アイアンボア
夜遅くまで続いた宴の翌朝。
「……いてぇ」
部屋に入るなり、ガルドが頭を押さえて床へ膝をついた。
「だから飲みすぎだって言っただろ」
「酒は裏切らねぇ……。裏切るのは翌朝だ……」
「十分裏切られてるじゃねぇか」
俺が呆れてため息をつくと、また扉が開き、リリアが入ってきた。
「いい天気ー!」
朝日が部屋いっぱいに差し込む。
「よーし! 早く魔法をつかいたいな~」
「やめてくれよ」
「えー?」
まるで反省していない。
昨日、酒場の壁を豪快に吹き飛ばした本人とは思えなかった。
「そうだ!」
リリアは俺の腕を掴み、目を輝かせる。
「ジョー! 一緒に魔法使おう!」
「使わない。てか使えない」
「なんで!?」
「街がなくなるから」
「大丈夫だよ!」
「その『大丈夫』が一番信用できないんだ」
そんなやり取りをしていると、ガルドがゆっくり立ち上がった。
「……酒」
「朝一番で飲むな!」
「景気づけだ」
「二日酔いなのに?」
「だからこそだ」
意味が分からない。
結局、ガルドは酒瓶を一口あおると満足そうに頷いた。
「よし」
「エンジンかかった」
「便利な体だな……」
三人でギルドへ向かう。
朝のギルドはすでに多くの冒険者で賑わっていた。
俺たちが入った瞬間、何人もの冒険者がこちらを見る。
「あっ」
「昨日の酒場破壊したやつだ」
「いや、三人組か」
「修理代、大丈夫なのか?」
俺は恥ずかしくなって顔をしかめる。
「全部リリアのせいだからな?」
「えへへ」
「褒めてない」
リリアは悪びれる様子もなく笑っている。
すると奥の扉が勢いよく開いた。
「お前ら!」
ギルドマスターだった。
腕を組み、いつも以上に険しい顔をしている。
「来たか」
「昨日は悪かったね!」
「軽い!」
ギルドマスターは深いため息をつき、机の上へ一枚の依頼書を叩きつけた。
バンッ!
「酒場の修理費は金貨五十枚」
「高っ!」
思わず声が漏れる。
リリアは首をかしげた。
「そんなに壊したっけ?」
「壁と窓と机と椅子を吹き飛ばしたんだぞ!」
「えへへ」
「笑ってごまかすな!」
ギルド中から苦笑いが漏れる。
ギルドマスターは依頼書を俺たちへ突き出した。
「というわけだ」
「この修理代は、お前ら三人で働いて返してもらう」
「俺もですか?」
「お前は監督役だ」
「責任重くない?」
「ガルドだけじゃ止められん」
ガルドは酒を飲みながら笑う。
「止める気はない」
ギルドマスターはさらにもう一枚の依頼書を取り出した。
「ちょうどいい依頼がある」
《アイアンボア五十頭討伐》
《報酬 金貨五十枚》
「五十頭!?」
「多くないですか!?」
俺が声を上げると、ギルドマスターは肩をすくめた。
「数は多いが、一頭一頭はそこまで強くない。ワイバーンを倒したお前らなら十分だ」
それを見たリリアが飛び跳ねる。
「五十頭!?」
「五十回魔法使える!」
「そこじゃない!」
俺は頭を抱える。
この二人とまともに依頼なんてできるのか。
そんな不安をよそに、リリアは杖を高く掲げて満面の笑みを浮かべた。
「よーし!」
「討伐に行くぞぉ!」
俺たちは討伐に向かってギルドを出た。
グレイフォレスト。
街から歩いて二時間ほどの場所に広がる巨大な森林だ。
木々が生い茂り、地面には無数の足跡が残っている。
その中でも、ひときわ大きな跡を見つけた。
「これがアイアンボアの跡か……」
俺がしゃがみ込んで観察すると、ガルドは酒瓶を片手に周囲を見回した。
「ああ。群れで行動する魔物だ。見つけたら一気に片付けるぞ」
「おー!」
リリアは元気よく返事をすると、早速杖を構え始める。
「いや、まだ敵いないから!」
「準備運動!」
そんな会話をしていると、茂みの奥からガサガサと音が聞こえた。
ガルドの表情が変わる。
「来るぞ」
次の瞬間。
ブモォォォッ!!
