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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第7部-始祖の末裔-
201/259

2章『真実を求めて』:2

 御影は入り口付近から、部屋にいるメンバーを見渡すと、一つ頷いて入室する。

 後ろ手にドアを閉めた彼は、部屋の奥にあるデスクの方へと向かった。

「あ、御影さん。どうかしたんですか?」

 パソコンのキーボードを叩いていた遥が、作業の手を止めて顔を上げた。御影は遥の隣に立つと、こう告げる。

「ついさっき話がついてね。今度EU研究所と合同研究をすることになったんだ」

「EUとですか? いずれあると思っていましたけど、急ですね」

「ああ、向こうにも何か事情があるようだ。とはいえ、合同研究をすることが決まっただけで、具体的な日程まではまだ決まっていない。先に知らせておこうと思ってね。私が直接ここへ来たんだ」

「そうだったんですか。忙しいのに、ありがとうございます」

「なに、ちょうど手が空いていたから来たまでさ」

 労う遥に、御影は軽く手を振ってそう言った。

 飛鳥達の目のつくところで仕事をしている事は少ないが、御影はあくまでもこの研究所の所長である。具体的に何をしているかまでは飛鳥の知るところではないものの、かなり多忙だということはわかっていた。

 遥も当然そこは理解していたので彼を気遣ったわけだが、御影自身はいくらか余裕そうにも見えた。

「……EUっていうと、最近交流が活発だっていう?」

 話をしている遥達を横目に、飛鳥は声を押さえて尋ねる。

 誰に向けたというわけでもなく、誰かしら応えてくれるだろうと放り投げた質問を拾ったのは隼斗だった。

「そうだよ。正確にはEUアーク総合研究所と言って、まぁウチと似たようなものだね。分野を限定せずにアークに関わることを総合的に研究している組織さ」

「で、そこと合同研究をすると。こっちに来る……って感じでもなさそうだな。また移動になるのか?」

「それは僕にはわからないけど、まぁこちらから行くことにはなるだろうね。アメリカと同じで、施設規模はこの地下研究所よりもずっと大きいんだよ。というより、ここがそろそろキャパの限界だからね。ホライゾンを含めて今で三機あって、機体ごとに専用の設備も追加されたりしたし、あと一機程度しか研究に十分なスペースを捻出できないと思うよ」

「土地の問題かよ」

 そう言って飛鳥は肩をすくめる。

 星印学園地下研究所もかなりの広さを誇るとはいえ、せいぜいが私立高校の敷地と同程度だ。一研究所としてはほどほどの大きさだろうが、中には軍基地を間借りして研究をしたりしているところもあるぐらいだ。アークのそれとしては狭いのかもしれない。

 果たしてEUの研究機関とはどんなところなのか、と飛鳥がそれを尋ねようとしたところで、御影がこちらに向けて言った。

「それでなんだが、皆の予定に問題が無ければ早いうちから合同研究をしようと思っているんだ。察しの通り、こちらから出向く形にはなるんだがね」

「早いうちと言うと、明日からということですか?」

 そう隼斗が訊き返すと、御影は苦笑しつつ首を横に振った。

「さすがに明日という事はないよ。ただ君たちも冬休みが終わったら授業があるわけだし、期間に限りがある以上早めに始めたい……まぁ2,3日後から、といったところになるだろうか。2週間程度欲しいところなんだが、どうだろうか?」

「2週間と言うと、冬休みのほぼ全部ですね……」

「そうなるな、……いや申し訳ない」

 指折り数えて頬を引きつらせた隼斗。御影は後頭部を掻きながら軽く頭を下げた。

 顔を上げた御影はやはり申し訳なさそうな顔をして、こう続けた。

「それでも無理強いをするつもりはない。とはいえ、後日ということにできる用事ならそうして欲しいんだが……」

 短期間とはいえ、年末年始ともなれば寮生でも実家に帰る者が多い。慣習と言えば慣習だが、それ故に根深いもので、個人の都合でどうこうはし辛い。無茶を言っている自覚はあるのか、御影の表情は曇り気味だ。

