サンドワーム
王都へ向かう旅も二日目に入っていた。
昨日まで青々とした草原が広がっていた景色は一変し、辺り一面が砂に覆われた荒野へと姿を変えている。
強い日差しが照りつけ、熱気が地面から立ち上っていた。
「暑ぅぅぅい……」
馬車の中は蒸し風呂状態だ。
「まだ着かないのぉ……」
「あと半日くらいでしょうか……?」
馬車を運転する御者が答えた。
「この砂漠を抜ければ王都が見えてきます」
「本当か!」
ジョーは思わず顔を上げる。
ようやく目的地が近いらしい。
「やっとまともな宿で寝られる……」
昨日は野営だった。
慣れない地面の上で眠ったせいか、体中が痛い。
「ジョー、軟弱すぎでしょ」
「誰のせいで夜中まで騒いでたと思ってるんだ」
「あれはガルドがお酒飲みながら歌い始めたから!」
「俺のせいじゃねぇか!」
ガルドは豪快に笑う。
「旅ってのは盛り上がってなんぼだ!」
「近所迷惑って概念はないのか……」
笑い声を乗せた馬車は、熱風の吹く砂漠をゆっくりと進んでいく。
その時だった。
「あっ!」
リリアが何かを見つけたように窓の外へ身を乗り出した。
「どうかした?」
「あれ見て!」
リリアが指差した先には、小さなサボテンが一本生えていた。
その上には真っ赤な実がいくつもなっている。
「かわいい!」
「食べられるのかな?」
「やめとけ」
ガルドが即座に止める。
「あれはレッドニードルサボテンだ」
「実は甘いが、棘に触ると三日徐々に全身が痺れ、最後には呼吸が止まり死ぬ」
リリアは伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。
「危なかったぁ……」
「この辺りは魔物だけじゃなく植物も危険だからな」
ジョーは周囲を見渡す。
草原とは違い、遮るものはほとんどない。
砂丘がいくつも続き、遠くには蜃気楼のように景色が揺らめいている。
「なんか静かだな」
鳥の声も聞こえない。
風が砂を運ぶ音だけが耳に入る。
「砂漠ってこんなものなのか?」
「ああ。日中は魔物は基本砂の中だ」
すると、馬車の後ろからザザザザザザ……何かを引きずるような音が聞こえた。
「なにあれ?」
リリアがそう言うと、ガルドは腰の大剣へ手を添えた。
さっきまでの和やかな空気が一瞬で消え去る。
風が吹く。
サラサラと砂が流れる。
「なんだよ?」
俺が聞くと、御者がおびえてこう言った。
「まずいですね……。魔物が我々の馬車を狙っています……」
音だけが徐々に馬車のほうに近付いてくる。
ザザ……ザザザ……
すると、砂の表面が、不自然に盛り上がった。
まるで地面の下を巨大な何かが泳いでいるようだった。
その膨らみは一つではない。
二つ。
三つ。
四つ。
次々と砂の中を移動している。
「ジョー、下がれ」
ガルドの低い声が響く。
大剣をゆっくり抜き放ち馬車を降りた。
リリアも杖を構え、小さく息を呑んだ。
「これって……」
ガルドは砂丘を睨みつけたまま答える。
「ああ」
「サンドワームだ」
その瞬間。
ドゴォォォォン!!
砂が大きく吹き上がり、巨大な影が三人の目の前へ姿を現した。
全長は五メートルほど。
全身を岩のような硬い甲殻で覆われ、口には何重もの牙が並んでいる。
「ギシャァァァァッ!!」
耳障りな鳴き声が砂漠に響いた。
「うわっ!」
馬車が大きく揺れ、馬が大きな悲鳴を上げる。
「魔物だ!」
「お客さんちょっと待って」
御者は必死に手綱を握る。
「お客さんが死んだら俺が困る!」
しかし次の瞬間。
ドゴォン!!
前方の砂が爆発し、もう一匹のサンドワームが現れた。
「前にも!?」
さらに後方。
左右。
砂が次々と盛り上がる。
「五匹……いや、六匹か!」
ガルドが酒瓶をしまった。
俺も馬車の中で剣を抜いた。
「俺もやるしか……」
その横でリリアはじっとサンドワームを見つめていた。
「……硬そう」
「嫌な予感しかしない」
「ジョー」
「こいつら、普通の魔法じゃ無理」
「え?」
「甲殻が硬すぎるもん」
そう言う間にも、一匹が突っ込んでくる。
「ギシャァァ!」
「来るぞ!」
ガルドが真正面から飛び出した。
「うおおおおっ!」
大剣を振り下ろす。
ズガァン!!
重い音が響く。
だが――
「浅い!」
甲殻に傷は付いたものの、致命傷には程遠い。
サンドワームはそのまま体を回転させる。
ブォン!!
