14. 赤い液体
「兄さん!マルコたちがいなくなった!」
「えっ、どこに……」
「わからないよ!昨日の式典が終わった後の祝賀会にマルコの姿が見えなかったから、今朝宿舎の方に行ってみたんだ。そしたら部屋が綺麗に整頓されて身のまわりの物が一切なくなってた」
「他の者たちもか?」
「マルコを慕ってた精鋭部隊の4人の部屋も空になってた……」
「はぁ……、どこに行ったんだよ……。あっ、もしかして、旅行とか?」
「兄さん!こんな時に馬鹿言ってんじゃないよ。部屋を空にして、旅行なんか行くかよ!」
「あ、ごめん……」
ルナールは、頭を抱えてソファに座った。
「俺、今日はマルコに伝えたいことがあったんだよ……」
「えっ、何を?」
「俺さぁ、マルコが本当に親父の庶子なのかどうか調べてたんだ。……マルコは俺たちの異母兄弟だったよ」
「……俺らの弟」
「あぁ。母親は亡くなった王妃付きの侍女だったよ。親父が手を付けて……、出産したと同時に王妃がその侍女を殺したよ。王妃はその後、親父に毒殺されたけどな」
「マジか……。それでマルコは西の辺境伯に預けられたのか……」
「西の辺境伯夫妻の実子として届出は出されてるけど、実際は親父の子だよ。だけど、西の辺境伯にはすでに長男と次男がいたからな。マルコは余所者扱いで、幼い頃の環境はかなり酷かったらしい……」
「そうか……、それで11歳から王都の学院にも入らず、騎士団に見習いで入団したのか……」
「式典が終わったら、マルコを俺たちの兄弟として王族籍に入れる手配をしてたんだ……、俺たちとこの国を作り直そうって……。弟……に、今までほったらかしにしてごめんなって……言おうと思って……」
ライアンは、ダンッ!と机を拳で叩いて立ち上がった。
「ルナール!探しに行くぞ!」
「えっ、兄さん……」
「俺は馬鹿だよ!弟も守れないなんて!俺があいつの居場所をちゃんと守ってやってれば……。くそっ!俺はホントに馬鹿だ!……俺は行く!」
「兄さん!今日は、ガーラ国王と聖エリス国教皇との三国会談が……」
「お前が代理で、しゃべっとけ!」
ライアンが上着を片手に駆けだそうとした時、執務室のドアをノックする音が聞こえた。
ライアンが、ドアの外の声を待たずにバンッ!とドアを開けると、そこにはガーラ国王とハンが立っていた。
「ガーラ国王……?」
「取り込み中、すまん!本当は昨晩にお伝えしたかったのだが、夜中だったからすぐに取り次いでもらえなかった。朝食前に伝えたくて、執務室に直接訪れてしまったことを詫びる」
「……えっ、どうされたんですか?」
ルナールが、ガーラ国王にソファに座るように促した。
「昨晩、貴国の空挺団の兵士が、団長と共にこの国を出て行った」
「なぜそれ……」
ルナールが、ガーラ国王に問い掛けようとした時、それを遮って、ライアンがいきなり床に膝を着いて頭を下げた。
「どうか教えてください!マルコが……、あいつらがどこに行ったのか……、もし手がかりがあるのなら、私に教えてください……」
「兄さん……」
「ライアン国王……」
涙と鼻水を流して頭を下げているエビータ国王の肩を、アーチーは優しく抱えてソファに座らせた。
「彼らは、北に向かっているようです」
「……北?」
「北のどこに向かっているかは分かりませんが、私たちの部下が彼らを追っていますので、行先が分かり次第、お伝えいたします」
「あ……、あ、ありがとうございます……」
アーチーは、後ろに立つハンに目線を送ると、ハンは小さく頷いた。
執務室を出たアーチーは、隣に立っているハンに小声で話しかけた。
「……言わなくていいのか?」
「あの国名を出すのは危険すぎる。彼らが戦える相手ではない」
「誰なら戦える?」
ハンは重いため息をつくと、廊下の窓から遠くに見えるブルーマウンテンに目をやった。