 しかし飛鳥にはこの長期休みでも親元へ帰るつもりはなかった。他の用事も、せいぜい冬休みの終わりに篠原からクリスマスパーティとやらに誘われた程度で、それ以外に予定もない。

 彼は肩をすくめると、軽い調子で答えた。

「とりあえず、俺は問題ないですよ。休みの最終日にちょっと予定入ってますけど、それ以外は何もないんで、いつでもいいです」

 相変わらず自分が度を越した暇人なんじゃないだろうかと不安になる飛鳥だったが、真実その通りであるという結論に達するのが嫌で、早々に考えるのを止めてしまう。

 渋い顔をする飛鳥を横目に、斜交いにいた隼斗がひょいと手を上げた。

「僕もアスカと同じです。特に予定は有りません」

「あたしも。休みの最後ぐらいしか、今のところは予定は入れてないわ」

 隼斗に続く形で、泉美もそう答えた。

 泉美は終業式の日に水城から遊びの誘いを受けていたのだが、こうなる可能性を見越して答えは先送りにしていたのだ。彼女にとっても楽しみだったが、残念だと思う内心は表情に出さない。何事にも優先順位があるのは、仕方の無いことだった。

 さて、残ったのは2年生の二人だ。

 自然と周囲の視線が集まる中、遥は当然のことのようにこう言った。

「私は問題ありません。って、今更言うことでもないですか」

 何にしても研究を優先している遥だ、この答えは誰もが予想していたものである。らしいなぁ、と思わず笑みを浮かべてしまう飛鳥だったり、くすりと笑う隼斗だったり、苦笑気味な御影だったり。

 三者揃って似たような反応を返されて、遥はおどけたように肩をすくめてみせた。

「それで、一葉はどうなの?」

 今のところ唯一答えを返していない一葉に、遥の視線が向けられる。

 一葉はわずかに身じろぎすると、居心地悪そうにこう答えた。

「う~ん……。私はちょっと厳しそうです。親には詳しい事情を話せませんし、同好会の合宿みたいな言い訳ではさすがに止められるでしょうから……」

「確かに、それが普通よね」

 ここに居るメンバーは揃いも揃って親元から離れて生活している者ばかりだ。

 飛鳥は言わずもがな。隼斗は寮生活を送っているし、泉美の家族にしても現在韓国政府の保護下にあってそもそも国内に居ないため、飛鳥と同じアパートで一人暮らしだ。

 遥も私生活について話す事はほぼないが、父親は誰かわからない上に、母親である亜紀はどこかに定住する事が無いという。寮暮らしではないようだが、保護者と共に生活しているということもない。

 その点一葉は両親と一緒に暮らしているという、言わばごく普通の家庭環境だ。こうしてごく普通の制約がでてくるのも、致し方ないということだろう。

「そうか。だがまぁ無理をさせても仕方ない。では一葉君は、今回の合同研究は参加しないということだね」

「すみません」

「構わないよ。ゆっくり家族と過ごすといい」

 申し訳なさそうな態度を取る一葉に優しく語りかけた。

 一葉は研究には積極的に協力している。専門的な部分はさすがに難しいものの、多忙な遥に代わりライセンス所有者と研究員との仲介役として、決して小さくない役割を果たしている。

 とはいえ、ライセンス所有者さえいれば合同研究の体裁が整うのも確かだ。一葉が居ないと回り辛い部分もあるだろうが、せいぜい2週間程度ならどうとでもなるだろう。

 御影は参加するメンバーを見渡すと、改めてこう告げた。

「それじゃあ合同研究に参加する人は準備をしておいてくれ。まだ正確な日程は決まっていないが、2,3日後の話だろう。相手はEUアーク総合研究所で、研究を行う場所はイタリアのターラントだ。もし必要なものがあったら言ってほしい。こちらで準備しよう。それでは少し遅くなるかもしれないが、今日中にまた追って連絡をするから、そのつもりでいてくれ」

