↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第7部-始祖の末裔-
216/259

4章『始祖の末裔』:2

 2日後の夕暮れ。

 飛鳥の暮らすアパートの一室に、インターホンの甲高い音が響く。

 勉強机に座って課題を片付けていた飛鳥は、その音に顔を上げた。

「あぁ、もうこんな時間か。っと、はいよー!」

 彼は机に置いてあった時計を見て時間を確認すると、慌てた様子で声を上げつつ椅子から立ち上がった。

 どたどたと無駄にうるさい足音を鳴らして玄関までダッシュした飛鳥は、そこに立つのが誰かも確認せずに扉を押し開いた。

「そろそろ時間だよ。準備できてる、アスカ?」

 開いたドアの向こうでは、廊下の低い壁に背中を預けた泉美が立っていた。

 ひょいと手を上げる泉美。学校に来る時とは違う丈がやや短い厚手のコートと、ショートパンツにタイツ、そしてひざ下までのブーツという装いだった。メイクも普段よりは少しハッキリしたものになっていて、いかにも余所行きというか、ちょっと気合の入ったオシャレといった様子である。

 その中でも普段通りのポニーテールが、一際存在感を強めているようにも感じられた。

「悪い、まだだ。時計見てなくてさ」

「なに、もしかして課題でもやってたわけ?」

「俺にしては珍しくな」

「ホントに? 雪降りそう。傘取ってこようかな」

「そーだな。もういっそ霰でも降っちまえ」

 例の如くといったやり取りは、ヤケクソ気味な飛鳥の言葉で締めくくられる。この様子では、彼が真面目系にキャラを変更するのは周りが許してくれなさそうだ。

 ため息一つ、気を取り直して飛鳥は言う。

「とりあえず、すぐに支度してくる。ちょっと待っててくれ」

「はいはい、早くしなさいよ」

 軽く手を払うような仕草で、わかっていると言外に告げると、飛鳥は扉を閉めて早足で自室へと向かった。



 数分後、着替えを済ませた飛鳥は泉美と並んで夕暮れの通学路を歩いていた。

 まだいくらか気温の下がる余地はあるだろうが、もう真冬という時期だ。まばらに吹く風は冷たい。

「寒くないのか?」

 隣を歩く泉美に、飛鳥は横目に視線を向けつつそう尋ねる。

 前述の通り泉美の服装は冬服だが、タイツを穿いているとはいえショートパンツだ。それにコートを除けばこれと言って防寒具らしきものもない。

 泉美は改めて自分の服装を確認すると、コートの襟を僅かに首元に引き寄せた。

「ちょっとだけ。でも慣れてるし。これも一応防寒具なのよ?」

 そう言って自分の太ももを指さす泉美。

 タイツは厚手なのか単純に保温性の高い生地なのか、とにかく足元は寒くない様子だ。

 飛鳥は軽く頷いてから、自分の首筋をトントンと叩いた。

「みたいだな。……こっちは? マフラーとかさ」

「マフラーはちょっとね」

 ファッション的なものにはとんと明るくない飛鳥だが、今の泉美のコーディネイトがマフラー1つで崩れるようには思えない。

 泉美は首を横に振ると、片手に持っていた紙袋を掲げた。

「これ。女子はあとでプレゼント交換することになってるのよ。それで、たぶん誰か一人ぐらいはマフラーとかそういうの持ってくる人がいると思ったから、その場で貰ってつけちゃった方がいいかなって」

「ああ、そういう。でもさすがに考え過ぎじゃないか? そんなピンポイントな予想当たるもんかな」

 飛鳥のもっともな指摘に、泉美は掲げた腕を下ろしつつ肩をすくめた。

「その通りなんだけどさ。みんな意外と何持ってくるか悩んでたみたいで、だから無難なところに落ち着く子が何人かいそうなの。そんなところかな」

「ま、確かにマフラーは無難っちゃ無難か」

 飛鳥は何気なく首元を包む布地を摘むフリをするが、片手の指が触れのはマフラーではなくコートの襟だった。

「あんたは寒くないの?」

 問い返す泉美。

 飛鳥はポケットにつっこんでいた逆の手を引っ張り出すと、冷たい風にさらしながら表裏と手首を返す。

「俺は寒いより暑い方が苦手だからさ。このぐらいならあんまり気にならないな」

「へぇ、そうなんだ」

 泉美はそっけなく返しつつも、どこかうらやましげな視線を飛鳥に向けていた。

 単純な資質というところがほとんどだろうが、幼い頃から日本よりはやや平均気温の低い地域で暮らすことの多かった飛鳥だ。そういった昔の生活環境が多少なりとも影響しているのかもしれない。

