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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第7部-始祖の末裔-
202/259

2章『真実を求めて』:3

 EU研究所が持ちかけてきた模擬戦闘の提案。

 何の事はない、これまでアメリカやオーストラリアとの合同研究の際も行なったものだ。

 意見も何も、と言いかけたところで、飛鳥は御影の渋い表情に気がついた。

 飛鳥のこれまでの経験では、合同研究と模擬戦闘はセットで行なうものだった。

 だが御影の表情を見る限り、何か懸念する事項があるのが伺える。

「……それ、何か問題あるんですか?」

 安易に応える前に、飛鳥は御影に尋ねた。

 御影はわずかに首を捻ると、こう答えた。

「問題というほどのことではない。ただ、些か性急だとは感じていてね」

「性急?」

「そうか、星野君は合同研究の時は毎回のように模擬戦闘をしていたのだったね」

「毎回っていうか、まぁ2回ですけど、どっちも模擬戦闘はしましたよ。つっても、アルフレッドとは俺からお願いしたんですけど。……あ、そうか。やるのが当たり前ってわけではないのか」

 指折り数えて答えた飛鳥は、そこで自分の認識の間違いに気付く。

 御影は一つ頷いて続けた。

「そうだ。アメリカとは合同研究を2度行なったが、1度目の方は戦闘やそれに準ずる事はしなかった。まぁシミュレーターの開発という目標が有ったからというのもあるがね」

「でも、オーストラリアとは1回目だけど模擬戦ありましたよね? って、あれはあれで向こうが勝手に仕掛けてきただけか……」

「確かにそうだが、持ち掛けられていたら受けていたんじゃないかな。だがいずれにしても、アメリカにしろオーストラリアにしろ、研究において協力関係を結んでいた期間が長い。機体が破損する危険性も小さくない以上、ある程度の信頼があるからこそ、模擬戦闘の提案を承諾したというのもあるんだ。今回に関して言えば、EU研究所と本格的な交流が始まったのは最近の事だ。このタイミングで合同研究を持ちかけてくる事からして、少しばかり急き過ぎているようにも思える。あくまで直感だが、模擬戦闘を行うことの方が、今回の合同研究の目的なんじゃないだろうかと思えてね」

「だとすりゃ、またなんで……」

 御影の言葉に、飛鳥は困惑の表情を浮かべて口をつぐんだ。

 飛鳥はまだ研究に携わって半年程度しか経っていない。御影が言う直感の根拠となるようなものに、今のところ心当たりはなかった。

「彼らが模擬戦闘のレギュレーションとして提案してきているのは、バースト・ドライブの使用禁止とあとは3対3、つまりは双方の総力戦という形だ。前者は場所次第では施設に被害が出かねないから妥当だとして、後者はどうだろうか。引っかかるのはそのぐらいだ。考えすぎだとは私も思うが」

 自らの心配性な性格を自嘲でもしているのか、やや脱力気味に嘆息する御影。

 その傍らで、顎に手を当てた遥が呟いた。

「もしかして、彼らはコードを求めている……?」

 ひとり言のような呟き。だがそれを聞いた隼斗が小さく眉を寄せた。

「コードを……。仮にその通りだとすると、単純に研究に行き詰ったと見ることもできるんじゃないでしょうか? 僕の知る限り、ここ最近でEU研究所は彼らの持つ技術の提供を渋る様子は有りませんでした。決まってこの研究所の技術の提供を対価として求めてはいましたが」

「ってーとなんだ、自力で研究を進めるのが無理になったから、コードを手に入れてアークの中の情報を引っ張り出して利用しようってことか?」

「僕の予想では、だけどね。だけどコードBもコードHもどちらもアストラルが持っているし、コードが欲しいだけならアストラルと戦えばいいはずなんだけど……」

 しっくりこない、とでも言いたげに首を傾げる隼斗。

 泉美が言う。

「それって向こうは知らないんじゃないの? 最近になって本格的な交流が始まったばかりってことなら、どの機体がどのコードを持ってるかなんて細かい事、EU研究所には教えてないでしょ」

「確かに、それは本郷君の言う通りだ。ある程度の技術はこちらからも提供しているが、それ以外の情報のやり取りはしていない。こちらのことを調べられているのでなければ、コードに関わる情報は持っていないはずだ」

