3章『欧州連合』:5
単機でリフレクトを追っていったバーニング。
アークに乗っている時はやや攻撃的な性格になってしまう隼斗だが、飛鳥と違って無茶はしても無鉄砲なことはしない。比較対象がおかしなことになっていると感じながらも、飛鳥はそれで納得していた。
心配する気持ちは確かにある。それは視線にも表れていた。
「くっ!」
空中での宙返りから一転して切り込んできたユナイテッドの斬撃をギリギリでさばいたアストラル。だが僅かにバランスを崩したため、切り返しに放たれたガトリングの掃射は建物の影に逃れることでやり過ごす他なかった。
『目の前の敵に集中して、アスカ! クワイエットもそっちに居るのよ!』
機体の背中を建物に沿わせたところで、通信越しに泉美がそう指摘してきた。
バーニングとリフレクトの去って行った方向に細かに注意が向かっていたのがバレたのか、泉美の口調は険しい。
一度はリフレクトの援護に向かおうとしていたユナイテッドだったが、アストラルが攻撃を加えてからはそちらに集中している。
リフレクトに反射能力がある以上、負けは無いと考えているのだろう。確かにそれは酷く説得力のある要素ではあったが、隼斗も無策ではない。敵が考えているほど甘くは行かないはずだ。
アストラルは壁に身を隠した状態で、敵の位置を伺っていた。
どうやらクワイエットは、常に能力を使い続けることはできないようだ。あらゆるエネルギーをフィールド内部に閉じ込めるという性質上、発動している間は内部の熱量は留まることなく上昇し続けてしまうため、ある程度のところで発散させなければならないのだ。
アークは強いアーク波を感知するセンサーの類も搭載しているようで、対アークであれば遮蔽物越しにでも、精度は低いが大まかな位置の特定はできる。クワイエットのステルス能力はそれすらも隠蔽する機能を持つようだが、使っていないときならばある程度の位置特定はできるということだ。
『アスカ、少しだけど、能力を妨害してる物が見えてきたわ。読心への干渉も恐らく敵の機体が持つ能力だとすると、消去法でユナイテッドの能力になる。……戦闘の様子とノイズ混じりの読心能力を合わせて探っていたけど、たぶん複数人の思考をリンクさせる能力で間違いない』
「思考のリンクか……。もしかして、奴らの連携にはそれがあるのか?」
『たぶんね。あれだけ密度の高い連携を受動的な初動からやるのは、やっぱり口頭での指示じゃ追い付かないと思う。それに読心を使っていた時にいくつかの思考が混ざって聞こえてたんだけど、3機の内どれかの行動と、思考の一つは共通してたのはわかった』
「それが思考がリンクしてたっていうことか……、っ!」
『だから――』
「くそ敵が来た!」
泉美の言葉を遮って、飛鳥は敵の反応があったほうに視線を向ける。
先ほどまでは迎撃を中心に行動していたユナイテッドが、一転して攻勢に出てきたのだ。
飛鳥の意思を読み取り動きに反映したアストラルの視線の先で、青い機体がガトリングを向けてきていた。すぐさま大量の弾丸が高速で放たれる。
泉美と話していたため回避が一瞬遅れてしまう。数発の弾丸が装甲を叩くが、アストラルはなんとか姿勢を崩されずに射線から逃れることができた。
建物の上に飛び出しつつ、大きく弧を描いて距離を詰めにかかるアストラル。
『とにかく、ユナイテッドに能力を使わせなければいいの。そうすればホライゾンの読心は使えるし、向こうの連携も崩せるわ』
「やってみたいが! 条件もわからないんじゃ!」
ガトリングで動きを制限し、ライフルの偏差射撃で狙い撃つ。極めて基本に忠実なユナイテッドの動きだが、それ故に強力な行動だ。アストラルも攻めに回れない状況を固められていた。
「くっそ、かすりもしねぇ」