 気になるという表情の泉美とは対照的に、飛鳥は早々にこの話題から興味を失ってしまっている様子だった。

「で、結局、クリスマスパーティって寮でやるんだっけ?」

「うん。……って、ほとんど新年会だけどね」

 苦笑気味に頷く泉美。

「まぁそれはさ。つか、寮にそんなことするスペースってあったんだな。じゃあ集まるのは男子階の部屋なのか?」

「え、違うよ。もしかしてアスカって寮に行ったこと無い? 久坂とか仲いいんでしょ?」

 キョトンとした表情で、泉美は飛鳥の方を見た。

 何かおかしなことを言ってしまったのだろうと気付いて、飛鳥は少し恥ずかしげに答える。

「あんまり休日一緒に遊んだりとかしないんだよ。商店街でたまに会うとかならあるけど、あと平日の放課後は研究だし。寮は行ったことないな」

「どおりで」

 もう少し暖かい時期なら、両手をポンと打ち合わせていたような返事だった。

 泉美はやや得意げな表情で、飛鳥に星印学園学生寮の構造をレクチャーし始める。

「ウチの寮は男女で建物が分かれてるのよ。西側が男子で東側が女子だったかな。それで二つの建物を繋ぐ建物があって……っていうか、H字みたいな形なのよ。それでその二つの間の部分が共用区画で、食堂とかがあるのがそこなんだって」

「ああ、つまりその共用区画なら男女どっちも利用できるから、そこでやるってことなのか」

 そういうこと、と泉美は頷き、もう一つ補足する。

「共用区画には結構いろんな部屋があって、コミュニケーションルームっていうのもあるみたいよ。その部屋が借りられたから、今日のパーティは寮でやることになったんだってさ」

「なんだその胡散臭い名前の部屋」

「あたしに言われてもわかんないわよ」

 飛鳥のズレたツッコミを、泉美はそんな一言で片づけた。

 他愛もない話はそれっきりで、少しだけテンポの違う2人分の足音が、ほの暗い街並みを抜けて行った。



「へぇ……、こんな風になってたんだな」

「感心したように言うものなの?」

 建物を見上げてほうとため息をつく飛鳥を見て、泉美はすこし呆れた様子で呟いた。

「ほら、行くよ」

「おっと、わかってるって」

 飛鳥の手を引いて建物の入口へ引っ張って行く泉美。中途半端に視線を上に向けたまま、飛鳥は建物の中へと引きずられて行く。

 学校に行くまでの道のりでいくらか日も沈んでいた。空の半分を埋めていた橙色も、今は地平の片隅にその名残を残すばかりだ。

 薄暗さに目の慣れていた飛鳥は、室内の明かりに目を細めた。同時に、彼をひっぱっていた泉美の手が離れる。

 急な行動に飛鳥はバランスを崩してしまうが、たたらを踏みながらもなんとか踏みとどまって顔を上げた。

 エントランスはとても広く、一見ホテルか何かに見えるほどだった。寮の管理をしているだろう人の居る場所が、ホテルの受付カウンターのような姿をしていたのも理由の一つだ。

 その受付カウンター(飛鳥は暫定的にそう呼ぶことにした)の奥には大きな両開きの扉があり、ガラスの向こうに数多く並んだテーブルと椅子が見えた。恐らくは食堂だ。

 かなり大きな食堂のようだが、生徒数の割に寮の利用者は多いようなので、あらかじめそれを見越していたのだろう。

 他にもいくつか部屋はある様子だったが、泉美言う『コミュニケーションルーム』とやらがどこにあるのかは分からなかった。

「で、どの部屋なんだ?」

 男女共用という泉美の話通り、その区画には男子生徒も女子生徒もいた。今日が冬休み最終日ということで、帰省していた生徒もほとんど戻っていることもあってか、目に付く生徒の数は多い。

 左右と行き交う者や、壁に掛けられたテレビの近くのソファに腰掛けている者など、それぞれ自由に行動している様子だった。学生寮では必要がなければほとんどの生徒が自室に居るものかと思っていた飛鳥だったが、どうやら共用区画の利用は活発な様子だった。

「こっちよ」

 左右に伸びる広い廊下に並んだドア。その一つを泉美は指さした。

 前を歩く泉美について行く形で、飛鳥はその部屋へと向かう。途中受付カウンターの人が視線を向けてきたが、飛鳥達が星印学園の学生であると知っていたのか、笑顔で見送られた。

 首だけ向けて軽く会釈を返した飛鳥は、そのまま足を止めずに目的の部屋のドアを潜った。

 入るなり、ちょっとうるさいぐらいの話し声が飛鳥の耳を叩いた。防音はしっかりしているらしい。

「やあ、アスカ。間に合ったんだね」

 そんな言葉を爽やかな声で行ったのは、私服姿の隼斗だった。

 飛鳥は疲れた様子で首を横に振る。

「そう毎度遅れてるみたいな言い方は止めてくれ。最近遅刻とかあんまりないだろ」

「確かに2学期からこっち、めっきり見なくなった気はするね。……うーん」

「なんだよ?」

「遅れないように声をかけてもらったとか、そういうことじゃないかと思うんだけど」

 ちらり、と隼斗は泉美の方に視線を向ける。

 泉美は余裕の表情でひらりと手を払って言った。

「当然じゃない」

「お前が答えんのかよ……」

 脱力気味に肩を落とす飛鳥には構わず、泉美は部屋の一カ所で話をしていた女子たちの所へと向かってしまう。

 その背中を横目に見送ってから、飛鳥はあらためて部屋の中を見渡した。

 いくつかの大きなテーブルと、それに寄り添うように置かれた椅子が目に付く。食堂と似たような構造に見えるが、調度品自体は食堂の物より少し高そうな物にも見えた。

 その椅子に腰かけたり、あるいは普通に立っていたりとかなりの人数の生徒がいる。見覚えのない者もいることを考えると、必ずしもクラスだけで行なわれているパーティではない様子だった。