 飛鳥達がみな頷くのを見届けて、御影は満足そうな表情を浮かべる。

 一通り話は終わったようだと判断して、飛鳥は口を開いた。

「ところで、そのEUのアーク研究所ってどんなとこなんですか?」

 なんとなく尋ねてみた問いに、遥が少し考えるそぶりを見せてから答えた。

「そうね……、私たちと同じように、企業主体で研究をしている機関よ。国というか欧州連合としての全面的なバックアップがあることも含めて、アメリカに近い組織形態ね。複数の企業が相互に協力し合いながらアーク研究をしているのが特徴と言えば特徴かしら」

「複数って、どれくらいなんですか?」

「どれくらいだったかしら、10は有ったと思うけど……。まぁ中核を担う企業はドイツのゲルトパンツァー、フランスのアリオー、イタリアのカンティエリ・ナヴァリ・ターラントね」

 遥の話では、それぞれコードR・リフレクト、コードU・ユナイテッド、コードQ・クワイエットの所有権をEU研究所と共有していると言う。三社が単独で所有権が持っていないのは、アメリカとは異なるポイントだった。

 本部はスペイン、バルセロナの大規模な研究施設にある。中核の三企業と異なる国に配置されているのは、EU研究所内でのパワーバランスに偏りが生まれないようにするための配慮のようだ。

「ちなみにゲルトパンツァーは自動車メーカーで、カンティエリ・ナヴァリ・ターラント、CNTは造船会社、そしてアリオーは航空機メーカーなの。……大体わかると思うけど、軍事開発も結構活発よ。ゲルトパンツァーは装甲車や戦車、自走砲。CNTは現在でも戦艦を製造しているし、アリオーも似たようなものだから。少なくともアメリカのアルケインフォース単体よりは開発が進んでいるわね」

「ああ、陸海空ってことですか……。どこもそんな感じっすね」

 アメリカは言わずもがな、最近交流があったところで言えばオーストラリアも、早くも軍事開発を始めたとかいう話だ。仕方が無いとはいえ、アーク研究は常に兵器開発と背中合わせに進んでいく宿命なのだろう。

 携わる遥としてはあまり気持ちのいいものではないのか、眉を寄せて不満げな表情をしている。

 やはりどうしても実感に繋がらない部分もあって、飛鳥は特別強い意見を持っていないが、傍らの泉美はその無表情から微かな不快感を覗かせていた。

 実際に軍でアーク研究に関わっていた彼女の感覚は、飛鳥のそれよりも確かなものだろう。飛鳥にとっては、未だ想像の上にしかないものだった。

 アーク研究が軍事開発と共にあることは、必ずしも悪とは言えない。

 ライセンス所有者の中には、アルケインフォースのバーナードのように、自らの意思で研究に参加する者もいる。強制されたものでなければ、それはあくまでも個人の意思なのだ。

 そう感じてしまえることも、知らないが故なのか。

 実感を持てず想像することしかできないということが、果たして幸福なのかどうか、今の彼には判断が付かなかった。

 口を閉ざした遥と泉美の影響で、部屋の空気が少しばかり重くなる。

 気分を変えようと、飛鳥はまた新しい質問をした。

「そういえばそのEUの研究所って、本部がスペインにあるんですよね。今回の合同研究って、イタリアのターラントって話じゃなかったですか? そこにも研究施設が?」

「ああ、それはだね……」

 それまで腕を組んで黙っていた御影が、飛鳥の問いに口を開いた。

「EUでの研究は関わる企業の数が多いから、バルセロナ以外にもいくつか研究施設をもっているんだ。特にアークの所有権をEU研究所と共有している3企業は、それぞれに大規模なアーク研究施設を持っている。その一つがCNT本社のあるイタリア、ターラントの研究所で、今回はそこで研究を行うことになっている」

「へぇ、そうだったんすか。……でも、どうして本部じゃないんですか?」

「…………うぅむ」

 何気なく尋ねただけなのに、御影は渋い表情を浮かべてわずかに顔を俯かせる。

 傍らの遥が怪訝そうに彼の横顔を伺う中、首を振って逡巡を払った御影がこう告げた。

「この合同研究にあたって、EU側から模擬戦闘を申し込まれているんだ。研究の最後に一つ、ということだが……受けるべきかどうか、君たちの意見を聞こうと思ってね」

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