 御影がそう補足をしたことで、隼斗も納得した様子で頷いた。

 一通りの話を静かに聞いていた遥が、目を伏せたまま呟く。

「特に怪しい部分はなさそうですね。ただ、研究を急ぐ理由は有ると」

「他に先んじたいのはどこも同じさ。軍事開発の優先度が高いからと、少しばかり警戒し過ぎていたのかもしれないね」

 自嘲気味に言う御影に、遥は同感だとばかりに首を縦に振った。

 なにやら一つ片がついた様子だったので、飛鳥はキョトンとした様子で尋ねる。

「じゃあやっぱり問題ないってことですか? 模擬戦にしたって、勝った方にコードが手に入るってだけですし、特に断る理由もないですよね?」

「ところが実はそうでもないんだ」

「どうして?」

 首を傾げる飛鳥。

 御影はまるで教師が生徒に教えるような雰囲気で続けた。

「これはビジネス的な話になるんだが。アーク技術はまだ世に出ていないとはいえ、多くの国や組織が既にその技術を基にした製品の開発に着手している。実用化に至れば、すぐに世の中へと広がって行くだろう。そして当然だが、他に先んじて実用レベルの物の製品化にこぎつけることができれば、世界のシェアを一気に手に入れる事ができる。アーク技術を用いた製品の市場は未だ類似するものの無い、言わば手つかずの市場だ。ここを取ることができれば、得られる利益は大きいだろう。だからこそ一番手を目指す必要があるんだよ」

 御影はそこまで言うと、わずかに肩をすくめた。

「まぁ、これはこの研究所ではなく、東洞としての考え方だがね。ともかく、他に先行することが重要だということを考えておいて欲しい。自分達が他に有利にならないだけなら問題ないんだが、他の研究機関の研究が大幅に進むのはあまり好ましいものではないんだ。言ってしまえば、この場合、模擬戦に負けるのはリスクでもある。同時に勝てばメリットが大きいという話でもあるんだがね」

 だからどうするべきか考える必要があるんだ、と御影は最後に付け加える。

 みんな仲良く研究を進めましょう、とはならないことぐらいは飛鳥にもわかっていたが、相手を出し抜いて上手くやろうというような考えは、彼にはしっくりこなかった。

 首を傾げる飛鳥の隣で、泉美が面倒臭そうに口を開いた。

「迂遠ね。要するに勝てばいいんでしょう? そもそも、相手はEUだけじゃないんだし」

 ソファに腰掛け、足を組んだまま、泉美は真っ直ぐにそう言いきった。

「…………そう言ってしまえば、そうなのだが」

 敗北の可能性を1パーセントすらも考慮していないかのような泉美の口ぶりに、御影は歯切れ悪く答える。

「あたしはどっちでもいいわ。やるからには勝てばいいだけ。やらないならやらないでも別に。」

 ソファに座って足を組んだまま、泉美は尊大な態度で一人締めくくった。

 泉美の考えは実にシンプルだ。故に否定の余地はない。

 自分の意見は全て述べたとばかりに、泉美は口を閉ざしてしまう。あるいは何か思うところがあるのかもしれないが、瞑目した彼女の表情からそれを察する事は誰にもできなかった。

 ただそれで何か踏ん切りがついたように、隼斗が口を開く。

「僕は受けるべきだと思います。本郷さんの言う通り、競う相手はEU研究所だけではないですし……」

 そこでふと言葉を途切れさせた隼斗は、横目に遥を見ながら続ける。

「それに新しいコードは、僕らにとっても必要なものですから」

「隼斗……」

 視線の先で、遥はどうしてかわずかに目を伏せた。

 隼斗が語るコードが必要な理由は間違いなくサードイブに関わる情報を集めるためだろうし、サードイブの事は遥にとって何よりも重要な情報のはずだ。

 視線を迷わせる遥の姿に、飛鳥は怪訝な表情を浮かべる。

「星野君は、どうだろう?」

 遥の傍らに立っていた御影が、そう尋ねた。

 しかし飛鳥はそれには答えずに、御影ではなく遥の方へと言葉を投げかける。

「遥さん。何かあるなら、言った方がいいですよ」

「…………」

 物思いにふけっていた様子の遥は、唇を軽く噛んで首を横に振る。そしてわずかな沈黙の後、呟くように口を開いた。

「正直、私は反対したいわ」

 彼女の言葉に、御影は驚いたように目を見開く。だが発言を促した飛鳥は、なんとなくだが、そんな答えが返ってくる気がしていた。

「ビジネス的な観点からなら、私もここは引き受けるべきだと思うわ。必要以上に駆け引きにこだわっても、本来の研究そのものが遅れてしまえば意味は無いもの。でもいくらアークとはいえ、研究を進める方法として安易に戦闘行為を選ぶのは、私は違うと思うの」

 遥の言葉は研究所の、引いてはアークそのものの在り様を問うものだった。

 口をつぐんだ飛鳥達に対して、遥は淡々と続ける。

「研究が進展する事は重要だし、戦えるようになることも、悪いことじゃないと思う。だけどそうやって戦うことが当たり前になってしまうのは、決していいことではないはずよ。少なくとも、私達の研究が目指すものとは違うわ」

 アークを研究しその技術を得ることによって、人々の生活を豊かにする。ありきたりだが、それが東洞グループのアーク研究機関が掲げる目標だ。

 そして戦闘は、もっと踏み込めば戦争行為となる。それは彼らの目指すべきものとは対極に存在するものだ。

 戦争が技術を進化させてきたというのは、数千年と続く歴史の語るところだろう。

 しかしだからといって、安易に戦うことを認めそれを前提として研究を行うことに、肯定されるべき理由はない。

 何より、どこでだってアークを力として扱うのは、年若い少年少女だ。管理する側である遥にとって、飛鳥達に戦いを強いることに、強い抵抗があった。

「私が言うべきことではないかもしれないけれど、皆には、よく考えて結論して欲しいの」

 元より、少なくとも飛鳥をこの場に引きこんだのは遥だ。それに、いくつかの状況が重なったとはいえ、ホライゾン強襲の際やオーストラリアの2機との戦闘の際に、飛鳥達を見送ったのもまた彼女だった。