「思ったより人数多いな、これで全員か?」

「どうだろう、僕も具体的な参加人数を聞いてるわけじゃないからね。それに途中参加もダメなわけじゃない。会費がかかっているものでもないからね」

「ってことは、そもそも参加不参加をあらかじめ決めるようなものでも無かったわけか」

 篠原が事前に飛鳥達に予定を聞いていたのは、単に最低限の参加メンバーを確保していないと盛り上がらないからというだけの理由だったのだろう。

 あれでそれなりに顔が広いのか、あるいは人から人へと広がったのか、最終的にこうして多くの人数を集めるに至ったようだ。

 ふぅん、とひとり言のように気の無いため息をつきながら、飛鳥は羽織っていたコートの袖から腕を引っこ抜く。

「ようアスカ、来てたんだな」

「そりゃ来るさ。そんなに付き合い悪くないだろ」

 声で伊達だと判断して、飛鳥は顔も上げずにコートを脱ぎつつそう答える。手近な椅子の背もたれにコートを放り投げて、飛鳥は伊達の方に目を向けた。

 こちらも特筆するところの無い私服だったが、飛鳥は一つ、いくら暖房の利いた部屋とはいえ半袖はどうなんだとだけツッコミたくなった。

「これって伊達の祝勝会も兼ねてんだろ? さすが、かなり人来てんじゃん。有名人だな」

「それは、まぁ……。とか言うけどさ、正直よく知らない奴も結構いるんだ。俺関係ないんじゃねーの?」

 後頭部を掻きながらも、どこかがっかり感を漂わせてそう答える伊達。こういうところで謙遜しない辺りプロ的というか、自分の持つ実績に自信を持っているのだろう。

「ま、これだけ膨れ上がればなぁ」

 正直せいぜい10人いるかいないか程度の小規模なパーティになるかと思っていた飛鳥だが、蓋をあけてみればこのコミュニケーションルームでは若干椅子が足りなくなりそうなほどの人数がいる。1クラス分、は言い過ぎだが、20人程度なら軽く超えているようだった。

「しかしまぁ、よくこれだけ集まったもんだよ」

 飛鳥が感心した様子で呟いた直後、横合いから頭の悪そうな声が聞こえた。

「それはひとえに俺の人脈だな!」

「おう、呼ばれてないのに出てきたな」

「…………」

 目も向けずに辛辣なことを言う飛鳥に、篠原は真顔で沈黙する。彼は不満げな表情で伊達と隼斗を交互に見るが、双方共に半笑いで視線を逸らすばかりだった。

「これ全部お前が声かけたのか?」

 笑いをこらえているのか、若干頬を引きつらせながら言う飛鳥。自分の吐いた暴言は無かったことにしている様子だった。

 一つ咳払いをしてから、篠原は気を取り直して答える。

「さすがに全部ってわけじゃないって。女子はだいたい悠乃が声かけただろうし。あとは俺も誘う時に「他にも来そうな奴がいたら声かけてくれ」って頼んでたからさ」

「じゃあお前の人脈じゃないじゃん」

「…………」

 ぶすーっ、と頬を膨らませる篠原。間違っても可愛くない。

 そんな態度をとったところで飛鳥が微塵も興味を向けないのを見て、篠原はやれやれとため息をつく。もう一度気を取り直して、傍らの隼斗の方を向いた。

「そうだ久坂、場所の話つけてくれてサンキューな」

「いやいや、僕は何も」

 彼は謙遜して両手をぱたぱたと振る。

 ちらりと横目に見ながら、飛鳥は尋ねた。

「この部屋使うのって隼斗が頼んだのか?」

「僕は九十九副会長に相談しただけだよ、寮で使える部屋は無いかってね。あとは副会長が一人でやってくれたから、僕は何もやっていないようなものさ」

「へぇ、九十九さんってそんなことまでするのか」

「大した手間じゃないとは言われたよ。というか、飛鳥は知らないんだっけ? 副会長はこの寮の寮生代表なんだよ?」

「へ、そうなの?」

 キョトンとした表情で尋ねる飛鳥に、隼斗は頷いて返す。

 寮生代表とは、寮生の立場から寮生の監督をする者のことだ。この寮は自治寮ではないので寮長というような責任有る立場ではないが、生徒の要望を寮の運営者に伝えるような役割でもある。九十九向きの仕事と言えるだろう。

 今日は色々と新しい事を知れる日だな、と飛鳥は感慨深げに頷く。

 そんな風にしばらく話を続けながら、飛鳥達は開始までの時間を過ごした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。