両手をフォトンライフルに持ち替え対応しているが、それでもユナイテッドの空中を泳ぐような独特な動きを捉えきれない。
宙返りから放たれたライフルを紙一重で回避しながら、飛鳥は歯噛みする。
射撃戦では敵が一枚上手のようだ。何よりガトリングによって動きを大きく制限されるのが厳しい。それに加えて先ほどから、細かくステルス能力を使って機会をうかがっているらしきクワイエットに意識を割かれて、ユナイテッドに集中もできない。
今必要なのは、大胆さだった。
「やるっきゃ!」
両手をフォトンブレードに持ち換えて、ユナイテッドに正面から突撃した。ビームブースターによる驚異的な加速で一気に距離を詰める。
正面から襲い来る黒い嵐を、光刃がことごとく弾き飛ばしていく。一息に踏み込むアストラルの加速を見て、ユナイテッドは回避ではなく防御を選択した。
ライフルからロングブレードに持ち換え、アストラルを迎え撃つ。
ユナイテッドが居合の要領で振り抜いた、瞬く白い光刃に、アストラルは上段に掲げた剣を勢いよく叩きつける。そこに互いの速度差をも乗せて強い力でロングブレードを押しこみ、ユナイテッドの姿勢を崩す。
その後方から黒い影が迫っていることに、飛鳥は気付かない。
「踏み込む!」
直前にぶつけあわせたのとは逆のブレードを構え、のけぞるユナイテッドに肉薄しようとした瞬間、泉美の切羽詰まった声が聞こえた。
『アスカ、下から来てる!』
無防備となったユナイテッドに切り込もうとした瞬間、2機の間に黒い影が割り込んだ。直後に影が霞のように消え失せ、その中から真紅に染まる機体が現れる。既に構えられていた腕から、3本の橙の重光子刃が音もなく出現した。
ぶつかり合い、球のような光をまき散らす刃と刃。
『っ、泉美、今だ!』
重光子刃同士をせめぎ合わせる最中、鬼気迫る表情の飛鳥が叫ぶ。言い終わるかどうかというタイミングで、横合いから紫の閃光が放たれた。
ヒスイによって屈折されたアマツバメによる狙撃が、クワイエットの脇腹を正確に撃ち抜く。
小さくないダメージを受け、さらにバランスを崩すクワイエット。ブレードをぶつけあわせていたアストラルの腕が、途端に軽くなった。
ここぞとばかりに腕を押し込み、叩きつけるような動きでクワイエットを下へと押しのける。開けた視界の向こう、ユナイテッドを真っ直ぐ睨みつけ、アストラルは下方に追いやったクワイエットを踏み台にしてさらに前へ進んだ。
「もう一歩!」
1対のフォトンブレードを構えて再度の格闘戦を試みるアストラルだったが、ユナイテッドはクワイエットの援護を受けた時点で後方斜め上へと離脱をしていた。
加速ではアストラルに劣るため通常ならば追い付かれるところだが、そもそもの動き始めが早いのであればその限りではない。
ユナイテッドの左手に握られていたのは既に重光子ブレードではなかった。
上方への加速を続けながら、ユナイテッドは手に持ったライフルを正面のアストラルにピタリと向ける。
アストラルにとっては、残りのビームブースター内の蓄積重光子を全て解放しても、一発なら発射を許してしまう距離とタイミング。
それでもアストラルは背部の羽を煌めかせ、正面からの突撃を選んだ。
大胆な踏み込みに僅かに先行するように、紫の閃光が再び放たれていたのだ。
しかし完璧なタイミングでのホライゾンからの狙撃を受けながらも、ユナイテッドは身を捻りそれを回避してみせた。
『これでも外すなんて……っ』
だがユナイテッドは同時に、僅かにライフルの銃口を逸らしてしまう。
「道が開いたッ」
渦巻く緑の閃光が装甲を掠めながらも、飛鳥は臆さなかった。
アストラルはビームブースターを噴射し、逃げようと加速を続けるユナイテッドに肉薄する。
その時だった。
『アスカ! 足元――――』
泉美の言葉が終わる前に、アストラルとその正面に居たユナイテッドが大量の煙に呑みこまれた。