 それでいいのかと、疑問に思うには遅すぎたのかもしれない。だが遥が躊躇うのは、もう一つ理由があった。

「それにもし、二人がサードイブのことを気にかけているのなら、それは考えないで。あのことは、私の個人的な問題にしかならないもの」

 コードを集める事は、遥と同じ遺伝子を持つサードイブについて知ることに繋がる。だが今この研究所が新しいコードを求めているかと言えば、必ずしもそうではない。いずれ必要になるときは来るだろうが、少なくともそれは今ではないのだ。

 だから今戦ってコードを求める事は、遥のわがままにも近いものだった。それが、彼女が躊躇う最も大きな理由だった。

「言われたって、気にかけますよ、俺は」

 理解した上で、飛鳥はそう言った。

「だったら……」

「だからこそ、多くのコードが必要だと思ってるんです。遥さんは、どうなんですか? サードイブのこと、分からないままでいいとは思わないでしょう? お願いです。今は、嘘をつかないでください」

 遥の言葉をさえぎり、飛鳥は静かにそう尋ねた。

 眉間に力を入れて瞑目しながら、遥は答える。

「知りたいわ。分からないままは、怖いもの……。だけどそのために、自分だけのためにあなた達に何かを強いるのは、私のやっていいことではないのよ」

 苦しげで、しかし確たる意思の感じられる声だった。自分の立場をよく理解していると同時に、そこに縛られているのが見えるようでもある。

 その上で飛鳥達を案じての言葉でもあることは、彼にもすぐわかった。ただ、だからこそなおさら辛い。誰かを思いやることが、不安や恐怖を自分の内に抱え込むということと同義になっている今の彼女を思うと、やるせない気持ちになった。

「俺、言ったはずですよ。サードイブのことが分かるまで、遥さんの不安が無くなるまで、戦い続けるって。今更、撤回する気はありません」

 言いきって、飛鳥は強く拳を握った。

「EUとの模擬戦は、勝てば3つコードが手に入る。そしたら、サードイブに関わる情報ももっと多く分かるかもしれない。……こいつはきっとチャンスなんです。だから受けましょう、遥さん」

 飛鳥の言葉を受けてしばし瞑目した遥は、今度は隼斗の方へと視線を送った。

 それに気付いた隼斗は、芝居がかった態度で両手を横に広げて見せる。

「言いたい事はほとんどアスカに言われてしまいましたが。……僕も同じ意見です。勝って、コードを手に入れましょう」

 隼斗はそうして、飛鳥と同じ迷いの無い返事を返した。

 その様子を見ていた御影は、少しだけ口元をほころばせる。

「どうやら、決まったようだね」

「……ええ」

 遥は頷くと、強い意志を感じさせる視線を御影に向けた。

「EUとの模擬戦、受けましょう」

「わかった。その旨で伝えておこう」

 トップである二人の間で意思が決定したのを確認して、飛鳥はパンと手を叩いた。

「よっし! じゃあそうと決まればトレーニングだ。勝たなきゃならないからな」

「ならアスカくん、私が手伝いますよ」

「一葉さんが? じゃあ、お願いします」

「ええ、任せて下さい」

「シミュレーターかい? だったら僕も観戦させてもらおうかな」

 飛鳥達は口々に言葉を交わしてソファから立ち上がると、シミュレーターを使用するため部屋のドアへと向かった。黙って様子を見届けていた泉美も、その後ろについて行く。

 会釈をして去っていく飛鳥達に遅れて、パタンと音を立ててドアが閉じた。

 その背中を見送って、遥はポツリと呟く。

「これでよかったんでしょうか」

「結果として正しいのかどうかは、後にならなければ分からないことだ」

 御影は一つ息を吐くと、腕を組みながらこう続けた。

「だが彼らの選択の先に世界がどうなろうとも、私はその責任を負うつもりだ。必要とあらば道も示す。だがその上で、選択は彼らに任せたい。それが結果として望まぬ未来に繋がっていたなら、正すために全力を尽くそう。我々が押しつけるものとは違う答えを出してくれるなら、十分に価値のあることだと思うよ」

「私は……、選ぶ側なんでしょうか?」

「きっと、そうだろう。そして責任を負うべき立場でもある。……だがそれでも、君一人には背負わせたくないんだろうなぁ」

 しみじみと呟いてから、御影は最後にこう言う。

「それにしても、愛されているんだね、遥君は」

「……はい」

 肯定する遥は、穏やかな表情を浮かべていた。

「きっと恵まれているんだと、私も思います」

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