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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第7部-始祖の末裔-
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4章『始祖の末裔』:1

 予定通りの研究を淡々とこなしていく形で、EU研究所との共同研究は終了した。

 期間的なものもあったし、そもそもがお互いの技術力を探ることが裏の意図だった事もあり、合同研究というよりは密な技術交流という形に留まった。

 ただ、さほど得られる物は多くないだろうと考えていたよりは、いくらか収穫があったようだ。

 それというのも、最初はお互いに今回は交流のきっかけ程度に抑えて、基本は相手の研究の進展を確認する事を目的に最低限の技術交換をするつもりだった。しかし模擬戦の後にEU研究所側のスタンスに変化があったようで、かなり積極的な交流を求めてきたのだ。

 飛鳥達の推測としては、模擬戦の後にユリウスが語った通りの理由だろうといったところだ。結局、ある程度の力を示したことで、互いに決めかねていた立ち位置というものがハッキリしたのかもしれない。

 しかし友好的な態度を取ろうとしてくれているのはありがたいことだが、かといって自分達も合わせるというわけではなかった。技術的なアドバンテージはそのまま交渉を有利に進める材料にもなると考え、東洞側は最後まで大きくスタンスを変えることはなかったのだ。

 相手方が懐を晒しているからといって、必ずしもそれに従う必要はないという判断でもある。長期的には東洞側からも技術を提供すべきタイミングはあるだろうが、今はその時ではないのだろう。

 東洞側として利用できる技術自体はさほど多く得られなかったが、EU研究所がどの程度アーク技術に精通しているかはおおよそ測れたようで、それがひとまずの収穫ということである。

 もともと今回の合同研究は政治というか外交的な側面が強かったようで、どうやら東洞自身の企業的な判断が全てではなかったようなのだ。模擬戦に関して飛鳥達には、研究の進展とは別の期待が掛けられていたということである。

 ただしこればかりは、重要人物とはいえ実質的には末端に位置する飛鳥達に真相は知る由もなかった。

 面倒事はおいておくとして、飛鳥達には彼らなりの目的があり、それはしっかりと果たされている。コードの獲得だ。

「結局、向こうの練度が低かったというのが正直なところです。3機全てを撃破してそれぞれのコードが別個に取得されたことを考えると、そもそもアーク同士での十分な戦闘は行なっていなかったのだと思います」

「なるほど」

 隼斗から簡単に顛末だけを聞いた一葉は一つ頷いた。デスクの前の椅子に腰かけてキーボードを叩きながら、視線だけを向ける。

「戦闘経験ならアスカくんは短期間でかなりの回数を積んでいますし、本郷さんもここに来る前も来てからもそれなりにありましたね。久坂君が一番少ないぐらいですか」

「一応僕は二度なので、ここでの回数だけならアスカの次ですよ。それはともかく、彼らはまだシミュレーターの開発には至っていないのでしょう。戦闘経験という話なら、回数はシミュレーターの方が遥かに多いですし」

「機体からのフィードバックを考えると実機での戦闘経験が物をいう部分もあるかと思いますけど……、でも相互にコードを所持していないということは、それも積極的には行なわれていなかったということですよね。どういうことなんでしょう?」

「これまで対アーク戦を想定していなかったとか、そういうことじゃないでしょうか。こればかりは想像するより他ありませんよ」

 変な話だ、と話題には入らず聞き流しながら首を傾げる飛鳥。そんな彼の態度に気付いたのか、泉美がこう言った。

「ま、アークって貴重だからね。本気で壊す方向の実験はしなかったんでしょ。コードの取得でシステムの解除があるっていうのは、実際にやってみるか、他から情報が得られでもしないと気付かないはずだし。ここと交流が始まってそれを知ったから、今回模擬戦を持ちかけてきたっていうのもあるんじゃない?」

「だったら、自分達で先にやらないもんか……と思ったけど、修理にかかる期間とかも一度壊してみないとわからなかったりすんのかな。それはなんか馬鹿みたいだな」

 自分で言っておいて釈然としないのか、飛鳥はまた逆にかくりと首を傾けた。

 隼斗は思わず笑ってしまう。

「さすがにそこまで行き当たりばったりではないと思うよ。修理にかかる期間はちゃんと調べれば見積もれるはずだし。単にこちらとの合同研究を始めるタイミングを考えて、事前に機体が壊れるようなことをするのは避けたというだけだろう」

 あくまでも想像だけど、と付け加える隼斗。一応納得できた様子で飛鳥は頷いた。

「ああ、そういうことか。……まぁどっちにしても、こっちは3つのコードを手に入れられたわけだし、とりあえずはそれでいいや」

「なるほど、シンプルだ」

「適当なだけでしょ」

 頷く隼斗に、呆れた様子で呟く泉美。

 飛鳥の言葉は思考を放棄したようにもとれるが、あるいは敢えて深く考えないようにしているようにもとれる。

 実際にアークを操る立場でありながら、背景にある事情を知らされていないと、どうしてもあれやこれやを勘ぐってしまいたくなる。結局答え合わせの機会などほとんど無いので、実質的には考えるだけ無駄なのだが。