突如灰一色に染まる視界。闇雲に振るったフォトンブレードに手ごたえはなかった。
「スモーク!? チィッ!」
それがクワイエットによるものだと即座に見破った飛鳥は、下からの追撃から逃れるべく上方へと飛び上がる。
ビームブースターを使いきった直後であるために、攻撃を見てからの回避では遅れてしまう。一手先を呼んで行動する必要があったのだ。
『見えないんじゃ当たらないって! わかりきってるのにもう!』
視界を覆う分厚い煙、そのわずかな隙間から紫の閃光が瞬いたのが見えた。だが着弾音が無いのと泉美の悔しげな言葉から、それが当らなかったのは容易に想像できる。
視界が機能しない状態から脱出すべく、アストラルはスモークに覆われた空間から上方向に飛び出した。
濃い煙が機体に引きずられて僅かに形を変えるが、アストラルは確実に視界を取り戻し、下方から追撃してくるであろうクワイエットに意識を集中させる。
だがそこでやっと、前方にフォトンロングブレードを携えたユナイテッドがいることに気付く。その青い機体はブレードを構え、迷わず突撃して来ていた。
煙に呑まれた瞬間に武器を持ち換えていたのだ。まるでこうなるとわかっていたかのように。
せめて1撃でも凌ごうと、アストラルが両手のブレードを構えたとき、今度は背後に別の機体の反応が突如として現れる。
視線を向けている余裕はなかったが、飛鳥はそうするまでもなく理解してしまった。クワイエットが両手の手甲鉤型の重光子刃を伸ばし、背後から奇襲をかけてきているのだと。
スモークの発射と同時にステルス能力を使い、立ち上る煙をホライゾンとアストラルの視界に対する欺瞞にすることで、直前まで気付かれることなくアストラルの後ろを取ったのだ。
2機は共に格闘戦を仕掛けようとしている。ホライゾンは3発の狙撃を撃ち尽くしてしまっていて援護は望めない。さらにはビームブースターも出し切ってしまっていた。
(逃げきれないっ……、受けとめるのも!)
両手に持ったフォトンブレードで対応するより他ないが、敵は二機、こちらは一機だった。
打つ手は無いように思えた。
(なら……)
接近するユナイテッドとクワイエットの二機は、的確にアストラルの退路を断っている。
(ここで使う!)
強い緊張感の中、アストラルは額にすっと手を当てる。
音もなく、アストラルの額部分に搭載された量子コンピューターユニットが、ほのかに赤い光を灯した。
「オーバークロック――――」
2機が持つ3つの刃が一斉に振り下ろされる。
その間際、
「――ソードブレイブ!!」
アストラルを中心に斬撃の竜巻が巻き起こった。
それらはアストラルに放たれた3つの斬撃全てを受けとめ、いなし、さらには攻撃をした二機のコアを正確に斬りつけ反撃する。
1秒にも満たない僅かな時間。
交錯したその一点から、クワイエットとユナイテッドの二機が下方へと勢いよく弾き飛ばされる。
青白い旋風の残像を纏うアストラルだけが、まるで無傷なまま空中に留まっていた。
『あんた、それ……』
「ああ。ソードブレイブ、新しいシステムだ」
ブレードを振り抜いた姿勢から、ゆっくりと腕を下ろしたアストラル。そのコックピットの中で一つ息を吐いて、表情を緩めた飛鳥はそう答えた。
オーバークロック・ソードブレイブ。以前から搭載されていたシステムであるオーバークロックを改良し、近接格闘戦と瞬間的な思考加速に特化させたシステムだ。
認識時間を常時加速する通常のオーバークロックより、パイロットの脳への負担が小さく、またエネルギー消費も少ない。そのためフォトンブレード限定だが武器の使用も可能で、なおかつオーバークロックの10倍以上の時間連続稼働させることも可能となっている。また、任意解除もでき残り使用時間を保持できるなど、使い勝手の面は大幅に向上していた。
