勝負
ギルドを出ると、昼の日差しが石畳を照らしていた。
街の大通りには多くの人が行き交い、露店からは香ばしい肉を焼く匂いが漂ってくる。
鎧姿の冒険者。
大きな荷物を運ぶ謎の生物。
ローブをまとった魔法使いらしき老人。
どこを見ても、日本ではあり得ない光景ばかりだった。
「……本当に異世界なんだな」
俺は本当に死んで、異世界へ転生したらしい。
胸ポケットにしまった冒険者カードを取り出す。
そこには『ジョー』の名前と、《ギャンブル》というスキルだけが刻まれていた。
「ギャンブル、ねぇ……」
さっきは助かった。
登録料も手に入った。
だが、それだけだ。
このスキルが何をどこまでできるのか、まだ何も分かっていない。
「まずは金だな」
財布の中はすっからかん。
宿を取るには到底足りない。
腹も減ってきた。
このままでは今日の寝床すら危うい。
ギルドで依頼を受けるしかないだろう。
そう思いながら歩いていると、一軒の武器屋が目に入った。
店先には剣や槍、斧がずらりと並んでいる。
「すげぇ……」
思わず足を止める。
ゲームや映画でしか見たことのない武器が、本当に売られている。
試しに一本の剣へ手を伸ばそうとすると、店主らしき大男が睨んできた。
「買わねぇなら触るな」
「あ、すみません」
慌てて手を引っ込める。
値札を見ると、『十五銀貨』と書かれていた。
「高っ!」
思わず声が出る。
相場なんて分からないが、今の俺には一生縁がなさそうな値段だ。
武器屋を後にし、今度は防具屋、道具屋と見て回る。
どの店も賑わっているが、俺には見ることしかできない。
「異世界って、転生した瞬間に最強装備がもらえるもんじゃないのかよ……」
思わず愚痴が漏れる。
そんな都合のいい話はないらしい。
俺は苦笑しながら空を見上げた。
すると、広場の中央に大きな掲示板が見えた。
大勢の冒険者たちが紙を剥がしたり、仲間同士で相談したりしている。
「依頼掲示板か」
ようやく仕事ができそうだ。
俺は少しだけ胸を躍らせながら広場へ向かった。
――その時だった。
「おい、新人」
低い声が背後から聞こえた。
振り返ると、三人の男が道を塞ぐように立っていた。
全員が革鎧を身にまとい、腰には剣を下げている。
そして、その目は獲物を見つけた肉食獣のように笑っていた。
「さっきギルドで登録したばかりだろ?」
男の一人が、ニヤリと口角を吊り上げる。
嫌な予感しかしなかった。
歳は俺と同じくらい。
二十代前後だろうか。頬には古い傷跡が走り、鼻には酒の匂いが残っていた。
後ろの二人も腕を組み、逃げ道を塞ぐように立っている。
「……何か用ですか?」
俺は警戒しながら距離を取る。
男は肩をすくめた。
「そんな構えるなって。俺たちは親切なんだよ」
「新人には街のルールってもんを教えてやってるだけさ」
絶対嘘だ。
ギャンブルで散々カモにされそうになってきた俺には分かる。
こういう笑い方をする奴に、ろくな人間はいない。
「教科書代だ」
男は親指と人差し指を擦り合わせた。
「持ってる金、全部置いていけ」
「……悪いけど、本当に金はない」
「嘘つけ。登録料くらい払ったんだろ?」
「全部使った」
男たちの眉がぴくりと動く。
「だったら、そのカードでもいい」
冒険者カードを指差される。
「それを売れば多少にはなる」
「断る」
即答だった。
せっかく異世界で初めて手に入れた物を失うわけにはいかない。
「はっ」
男は鼻で笑う。
「威勢だけは一人前か? 俺たちを舐めてくれちゃぁ困る。新人は最初に上下関係を教えねぇとな」
相手はゆっくりと腰の剣へ手を伸ばす。
周囲の人々はちらりとこちらを見るが、誰も止めようとはしない。
どうやら珍しい光景ではないらしい。
まずい。
三対一。
しかも俺は丸腰だ。
勝てる要素なんてどこにもない。
逃げるか?
……いや、囲まれている。
その時だった。
――ピコン。
聞き慣れた電子音が鳴る。
青白い画面が視界いっぱいに広がった。
《イベント発生》
《対象:荒くれ者との勝負》
《成功率 54%》
《成功:撃退》
《失敗:敗北》
《最低ベット 寿命一ヶ月》
「54%……?」
思わず目を疑った。
高い。
想像していたより、ずっと高い。
「ハハッ……。」
笑いが漏れる。
今までの人生、二割三割なんて勝負ばかりしてきた。
競馬の三連単。
パチンコの爆連。
オンラインカジノの一発逆転。
そんな俺からすれば、
54%なんて"勝ち確"にしか見えなかった。
「悪くねぇ。」
いや、悪くないどころじゃない。
「今日はツイてる。」
俺は迷わず画面に触れる。
《寿命 一ヶ月》
《ベット完了》
《勝負開始》
全身が熱くなる。
血が沸く。
この感覚だ。
運命にチップを乗せる瞬間。
俺は口角を吊り上げた。
「来いよ」
「今日の勝ちは俺だ」
男が殴りかかってくる。
遅い。
ひらりとかわす。
「おっ?」
周囲から小さなどよめきが起きる。
二人目の拳も避ける。
よし、勝てる!
そう確信した、その瞬間だった。
二人目を避けた勢いで足がもつれる。
「っ!?しまっ──」
そこへ一人目の拳が顔面に炸裂した。
ゴッ!!
視界が白く弾ける。
続けざまに腹へ蹴り。
息が止まる。
さらに背中へ鈍い衝撃。
石畳へ叩きつけられた。
「がっ……!」
立ち上がろうとしても体が動かない。男たちは腹を抱えて笑っていた。
「何が54%だぁ?」
「何一人で笑ってやがった!」
「弱ぇくせにイキるなよ!」
その瞬間――
――ピコン。
青白い画面が静かに表示される。
《敗北》
《寿命 一ヶ月消費》
「……は?」
思わず固まる。
負けた?
54%だったんだぞ……?
その瞬間、胸の奥から何かがすっと抜け落ちるような感覚が走った。
息はできる。
傷もある。
だが、それとは別に。
確かに"命"を削られた。
理由は分からない。
それでも本能が理解していた。
「これが……寿命を失うってことか」
男たちは興味を失ったように去っていく。
一人石畳に倒れたまま、俺は青空を見上げた。
そして、乾いた笑いが漏れる。
「ハハ……」
「54%でも負けるのかよ」
常識なんて通用しない。
このスキルは、勝率を保証するものじゃない。
「クソが......」




