3章『欧州連合』:1
「落ち着く暇もないわねー」
泉美が愚痴っぽく呟く。
「規模の割に期間が短いからね。どうしても密度が上がってしまうんだよ」
なだめるように言う隼斗。
「とはいえ初日から模擬戦だっていうのはな。仕方ないのもわかるけど」
そう応えて、飛鳥は3機横に並んだ機体を見上げた。
彼らが居るのはイタリアのCNTが持つ研究施設にある、機体を収めるハンガーだった。
例の如く先行して海を渡っていたアークと研究者達に合流したのが今日の朝。もともと予定は聞かされていたのだが、飛鳥の語る通り、今日にさっそく模擬戦を行うことになっていた。
「機体の損傷に関して何も言われなかったのを考えると、機体とかパーツとかを使った研究はしないのかな?」
腕を組んでホライゾンを見上げて、泉美はそう呟く。
隼斗は首肯した。
「今回はそういうのはしないみたいだね。模擬戦のデータを基にして研究するらしいよ。だから模擬戦を初日にするわけだけど、まぁ相手側の機体に触れることはないんじゃないかな」
「お互いあんまり信用してないってことだろ。っていうかその感じだったら、俺達は今日ぐらいしかすることないのか?」
「さすがにそんなことはないと思うけど、研究員たちより先に日本に帰る事になる可能性はあるね。ま、今は気にしなくてもいいだろう」
はらりと手を払う隼斗の言葉に、飛鳥は「それもそうだな」と頷く。
元々の合同研究自体が急だったこともあってか何かとせわしないが、目下気にしなければならない事はこれから行なう模擬戦の方だ。
実はお互い情報は少なく、ということもあって、EU研究所に所属するライセンス所有者との顔合わせすらしていない。ただし全く相手の事が分からないということではなく、戦闘を行うライセンス所有者以外の人間を、お互い一人ずつ偵察として送り合うことになっている。
東洞側からは遥が簡単な偵察に行っており、EU側からはスーツ姿の男が来ていた。軽く挨拶ぐらいは交わしたものの、それ以上のやり取りはない。
恐らく遥もそうなのだろうが、相手側から資料などの情報提供を受けたり機体の内部構造を確認したりするのではなく、あくまでも簡単に外観を眺める程度のことしかしないようだ。
「戦闘前の偵察だとか言ってたけど……。あれを偵察って言うのか?」
腕を組んだ姿勢で、それとなくスーツの弾性を指さして尋ねる飛鳥。
「実際の突発的な戦闘に近い状況を再現する、みたいな事言ってたじゃない。詳細な情報が手に入ってる事なんてそうそうないでしょ?」
「だったら情報なしでも良さそうなもんだけどなぁ」
「アークは世界で26機しかないんだし、何の情報も無いっていうのは逆にリアルじゃないからじゃないの? どっちにしても馬鹿馬鹿しいとしか感じないけど」
思うところがあるのか、泉美の言葉にどこか嘲るような色が混じる。飛鳥は肩をすくめるばかりで何も言いはしなかったが、同じような気持ちだった。
EU研究所は軍事開発が活発だということは遥から聞かされていたが、実際に目の当たりにしてみると、アークの軍事利用まで視野に入れているのが見えて、二人は言葉にできない嫌な感覚を覚えていた。
隼斗は表情を動かさない。何も思っていないのか、ポーカーフェイスに徹しているのかは傍目には分からなかったが、少なくとも好意的にとらえていないのは、沈黙を貫く様子から伺えた。
「気楽に考えるべきだとは思わないけどさ」
頭の後ろで手を組んで、飛鳥は努めて明るい調子で言う。
「あれこれ思ったって仕方がないんじゃないか? 俺達がどうするかならともかく、ここの人たちがどうするかは俺達が決めることじゃないんだし。それに向こうがどういうつもりで向かってこようが、この戦いは勝つだけだ」
少し離れたところに居るスーツの男を横目に見て、飛鳥は口の端を釣りあげながらそう続けた。
「ふん、分かったようなこと言っちゃってさ」
腰に手を当てた泉美は、そう言って鼻を鳴らした。言葉に反して、表情は柔らかい。
「確かに、アスカの言うとおりだろうね。……さて、戻ってきたみたいだ」
うんうんと頷いた隼斗は、ハンガーの出入口の方に視線を向けてそう告げる。視線の先には、一人で闊歩して来る遥の姿が有った。
ちょうどそのタイミングで、スーツの男も腕につけていた時計を確認すると、やや名残惜しそうにその場を離れる。
「ありがとう、いい物が見られたよ」
「こちらもね」
短く言葉を交わしてスーツの男とすれ違った遥は、飛鳥達を認めると駆け足気味に近寄って来た。
「ごめんなさい、待たせてしまったわね」
「いえいえ、指定された時間通りですよ」
そう答えてから、隼斗は機体を振り返る。僅かに目を細めて、すぐに視線を戻した。
「情報、というほどの物は無いでしょうが、どういった事がわかりましたか?」
「そうね……」
遥は顎に手を当てて少し考え込んでから、
「あくまで外観からわかる程度の事でしかないけれど、3機それぞれのわかる範囲と私の印象だから、それを踏まえた上で聞いてちょうだい。まずフランスのコードU、ユナイテッド。これは3機の中で一回り小型の機体で、恐らくは高機動な機体でしょう。色は青と赤ね。見える限りの武器としては大きな右腕のガトリング砲、そして肩越しの砲ぐらいかしら。あとは右の腰部にライフル型の火器が備えられていたけど、これは恐らくは重光子砲ね」
「小型高機動っていうと、アストラルと似た感じっすか?」