 ふと、ユリウスの言葉が飛鳥の脳裏をよぎった。

 飛鳥達ライセンス所有者はアーク研究において極めて重要ながら、実際は末端の存在でしかない。所長である御影は可能な限り彼らに選択肢を提示するように努めているが、大きな決定はもっと手の届かないところで行なわれるものだ。

 常に決定権が与えられるわけではない以上、あれこれ考えることが一種の道楽にしか成りえない場合も多い。何も考えずに流されるのが正しいとは飛鳥だって思っていないが、改めて自分の立場を見直した上で、彼はどうあるべきかを決めかねていた。

 必要以上に深く考えるのは最近の彼がよくすることで、だからその惰性を取り払った。彼のやっつけ気味な言葉には、一応その程度の意味はあったのだ。

 ところで、今の彼らは普段待機している休憩室とは別の場所に居る。ハンガーに収められている機体と整備設備を見渡せる、4階部分にある部屋だ。

 アークは縦に10メートル程度あり、基本的には立てた状態で管理されている。そのため研究、整備区画には十分な高さが必要で、大体ビルの4,5階ぐらいまでなら収まるようになっていた。

 スペースが限られており有効活用の必要もあるため、人の行き交いの少ない施設は、いくつか縦に積まれて地下空間にビルのようにそびえ立っているのだ。

 そして彼らがなぜその建物の上階に居るのかというと、新たにコードを取得し、システムのアクセス権を解放させたアストラルから情報を引き出すためだ。

 普段利用している休憩室にもそれなりに高性能なコンピューターは置いてあるが、既にあるデータの解析ならばともかく、アークから直接データを引き出すときはどうしてももっと高性能なマシンが必要になる。この施設にある高性能なマシンと言えば、それはタワー型量子コンピューターだ。

 一応特別な申請をしたうえで、強力なセキュリティで保護すれば休憩室からでも量子コンピューターの利用はできるのだが、少々手間だ。そこである程度自由にそれを利用できるこの部屋に集まっているのである。

「さて、あちらも一旦終わったようですから、開示データの解析に移りましょうか。すぐに戻ってくるみたいですし」

 キーボードを叩いていた一葉は、そこで一旦手を止めると、椅子に体重を預けて再び作業を始めつつそう言った。

 ここに居るのは飛鳥と隼斗、そして泉美に一葉の4人だけだ。遥はアストラルの方に行っていて、そちらで御影や他の研究員と共に、量子コンピューターによるアクセスをサポートしていた。

 それが一通りの情報を引き出せたということで、こちらに戻ってくるようだ。

 現在、サードイブに関する研究は遥が主導し、御影が補助する形で行なわれている。

 サードイブの情報それ自体は、東洞にとって重要度が低いと判断されている。あくまでもアーク技術を応用した製品の開発を目的にする東洞にとって、詳細不明な遺伝子のどうこうにはあまり時間も予算もかけられないのだ。

 それでも、と無理を承知で遥自身が御影を通じて働きかけたことで、なんとか小規模ながらサードイブに関する調査、研究を行うことを許可されていた。

 この研究所のライセンス所有者を実質的に率いているのは遥だ。彼女のモチベーションを著しく下げることは避けたいという思惑もあっただろう。

 特に飛鳥がコードを集める目的のまず一つはサードイブの真相に迫り、遥の不安を取り除くことにある。結果としてそれが研究の進展に繋がっている以上、間違いのある判断ではない。

 何を考えるわけでも無く、ぼんやりと腕を組んでいた飛鳥の耳に、一葉の呟きが聞こえた。

「うーん、この辺りは担当の部署にデータを送っておくとして……。やはりいくつか古代文明の痕跡らしきものも出てきていますね……」

「何かわかったんすか?」

「いえ、まだまだ有意義とは言い辛いデータばかりです」

 デスクに片手をついて画面を横から覗き込んだ飛鳥。

 一葉は首を横に振ると、眼鏡の縁をくいと持ち上げて続ける。

「ただ以前解析した情報と関連のあるものもいくつかありそうです。もしかしたら一個の纏まった情報が虫食いのように開示されているのかもしれません」

「……つまり?」

「全てのコードを集めれば全部がわかったり、ということかも……でしょうか」

「気が遠くなるな……」

 一葉の推測を聞いて、飛鳥は思わず額に手を当てつつ、天を仰いだ。

 先日のEU研究所との模擬戦を終えて、アストラルと飛鳥の持つコードはアストラル自身の物を含めて13となった。

 半年程度で半分のコードを取得したと考えると凄まじいペースだが、そのほとんどが、ある程度は友好関係にある研究機関が持つアークとの模擬戦によって得られたものだ。

 いかに東洞グループとはいえ、全てのアーク研究機関と協力関係にあるわけではない。政治的な対立から関係を持てない研究機関もあるだろうし、そういうところが持つアークのコードを手に入れるのはかなり難しいだろう。それこそアークを使った大規模な戦争でも起こらなければ、全てのコードを取得するなど夢物語に近い。

