キングボア
「シャアアアアアァッ!!」
耳をつんざく咆哮。
その威圧感だけで空気が震えた。
「……なんだよ、あれ」
俺は思わず後ずさる。
ガルドは酒瓶を腰へ戻し、大剣を構えた。
「キングボアだ」
「さっきの爆発で目を覚ましちまったらしい」
リリアは目を輝かせる。
「すっごーい!」
「こんな大きい蛇初めて見た!」
「感動してる場合じゃない!」
次の瞬間だった。
キングボアが地面を滑るように走る。
ドゴォォン!!
「速っ!」
巨体とは思えない速度。
俺の目ではほとんど見えなかった。
ガルドが前へ飛び出す。
「ジョー! 下がれ!」
ギィィン!!
大剣と牙が激突する。
火花が散り、衝撃で周囲の木々が大きく揺れた。
「うおおおおっ!」
ガルドはそのまま力任せに押し返す。
だが、
「チッ……!」
キングボアの力が上回った。
ドォン!!
ガルドの体が十メートル以上吹き飛び、太い木へ激突する。
「ガルド!」
「まだだ……!」
血を吐きながらも立ち上がる。
「そのくらいで倒れる俺じゃねぇ!」
酒瓶を取り出す。
グビッ。
「ぷはぁ。」
「よし。」
「エンジンかかった。」
リリアは杖を掲げる。
「今度は私!」
「『ライトニングフレイム』!!」
轟音と共に雷と炎が一直線に走る。
ドガァァァン!!
爆炎がキングボアを飲み込む。
しかし、煙が晴れると、そこにはほとんど無傷のキングボアが立っていた。
「え?」
リリアの笑顔が固まる。
「効いてない……?」
キングボアは口を大きく開く。
「シャアアアアッ!!」
ゴォォォォッ!!
紫色の毒液が雨のように降り注いだ。
「避けろ!」
三人が散る。
毒液が落ちた場所は煙を上げながら溶けていく。
「なんだよあれ!」
「当たったら終わりだ!」
リリアは続けて魔法を放つ。
「『アイスランス』!」
「『ウィンドカッター』!」
氷の槍。
風の刃。
何発も命中する。
それでも、
鱗に弾かれるだけだった。
「そんな……」
キングボアが体をくねらせる。
巨大な尾が横薙ぎに振るわれた。
ブォン!!
「リリア!」
ガルドが叫ぶ。
リリアが振り向いた瞬間。
ドガァァァン!!
尾が直撃した。
「きゃあぁぁぁっ!!」
小さな体が宙を舞い、何本もの木をへし折りながら吹き飛んでいく。
「リリア!」
俺は駆け寄る。
リリアは倒れたまま苦しそうに咳き込んだ。
「ごほっ……」
「立てるか!」
「う……うん……」
そう言いながらも、足に力が入らない。
その隙を狙ってキングボアが迫る。
「させるか!」
ガルドが飛び込む。
大剣を振り下ろす。
ズガァン!!
鱗が少し砕ける。
「効いた!」
そう思った次の瞬間。
キングボアは口を大きく開き、そのままガルドへ噛みついた。
ガギィィン!!
牙は鎧を砕き、ガルドを地面へ叩きつける。
ドォォン!!
「ぐぁぁっ!!」
骨が折れる嫌な音が響いた。
ガルドの体が地面を転がる。
大剣は遠くへ飛ばされていた。
「ガ……ルド……!」
「チッ……」
立ち上がろうとする。
しかし片膝をついたまま動けない。
腕からは大量の血が流れていた。
「……やべぇな。」
ガルドが苦笑する。
「体が……言うこと聞かねぇ。」
リリアも動けない。
ガルドも満身創痍。
戦えるのは――俺だけだった。
キングボアはゆっくりとこちらへ顔を向ける。
赤い瞳が、獲物を見つけたように細くなった。
俺は震える拳を握り締める。
「俺が……やるしかない。」
青白い光が目の前へ集まり、見慣れたウィンドウが静かに浮かび上がった。
《イベント発生》
《対象:キングボア討伐》
《現在勝率 3%》
ゼロじゃないだけましだ。
冷や汗が流れる。
勝率一パーセント以下。
こんなの無理だ。
だが。
《寿命をベットすることで勝率を上昇できます》
「最低ベット」
《三日》
「三日、ベット」
《受理しました》
《勝率 3%→5%》
ほとんど変わらない。
キングボアはすぐ目の前まで迫っていた。
命には変えられない。
「三十日!」
《受理しました》
《勝率 5%→35%》
まだ低い。
「さらに三十日!」
《勝率 35%→57%》
それでも足りない。
キングボアの尻尾が地面を薙ぎ払う。
ドゴォォン!!
俺は転がるように間一髪で避ける。
背後の大木が一撃でへし折れた。
「あれ食らったら終わりだ……!」
心臓が嫌なくらい速くなる。
ガルドが叫ぶ。
俺は首を振る。
「まだだ」
《現在勝率 57%》
五割。
《もう三十日をベットしますか?》
「クソがっ!やってやる」
《受理しました》
《勝率 57%→97%》
ピコン。
画面が変わる。
《特殊効果発動》
《勝率95%以上》
《勝利への道筋を表示します》
その瞬間だった。
景色が変わる。
キングボアの動きがゆっくり見える。
頭。
胴。
尻尾。
そして、首の付け根。
一枚だけ。
他より黒い鱗があった。
「あそこか……!」
未来が見えたような感覚だった。
キングボアが再び突進する。
俺は逃げない。
真正面から走る。
「ジョー!」
ガルドの叫びが聞こえた。
キングボアが大口を開く。
あと数メートル。
喰われる......その瞬間。
足元の小石を踏む。
ツルッ。
体勢が崩れた。
「しまっ――」
偶然。
本当に偶然だった。
俺は転ぶように前へ倒れる。
キングボアの牙が頭上を通り過ぎた。
ギリギリで避けていた。
「え?」
俺自身が一番驚く。
するとキングボアも勢い余って木へ激突した。
ドゴォォン!!