「……彼らと戦えるのは、……魔王ぐらいでしょう……」
その頃、北に向けて飛び立った5人は、聖エリス国の向こうにある国の上を飛んでいた。
「団長、そろそろ朝飯を食いに下に降りませんか?」
「そうだな。この国で少し休んでいくか……」
ひとけのない場所に降り立ったマルコたちは、徒歩で市場のある街中に入って行った。
朝から活気のある市場の中を歩いて行くと、屋台に立つ威勢のいい年配の女性から声をかけられた。
「お兄さん!うちで朝飯食べていきな!朝から疲れた顔してるんじゃないよ!」
「うわっ!うまそう~!団長、あそこで食べていきましょうよ!」
5人が屋台のそばにあるテーブルに座ると、屋台の女将が大皿にドンと『照り焼きチキンサンド』と『大盛の卵サンド』を持ってきてくれた。そして、「おまけだよ!」と温かいスープも出してくれた。
「ゆっくり食べていきな。朝飯は一日の元気の源だよ」
女将は、ガッついて口のまわりを照り焼きのタレでベタベタにしていたエリックを見て、「うまいかい?」と背中をバシッと叩くと大声で笑った。
その日、マルコたちはこの国で宿をとった。女将の笑顔のおかげで、緊張していたマルコたちの気持ちが少しほぐれたのか、焦らずに楽しみながら旅をしようと誰ともなく口にした。
そしてエビータ国を出て5日目の夕方、ようやくノクタリアの国境に到着した。
「うわ~、寒い!あの山を越えたら、いきなり雪国だよ」
「団長、検問所が見えます。あそこに降りましょうか?」
マルコたちが検問所に降り立つと、立っていた憲兵のそばに、スッとノクスが現れた。
「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたよ」
ノクスは、マルコたちの足元に手をかざすと、一瞬で全員を王宮から少し離れた離宮に移動させた。
「うぁ~!えっ、ここは?」
「ふふっ……。荒っぽい出迎えで失礼いたしました。ここは、貴方がたがこれから滞在する離宮です」
マルコたちがまわりを見回すと、水晶で出来たような柱があちこちに建ち、テーブルも椅子も同じような水晶で作られていて、吐いた息が白くなるような冷たい部屋だった。
「ここは、人族には少し寒いかもしれませんね……」
ノクスがそばにあったベルを鳴らすと、ワゴンを押して色の白い細身の男性が入ってきた。
ワゴンの上には、5つの赤い液体の入ったグラスが置かれていた。
「この国で暮らすには、貴方たちの体は弱すぎます。この国で私たちと同族として暮らし、戦うためには、貴方たちの体を変えねばなりません。その覚悟があるのであれば、このグラスを飲み干してください。強要は致しません。もしそれがお嫌であれば、この国を出て他の国へ行けばいいだけですから」
「……その赤い液体は?」
「体を書き換える血清です。これを飲むことにより、貴方がたの魔力量と身体能力は、数倍以上に上がるでしょう。しかしこれを飲んだら、もう人族には戻れません。貴方がたは、魔族として生きることになります」
「魔族……」
「はい、この国はヴァンパイア族を主とする魔族が住む国ですから」
「それを飲んだら……、体の変化に伴う痛みや苦しみは……」
「……ございます。約3日間、高熱と体の軋みに苦しみます。かなり痛みも感じるでしょう……。しかしそれを乗り越えた後、貴方は自分の変化に喜びを感じるでしょうね。何の訓練も必要とせずに、今までの数倍の力を手に入れることができるのですから」
「団長……」
サムは、俯いているマルコを見てから、みんなの顔を見回した。そして全員が頷くと、それぞれが赤い液体の入っているグラスを手に取った。
「ほら、団長もグラスを持って……」
サムは、グラスをかかげた。
「俺たちの未来に!」
「「「俺たちの未来に!」」」
そして全員が、赤い液体を飲み干した。