茂みを突き破り、巨大な蛇が飛び出してきた。
全身を灰色の硬い鱗で覆い、牙は剣のように鋭い。
その後ろから二頭、三頭と姿を現す。
「五頭か」
ガルドは酒を一口飲み、大剣を抜いた。
「ぷはぁ」
「よし」
「エンジンかかった」
「その儀式いる?」
俺が突っ込む間もなく、アイアンボアたちが一斉に突進してきた。
ドドドドドッ!!
地面が揺れる。
「俺に任せろ!」
ガルドは正面から走り出した。
「うおおおおっ!」
ガギィン!!
先頭のアイアンボアへ大剣を叩きつける。
火花が散る。
ガルドの大剣を防ぐほど硬いとは……。
だが、そのまま力任せに押し切った。
ズバァッ!
一頭目が真っ二つになる。
「一匹!」
その勢いのまま二頭目へ剣を振るう。
ドガァン!
吹き飛んだ巨体が木へ激突し、そのまま動かなくなった。
「二匹!」
「相変わらず化け物だな……」
俺が呆れていると、リリアが嬉しそうに飛び跳ねた。
「次は私!」
杖を高く掲げる。
「『ライトニングフレイム』!」
バチバチバチッ!!
巨大な雷と炎が一本の光となって森を駆け抜ける。
ドォォォン!!
残る三頭をまとめて飲み込み、大爆発を起こした。
爆風で木々が揺れ、葉が一斉に舞う。
煙が晴れる。
そこには黒焦げになったアイアンボアが転がっていた。
「……」
俺は口を開けたまま固まる。
「終わったよ!」
リリアは満足そうに笑った。
「終わったじゃねぇ!」
「森まで燃えるだろ!」
周囲を見れば、何本もの木が根元から折れ、燃えていた。
「えへへ」
「笑ってごまかすな!」
ガルドは豪快に笑う。
「ははは!」
「やっぱり上級ウィザードは違うな!」
「いやいや、やばいでしょ!」
俺が叫ぶと、リリアは首をかしげる。
「そう?」
「いつもこれくらいだけど」
その時だった。
ガサガサガサッ!!
森の奥から何やら大きな音が響く。
「……今の爆発で集まってきた?」
俺が嫌な予感を口にした瞬間。
ブモォォォォッ!!
十頭。
二十頭。
三十頭。
アイアンボアの群れが木々の間から一斉に姿を現した。
「うわっ!」
「多すぎるだろ!」
リリアは逆に目を輝かせる。
「すごーい!」
「いっぱい来た!」
「喜ぶところじゃない!」
ガルドはニヤリと笑い、大剣を肩へ担いだ。
「一気に片付けるぞ!」
「おう!」
「私はもっと大きい魔法撃つ!」
「だから加減しろ!」
戦いは一方的だった。
ガルドが前へ出る。
一太刀ごとに一頭倒れる。
リリアの魔法が降り注ぐ。
爆発。
雷。
炎。
水。
次々とアイアンボアが吹き飛んでいく。
俺はその隙を見ながら、《ギャンブル》で危険な突進を予測し、二人へ叫ぶ。
「右!」
「後ろ!」
「左から来る!」
ガルドは笑った。
「ジョー!」
「いい指示だ!」
「任せろ!」
十分ほど経った頃には、地面は倒れたアイアンボアで埋め尽くされていた。
「終わっ……」
そう言いかけた、その時。
リリアが杖を空へ向ける。
「最後に派手なの!」
「『メテオフレイム』!!」
「待てぇぇぇぇ!」
空に巨大な火球が現れた。
ズゴォォォォン!!!
火球は森の奥へ落下し、山全体が揺れるほどの爆発を起こした。
衝撃波が木々をなぎ倒し、鳥たちが一斉に飛び立つ。
静寂。
「えへへ!」
「きれい!」
「きれいじゃない!」
俺が頭を抱えた、その瞬間だった。
――ドォン。
地面が揺れる。
もう一度。
ドォン。
ドォン。
まるで巨大な何かが歩いてくるような重い振動。
ガルドの笑みが消えた。
酒瓶をしまい、大剣を握り直す。
「……来るぞ」
森の奥の木々が次々となぎ倒される。
そして、巨大な影が姿を現した。
普通のアイアンボアとは比べものにならない巨体。
高さ五メートルを超える黒い体。
黄金色の巨大な牙。
全身から漂う圧倒的な威圧感。
リリアもさすがに目を丸くした。
「わぁ……」
「大きい」
ガルドが低く呟く。
「キングボアか……」
その黄金の瞳が、ゆっくりと俺たち三人を見据えた。