森中が揺れる。
運が俺を勝たせようとしている。
「頼むっリリア!」
「えっ!?私?」
リリアはふらつきながらも魔法を唱えた。
「『アクアエッジ』!」
水でできた鋭いカッターは、キングボアの首に目掛けて飛んでいった。
スパッ!!
首の付け根が裂け、大量の血が噴き出した。
キングボアの動きが止まる。
ドォォォォォン!!
巨大な体が地面へ倒れ伏した。
森が静まり返る。
風だけが吹いていた。
俺はその場へ膝をつく。
「勝った……」
青いウィンドウが静かに浮かび上がる。
《成功》
《寿命 93日返還》
《報酬》
《幸運値+50》
《レベル3→5》
その文字を見た瞬間、俺の意識は暗闇へ落ちていった。
意識が暗闇へ沈んでいく。
遠くで誰かの声が聞こえた気がした。
「ジョー!」
「おい!」
体が揺さぶられる。
重たいまぶたをゆっくり開けると、夕日が木々の隙間から差し込んでいた。
「……生きてる?」
最初に見えたのは、心配そうな顔をしたリリアだった。
目には涙まで浮かんでいる。
「よかったぁ……!」
勢いよく抱きつかれ、俺は思わずうめく。
「ぐっ……痛い痛い!」
「あ、ご、ごめん!」
慌てて離れるリリア。
その横ではガルドが酒瓶を片手に座っていた。
……いや。
酒飲んでる。
「お前、怪我してるだろ!」
「治療薬飲んだから問題ねぇ」
そう言って酒を一口。
「これは別腹だ」
「はっはっは!」
元気よく笑う。
本当に底抜けに明るい。
その時だった。
リリアがキングボアの死体を見て首を傾げる。
「……これ、どうやって持って帰るの?」
三人とも固まる。
確かに。
全長十メートル近い蛇だ。
持ち運べる大きさじゃない。
ガルドは少し考えると、
「頭だけ切って持っていくか」
「討伐証明になるだろ」
「なるほど」
三人で協力して巨大な首を切り落とす。
それだけでも一苦労だった。
「重っ!」
「ジョー、もっと右!」
「リリア、お前魔法で浮かせられないのか?」
「ちょっと疲れたから無理......」
結局、ガルドが担ぎ、俺とリリアが支えることになった。
街へ戻る頃には、すっかり日が暮れていた。
門番が俺たちを見る。
「おい……」
「何持ってきた?」
巨大な蛇の頭を見た瞬間、門番の顔色が変わる。
「キングボアじゃねぇか!」
「倒したのか!?」
ガルドは平然と答える。
「ああ」
「酒代が欲しくてな」
「理由が最低だ!」
門番は慌てて門を開ける。
「ギルドへ急げ!」
「報告しろ!」
街中を歩くたび、人々の視線が集まった。
「あれキングボアだ」
「討伐されたのか?」
「誰が?」
「あの三人だ!」
ざわめきが広がっていく。
リリアは少し照れくさそうに笑った。
「なんか有名人みたい!」
「原因はほとんどお前だけどな。」
「えへへ。」
「褒めてない。」
ギルドへ着く。
ギィッ――。
扉を開けた瞬間、中にいた冒険者たちが一斉にこちらを向いた。
ガルドは何も言わず、キングボアの頭を床へ落とす。
ドォン!!
床が揺れる。
一瞬、ギルドが静まり返る。
「……キングボア」
誰かが呟く。
次の瞬間。
「うおおおおお!!」
歓声が爆発した。
「討伐成功だ!」
「本当に倒しやがった!」
「Aランク級だぞ!」
「しかも三人で!」
受付嬢も駆け寄ってくる。
「ジョーさん!」
「ガルドさん!」
「リリアさん!」
「皆さん、ご無事で……!」
しかしガルドはニヤリと笑うだけだった。
「無事じゃねぇ」
「酒が切れた」
「それは自業自得です!」
ギルド中に笑いが広がる。
ギルドマスターも奥から現れ、キングボアの頭を見ると満足そうに腕を組んだ。
「よくやった。」
「修理代はこれで十分返せる」
リリアはぱっと笑顔になる。
「じゃあ自由!?」
ギルドマスターは少し考え、
「……いや。」
「お前一人にしたら、また街を吹き飛ばす」
酒場中が一斉に頷く。
「だからジョー」
「ガルド」
「正式にリリアをお前たちのパーティーへ入れろ」
「異論は認めん」
俺は思わず頭を抱えた。
「強制かよ……」
リリアは飛び跳ねる。
「やったー!」
ガルドは酒瓶を掲げる。
「仲間が増えた。」
「今日は飲むぞ!」
「だから酒しかねぇのか!」
三人のやり取りに、ギルド中が大きな笑いに包まれた。
これが、ジョー、ガルド、リリアの三人が正式なパーティーとして歩み始める最初の日になった。