アストラルの下方、地面にたたきつけられたユナイテッドとクワイエットが身を起こす。
「オーバークロックは発動にラグがあるし、一度解除すれば再使用はできるが時間がかかる。できればこれで決めたいが……」
そう呟いた瞬間、下方に遠方に新たな反応があった。リフレクトだ。
視線を向ける直前に高速榴弾砲が発射されるが、アストラルはフォトンブレードを榴弾の側面に添えて、軽く押し出すようにすることで強制的に軌道を変えさせた。
その場にとどまったまま片腕を軽く振っただけで攻撃をいなしたアストラルは、そこで改めて視線を向ける。
高速で足元のユナイテッドとクワイエットに駆け寄るリフレクト。その後方から、ほぼ同じ速度でバーニングが追っているのが見えた。
『アスカ、無事か?』
「こっちは問題ない、そっちは?」
『火炎放射機がやられたが、余りある収穫だ。ユナイテッドとリフレクト、能力の制約をいくらか暴いてきた。仮説の域は脱しないがな』
「へぇ……」
反射能力を持つリフレクトに単機で挑みながら、リフレクトはおろかその場に居ないユナイテッドの能力の制約を暴き、それでいて自身の被害は武器一つという驚異的な戦果に、飛鳥は思わず驚嘆の声を上げ口角を釣り上げた。
地上で纏まったEUの三機は空中のアストラルに強く警戒した様子を見せながら、攻撃はせずにビル群の向こうへと纏まって後退していった。
アストラルもここで追撃はせずに、下方にやって来たバーニングと合流すべく地上へと降下する。
『リフレクトの反射能力は、時間かあるいはエネルギー総量か、おそらくどちらかに限界がある。それを超えれば発動が停止し、再発動までかなりの時間がかかるだろう。それに格闘攻撃に反射は使えないようだ。あとは反射能力の発動中は機体の発光体がその光を失う』
「そこまで……。格闘が通るなら、やりようはあるか。……ユナイテッドの方は、どうも思考を共有するタイプの能力みたいだ。複数人の思考をリンクさせて、通信より早い連携をしてる」
『ま、久坂の思った通りの能力だったみたいね』
茶化すような声音で、通信越しに泉美がそう言う。
『とにかくユナイテッドの能力を封じられれば、相手の連携を崩すこともできるはずなの。それで、能力の制約って?』
『だとすると、僕の予想はほぼ正しいか……? あくまで予想だが、恐らくは距離だ。リフレクトを追っていた時に、急に無理な動きでこちらに戻ろうとしていた。被弾のリスクはかなり大きかったはずだし、実際に被弾していたが、それでも無理矢理こちらに来たんだ。この場所に来る何かしらの意味があったんだろう』
『それがユナイテッドからの距離ってわけね。ならユナイテッド一機を引き離せばいいわけね。簡単じゃない』
「……っと、泉美?」
地上に足をつけて並んだアストラルとバーニングの元に、ホライゾンが現れた。先ほどまでヒスイだけを飛ばしていたが、機体ごとこの場にやって来たのだ。
『これ以上狙撃ばっかりしてても時間がかかるだけだから。いい加減、あたしも少しは活躍するわ』
「大丈夫なのか?」
『あんまり甘く見ないでよ。……ともかく、まずはユナイテッドを残りの二機から分断させましょ』
アマツバメを背負い直したホライゾンは、手に持ったデュアルサブマシンガンと重光子炸裂砲ハヤブサを掲げて見せた。
敵はかなり強大だが、それでも負けない自信があるのだろう。
飛鳥は鼻を鳴らして肩をすくめた。
「それで確実に行けると限ったわけじゃないが、やってみる価値はある。オーケー、じゃあ俺とアストラルがユナイテッドに仕掛けて速度で分断させる。二人は残りの二機を抑えてくれ」
『了解だ、引き受けよう』
『わかったわ』
二人から肯定の言葉を聞いて、飛鳥はしっかりと頷いた。