巨大な尻尾がガルドを襲う。
「くっ!」
ガルドは剣で受けるが、そのまま数メートル吹き飛ばされた。
「やっぱ硬ぇな……!」
その隙に別の一匹が馬車へ向かう。
「しまっ!」
俺は飛び出す。
剣を突き立てる。
ガキィン!
「硬っ!」
低レベルな俺の剣は一切通らなかった。
まるで岩を斬ったような感触。
刃が弾かれる。
「ギシャァ!」
サンドワームが口を開く。
「やばっ!」
間一髪で横へ飛ぶ。
牙が地面へ突き刺さり、砂が舞い上がった。
やばい、スキル《ギャンブル》を使うか……。
けど、これ以上命を懸けるのは……。
「ジョー!」
リリアが叫ぶ。
「時間稼いで!」
「何かあるのか!?」
「ある!」
短く答えると、リリアは目を閉じた。
杖を胸の前で構える。
静かに詠唱を始めた。
「――大地に眠る水よ」
「集いて我が声に応えよ」
周囲の空気が変わる。
砂漠とは思えないほど湿った風が吹き始めた。
「長い詠唱か……!」
ガルドが立ち上がる。
「なら俺たちで守るしかねぇ!」
「もちろん!」
俺も頷く。
二人でリリアの前へ立つ。
「ギシャァァァ!」
三匹が同時に襲いかかる。
「来い!」
ガルドが一匹を引き受ける。
剣と甲殻がぶつかり、火花が散る。
俺は残る二匹を相手に走った。
真正面から戦う必要はない。
リリアが魔法を完成させるまでの時間を稼げばいい。
「こっちだ!」
砂を蹴って走る。
サンドワームは怒ったように追い掛けてくる。
「そうそう!」
「そのまま来い!」
ギリギリまで引き付ける。
そして横へ飛ぶ。
ドゴォン!!
二匹は勢い余って激突した。
「よし!」
だが安心した瞬間。
足元の砂が揺れる。
「え?」
ゴゴゴゴ……
「下!?」
ドォォォン!!
三匹目が真下から飛び出した。
避けられない。
「ジョー!!」
ガルドが叫ぶ。
その瞬間。
ズドォォン!!
巨大な岩が落ちるような衝撃。
ガルドが体当たりで俺を突き飛ばした。
「ぐあっ!」
代わりにガルドが吹き飛ぶ。
ゴロゴロと砂の上を転がった。
「ガルド!」
「気にすんな!」
「それよりリリアだ!」
その声と同時にリリアはゆっくり目を開いた。
「……できた」
静かな声だった。
だが、その周囲には大量の水が浮かんでいた。
まるで巨大な湖を切り取ったような水の塊だ。
「これって……!」
リリアが杖を振る。
「──『ウォータープリズン』!」
大量の水が一気に広がる。
サンドワームたちを包み込んだ。
「ギシャッ!?」
魔物たちは暴れる。
しかし、水流に巻き込まれ、自由を奪われていく。
さらにリリアは息を整え、杖を天へ掲げた。
「──まだ終わらない!」
瞳が青白く輝く。
「『アイスプリズン』!」
パキッ。
水面が一瞬で凍り始める。
バキバキバキッ!!
巨大な氷が五匹のサンドワームを飲み込み、その動きを完全に止めた。
「ギシャアァァッ!」
もがいても、氷は砕けない。
「今だ!」
リリアが叫ぶ。
ガルドは笑った。
「待ってました!」
全力で跳び上がる。
「うおおおおおっ!」
大剣へ魔力を込める。
「ぶった斬る!!」
ズガァァァァン!!
氷ごとサンドワームを真っ二つに叩き斬った。
一匹。
二匹。
三匹。
動けない魔物は次々と倒されていく。
俺も最後の一匹へ駆け寄る。
「これで終わりだ!」
剣を甲殻の割れ目へと何度も突き刺す。
ズシュッ!
ズシュッ!
ズシュッ!
「ギ……シャ……」
容赦のない俺の攻撃に最後のサンドワームが崩れ落ちた。
砂漠には風だけが吹いている。
「終わった……」
俺は息を吐いた。
御者が震えながら近付いてくる。
「た、助かった……」
事が一段落すると、リリアが自慢げに駆け寄ってきた。
「今回は私、活躍したでしょ?」
俺は苦笑しながら頷いた。
「ああ」
「正直、一番活躍した」
ガルドも酒瓶を掲げる。
「リリアが今日の勝利を導いた」
「やったー!」
リリアは飛び跳ねて喜ぶ。
その拍子に砂へ足を取られ、また転んだ。
「いたっ!」
「最後まで締まらねぇな……」
「てへへ……」
三人の笑い声が、静かな砂漠に響いた。
俺たちはサンドワームの群れを退け、再び王都へ向けて馬車を走らせた。




