかじめ打ち合わせはしていたのか、それを合図に机を囲んでいた男子が数人立ち上がって、裏向きのままトランプを適当にばら撒き始める。
「まぁ神経衰弱だけど、カード全部無くなるまでとかやると時間かかるし、たぶん0枚とかの奴が何人か出てくると思う。だから3組、6枚揃った奴から先に抜けて行く形で、1番最後まで残った奴が罰ゲームってルールだ。……これでいいんだっけ、篠原?」
「おう、オーケーオーケー、それでいいぜ」
どうやらこのゲームの企画は篠原だったようだ。確かに篠原が誘って回るより野村がそうした方が、運動部の人間が多いこの場所では集まりがいいだろう。妥当な判断である。
「で、罰ゲームってなんなんだ?」
肝心なところを、飛鳥は改めて尋ねる。
篠原は目の前の大きな島とは別のテーブルを、親指でくいくいと指さした。
そこにはいくつかの菓子類の袋と、空のペットボトルが乱雑に置かれていた。
「食べものはまだ結構残ってんだけどさ、飲み物がそろそろ尽きそうなんだよ」
「……もしかしなくても買い出しかよ」
「そう。一人で。負けたらソッコー」
「このクソ寒い中とかふざけてんだろ」
飛鳥は割と寒さに強いとはいえ、冬真っただ中でありさらには日が沈んでもう2時間は経っている。肌寒いとかいうレベルではない。
ついでに言えば買い出しの先は恐らく商店街にあるスーパーマーケットだろう。のんびり歩けば15分は堅い距離だ。
加えて今回のパーティは会費無しからそれぞれの持ち寄りで成立したものである。それを考えると飲み物代がもれなく自腹になる可能性もあった。
一人ぼっちで夜道を行く心細さもプラスして、身も心もついでに財布も寒くなる展開だ。
「よぉーし、じゃあ始めるぞー!」
無駄にテンションを上げた野村の声に、運動部の面々が「おお!」と続く。体育会系のトランプとかいう斬新な出し物が目の前で繰り広げられていた。
いつの間にか重ならないように丁寧に広げられていたトランプが、飛鳥の視界に映り込む。逃げ場無し。紙切れ1枚がやけに高くそびえたって見えた。
「やってらんねぇ……」
ため息一つ。自らの記憶力に強烈な不安を感じながらも、とりあえず最下位にさえならなければいいのだと考え気持ちを切り替えると、飛鳥は自分の順番を静かに待った。
「やってらんねぇ……」
ゲーム終了から25分ほどが経った頃、飛鳥は上を向いてそう呟いた。
満点の星空が美しく、そして夜空の見える状況が恨めしい。そんな複雑そうで単純な彼の心情が、一つの呟きに見事に現れていた。
買い物は既に済んでおり、今はその帰り道。手早く済ませたのでもう風の強い河川敷は過ぎた後で、学校近くの住宅街をぷらぷらと歩いていた。
「あんなのカードの場所覚えられるわけないっつーの、150枚だぞ……」
誰も聞いていないのに、いや誰も聞いていないのをいいことに、負け試合の愚痴を呟く。もし飛鳥が勝った側なら泣き言だと嗤うだろうが、そんなくだらないひとり言に耳を貸してくれる闇色の空は、彼を見下ろしながらも何も言わない。
実際、彼の言う通り普通は覚えられるようなものではなかった。ごくごく一部はめくられたカードを丸ごと暗記していたようだが、大半は非常にあいまいな記憶を勘という形で出力して乗り切っていたぐらいで、ほとんど純粋な運ゲーだった。言ってしまえば面倒臭いじゃんけんのようなものだ。
記憶力どうこうというよりは運が悪かったと言った方が正しいぐらいだが、いかんせん獲得枚数0枚で敗退するのはメンタルに刺さる。
とはいえ罰ゲームの買い出し自体は対して大変なものではなかった。2リットルボトルの飲み物を3本ほど適当に補充してくるだけで、それも寮生が部屋から持ってきたスポーツバッグを借りて、その中に入れて肩に提げているので軽いものだ。
だから飛鳥の気落ちの原因は罰ゲームを受けたことではなくて、単にゲームでストレート負けをしてしまったからである。ちょっとした遊びでも負けると悔しいものなのだなと、飛鳥は今更ながら実感していた。
そしてここ最近で、ずいぶん負けず嫌いになったものだとも。
「アーク、か……」
ふと、そんなことを呟く。
きっと理由の一つはそれなのだろう。飛鳥の関わる勝負事といえば、まずはそれなのだから。
だがそう思ってしまう時点で、それは勝負事と形容してしまえる程度の実感なのだ。
彼はどこかゲーム感覚の抜けきらない自分の感性を自覚していた。だから徐々に水面下から表舞台に引き上げられる自分の立場を感覚的に理解していながらも、それがどこか遠い世界の話のようにも思えるのだ。
重く考えようとしても、彼には分からないことが多過ぎた。だから結局他の誰か、実感を持てる人間の考えを求めている。EUとの共同研究の際に、ユリウスに投げ掛けた問いも同じ。
しかしユリウスから受けた言葉が糧となっているかは、彼にとっても曖昧なところだった。引っかかりは覚えても、具体的な考えにまでは繋がらないのだ。
街灯が照らす夜道を行く。
小さな灯りでは隙間なく闇を照らせない。視界に移る色々なものの輪郭がぼやけている様は、まさしく飛鳥の行く道であった。
ディティールを欠いた道を、案を巡らせながら歩いていた飛鳥は、だから前から現れた人物に気付かない。
パーカーのフードを目深に被ったその人物は街灯のちょうど真下で、飛鳥とすれ違いざまに呟いた。
「静かだな。争いを忘れてしまいそうになる」
聞き覚えのない口調。聞き覚えのある声。
はっと顔を上げた飛鳥は、惰性で2,3歩と進んでから、慌てて後ろを振り返る。
そこにあったのは、小柄な少女の姿だった。
黒いハーフトップのインナーの上から直接黒色のパーカーを羽織り、下は白いショートパンツで、素足のままスニーカーを履いていた。袖なしのパーカーはどういうわけかファスナーをほんの少ししか上げておらず、身体の前面はへそすら見えるほど大胆に開いていた。白磁のような肌が、闇の中で眩しく映る。
季節感の無い服装は、街灯に照らされた彼女を周囲から異質に浮かびあがらせた。
声を出せず、だが警戒心をむき出しに少女を見据える飛鳥。
対して少女は彼の視線を意にも介さず、パーカーのポケットに手を突っこんだまま正対していた。
頭を覆うフードのせいで飛鳥から顔はうかがえない。それをわかった上でか、彼女は俯き加減にこう言った。
「会うのは初めてだな。光栄だよ、『コードA』」
「――っ!? 誰だ、お前……」
飛鳥の表情が酷くこわばる。
目の前の少女が何者なのか、なぜアークに関連する言葉を口にしたのか、そしてこの聞き覚えのある声は一体何なのか。理解のできない恐怖ではない。理解した上でそうと認識してはいけないと、彼の頭のどこかが叫んだ。
彼女はくすくすとひとしきり笑うと、急にそれを止めて、ゆっくりと伏せていた顔を上げた。
フードの奥に、街灯の光が差し込む。
飛鳥は、その目を見開いた。
「遥、さん…………?」
銀色の髪と、瑠璃色の瞳が光を浴びる。
にやり、と。
少女は口の端を釣り上げた。