「アストラルよりもまだ少し小さかったわ。高機動だというのは私の印象でしかないけれど、背中の大きな翼からして、機動力は高いと思うわ」
「アークに、翼……?」
そう呟いて、怪訝な表情を浮かべる隼斗。遥も同意するように頷く。
「アークの特性的に揚力飛行というのは考えづらいわ。だから恐らくだけれど、あれは並列の推進装置だと思うの。私が見た時は折り畳まれていた事を踏まえると、その推進装置をまとめた翼状のユニット自体が可動して推進方向を調整するような構造になっているんじゃないかしら。それなら十分に柔軟な機動性を得られるはずだから」
「可動型の推進翼ですか。見てみない事には何とも言えませんね」
「そうね……。けれどまぁ、これに関しては見ればわかると思うわ」
そう切り上げた遥は、指を二本立てて続ける。
「次はドイツのコードR、リフレクト。これはホライゾンより一回り大きい中型の機体で、全体的に装甲は黒一色だったわ。見た目の印象としてはバーニングが一番近いかしら。戦車みたいな雰囲気の機体よ。装備は見ただけではどれがどんなものかまではわからなかったわ。両肩に見えた火器はチェーンガンだと思うけれど、それ以外ははっきりとは分からないわね。ただ一つ、腰にマウントされている大型の銀色の火器が印象的だったわ。リボルバーの弾倉みたいな物と、長いバレルの銃器だったのだけれど、これも見た目だけでは詳細はわからなかったわ。ごめんなさい」
「外観を見ただけでは分かることも限られているでしょうし、仕方がないでしょう」
申し訳なさそうにする遥にそうフォローを入れてから、隼斗は先を促す。
「あとは、イタリアのコードQでしたか?」
「ええ。最後はイタリアのクワイエット。これはリフレクトとほぼ同じ大きさの赤い機体よ。この機体がどういう機体なのか、残念だけどほとんど分からなかったわ。……武器らしきものをほとんど装備していなかったの」
「武器が無い……?」
声音通りの怪訝な表情を浮かべる飛鳥と、黙ったまま眉を寄せる隼斗と泉美。
想定通りのリアクションだと言わんばかりに一つ頷いて、遥は続けた。
「手の甲部分や肘のあたりに装甲と一体になった武器のようなものが有ったのは見えたのだけれど、それ以上は何とも。両腰の部分に小型の携行武器らしきものが有ったのだけれど、どんなものかは全く分からなかったわ。恐らくだけれど、装備のほとんどが固定装備で、機体の装甲やフレームに埋め込まれているものばかりなんじゃないかしら」
「なるほど。どこにどんな武器が有るか分からない、ということ自体が武器と考えたほうがよさそうですね」
思案した様子を見せてから口を開いた隼斗の言葉を、遥は首肯した。
「ええ、そうね。大がかりな装備は保持していなかったけれど、油断しちゃダメよ」
「了解っす」
飛鳥は首を縦に振ると、改めてアストラル達3機を見上げる。
偵察に来ていたスーツの男が、この外観からどれだけの情報を持ち帰ったのかは分からないが、遥同様それほど多くの事がわかったわけではないだろう。
事前に告げられていた通り、最低限の情報だけを持って、あとは実際の戦闘のようにその場で必要な情報を得ていく事になるようだ。
アークの方を向いていた飛鳥の後ろで、隼斗が遥に礼を言う。
「ありがとうございました、会長。あとは僕たちなりに考えてみます」
「わかったわ。あまり時間も無いから、準備は早めに済ませるようにね。それじゃ、私は戻るから」
「お疲れ様です」
「お疲れっす」
話を終えて去っていく遥を見送って、飛鳥達は改めて3人向き合った。
「俺達はどうする?」
「今分かる情報だけじゃ対策を立てるってレベルじゃないね。頭の片隅に置いておいて、戦闘でのヒントにしていくぐらいでいいだろう」
「だったら、昨日話した通りのパターンで良いのよね?」
「だな。アストラルが前衛、バーニングがそれをバックアップしつつホライゾンの護衛、んでホライゾンが安全圏から狙撃。まぁそれぞれやりやすいようにって形で行こう。必要が有ればその都度考えて話をすればいいしな」
行き当たりばったりにも程がある作戦だが、少なくともアストラルはアドリブ性能の高さも強みの一つだ。敵の攻撃に常にさらされる負担の大きい前衛をアストラルが担当することで、全体として柔軟な対応ができるようになっているということもある。
「僕は僕でやることが多そうだね。必要が有ればバーニングも前に出るよ、相手次第ではアストラル単体に攻撃が集中すると大変だろうし。バーニングなら、回避は厳しくてもある程度は受けられる。体勢を立て直すまでの時間稼ぎぐらいにはなるだろう。それに新しい追加機能を使えば、少しは派手にできると思うよ」
「んー、ホライゾンは今更言うことはないかなぁ。読心能力は問題ない限りは最初から使っていくから、後ろから適宜指示出していくよ。バーニングが護衛についてくれるなら、こっちとしては心配なこともないし。まぁバーニングがフロントに出る時は、私も撹乱ぐらいなら付き合うわ。孤立するよりは、一緒に前に出たほうがリスクも少ないと思うし」
飛鳥が語るよりは二回りほど具体的に自分の考えを述べた隼斗と泉美。
わかっているのかいないのか、微妙な表情ながら飛鳥はうんうんと頷く。
「おっけ、そんな感じで。よし! それじゃあ行くか!」
パンと手を叩いて振り返った飛鳥。
3機並んだアークを見上げて、大股で踏み出していく。
模擬戦の開始まで、もう10分と無かった。