 そもそもコードX,コードY,コードZの三機に至ってはその所在すらハッキリしてないのだ。

 いずれにしても長く見なければならなそうだ、と飛鳥はため息をついた。

「どう? 何か重要そうな事はわかった?」

 ほとんど音を立てずに開いた扉から、作業を終えたらしき遥が部屋に入りつつそう言った。御影がその後ろに続く。

「特には。気になることはいくつかありますけど、単語レベルでしかわからないものばかりで。……あ、でも開発関係で利用できそうな情報は出てましたよ。そちらは担当の部署にそれぞれ送っておきました」

「ありがとう、気が利くわね」

 遥は飛鳥の反対側からデスクに回ると、一葉の肩越しに画面を覗き込んだ。

「ふぅん……。たしかに、以前の遺伝子データほど明確な情報は無いわね。でも、これ」

 言いながら、遥はぴっと画面の一点を指さした。

「『始祖の末裔』って、何のことかしらね」

「さあ……? 本当に断片的な情報が出てきているだけですから、字面以上の意味を見出すのは難しいですよ。ただ『イブ』というのが聖書に記された女性のことだと考えると、人の始祖と見ることもできるんですけど。でもそもそも、アークが建造された時代に聖書なんてあるわけないんですよね……」

「それを言い出すと、機体のコアに刻まれている名前が英語なのもおかしいのだけどね。印欧祖語ならまだ分からなくもないのだけど、それでも普通に考えれば独自の言語体系があってしかるべきだし。どうなんでしょう、御影さん?」

 画面から顔を上げた遥は、適当な椅子に腰かけていた御影に尋ねる。

 御影は顎に手を当てて少し考えた様子を見せると、曖昧な表情で答えた。

「どうだろうな……。アーク時代の文明は、そもそもアークを除いてその痕跡すら一切残っていない。だからアークから得られる情報を除いては、あくまで推測という形でしか語れないんだ。ただ事実として、アークのコアには英語で機体名が刻まれている。一つの可能性としては、もともとアークが製造された文明では英語かそれに酷似した言語が使用されていて、一度滅んだ後に印欧祖語を原点として再び英語が自然発生した……歴史は繰り返すと言うが、そのような形でね。あるいは……考古学の全否定になってしまうが、なにかしら人為的な力によってアーク文明が滅んだとして、まるで『そのような歴史があった』かのようにいくつかの文明の遺物が作りだされたか、とかね」

「さすがに話が飛躍しすぎでは?」

「前者も後者も、無茶を言っているのは変わらないよ。前者は現実的な確率で起こり得るのかという点で、後者はそんな規模の歴史改変、いや歴史創造ができるのかという点でだ。私は最初にアークを発見してしばらくそれらの研究をしていたが、結局答えどころかヒントにすら辿りつかなかったよ。ただし、現状いくつか開示されている情報を加味して考えればその限りではないかもしれない。改めて研究をしてみる価値はあるだろう。いずれにしても、相応の時間はかかるだろうが」

「そのつもりです」

 どこか乗り気とは言い辛い御影の言葉だったが、遥は決意を感じさせる目で頷いた。表情を動かさない御影から視線を外して、彼女は再び一葉の肩越しに画面に目を向ける。

「やっぱり引っかかるのはこの辺ぐらい……。もう少し解析を進めてみましょう。それで何かわかれば良し、わからなければそれはそれで、でいいと思うわ」

「そうですね」

 頷いた一葉は、再びキーボードをパチパチと叩き始める。特別複雑なことをしているわけではなく、量子コンピューターに対して、解析対象と開示データの解析用ルゴリズムの指定をまとめたタスクを指示していた。

 顔を上げた遥は、顎に手を当てて呟くような声音で言った。

「……そう簡単には行かないわよね。まぁ、焦らずやっていきましょう」

 当事者であるはずの遥本人は、随分と落ち着いたものだ。彼女なりに、少なくとも表に出ない程度にはとっくに気持ちの整理をつけているのだろう。

 むしろ焦りを感じていたのは、彼女を見ている飛鳥の方だ。

 小さく息を吐いて、飛鳥はほんの少しだけ肩の力を抜くのだった。

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