4. 地底族との遭遇
『……グラッ、グラグラ、ガタガタッ!』
「地震だ!」
頑丈な辺境伯城の石壁が、嫌な音を立てて軋んだ。
俺たちが朝食を食べながら、王弟殿下から直接届いた王都への招待状の話をしていたところだった。
「また、地震か……。最近、頻繁に地震が起こるな……」
フルーラ辺境伯領と隣国の間には、標高6000メートルを超えるブルーマウンテンがある。昔から地震の多い土地だったようだが、最近は頻繁に地震が起きている。
「俺が記録し続けてる地震データを見ても、最近の地震発生の頻度は異常なんだよなぁ。あの山は死火山のはずなんだけど……」
「そういえば、半年前の魔獣のスタンピードも変じゃったのぉ。結界があるから領地には被害は無いが……」
(ばあちゃんの言う通り、数年に一度ぐらいだったスタンピードが、今年に入ってすでに2回起きてる……)
「おじいさま、俺、ブルーマウンテンの麓に調査に行ってきます」
「そうか……。儂も一緒に行って様子を見てこよう。王弟殿下には、この問題が解決してから王都に伺うと儂から伝えておく。この件も報告が必要になるだろうからな……」
数日後、俺とじいちゃんは、ブルーマウンテンの地震の原因を探りに、転移の魔道具で山の麓に向かった。
麓に着いた俺たちは、まわりの様子を見て回ったが、地盤の隆起や地場の乱れも異常を感じるようなものは無かった。
「地震後の異常も見当たらない……。地震とスタンピードの因果関係は……」
じいちゃんは、フッと笑って「儂も同じことを考えていた」と言いながら、俺の頭をグリグリと撫でた。
「魔獣が大群で麓に駆け下りてくるということは、山の上で魔獣が何かを恐れて麓に逃げてきていると儂は思うが、ルキリアはどう考える?」
俺は、山の頂上を見上げながら答えた。
「俺も、おじいさまの言う通りだと思います。魔獣達が怯えるようなことって……。おじいさま、山の中腹まで行ってみたいのですが許可をいただけますか?」
「あぁ、儂も行くぞ。この山は未開の土地だったからな。調査をする良い機会かもしれん」
俺はすぐに山を登ろうとしたじいちゃんを止めると、高地でも酸素を保持するためのネックレス型の魔道具をじいちゃんと俺の首にかけた。そして俺たちは、ヘルメット型の空飛ぶ魔道具を頭に付けて上空から山の様子を調査していくことにした。
「ルキリア、この魔道具は面白いなぁ~。鳥たちがびっくりしておる」
じいちゃんが、近くに飛んでいた鳥たちを面白がって追いかけるのを止めながら山の中腹までくると、森を切り開いて人工的に作られた広場のようなものが見えた。
「おじいさま、あれは?」
「あの場所は、人の手で開かれているようだな……。様子を見に下に降りてみるか」
俺とじいちゃんが、森が切り開かれた広場へ降りると、じいちゃんは目を瞑って耳を澄ました。
(じいちゃんの音波魔法か……。音波の跳ね返りで物体の有無と距離が分かるやつ。魔道具使うより、じいちゃんの魔法のほうがはるかに正確だからな)
じいちゃんは、パッと目を開けると無言で下を指さした。
(えっ、地面の下?)
「地下に降りれそうな入口は……なさそうだな……」
ピンと閃いた俺は、革のショルダーバッグを改造して作ったマジックバッグから『1キロ先まで声が届く拡声器』を出して、それを地面に当てて大声で話しかけた。
「すみませ~ん、誰かいらっしゃいますか~?山の麓に住んでいる者なんですけど~」
じいちゃんは『何してんだこいつ?』と、びっくりした顔で俺を見たが、プっと吹き出して腹を押さえて笑い転げた。
(……いや、だって地下にいるなら、直接音振動を伝えた方が物理学的には正解だよね。じいちゃんには、『地面に叫ぶ変な奴』に見えたらしいけど……。心外だなぁ~)
俺が拡声器を使って地面に叫んでからしばらくすると、広場の端から鋭い視線を感じて、俺はハッと振り返った。すると黒い人影が、一瞬で木の影と同化したように見えた。
俺がそちらに向かおうと歩き出そうとした時、じいちゃんは俺の体をサッと担いで、その木の影から伸びてきた黒い縄のようなものを避けて飛び上がった。
俺はじいちゃんに担がれながら、その黒い人影に拡声器を使って大声で話しかけた。
「あの~、俺達、話を聞きたいだけなんですけど~」
拡声器からの大声が山全体に響き渡ると、その黒い人影たちは「うっ、耳が……」と叫んで、頭を押さえながらうずくまってしまった……。
「えっ?大丈夫ですか~?」
俺は首を傾げながら、腹に力を入れて、さらに大声で声をかけると……
「お願いだ、もう少し小さい声で話してくれ……」と、黒い人影はうずくまったまま両手を上げた。
(そうか……、地下に住む彼らは、暗闇で生活するから、視覚よりも聴覚の方が発達しているんだ。モグラの生態に近いかも……)
じいちゃんはその様子を見て、黒いマントを羽織った2人の前に俺を担いだまま降り立った。
「お前達は、地底族の者だな?」
じいちゃんがそう尋ねると、黒いマントの1人が細い目を見開き、驚いた表情で顔を上げた。
「私たちのことを知っている貴方は、何者ですか?」
(じいちゃん、地底族って何!?)
地底族と呼ばれた2人は、170センチほどの背丈で、浅黒い肌に短髪の黒髪で金色の目をした容姿だった。目は細くて開いているのかどうかわからない。
「儂らは、この山の麓に住む者だ。最近、この山を震源とする地震が多発しているから調査しにきた」
黒いマントを着た2人は、「はて?地震?」と首を傾げて顔を見合わせた。
「地震ですか?私達はこの山の地下に住んでいますが、地震は感じませんでしたね……?」
しかしそのうちの一人が、何かを思い出したかのように、コソコソと隣にいる男に話しかけた。
「あっ、族長。もしかして、私達が地下で行っている建設工事で、地上が揺れているのでは?」
「あっ、確かに!最近の工事は、地表近くでしたからね……」
コソコソと話をしていた地底族の2人は、チラッとこちらを見ると、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「すみませんでしたね。知らない間にご迷惑をおかけしていたようで……」
「あと一週間ほどで工事が終わりますから、それ以降は静かになるかと思いますので……」
……と、丁寧に謝ってきた。
(なんだかこの地底人たち、いい人っぽいな!)
じいちゃんと俺は、苦笑いしながら顔を見合わせた。
「わかりました。地底での建設工事のための揺れということで、危険性はないので安心しました。あっ、ところでもう一つ質問してもいいでしょうか?」
「他にも何か、ご迷惑を?」
「魔獣のスタンピードが、今年に入ってすでに2回も発生しているんですが、魔獣のスタンピードについて何かご存じでしょうか?いつもは、数年に一回ぐらいの頻度だったはずなんですが」
「魔獣?」「スタンピード?」
地底族の二人は、「はて?」と顔を見合わせて首を傾げていたが、族長と呼ばれた方が「もしかしたら……?」と口を開いた。
「私たちは、ほとんど地表に出ることはないのですが、4年に一度、秋の新月にこの広場で慰霊祭を行っているのです。その際にここに集まった者達全員が魔力を開放するので、もしかしたら、それに怯えて魔獣達が麓に逃げて行っているのかもしれません……」
「この間もスタンピードがあったんですが、慰霊祭があったんでしょうか?」
「はて?ここ数年は、この広場を使用してはいないのですが……。若い者たちが、たまに外の風を浴びに来るぐらいで……」
「スタンピードの原因……?」と、もう1人の地底人が首を捻って考えていたが、何かを思い出したように顔を上げた。
「あっ、族長!山の向こう側がうるさかった時がありましたよね。魔獣の縄張り争いをしてるみたいだと言ってた……」
「あぁ、ありましたね!もしかしたら、それが原因かもしれませんねぇ……」
族長が、うんうんと頷きながら俺達に向き直った。
「時々、山の反対側で魔獣の縄張り争いのような、魔獣同士の争いがあるんですが、もしかしたら、それが原因で、魔獣たちがこちら側に逃げてきているのかもしれません」
「「魔獣の縄張り争い?」」
「はい。縄張りに他所から強い者が入り込むと、それを排除しようとリーダーが戦いを挑むらしく……」
「そうか……。スタンピードは、隣国側からだったか……」
地震の原因は、地下の建設工事。
スタンピードの原因は、山の向こう側で起きている魔獣同士の争い――その可能性が高いということか。
……待てよ?魔獣の縄張り争いって、何で隣国側だけなんだ?同じ山にいる魔獣達なのに、生態系が偏っているのは自然界では考えにくい……。
「地底人さん、こちら側で、魔獣の縄張り争いがあることはありますか?」
「ん〜、こちら側で魔獣同士の争いのようなドタバタした音を聞いたことは……記憶にないですねぇ」
俺は、この不思議な現象に答えを求めて思考を巡らせていると、隣に立っていたじいちゃんが小さく呟いた。
「……もしかして、獣人……」
(じいちゃん、獣人って、何!?)
じいちゃんは、それ以上何も言わずに、静かに山を見上げた。




